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奏太の秘密
アンドロイドは恋に落ちるか
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「おはようございます。莉緒さんは早起きなんですね」
ノーブランドのポロシャツとジーンズ姿の牧田アンディーが、新聞を片手にリビングに入ってくる。
何でも電子で済ませるようになりつつあるが、牧田は紙の新聞がいいらしい。
まだ七時を回ったばかりの静かなリビングに、ガサガサと新聞紙をめくる音が響いた。
もう少し一人でいたかったなと思いながら、莉緒がテーブルを挟んでソファーに座る牧田をチラリと見た時、紙面から目を離さず牧田が言った。
「何だか物騒な事件が相次いでいるみたいですね。行方不明者が出たとか。しかもその道では名前が知られている人ばかりらしいですよ。脳神経外科医に、大手のシステムエンジニア。こんな人たちが一気に消えるなんておかしいと思いませんか?」
急に問われて驚いたものの、莉緒は確かに変だと思いつつ返事をする。
「そうですね。何か引っかかる気がするのだけど、何かしら」
莉緒の言葉を聞いたアンディーの細い目が見開かれた。期待した回答を得て嬉々としているのがよく分かる表情をしている。本当に生きた人間みたいだ。
感嘆している莉緒に、牧田アンディーは昨日の話の続きを始める。
こんな早朝から延々と牧田の講釈を聞かされると思うと、何としてでも逃げ出たくなった。
だって、菌などの侵入を防ぐ門番の白血球に、入り込んだ寄生虫が殺されるどころか、白血球をトロイの木馬にして脳まで進むなんて、内容としては面白いはずなのに、白血球をどう操るのか、抑揚のない声で知らない物質の名前を上げ連ねていかれると、まるで呪文をかけられているように思えて怖いのだ。
こんな時はずるいけれど兄という護符に頼るに限る。
牧田の忠誠心が本当なら、寄生虫の仕組みを利用した自分の研究の話の最中でも、例え無理難題をふっかけられたって、そちらを優先するだろう。
「そういえば、甘いものが苦手な兄に、唯一例外のスイーツがあるんです」
「えっ?それは何ですか?ぜひ教えてください」
案の条、アンディーが引っかかった。
外部の人間と会うのが仕事で外見にも気を使っている水野と違い、内部でプログラマーをしている牧田は、着るものからして流行などにはあまり感心がなさそうだ。
それを承知で有名なチョコレート店とドーナツショップがコラボしたドーナッツの話をする。心の中でお兄ちゃん嘘ついてごめんねと呟きながら。
最初ためらいを見せた牧田アンディーは、すぐに困惑の表情を引っ込めてスマホで検索を始めた。
「莉緒さん、待っていてください。新見博士へ外出の許可をもらってきます」
言うが早いか、アンドロイドだとは思えない足取りで、二階にいる新見の元へとスタスタと歩いていってしまう。
実験中のアンドロイドは行動を家の中だけに限られている。止める間もないほど速攻の行動で、莉緒は唖然として見送るしかなかった。
兄ではなく、莉緒が食べたいと思っていたドーナッツは、とても人気があり、売り出し時間の前に並ばなければ手に入らないと聞く。早ければ一時間前から並ぶらしい。
スマホで検索すれば、待ち時間とか、長い列を作って並ぶのが女の子ばかりであるという情報も得られたはずで、いい大人の男がその列に加わるとしたら、相当の甘党か、彼女のために勇気を出した猛者だろう。
ちょっと悪いことしたかなと思っていると、ティーテーブルに影が差し、腕組みをした奏太が不機嫌な顔で莉緒を見下ろしていた。
「あんた、サイテーだな!兄の威光を借りて、逆らえない部下の牧田さんに買い物を頼むなんてどこのお姫さまだよ。しかも、あれは企業秘密のアンドロイドだぞ。外出させてライバル社にさらわれでもしたらどうする気だ?ちょっとかわいいからって、いい気になるなよ」
「な、何よ。そんなにずけずけ酷いこと言わなくたって‥‥‥」
言いかえしたくても、それ以上言葉が出てこない。確かに奏太の言っていることは的を得ているし、アンドロイドがどこまで忠実なのか試そうとする方に気ばかり働いて、アンディーが狙われることなんて考えもしなかった。
「ご、ごめんなさい。ほんとだ。私、最低」
牧田アンディーを追いかけてさっきの望みを取り消さなくっちゃ、と慌てて席を立つ。奏太の横をすり抜けようとしたら、腕をがしっと掴まれた。
「どこに行くんだ?牧田アンディーに泣きついて、奏太にいじめられたから、仕返ししてとでもいうつもりか?」
「ち、違います!いくら私が意地悪なオーダーをしたからって、アンドロイドに暴力を振るわせるほど無知じゃないわ。そんなことしたら人間の奏太さんなんて瞬殺されちゃうもの。それに人に危害を加えようとしたら、アンドロイドは急停止するように設計されているんでしょ?仕返しに使うことなんてできないわ」
「羽柴社長から聞いたのか?」
「ええ。疑似お見合いだからと言っても、相手には男性のデーターが入っているでしょ。襲われることはないかと心配になったの」
「ああ、そういうことか。さすがにお見合い相手に性的なものを見せたらアウトだということぐらい、普通の男性なら分かっていると思うよ。それに、一応見合いする前に、暴力や性的なことが含まれていないかというデーターチェック機能はついているんだ。そういった意味で襲われることはないから安心していいよ。で?どこに何しに行くんだ?」
「牧田アンディーに謝りにいくの。相手がアンドロイドだからって、人のデーターを入れてある以上、疑似的な怒りや悲しみの感情があるはずよね?今回は実験中だから、牧田さんご自身にこの家での記録を見せることはないと聞いているけれど、万が一耳に入ってしまったときに、私のことで兄との間に溝を作ってほしくないもの」
「ふぅ~ん。アンドロイドに無茶な言いつけばかりしているから、性格に問題があるんじゃないかと思い始めたところだったよ。一応常識はあるんだな。まっ、見合いを押し付けられて面白くないのは分かるけれどさ、あと四日ほどの辛抱だ。実験に貢献しているんだと思って、役割を果たしてやってくれよ」
一応常識はあるのかといういかにも見下した言い方に、莉緒はカチンときたが、実験といいつつアンディーたちを困らせていたのは事実なので、反論できない。素直に分かったと頷いた。
それに、厳しい言葉に続いて、莉緒の立場を考えてくれたところを見ると、奏太は結構冷静にものごとを判断できるし、フェアで思いやりもあるようだ。
最初の印象が頂けなかったのと、兄弟なのに兄の研二と正反対の容姿が仇になり、頭の中に奏太への苦手意識が住み着いてしまったのだろう。
ノーブランドのポロシャツとジーンズ姿の牧田アンディーが、新聞を片手にリビングに入ってくる。
何でも電子で済ませるようになりつつあるが、牧田は紙の新聞がいいらしい。
まだ七時を回ったばかりの静かなリビングに、ガサガサと新聞紙をめくる音が響いた。
もう少し一人でいたかったなと思いながら、莉緒がテーブルを挟んでソファーに座る牧田をチラリと見た時、紙面から目を離さず牧田が言った。
「何だか物騒な事件が相次いでいるみたいですね。行方不明者が出たとか。しかもその道では名前が知られている人ばかりらしいですよ。脳神経外科医に、大手のシステムエンジニア。こんな人たちが一気に消えるなんておかしいと思いませんか?」
急に問われて驚いたものの、莉緒は確かに変だと思いつつ返事をする。
「そうですね。何か引っかかる気がするのだけど、何かしら」
莉緒の言葉を聞いたアンディーの細い目が見開かれた。期待した回答を得て嬉々としているのがよく分かる表情をしている。本当に生きた人間みたいだ。
感嘆している莉緒に、牧田アンディーは昨日の話の続きを始める。
こんな早朝から延々と牧田の講釈を聞かされると思うと、何としてでも逃げ出たくなった。
だって、菌などの侵入を防ぐ門番の白血球に、入り込んだ寄生虫が殺されるどころか、白血球をトロイの木馬にして脳まで進むなんて、内容としては面白いはずなのに、白血球をどう操るのか、抑揚のない声で知らない物質の名前を上げ連ねていかれると、まるで呪文をかけられているように思えて怖いのだ。
こんな時はずるいけれど兄という護符に頼るに限る。
牧田の忠誠心が本当なら、寄生虫の仕組みを利用した自分の研究の話の最中でも、例え無理難題をふっかけられたって、そちらを優先するだろう。
「そういえば、甘いものが苦手な兄に、唯一例外のスイーツがあるんです」
「えっ?それは何ですか?ぜひ教えてください」
案の条、アンディーが引っかかった。
外部の人間と会うのが仕事で外見にも気を使っている水野と違い、内部でプログラマーをしている牧田は、着るものからして流行などにはあまり感心がなさそうだ。
それを承知で有名なチョコレート店とドーナツショップがコラボしたドーナッツの話をする。心の中でお兄ちゃん嘘ついてごめんねと呟きながら。
最初ためらいを見せた牧田アンディーは、すぐに困惑の表情を引っ込めてスマホで検索を始めた。
「莉緒さん、待っていてください。新見博士へ外出の許可をもらってきます」
言うが早いか、アンドロイドだとは思えない足取りで、二階にいる新見の元へとスタスタと歩いていってしまう。
実験中のアンドロイドは行動を家の中だけに限られている。止める間もないほど速攻の行動で、莉緒は唖然として見送るしかなかった。
兄ではなく、莉緒が食べたいと思っていたドーナッツは、とても人気があり、売り出し時間の前に並ばなければ手に入らないと聞く。早ければ一時間前から並ぶらしい。
スマホで検索すれば、待ち時間とか、長い列を作って並ぶのが女の子ばかりであるという情報も得られたはずで、いい大人の男がその列に加わるとしたら、相当の甘党か、彼女のために勇気を出した猛者だろう。
ちょっと悪いことしたかなと思っていると、ティーテーブルに影が差し、腕組みをした奏太が不機嫌な顔で莉緒を見下ろしていた。
「あんた、サイテーだな!兄の威光を借りて、逆らえない部下の牧田さんに買い物を頼むなんてどこのお姫さまだよ。しかも、あれは企業秘密のアンドロイドだぞ。外出させてライバル社にさらわれでもしたらどうする気だ?ちょっとかわいいからって、いい気になるなよ」
「な、何よ。そんなにずけずけ酷いこと言わなくたって‥‥‥」
言いかえしたくても、それ以上言葉が出てこない。確かに奏太の言っていることは的を得ているし、アンドロイドがどこまで忠実なのか試そうとする方に気ばかり働いて、アンディーが狙われることなんて考えもしなかった。
「ご、ごめんなさい。ほんとだ。私、最低」
牧田アンディーを追いかけてさっきの望みを取り消さなくっちゃ、と慌てて席を立つ。奏太の横をすり抜けようとしたら、腕をがしっと掴まれた。
「どこに行くんだ?牧田アンディーに泣きついて、奏太にいじめられたから、仕返ししてとでもいうつもりか?」
「ち、違います!いくら私が意地悪なオーダーをしたからって、アンドロイドに暴力を振るわせるほど無知じゃないわ。そんなことしたら人間の奏太さんなんて瞬殺されちゃうもの。それに人に危害を加えようとしたら、アンドロイドは急停止するように設計されているんでしょ?仕返しに使うことなんてできないわ」
「羽柴社長から聞いたのか?」
「ええ。疑似お見合いだからと言っても、相手には男性のデーターが入っているでしょ。襲われることはないかと心配になったの」
「ああ、そういうことか。さすがにお見合い相手に性的なものを見せたらアウトだということぐらい、普通の男性なら分かっていると思うよ。それに、一応見合いする前に、暴力や性的なことが含まれていないかというデーターチェック機能はついているんだ。そういった意味で襲われることはないから安心していいよ。で?どこに何しに行くんだ?」
「牧田アンディーに謝りにいくの。相手がアンドロイドだからって、人のデーターを入れてある以上、疑似的な怒りや悲しみの感情があるはずよね?今回は実験中だから、牧田さんご自身にこの家での記録を見せることはないと聞いているけれど、万が一耳に入ってしまったときに、私のことで兄との間に溝を作ってほしくないもの」
「ふぅ~ん。アンドロイドに無茶な言いつけばかりしているから、性格に問題があるんじゃないかと思い始めたところだったよ。一応常識はあるんだな。まっ、見合いを押し付けられて面白くないのは分かるけれどさ、あと四日ほどの辛抱だ。実験に貢献しているんだと思って、役割を果たしてやってくれよ」
一応常識はあるのかといういかにも見下した言い方に、莉緒はカチンときたが、実験といいつつアンディーたちを困らせていたのは事実なので、反論できない。素直に分かったと頷いた。
それに、厳しい言葉に続いて、莉緒の立場を考えてくれたところを見ると、奏太は結構冷静にものごとを判断できるし、フェアで思いやりもあるようだ。
最初の印象が頂けなかったのと、兄弟なのに兄の研二と正反対の容姿が仇になり、頭の中に奏太への苦手意識が住み着いてしまったのだろう。
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