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事件発生

アンドロイドは恋に落ちるか

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 奏太はダイニングからリビングへ移動して、ソファーに腰かけていた牧田アンディーの名前を呼んだ。途端に手の中のスマホが録音状態になる。
 アンディーの目の前にバッテリーつきのスマホを突き出し、見覚えがあるか聞いてみた。
 ぎこちなく揺れる瞳。
こんな時はこの精巧さを褒めるよりも、アンドロイドを犯罪に使うなんてと、背後の人間を呪ってやりたいくらいに腹が立つ。

「誰から頼まれた?」

「言えません」

「いつ仕掛けた?」

「‥‥‥」

 牧田アンディーの目が閉じられ、完全にスリーブモードに入った。
 テーブルの上のリモコンを操作して、水野アンディーに切り替え起動する。
 頬骨が出て、切れ長の目へと変化を遂げた水野が目を覚ました。

「奏太さん、莉緒さん、こんにちは。お二人共どうかされたのですか?何だか怒ったようなお顔をされていますが」

「これに見覚えはあるか?」

 奏太は牧田にしたのと同じように、水野の前にモバイルバッテリー付きのスマホを突きつける。水野は首を傾げて考えた末、思い出したように言った。

「牧田さんのスマホじゃないでしょうか?」

「どうしてそう思う?」

「‥‥‥‥‥‥着替えの時に、間違えて牧田さんのチェストを開けてしまったのです。そしたらこれが見えたんです」

「饒舌な水野アンディーにしては珍しく、答えるのに時間がかかることもあるんですね」

「そ、それは‥‥‥‥‥‥割り当てられたチェストを間違えたばかりでなく、勝手に見てしまった他人のものを、告げ口をするのがはばかられたからです。莉緒さん、私は普段は口が堅い男です。誤解をしないでくだ‥‥‥」

「もういい!ちょっと黙ってくれ。呼び出して直ぐで悪いが、また眠ってもらう」

 リモコンの操作でスリーブモードに入った水野アンディーをリビングのソファーに残して、奏太は莉緒とともにダイニングルームに戻った。
 ドアを閉めてからくそっ!と小声で悪態をつく。
 手の中のスマホの録音ランプはつかなかった。ということは、リビングとダイニングを隔てるドア付近には盗聴スマホは仕掛けられていないか、小声なら聞こえないということか。
 頭の中に研二とのあの会話を思い出すと肝が冷える。多分大丈夫だろうと思いながらも、確かめるまでは安心できないだろう。
 冷静になるために、不安そうに見守る莉緒に話しかけた。

「細かいところまで想定して、アンディーに指示を出しているよな」

「でも、どうやって?届けられたデーターは人がチェックしているんじゃないの?」

「試作段階ではやっていたらしい。被験者には、平日は仕事から帰宅してからの日常生活を3、4時間ほど、土日は丸っと一日家で過ごたものを録画してもらうんだってな。最初はそのデーターをアンディーに入力する前に、チームが一々確認していたそうだ。でも、全て確認されるとなると、チェックされるのを意識して行動が普段と違ってしまうと被験者から意見が出た。研究員だから承諾できることでも、外部の人間はプライベートを見られるのには抵抗があるに違いないと意見がまとまって、AIによる自動チェック機能に切り替えたそうだ」

「ああ、今朝、奏太さんから聞いた暴力などをチェックする機能のことね」

「うん、そのことだ。犯罪や暴力、宗教的なことなどをチェックして、問題があるなら見合い相手として失格になり、アンディーにインストールすることはないと聞いた。なのに、どうしてこんなことが起こるんだ?牧田本人に会って何をしたのか聞きたいよ」

 考え込んだ奏太に莉緒が声をかけた。
「兄から聞いたのだけど、実は牧田さんも行方不明になっているみたいなの。兄が副所長さんに設計図のことを聞くと言っていたけれど、ついでに研究所内でアンディーに細工ができそうな人間がいないか、内部のことも聞いてみる?」

「そうだな、それはもう少し後にして、まずはどんなことを探らなくっちゃいけないか考えないと。思い付きで訊ねて取りこぼしがあってもいけないし、誰がどんなことに関与しているか今は分からない状況だ。素人の俺たちが勝手に先走れば、犯人に言い分ける情報を与えてしまうかもしれない。俺たちにはプロのアドバイスが必要だ」

 莉緒がキッと奏太を睨んで駄目だと首を振った。

「やめて!警察に捜査を頼んだら、新見さんの命がないわ。さっき犯人の言葉を聞いたでしょ」

 分かっていると答えながら、奏太はメモに友人の高橋の父がサイバー捜査官であることを書いて、秘密裏にことを進める手筈を整えるつもりだということを莉緒に知らせた。
 莉緒が深く頷く。兄の命を思う気持ちは嬉しいが、むきになって突っかかられると、何だか胸のうちがモヤモヤした。

「少し確認したいことがあるから、テレビをつけといて欲しい。なるべく音を大きくして見ていてくれ」

 奏太はテレビの音が流れ出すのを背中で聞きながら、電話台の引き出しからスマホ用のイヤホンを取り出してスマホに装着し、録音されたものを再生した。

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