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奏太の秘密

アンドロイドは恋に落ちるか

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 こうして見ると背も高く、鍛えられた身体に野性味のある奏太の顔だちは悪くないと思えるから不思議だ。
 新見所長を好きだと言っている手前認めたくないけれど、ひっきりなく誘いの電話が入ることから考えても、奏太の顔は悪くないどころか、女性からみたらかなり魅力的なんじゃないかと思う。
 ほら、また電話がかかってきたと耳をそばだてると、スマホから漏れてきたのは女性からではなく男性の声だった、

『奏太。せっかく夏休みに入ったんだから家にこもってないで、今日は出て来いよ。いつものところ押さえたから一時間後に集合な』

「おい、高橋、今は客が来てるからダメだって‥‥‥ああ、切っちまった」

 やれやれと肩を竦めて、断りの電話をかけなおそうとする奏太に思わず声をかけた。

「私に遠慮しないで、遊びに行ってきたら?牧田アンディーにはきちんと謝っておくし、新見博士も家にいるでしょ。私のお守りなんてすることないわよ」

「えっと……いや、お守りとか思ってはいないけど……じゃあ、お言葉に甘えて午前中は出かけてくる。兄貴に頼んでおくから、困ったことがあったら言って」

 どこに出かけるのかはしらないけれど、なんだか途端にソワソワし始めた奏太が、散歩に行く大型犬のように見えた。尻尾があったらブンブン振っていそうだ。
 素直な態度がかわいくて、つい構いたくなった。

「どこに行くの?」

「サークル仲間とパ……」

「パ?」

「パ…パーティーに」

「パーティーって夜にするものじゃないの?」

「あ、ああ普通はね。今回はみんなの都合で午前中にするらしい。そうだ、もしさっきのドーナッツが食べたいなら、帰りに買ってこようか?」

「ううん、いい。午前中で終わるパーティーなんでしょ?期間限定品の売り出し時間は、午前中は10時半の一回と、午後は十四時からなの。午前に間に合わなければ、外で長い時間を潰さなくっちゃいけなくなるから悪いわ。それに、もし彼女とデートで寄るつもりなら、誰に買っていくか怪しまれて誤解を招くといけないから、余計に遠慮する」

「彼女なんかいないよ」

 むすっとした顔で奏太が素っ気なく言い返す。そうは聞いても、もう何人もの女性からかかってきた奏太のスマホに、疑わしそうな視線を向けると、奏太が莉緒の言いたいことを理解したようだ。

「俺は見てくれだけで近寄ってくる女に興味はない。一応俺だって男だから、最初は誘ってくる女性と付き合ったよ。でも頭の中身は俺も兄貴とそう変わらないから、つい研究の方を優先して、私よりも機械が大事なのかってフラれるんだよ。今は性格が合う人を探している最中だ」

 あまりにも意外な言葉が返ってきて莉緒は驚いた。
 どうやら奏太は女性とは真面目な付き合いを望んでいるらしい。
 外見だけで奏太が遊び人だと判断した自分も、奏太が敬遠する女性たちと何ら変わらないと罪の意識がチクチクと刺さった。

「あ、あのね。私も理系だから、周りに女の子あんまりいないせいか、モテたこともあるの」

「はぁ?ああ、女の子ばかりの学科でも、莉緒ちゃんなら目立ったと思うし、もてたと思うよ。えっと、それが何‥‥・」

 いきなり何を言い出したのだろうと奏太は訝しんでいるようだが、バカにしたり邪険にする態度は見受けられない。莉緒は勇気を出して続けた。

「自慢したいわけじゃないから、聞いてね。多分私が、男子学生たちの中で、大人しく微笑んでいるだけのマドンナのような存在だったら、問題はなかったんだと思う。でも、研究に没頭して成果を出した頃から空気が変って、女のくせにとか、せっかくかわいい顔してるのに中身が科学記号でできてちゃ男は誰も相手にしないとか、嫌味を言われるようになったの。だから、奏太さんの気持ちは良く分かる。勝手に好意を持っておいて、自分が思った通りの人じゃないと分かった途端に酷い文句を言われても、戸惑うし、嫌な思いをして傷つくもんね」

 奏太の目が見開かれ、心なしか耳が少し赤くなったような気がする。

「あ、ああ。ありがとう。その‥‥‥俺に比べたら莉緒ちゃんの方がよっぽど嫌な目にあってるんだな。自分の能力が足りないからって、女の子に八つ当たりするなんて最低ヤローだ。今度言われたら俺に電話しな。同じ大学にいるんだから駆けつけて怒ってやるよ」

「う、うん。ありがとう。こ、困ったら、頼るかも」
 なんか調子狂う。
 男子生徒たちに、手の平を返すような扱いを受けたせいか、自分勝手な異性に振り回されないためには、知識や技術をしっかり身に着けて、自分の地位を確立するしかないと思って頑張ってきた。
 けれど、奏太はいい意味で男としての役割を果たそうとしている。それにとっても素直で優しい。

「あの、こんなこと言ったらひがみに取られるかもしれないけれど、奏太君は男性だから、学生のうちにいい成績を残して優良企業に就職できれば、周囲の目が変わると思う。きっと女性からだって、研究ばかりに熱中する面白味のない変人という扱いを受けなくて済むようになるわ」

「えっ?あぁ。えっと、変人扱いまでは行ってないけど」

「あっ、そっか、ごめん。自分と同列にしちゃった」

 奏太の眉根が寄って、目が三角の垂れ目になる。同情を買おうとたわけじゃないと弁解しようとして、莉緒は慌てて言葉探したれど、つけるより先に奏太口の両端がフッと上がって、表情が和らいだ。

「言われないだけで、変人だと思われてるかもな。でも、兄のいるH・T・Lに就職すれば、もっと研究に打ち込んでプライベートな時間が取れなくなると思うから、女の子には敬遠されそうだ」

「悪く言うのは、遊びたいだけで自分が大事な構ってちゃん女子だけでしょ。きっと就職したら、奏太君の男らしさや、人や物事を公平に見るところに惹かれる女性も出てくるし、仕事を応援してくれる人にも出会えると思うの。だから、今は焦ってパーティーなんかで、変なのに引っかかっちゃだめだよ」

「‥‥‥分かった。ありがとう。俺、莉緒ちゃんに謝らないといけないな。さっきは悪かった。サイテーだとか、兄の威光を借りるお姫さまだなんて言って。莉緒ちゃんこそ感情で物事を左右しないところがフェアだよ。頭もよくて包容力もあるし、すごくクールな女の子だと思う」

 いや、そこまではと莉緒は両手を胸の前で左右に振った。
 ほっぺたが熱い気がする。

「さっきの莉緒ちゃんの話を聞いて思ったんだけど、女性を蔑視する男子生徒の中にいれば、男に幻滅するだろうね。だから押し付けられたお見合いなんてしたくないよな。アンディーたちも莉緒ちゃんじゃなくて、背後の社長を拝んでるのが分かるし」

「やっぱり?」

「丸わかり」

 莉緒と奏太は身体を揺らして笑った。
 さっきまでギクシャクしていた険悪な雰囲気は一気に吹き飛び、悪戯を共有した仲間のような信頼感さえ感じる。
 莉緒は、奏太となら一緒に働いても楽しいだろうなと思い、頭にアンディーを作る場面を思い浮かべてみた。
 でも、夢は夢でしかなく、奏太の言葉にしぼんでしまった。

「アドバイスをもらって悪いんだけど、俺、今回だけ、ちょっとだけ顔を出してくる。長居しないようすぐ帰ってくるつもりだから、留守番を頼むな」

 行ってこればいいのにと勧めたのは莉緒の方なので、今更止めることはできない。
 時間が気になるのか、奏太は慌ただしく部屋を出て二階に上がっていった。

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