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シークレットルーム
アンドロイドは恋に落ちるか
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『奏太、聞いてちょうだい。今からあなたに大切なことを知らせなくてはならないわ。私たちが昔使っていた地下の実験室があるのだけれど、そこに行ってあなたの目で見てきて欲しいものがあるの』
「ああ、俺が小さなころ、色々な器具が置いてある実験室にいた記憶があるよ。父さんと母さんの隣で、兄さんも真剣な顔で覗き込んでいたっけ」
『そうか。お前は小さかったがそのときの記憶があるんだな。実験室は今は研二の部屋からしかいけない。ウォークインクローゼットの奥に姿見があるだろう。それをスライドさせて中に入りなさい』
「分かった。今から見てくるよ」
『奏太。何を見ても気をしっかり持っていて。聞きたいことがあればいつでも電話に出るから、短絡的な行動は取らないで。約束してくれる?』
「何だか気持ち悪いよ。いつもパッパと指示する母さんが、してくれるなんて依頼系を使うから、よっぽど気味の悪いものが置いてあるんじゃないかと遠慮したくなるよ。失敗した実験の残骸がうろついてたりして?」
冗談めかして言ったのに、両親は顔を強張らせただけで、返事もしない。気まずい沈黙に耐えられなくなった奏太は、また何か情報が入ったらかけると行ってテレビ電話を切った。
音を立てないようにしてドアを閉め廊下を渡る。奏太の部屋は一番奥なので、莉緒や高橋の部屋を通り過ぎ、玄関ホールからコの字型に上がった先にある研二の部屋のドアをそっと開ける。トントンと肩を叩かれて跳び上がりそうになった。
振り向くと、パジャマの上に夏物のレースのカーディガンを羽織った莉緒が立っていて、何してるのと聞く。奏太は指を唇の前で立てて、静かにするように示してから、研二の部屋に一緒に入った。
「悪いけど、部屋に戻ってくれないかな」
「どうして?新見さんの手がかりを探すなら、手伝うわ。何度もこの部屋で一緒に探しているじゃない。今更隠し事はなしだよ」
「う~ん。どうしようかな。多分俺一人で見た方がいいと思うんだ」
「あっ、そう。私、奏太君に言ったよね?今は新見博士を助けるために団結しよう。お互いが味方だって信じることができなければ、作戦なんて立てられないって。奏太君だって賛成して、二人で意見を出し合おうって言ったのに、あれ、嘘だったんだ」
「いや、嘘じゃないけれど、俺もたった今、両親から聞いた話で、見た後も気をしっかり持てなんて言われたら、よっぽど気味の悪いものが置いてあると思うだろ。莉緒ちゃんは見ない方がいいと思うんだ」
「ふぅ~ん。奏太君も怖いんだったら、木呂場刑事と高橋君も呼んでくる。ちょっと待ってて」
踵を返して、軽い足取りで部屋を出ようとする莉緒を、奏太はちょっと待ったと引き留めた。
「分かった。莉緒ちゃんにだけは話しておく。他の人には内緒だぞ」
「約束する。で?何があるの」
「昔、両親が使っていた研究室が地下にあるんだ。今はこの部屋のウォークインクローゼットからしかいけないらしい。おい、ちょっと待て。誰も連れて行くなんて言ってない」
奏太の言葉を無視して、莉緒はウォークインクローゼットに入っていった。
昔の洋館の作りはかなり間取りが大きく、ウォークインクローゼットも部屋と言っても差し支えないくらいだ。
莉緒は頭の中で部屋の間取り図を描いた。
広い玄関ホールの端から上がる階段はコの字型に折れて二階のフロアに行きつく。目の前が研二の部屋の壁になるのだが、斜め前、つまり階段の横に作られた廊下の始まりの壁にドアがある。入って右側がウォークインクローゼットで左側が部屋だ。かなり大きな角部屋で、コの字型に折れ曲がっているのを考えると、研二の部屋の下は玄関と玄関ホール、そしてゲストルームにかかっているのだろう。
玄関脇にあった壁はタイルで絵が描かれていた。もし地下へ降りるエレベーターか階段を作った跡を隠すために貼ったとしたら、方向的にはこの奥に入り口があるはず。莉緒は大きな姿見の前に立った。
背中で奏太がヒューっと口笛を吹く。莉緒はパッと振り向いて、唇の前に人差し指を立てた。
「ここで合っているのね?でも、ドアが無いわ」
「姿見をスライドさせるんだ」
奏太が莉緒の脇を通り、姿見に手をかけ横に押した。ところがどちらにもスライドしない。姿見の両脇につるされた服などをかき分けてみたが、開閉ボタンも無かった。
「困ったな。両親はただスライドさせて中に入れと言ったんだ」
「ひょっとしたら、新見さんが後で仕掛けを作ったのかもしれないわ。それだけ秘密にしたいものなのよ」
莉緒が鏡の前に立って、奏太と同じようにスライドさせようとしたが、やはり扉はびくともしない。開いた足のつま先が吊るした服の下に置いてあった加湿器に当たった。
整理整頓されているクローゼットは主の性格を反映していそうだが、その中にぽつんとしまいわすれた加湿器は、知らなかった新見の抜けた面を見るようで親しみが涌く。
莉緒の知っている新見は、ブランド品に拘らず、色のトーンを合わせた質の良いものを着ていて、何をするにもそつがなかった。
容姿が優れているために、おしゃれに無関心でも、無造作に着たものが決まってしまう新見が、果たしてこんな大きな姿見の前で、全身を写してコーディネートをしたことがあるのだろうかと想像したら、懐かしさが込み上げて思わず深いため息がもれた。
突如、白く曇った鏡に数字が現れ、莉緒は目を見張った。
「ちょ、ちょっと奏太君。こっちへ来て。早く!消えちゃう」
一体何が起きたのかと奏太が大股で近づいたとき、鏡の中央に消えかかった白い曇りと浮き出た数字を目にして足を思わず止めた。
「莉緒ちゃん。すごい!大発見だ」
「私に話して良かったでしょ」
「ま、まぁな。でも、これ、パスワードを入れないと開かないってことか?」
「どうもそうみたい。でも、何桁で数字の並びが何かなんて想像もできないわ。ご両親に訊ねてみたら?」
莉緒に言われるまでもなく、奏太はもうスマホを弄っていた。
テレビ電話に出た両親に、曇りガラスに透ける数字を見せてパスワードを尋ねるが、以前はそんなものは無かったと言われ、がっかりした。
ふいに背中に小さな手がそっと置かれ、隣から気遣うように莉緒が覗き込む。莉緒に気づいた両親が、まさかアンドロイドに関わりのない人を、研二の研究室に連れて行く気なのかと奏太に厳しい表情で聞いた。
「あの、勝手についてきてしまってごめんなさい。私は羽柴莉緒と申します。アンディーじゃなくて、アンドロイドの開発では人工の皮膚を担当させて頂きました」
『ああ、研二の研究に投資してくださっている羽柴社長の妹さんですね。羽柴さんには息子が大変お世話になっています。私は研二と奏太の父親で、新見一郎と申します。こちらは妻の美波です』
『初めまして。私たち苗字からして、数字の語呂合わせみたいな名前で笑っちゃうでしょ。研二から、羽柴さんご兄妹のことは聞いています。莉緒さんは二年も飛び級された天才少女だそうですね。アンドロイドの開発に携わってくださってありがとうございます』
「あっ、いえ、天才は新見博士の方で、私のは憧れの新見博士に教えを乞いたくて、必死で努力した結果です。お役に立ててとても嬉しいです。あの、アンドロイドの秘密は絶対に守りますので、私にも研究所に入る許可を頂けないでしょうか?お願いします」
頭を下げた莉緒を、一郎と美波が困ったように見つめた。やがて、一郎が決意をこめた声で言った。
『分かりました。全ての判断はあなたに任せます』
「ああ、俺が小さなころ、色々な器具が置いてある実験室にいた記憶があるよ。父さんと母さんの隣で、兄さんも真剣な顔で覗き込んでいたっけ」
『そうか。お前は小さかったがそのときの記憶があるんだな。実験室は今は研二の部屋からしかいけない。ウォークインクローゼットの奥に姿見があるだろう。それをスライドさせて中に入りなさい』
「分かった。今から見てくるよ」
『奏太。何を見ても気をしっかり持っていて。聞きたいことがあればいつでも電話に出るから、短絡的な行動は取らないで。約束してくれる?』
「何だか気持ち悪いよ。いつもパッパと指示する母さんが、してくれるなんて依頼系を使うから、よっぽど気味の悪いものが置いてあるんじゃないかと遠慮したくなるよ。失敗した実験の残骸がうろついてたりして?」
冗談めかして言ったのに、両親は顔を強張らせただけで、返事もしない。気まずい沈黙に耐えられなくなった奏太は、また何か情報が入ったらかけると行ってテレビ電話を切った。
音を立てないようにしてドアを閉め廊下を渡る。奏太の部屋は一番奥なので、莉緒や高橋の部屋を通り過ぎ、玄関ホールからコの字型に上がった先にある研二の部屋のドアをそっと開ける。トントンと肩を叩かれて跳び上がりそうになった。
振り向くと、パジャマの上に夏物のレースのカーディガンを羽織った莉緒が立っていて、何してるのと聞く。奏太は指を唇の前で立てて、静かにするように示してから、研二の部屋に一緒に入った。
「悪いけど、部屋に戻ってくれないかな」
「どうして?新見さんの手がかりを探すなら、手伝うわ。何度もこの部屋で一緒に探しているじゃない。今更隠し事はなしだよ」
「う~ん。どうしようかな。多分俺一人で見た方がいいと思うんだ」
「あっ、そう。私、奏太君に言ったよね?今は新見博士を助けるために団結しよう。お互いが味方だって信じることができなければ、作戦なんて立てられないって。奏太君だって賛成して、二人で意見を出し合おうって言ったのに、あれ、嘘だったんだ」
「いや、嘘じゃないけれど、俺もたった今、両親から聞いた話で、見た後も気をしっかり持てなんて言われたら、よっぽど気味の悪いものが置いてあると思うだろ。莉緒ちゃんは見ない方がいいと思うんだ」
「ふぅ~ん。奏太君も怖いんだったら、木呂場刑事と高橋君も呼んでくる。ちょっと待ってて」
踵を返して、軽い足取りで部屋を出ようとする莉緒を、奏太はちょっと待ったと引き留めた。
「分かった。莉緒ちゃんにだけは話しておく。他の人には内緒だぞ」
「約束する。で?何があるの」
「昔、両親が使っていた研究室が地下にあるんだ。今はこの部屋のウォークインクローゼットからしかいけないらしい。おい、ちょっと待て。誰も連れて行くなんて言ってない」
奏太の言葉を無視して、莉緒はウォークインクローゼットに入っていった。
昔の洋館の作りはかなり間取りが大きく、ウォークインクローゼットも部屋と言っても差し支えないくらいだ。
莉緒は頭の中で部屋の間取り図を描いた。
広い玄関ホールの端から上がる階段はコの字型に折れて二階のフロアに行きつく。目の前が研二の部屋の壁になるのだが、斜め前、つまり階段の横に作られた廊下の始まりの壁にドアがある。入って右側がウォークインクローゼットで左側が部屋だ。かなり大きな角部屋で、コの字型に折れ曲がっているのを考えると、研二の部屋の下は玄関と玄関ホール、そしてゲストルームにかかっているのだろう。
玄関脇にあった壁はタイルで絵が描かれていた。もし地下へ降りるエレベーターか階段を作った跡を隠すために貼ったとしたら、方向的にはこの奥に入り口があるはず。莉緒は大きな姿見の前に立った。
背中で奏太がヒューっと口笛を吹く。莉緒はパッと振り向いて、唇の前に人差し指を立てた。
「ここで合っているのね?でも、ドアが無いわ」
「姿見をスライドさせるんだ」
奏太が莉緒の脇を通り、姿見に手をかけ横に押した。ところがどちらにもスライドしない。姿見の両脇につるされた服などをかき分けてみたが、開閉ボタンも無かった。
「困ったな。両親はただスライドさせて中に入れと言ったんだ」
「ひょっとしたら、新見さんが後で仕掛けを作ったのかもしれないわ。それだけ秘密にしたいものなのよ」
莉緒が鏡の前に立って、奏太と同じようにスライドさせようとしたが、やはり扉はびくともしない。開いた足のつま先が吊るした服の下に置いてあった加湿器に当たった。
整理整頓されているクローゼットは主の性格を反映していそうだが、その中にぽつんとしまいわすれた加湿器は、知らなかった新見の抜けた面を見るようで親しみが涌く。
莉緒の知っている新見は、ブランド品に拘らず、色のトーンを合わせた質の良いものを着ていて、何をするにもそつがなかった。
容姿が優れているために、おしゃれに無関心でも、無造作に着たものが決まってしまう新見が、果たしてこんな大きな姿見の前で、全身を写してコーディネートをしたことがあるのだろうかと想像したら、懐かしさが込み上げて思わず深いため息がもれた。
突如、白く曇った鏡に数字が現れ、莉緒は目を見張った。
「ちょ、ちょっと奏太君。こっちへ来て。早く!消えちゃう」
一体何が起きたのかと奏太が大股で近づいたとき、鏡の中央に消えかかった白い曇りと浮き出た数字を目にして足を思わず止めた。
「莉緒ちゃん。すごい!大発見だ」
「私に話して良かったでしょ」
「ま、まぁな。でも、これ、パスワードを入れないと開かないってことか?」
「どうもそうみたい。でも、何桁で数字の並びが何かなんて想像もできないわ。ご両親に訊ねてみたら?」
莉緒に言われるまでもなく、奏太はもうスマホを弄っていた。
テレビ電話に出た両親に、曇りガラスに透ける数字を見せてパスワードを尋ねるが、以前はそんなものは無かったと言われ、がっかりした。
ふいに背中に小さな手がそっと置かれ、隣から気遣うように莉緒が覗き込む。莉緒に気づいた両親が、まさかアンドロイドに関わりのない人を、研二の研究室に連れて行く気なのかと奏太に厳しい表情で聞いた。
「あの、勝手についてきてしまってごめんなさい。私は羽柴莉緒と申します。アンディーじゃなくて、アンドロイドの開発では人工の皮膚を担当させて頂きました」
『ああ、研二の研究に投資してくださっている羽柴社長の妹さんですね。羽柴さんには息子が大変お世話になっています。私は研二と奏太の父親で、新見一郎と申します。こちらは妻の美波です』
『初めまして。私たち苗字からして、数字の語呂合わせみたいな名前で笑っちゃうでしょ。研二から、羽柴さんご兄妹のことは聞いています。莉緒さんは二年も飛び級された天才少女だそうですね。アンドロイドの開発に携わってくださってありがとうございます』
「あっ、いえ、天才は新見博士の方で、私のは憧れの新見博士に教えを乞いたくて、必死で努力した結果です。お役に立ててとても嬉しいです。あの、アンドロイドの秘密は絶対に守りますので、私にも研究所に入る許可を頂けないでしょうか?お願いします」
頭を下げた莉緒を、一郎と美波が困ったように見つめた。やがて、一郎が決意をこめた声で言った。
『分かりました。全ての判断はあなたに任せます』
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