翼を狩る者と運命の乙女 2024年8月に出版のため、第二章から非公開です。

マスカレード 

文字の大きさ
2 / 14
羽衣の松の木の下で

翼を狩る者と運命の乙女

しおりを挟む
「おばあちゃん。もうそろそろ普通にしゃべってくれないかな?横に置いてある本は何?まさかその影響じゃないでしょうね?」

「フフフッ……バレちゃった?ミステリーロマンス小説なの。面白いのよ~。衣望里も読んでみる?」

「はぁ~っ。心配して損しちゃった。もう、おばあちゃんったら、何が翼の乙女よ!あまりにも真に迫ってたからドキドキしちゃったじゃない」

「決まってた?目に力を入れながら相手を見て、声を低くして言うのよ。気を付けなさい。王子たちに狩られぬように。あなたには翼の乙女の血が流れているのだから」

「きゃ~っ!決まってる!決まりすぎる!それもだけど、支配者がやってくるっていうのウケるわ。サンタが街にやってくるの歌詞じゃないんだから、もう、おばあちゃんったらお茶目すぎ!」

 祖母の話に身を強張らせていた衣望里は、芝居だと分かった途端、ソファーに倒れ込んで、座面をバンバン叩きながら笑い出した。
その様子を、愛情のこもった目で眺めていた祖母は、まだ笑い止まない衣望里に優しく声をかけた。

「ウフフ……衣望里は怖がりなところがあるからね。翼の乙女のことは、他人には秘密よ。従妹の美羽なら相談しても大丈夫だから、元気づけてもらいなさい」

 聞き捨てならない言葉に、座面を叩いていた手をぴたりと手を止めて、衣望里がソファーからムクりと身を起こした。

「冗談なのよね?まだ続きをするの?」

「まぁ、日本くんだりまで支配者が来ることはないでしょうから、冗談にしときなさい。さて、続きを読もうかしら。逃げた婚約者を侯爵が追ってくる場面からだったわね」

 よいしょっと言いながら座りなおし、手に取った本を開いた祖母は、すっかり読書の世界に入ってしまったようだ。衣望里が声をかけても返事もしない。
不安を抱えたままで、どうにも落ち着けない衣望里は、仕方なく美羽に連絡を取ることにした。

 一時間後なら空いているという美羽に合わせ、衣望里は、ニ十分ほど鎌ヶ崎に向かって歩き、「羽衣の松」までやってきた。
 目の前に青い空と海が広がり、海風に乗って白波がザザザッと軽快な音をたてながら砂浜に打ち寄せる。この羽衣海岸は、全長七kmもあり、弧を描きながら続く砂浜は、まるで富士の裾まで続いているように見える。
 湾曲する海岸に沿って植えられた三万本の松の並木が、近代的な建物などを視覚から遮っているため、青い富士と白波の打ち寄せる海は絶景で、日本新三景、日本三大松原にも入り、国の名勝にも指定されている。
 衣望里が十九年間毎日見ても、見飽きることがないほど美しかった。

 美羽と待ち合わせ場所にした「羽衣の松」は、天女が水浴びをする際に衣をかけたと言われる初代の松から数えると三代目になる。
 曲がりくねった枝を四方へ伸ばす樹齢何百年の巨木は、「羽衣の松」と呼ばれるのにふさわしい風格を持ち、見る者を圧倒する。
 地面に着くほどに長く伸びた大枝に目をやった衣望里は、天女が羽衣をかけるとしたら、この枝ならちょうど良い長さと高さかもしれないと思い、ふといたずら心が湧いた。
 誰も見ていないことを確かめると、布団を竿に干す仕草で、松の大枝にフワリと羽衣をかぶせる真似をする。
 祖母の話を聞いて、さっそく感化された自分が可笑しくなって微苦笑を浮かべた時、背後で女性の笑い声が聞こえたので、衣望里は慌てて表情を引き締めた。

「衣望里、天女ごっこでもしていたの?」

 振り返ると、黒色のハイネックノースリーブシャツに、カーキ色のチノスカートを合わせ、黒のロングベルトと靴でセンス良く決めた美羽が立っていた。
 大学の受験勉強に入ってから会っていないから、もうかれこれ二年ほど経っただろうか。自分とは正反対のクールで大人びた装いが、とてもよく似合っている。でも、中身は意外と熱いことを知っている衣望里は、懐かしさで一杯になり、自然に笑顔が溢れて声が弾んだ。

「久しぶりね。美羽。元気だった?突然呼び出してごめんね」

「うん、元気、元気。大学生になったら衣望里に連絡取ろうと思ってたのに、あっという間に夏になっちゃった。会うのは二年ぶりかな?衣望里はガーリーを卒業して、フェミニン度が増した感じ。きれいになったね」

 近くに住んでいる安心感からか、お互い連絡もしないでいたけれど、会えば血の繋がりを感じて、一気に距離が縮まり会話が弾む。お互いの家族のことも聞いて、心がオープンになった頃合いを見計らって、衣望里は本題を口にした。

「実は、おばあちゃんから、さっき聞いたのだけど、美羽は翼の乙女の話を知ってる?」

 衣望里は、まだ祖母に担がれているのではないかと半信半疑のまま尋ねると、意外にも美羽は、ああ、その話ねと頷いた。

「知ってるわよ。っていうか、さっき聞いたの?遅すぎない?私なんて中学校の時に母から聞いたわよ。その時は絶対に家族以外にはしゃべっちゃいけないと言われていたから、衣望里にも話さなかったけれど……」

「そんなに、早くに聞いたんだ。怖くなかった?自分に翼の乙女の血が流れていて、支配者が探しにくるかもしれないなんて、まだ信じられないし、本当なら怖い気がする」

「衣望里は相変わらず心配性ね。だから、おばあちゃんも、今まで怖がらせないように黙っていたのかもしれないわ。きっかけは、だいたい想像つくけれど、富士山がユネスコ世界文化遺産に登録された時に、三保の松原が取り上げられて目立ったからでしょ?」

 衣望里が頷くと、美羽がやっぱり?当たったと陽気に笑った。

「大丈夫だって、ヴァルハラ王国の支配者がこんなところまで、来るわけな‥‥‥」

 衣望里の心配性をからかいながら笑っていた美羽の顔が、突然固まり表情が消えた。
 何事が起きたのかと、衣望里が自分の背後を振り替えると、海岸沿いの砂浜を、遠くの方から明らかに日本人でない髪色の外国人が二人歩いて来る。
 衣望里がまさかという表情を美羽に向けた途端、二人の頭には「逃げろ!」の文字がスパークした。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...