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奏太の秘密

アンドロイドは恋に落ちるか

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 莉緒が新見の家に滞在して三日目の朝を迎えた。
 新見は名目上の休暇を取ってはいるが、ラボにも出かけているようだし、あまり莉緒と過ごすことはない。
 珍しくダイニングでコーヒーを飲んでいるのを見つけて話しかければ、弟の奏太とケンディーの改良点を話してくると言って姿を消すし、奏太がいるときには莉緒の相手を任せて自分の部屋にこもり、ロボット工学に関する論文をまとめているようだ。

「そんなに避けなくったっていいのに」

 新見所長は兄の拓己との仕事上の関係もあるし、歳が離れすぎているのも原因なのかもしれないが、自分のことを女性としてではなく、妹としてしか見てくれないのは残酷なほど分かっているつもりだ。
 一人取り残されたダイニングで、莉緒はかなり落ち込みながら、自分用にコーヒーを入れてリビングへと運ぶ。

「ケンディーがずっと相手をしてくれれば、満足なんだけどなぁ」

 アンディーに比べるとずっと人間らしいケンディーのどこがいけないのか、一、二時間も経つとケンディーは休息が必要になり、入れ替わるように苦手な奏太が階下に降りてくる。
 せめて弟の奏太が新見所長に似ていれば、仲良くなれたかもしれないのにと少し残念に思う。

 それにしても、初対面のあのお辞儀は最悪だった。
 アンドロイドのケンディーだって、あんな風に、風を切るような無様なお辞儀はしない。こっちにまで風圧がきたほどだ。
 人間ってつくづくファーストインプレッションは大事だと感じた。
 じゃあ、水野と牧田に扮したアンディーを受け入れられるかというと、そうでもない。

「お兄ちゃんから見れば、研究ばかりに精を出して、彼がいない歴イコール実年齢の妹が心配だったのは分かるよ。でも、大事な実験を利用して、本当のお見合いさせるなんてやっぱり納得いかないよ」

 だって、好きな人以外に考えられない自分には、上司の機嫌を取るために婚約者候補を承諾する男なんて、味気なく感じるんだもの。
 独り言ちながらもアンディーの具合を確かめるために、仕方なく水野と牧田を日交代で体現させることにしたのだが、コピーなのにどちらも莉緒本人ではなく、バックにいる兄の羽柴拓己社長を意識しているのが丸わかりで癪に障る。
 例えば、おやつに出された焼き菓子を食べていた時に、水野アンディーが発した一言。

『このお菓子莉緒さんはお好きなようですね?社長もお好きでしたら、ここを出た後に、水野本人に伝えてお二人に送らせて頂きたいのですが』

 途端に味気なくなった焼き菓子を何とかお茶で飲み下し、愛想笑いで兄は辛党ですと答えたら、じゃあ甘いものは止めましょうと言って、塩辛い土産物の相談をされた。もちろんとってつけたように、莉緒さんが甘い方がよろしければ、この甘いお菓子も忘れずに送りますとは言われたけれど。

 牧田に至っては、口下手なだけに、根回しや物を包んで言うことをしない。

『莉緒さんは素晴らしいですね』

 おや?牧田は自分を見てくれると思いきや‥‥‥

『より人間に近い人工皮膚を開発され、社長の新プロジェクトに貢献されたことが羨ましいです。私も半年以上前に新しい企画を練って上司に提出したのですが、お忙しいのか羽柴社長からはお返事が頂けなくて‥‥‥同じ技術者としての莉緒さんの意見を聞かせて頂けないでしょうか。もし、良さそうなら、社長にお口添え頂けると嬉しいのですが』

 そう言って、語り始めたのが人に影響するある物質に関しての話だった。
 だいたい、人の外観と生活をコピーしただのアンドロイドが、人間の脳内にある企画をペラペラしゃべれるはずがない。
 最初から兄に売り込むつもりで、ビデオに向かって講義をしたのだとしたら、ずる賢いにもほどがある。その光景を想像したら、背筋が寒くなってきた。

 莉緒に説明する前に、メモ用紙はないかと聞かれたので、ダイニングにある電話台の上に置いてあったメモ用紙を取って来て、アンディーに渡した。

 すぐに説明が始まったものの、牧田の元絵が下手なのか、アンディーの機能が悪いのか、大きなマルに△の耳をつけた絵は、真ん中で△同士がくっついてリボンのように見える。棒のような前足はハの字に広がっていて、ワンピースのようだった。

 あのメモ用紙は、確か、奏太がアンディーの資料にするからと、持っていったっけ‥‥‥
 妹を味方につけることができれば出世は硬いと、二人が虎視眈々と婿の座を狙う様子に、自分が兄という本体についてくる、ちゃちなおまけのように感じられて嫌な気分になった。

「結婚したら、私の役目は終わったとばかりに、体よく好きなことしていていいからと放っておかれそう。でも、兄が仕事だと言えば、休みの日でも喜んでお供するんだろうな」

 ちょっといじけた気分になって、アンディーたちにあたってみたくなった。
 わざと水野と牧田アンディーに難題を押し付けて、これを解決できたら兄が喜ぶだろうと暗に匂わせてみる。

 ところが、どちらも俄然やる気を見せるので、最初のうちこそ苛ついたものの、途中から彼らがどれだけ兄に忠実なのかを目にする度に、単純にすごいと思うようになった。
 アンディーの性格分析機能の正確さを確かめるために、本人たちに会ってみたいとさえ思い始めた。
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