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事件発生

アンドロイドは恋に落ちるか

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 自分のスマホで検索すると、出てきた画像にみぞおちがヒヤリとした。
 秘密の実験を行うため、参加者と事前にかわした契約書には、本人またはアンディーを操作しての録音・録画はしないこと、羽柴社長以外の人間に内容を漏らさないことを約束してもらっている。もちろん破った場合には法的な措置やそれなりの重い罰則があることも告知してある。

 早急にコンセントタっプの中身を調べなければと思ったとき、裏返しになって床に転がっていたスマホが点滅し、ウォークインクローゼットの床に小さな光が瞬いた。
 表示は録音になっている。解除して耳に当てた。

『途中で切ってすまなかったな。莉緒、実験を切り上げて家に戻ってきなさい』

 羽柴社長の声?
 何だこれは⁉奏太は愕然とした。

 スマホを耳にあてながら、音を立てずに急いで階下へと降りていく。開け放った廊下の先にあるキッチンへの入り口から、莉緒の相槌が聞こえた。
 スマホからは莉緒の相槌だけではなく、羽柴社長の声まではっきり聞こえることに脚が震えそうになる。
 床に落ちたハサミを踏まないようにして、キッチンの扉からダイニングを覗いてみると、こちらに背を向けた莉緒がスマホで話しをしていた。

『実は牧田君が昨日から出社していないそうだ。電話やメールでの連絡が取れないから、今日同じチームのリーダーが彼のマンションに訪ねていったのだが、応答はなかったらしい』

『えっ?牧田さんが?‥‥‥一体何が起きてるの?そういえば、お兄ちゃんに出したウィルスの企画書を押して欲しいって頼まれていたけれど、お兄ちゃんは見た?半年前に出したっていうの』

『半年前にウィルスの企画書を?いや、覚えがないな。牧田君からは何も上がってきていないはずだが、他の者にも確認してみる』

『アンディーの設計図はお兄ちゃんも持ってるの?』

『持っていない。新見が極秘に管理していた。例えば皮膚などの機械部分とは異なる特殊なパーツは、莉緒のように他の担当者が設計しているが、基本は全て新見が開発したものだ。何かあった時にどうするかは副所長と取り決めてあると聞いていたから、これから連絡を取る。莉緒も荷物をまとめて待っていなさい。迎えに行くから』

『待って、切らないで。あのね、奏太君のことなんだけど』

『奏太君?ああ、新見の弟か。君づけで呼ぶなんて、ずい分親しくなったんだな。彼がどうした?』

『あれっ?ほんとだ。私いつのまに君づけで呼んで‥‥‥ううん、そんなことじゃなくて、ケンディーもだけど、奏太君も少しおか‥‥‥』

 おかしいと続くはずだったのだろう言葉が、カタンという音に遮られた。
 驚いた様子の莉緒が振りむき、奏太に蹴られたハサミが壁に当たって廊下で回転しているのに気が付き、恐る恐る顔を上げる。厳しい顔で見据える奏太を認め、莉緒が羽柴にまたかけると断りを入れ電話を切る。
 奏太は無言のままキッチンのあちこちを探り、コーヒーポットの差し込み口に必要のないコンセントタップを見つけて引っこ抜いた。

「何しているの」

 莉緒が訊いた途端に、奏太の持っているスマホが点滅して着信状態になる。
 何をしているのかは教えずに、奏太は隙間という隙間を覗きながら、莉緒に問いかけた。

「どうして、一階にいるアンディーと君がさらわれずに、二階にいる兄貴がさらわれたんだ?カギを開けたのは君か?」

「違うわ。あの、私もちょっと出かけていて、さっき帰って来たばかりなの」

 さっきまで比較的きれいに聞こえた声が、動く方向によってノイズが混じることに気が付き、奏太はアンティーク調の食器棚に近づいた。
 莉緒が答え終わると、スマホも沈黙する。奏太はまた莉緒に問いかけた。

「莉緒ちゃんが、アンディーの面倒を見ると言ってくれたから、俺は出かけられたんだ。それなのに一体どこをぶらついていたんだ?」

「ご、ごめんなさい。ドーナツがどうしても食べたくなって、買いに出かけたの。もちろん新見所長には許可をもらったわ」

 莉緒が喋っている間に、翔太がしゃがみこんで食器棚と壁の隙間を覗き込み、手を突っ込んで通話中のスマホを引きずりだした。
 ずるずると音がしてスマホに繋がれた薄型のモバイルバッテリーが現れる。
 多分実験中の一週間の通信を優に賄える大容量モバイルバッテリーに違いないと奏太は推測した。
 
 質問に素直に答えていた莉緒も、さすがに翔太の質問と動作の食い違いに疑問を抱いたようで、奏太が食器棚の後ろを覗き込んだ時に、傍にやってきてしゃがみこみ、じっと何が出てくるのかを見守っていた。
 まさかスマホが現れるとは思いもしなかったようで、かなり驚いている。
 今にもこれは何かと質問しそうな莉緒に、奏太が人差し指を自分の唇にあてるゼスチャーで何も言わないようにと示してから、電源をオフにする。用心には用心を重ねスマホのサイドからSIMも抜き取った。

 自分のスマホをポケットから取り出し、高橋にSNSを送る。
 [至急一人で遊びに来てほしい。盗聴されているかも。それとさっきのパーティー楽しかったな]
 最後の文章はパルクールをしていたことを言うなという意味を込めたのだが、察してくれよと願わずにはいられない。休憩中だったのか高橋がすぐに電話をかけてきた。

『よぉ、何か意味深なメッセージだな。ふざけているんじゃないよな?』

「いや、全然!なぁ、俺心細くってさ。一緒にいる莉緒ちゃんも今日で帰るかもしれないし、泊まりにきてくれよ。あっ、保護者は無しだぞ」

『キモイこと言うなよ。親父からゲーム機を借りて持っていってやるから、少し大人しくしてろよ。そうだ、彼女さんにもまだ居てもらって。俺会いたいから一緒にゲームしようって言っといて』

 高橋の電話が切れると、奏太は自分のスマホから羽柴社長に電話をかけるように莉緒に言った。何かあった時の為に、番号を交換しておいた方がいいと踏んだからだ。
 見慣れない電話番号には普段でないと莉緒は言ったが、事件のさなかどこから何の連絡が入るか分からない状況だったので、羽柴はすぐに電話に出た。

「お兄ちゃん、ちょっと奏太君と話したいことがあるから、もう少しここにいる。心配しなくていいから」

 奏太はふとあることに気が付いた。スマホから漏れる高橋や羽柴社長の声は当然のことながらくぐもって聞こえる。でも、さきほど莉緒が自分のスマホを使って羽柴社長と話しているのを、録音スマホ越しに届いた時には、莉緒も羽柴社長の声もかなりクリアだった。

 まさか、莉緒のスマホに何かしかけられている?
 奏太はメモにそのむねを書いて、莉緒にスマホを使わないように頼んだ。



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