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シークレットルーム

アンドロイドは恋に落ちるか

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 どういうことだ?と今度は奏太が莉緒と顔を見合わせている間に通話は切れて、曇りのない鏡には困惑した二人が取り残された。
 その鏡に向かって莉緒がハァーと息を吹きかける。鏡に上体を寄せて唇を開いた莉緒が煽情的で、奏太は慌てて目を逸らし、今はパスワードのことだけを考えろと心の中で自分に喝を入れた。
 再び現れた数字を前に腕を組んで考えていた莉緒が、突然あっと声をあげて三つの数字を口にした。

「213」

「なんだそれ?」

「数字の語呂合わせよ。お母さまが語呂合わせみたいな名前でしょっておっしゃったことから閃いたの。新見にいみは213。お父さんは一郎だから16。お母さんはみなみだから373」

「何か背中がぞくっとした。イケるかも」

 鏡に息を再度吹きかけた莉緒が父の名前を苗字から入れる。が、開かない。
 今度は母親の美波の番だ。213373。期待で奏太の胸も高鳴り、脈も速くなる。

「ダメだわ。ねぇ、奏太くんの名前は語呂合わせできないの?」

「そうた。そうた。う~ん、無理っぽい。兄はどうだ?研二の[]は数字の2だけれど、研は……」

「ひょっとして、1じゃないかしら。研を刀の方の剣に置き換えてみると、1にみえない?21312」

 数字を入れて鏡に手をかけた莉緒が、開かないと言ってしょんぼりした。

「莉緒ちゃんの推理はいい線いってるかも。剣には刃とグリップの間に相手の剣を受け止めるガードとかがくって言われる部分があるだろ?刃に対してクロスしているから十じゃないかな?研二の研は刀をぐ意味があるから、[と]を十に変えられる」

「それだわ、きっと!奏太君って頭脳派だったのね」

 おい、おいと奏太が文句を言っている間に、莉緒が213102と入力する。
 カチッと音がしてドアが自動でスライドした。

「すごい!奏太君、やった~」

 ハイタッチをした二人が、鏡の中の床に足を踏み入れる。ドアが閉まると同時にシーリングライトがついて、階下へと続く螺旋階段を照らした。
 踏み板は厚いカーペットが敷かれ、足音が響かないようになっている。

「行こう」

 奏太が莉緒に声をかけ、階段を下りて行った。
 ラストのステップから地下の床に足を載せた時、フロア全体の明かりが点いて、薄暗い空間を移動してきた奏太と莉緒は眩しさに目を細めた。だんだんと明るさに慣れた二人の目に映ったものは……

「うそ!なにこれ?人体模型が吊るしてある」

 上に渡されたパイプから透明のドームが吊るされ、中に子供から大人までの裸の模型がずらりと並んでいる様子は、まるで精肉工場のようだ。
よくみれば、ドームの下にはT字型の台があり、吊るしてあるのではなく、上下で固定してあるのだと分かる。
 莉緒が近くへ寄って、一体一体見ながらはしゃぎ声を上げた。

「これ、模型じゃなくて、全部アンドロイドじゃないかしら?新見博士が今のアンディーに辿り着くまでに試行錯誤を重ねたプロトタイプなんじゃない?すごいわ。骨格や筋肉のつけかたまで本物の人間みたい。アンディーが世に出て大成功を収めたら、これは貴重な遺産になるわ」

「いや、これはアンディーのプロトタイプじゃない。これは……」

 首を傾げる莉緒を通り越し、奏太の頭の中に過去の光景と声が蘇る。あれは父の声か……

『息子よ、許してくれ。こんな形で生かすことを』

『あなた。もう止しましょう。これは神への冒涜だわ。捕まる前に自首しましょう』

『駄目だ!脳はまだ生きている。私たちがいなくなれば、誰が息子をケアするんだ?脳に繋いだ人工知能も、学習してだんだん息子らしく育っている。例え身体は病に侵されて動かなくなったとしても、作ったボディーに人工知能を装着すれば、息子と何ら変わらない。あいつは機械じゃない。息子のために生まれた創造物だ』

 両親の声が遠ざかると、今度は兄の声が覆いかぶさるように響いた。

『奏太、お父さんとお母さんは罪の意識に耐えられず、海外に行ってしまったけれど、僕が代わりに沢山愛情をあげる。僕は父さんたちより精巧なアンドロイドを作って、人と機械がお互いに助け合えるような関係にしたいんだ。僕たちみたいにね。だから、このことは秘密だよ』

 俺は……
 目の前が暗くなり、足元がふらついた。

「奏太君、大丈夫?」

 ロボットでもショックが過ぎると、回路がショートして人間と同じ脳貧血みたいな症状になるんだな。チクショウ!涙まで出てきやがった。どれだけ精巧に作りやがったんだ。
 制御しきれない驚きや悲しみを、心の中で研二にぶつける。一方で、奏太はケンディーの中に入りこめた訳を冷静に理解した。
 心や魂はまだ科学的に証明はされていないけれど、俺がそれを持ったというのなら、人の成長に合わせて、ヤドカリのようにボディーを移り変わってきた自分が、違う機種のケンディーに入るのなんて、簡単なことだったんだ。

「笑える」

「えっ?何が?どうしたの奏太君」

「いや、何でもない。実は俺、健康そうにみえるけれど身体が弱くってさ、時々貧血を起こすんだ」

 不安そうだった莉緒の目が細まり、奏太を横眼で睨んだ。

「笑えない。どうみても健康優良児じゃない。パルクールだってあんなに……一般的にあんなに動き回る趣味を持ってる人が言うセリフじゃないわ」

「そう思うだろ?でも、もし俺が気を失ったとしても、病院に連れて行かないで欲しいんだ。暫くしたら意識が戻るから、莉緒ちゃんが傍にいるときは、誰にも触らせないように見張っていてくれる?」

 莉緒は視線を伏せたまま何も言わず、じっと考え込んでしまったようだ。
 やがて顔をあげて、分かったと答えた瞳には、語呂合わせのパズルの答えを見つけた時のような、驚きとも期待ともとれるような輝きが浮かんでいた。

「ドーナツのからくりが分かった気がする」

「えっ?何でいきなりドーナツ?」

「例え話よ。繊細に飾られた外見の下に隠されていたのは、生き生きとして歯ごたえのある別のドーナツだったってこと。しかも空間移動出来ちゃえるようなね」

 奏太は、莉緒が全てを理解したことを知った。

「莉緒ちゃんは本当に鋭いな。ごめん、騙すようなことをして」

「ううん。最初に聞いていたら、きっと私は奏太君の頭がおかしいんじゃないかと思ったでしょうね。でも、今は奏太君がどんなに真面目で、お兄さん思いの人かよく知っている。奏太君がどんな状態になっても、私は見守るし、味方になってあげる」

「ありがとう。君がいてくれて本当によかった」

 奏太は心の底から湧いた言葉を口にした。

「先に部屋に戻っていてくれるかな。二人一緒にいないとなると、高橋や木呂場刑事が気が付いた時に言い訳ができない。俺はもうしばらくこの部屋を見ていたい」

「了解。シークレットルームを見せてくれてありがとう。奏太君、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

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