上 下
23 / 43
アンドロイド・ディベロップメント

アンドロイドは恋に落ちるか

しおりを挟む
「まだ新見博士は目覚めないのか」

「はい。心音的には問題が無いようですが、気つけ薬でもかがせますか?」

 やめろバカ!
 ソファーの上に転がされ、後ろ手に縛られた研二は心の中で叫んでいた。

 クロロホルムだって臭覚がおかしくなるほどのきつい匂いだったのに、アンモニア成分の入ったかなり刺激臭の強い気つけ薬を嗅がされるなんてとんでもない。だいたいクロロホルムを吸ったからって人が速攻で眠るもんか!


 声に出して悪態をつきたいところだが、今目を開けたらあまりにもタイミングが良すぎて、狸寝入りをしたことがバレてしまうので目をつぶったままでいる。本当は、後ろで拘束された腕が、曲げられた角度のまま元に戻らないんじゃないかと思うくらいに余裕もなく縛られているので、早く解いて欲しいのだが。

「まぁ、もう少し様子を見てもいいだろう。目が覚めたら新見博士にそっくりのふざけた名前のアンドロイドの操作方法を教えてもらえ。もう一度ケンディーから指令が出て初めて、新見博士はアンドロイド化するんだからな」

「はっ。承知しました」

「だいたい博士の元でアンドロイドの研究に携わっていたお前が、どうしてケンディーを作動できないんだ?チーフという肩書は伊達なのか?なぁ杉下よ、お前の友人の水野も恰好ばっかりで中身がないから、類は友を呼ぶというのを証明しているようだな」

「そ、そんな黒石博士。H・T・Lではアンディーも、ケ、ケンディーも問題なく動かせました。これは新見博士が細工をしたに違いありません。ひょっとして我々の計画に気づいて対策を練ったのでは?」

「それなら余計にお前がここで作ったアンドロイドを完璧にしろ。顔も中途半端にしか変化しないし、入力したデーター解析が遅すぎる。被験者の性格を表すどころか問いかけに一々フリーズするようじゃ使い物にならん。とにかくあの出来損ないのアンドロイドを使って、今日は脳神経外科医とSEをアンドロイド化しなければならない。準備は万端だろうな?」

「はい。もちろんです。決まった文言のやり取りならフリーズすることもありません。ご期待ください」
 フンと高を括ったように鼻を鳴らし、黒石博士と呼ばれた男がカツコツと靴音を響かせながら部屋から出て行く様子に、研二は緊張を解いた。

 黒石博士か。確かマッドサイエンティストと言われた天才科学者だ。
 倫理に欠ける研究を発表し続けたために、学会から締め出されたという噂を、研二は学生の頃に聞いていた。
 そのマッド黒石と研二の下でチーフとして働いていた杉下が、どんな繋がりを持っているのかは分からないけれど、黒石の様子からあまり相手にされていないのが分かる。杉下には可哀そうだが、彼の能力ではアンディーは作れないだろうと思う。研二の指示にしたがって細かい修正をするのには申し分のない能力ではあったのは認めるけれど。
 
 その杉下の様子がおかしいのが気にかかったのと、監視カメラの映像を洗った結果、アンディーに何か細工を施す杉下が映っているのを発見して、きっと何かが起きるはずだと嫌な予感がしていた。
 だから家のセキュリティーが切られ、ロックが外されて賊が中に入ってきたときに、アンディーが良からぬことに利用されるのを阻止するために、わざと捕まったのだ。

 車窓から薄目を開けて見た限りでは、ここは新見が勤めているラボと同じような建物のようだった。
入るときも認識手順を複数踏み、ドアが沢山ある廊下を靴も脱がずに移動したことから、一般宅ではなく何かの施設だということが知れる。
 男の靴音が完全に消えてから、新見は初めて意識が戻ったように、うめき声を漏らして目を開けた。

「気が付きましたか。新見所長、いや、もう私はあなたの部下ではないから新見博士とお呼びした方がいいんですかね」

「どうとでも。それでどうして関係もなくなった君が、僕を拉致したのかな」

「偉大な黒石博士の研究を完成させるためですよ。私も手助けすることによって世界に名を残せるんです」

「ほう。それはどんな研究だ?」

「そ、それは‥‥‥今は言えない。とにかくケンディーが作動しないように弄ったのなら、解除してください。でないと世紀の発明が進展しないんですよ」

「僕に手伝って欲しいから、連れてきたんだろう?理由を話せば協力できるかもしれないじゃないか。僕にとっても名声は魅力的だ。話してみれば案外乗り気になるかもしれない」

 さも興味があるように、研二が横たわった体勢から何とか身を起こして腰かける。杉下が研二の顔にチラリと目を走らせた。
     杉下は元々額が広いのに、少し前髪が後退気味なのを隠しもせずに出しているため、尖った顎までの顔の長さが強調されている。眉根を寄せて唇をへの字に曲げて一点を見ている様子から、多分心の中で葛藤しているに違いない。
      あと一押しというところか。

しおりを挟む

処理中です...