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奏太の決意

アンドロイドは恋に落ちるか

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 羽柴の車を追ってバイクに乗っていた奏太は、砂利の敷かれた駐車スペースに止めた社用車の窓をノックした。
 怪訝な顔をする羽柴の前でサンバイザーを上げて挨拶をする。

「あれっ?奏太君。君は莉緒と一緒に警備会社の車に乗っていたんじゃないのかい?」

「車にいるのはアンディーです。つけられているので早く建物に入ってください」

 状況を察した羽柴と共に足早に歩きながら、奏太が話す。

「もしものことを考えて、跡を追いやすいように俺はバイクにしたんです。アンディーからスマホに送られてくる情報をイヤホンで聞いたのですが、牧野さんの妹の真衣さんがここにいるのですね? 部屋は分かりますか?」

「あっ、ああ。三階の一番東側の三〇一だそうだ。面会予約をした時に電話で聞いた」

「急いで行ってください」

「君は一緒に来ないのか?」

「奴らは、俺が誰か知りません。設計図を真衣さんが持っていて、あいつらが狙っているとしたら、自由に動ける駒は隠しておいた方がいい。アンディーが来た時に同じ顔がフロントを通るとまずいので後で伺います」

 羽柴と別れた奏太は西側から裏手に続く小径をバイクで走り、建物の裏側に回った。
 サナトリウムの入院患者が使っていると思われる駐輪場の脇にバイクを止め、ヘルメットを外してヘルメットホルダーに引っかけると、散歩のふりをしながらゆったりと歩き、侵入経路や防犯カメラの位置をチェックした。

 サナトリウムを裏手に回る時、建物の側面にある非常階段の入り口付近に、まるで撮っていることをわざと知らせるような大きな防犯カメラの前を見つけ、奏太は花壇の花を見るフリをしながら、顔が映らないように気を付けて通り過ぎた。 

 他はないかと注意深く周囲を見回しながら、大丈夫と分かると、東へと移動する。高い位置にずらりと並ぶ窓の様子から、北側は廊下だろうと思いながら、東の角部屋に辿り着き、東の窓に張り出したベランダを見上げた。

 パルクールで段差のあるところを移動したり、よじ登ったりすることを練習している奏太にとって、小さなベランダやテラスがある建物は、かなり容易に攻略できる。しかもラッキーなことに、カーテンが全開になった一階の部屋は人の気配も感じられず、どうやら空き部屋のようだ。

 背の高い奏太はひょいと手すりに乗っかると、両手を伸ばして難なく二階のベランダの柵を掴んだ。柵を握った手を交互にずらしながら二階に上っていく。手すりに両手が届けば、あとは鉄棒の要領で身体を持ち上げ、柵の間の床を蹴って手すりを乗り越える。すぐにベランダの床に身を沈めて辺りの様子を窺った。

 そっと窓から中を覗き、部屋の中に誰もいないのを確かめると、また同じ要領で三階へと上る。ひらりと手すりを超えた時、タイミングよく病室のドアが開き、羽柴が入ってくるのが見えた。
 ひらひらと窓から手をふる奏太に、一瞬驚いた顔を見せた羽柴だが、さすがに会社を経営する人物は肝が据わっているらしい。すぐに落ち着きを取り戻し、窓に背を向けてベッドに腰かけていた女性に、ベランダにいる奏太を紹介した。

 真衣は牧野から、羽柴社長が訪ねてきたらSDカードを渡すようにと言われていたそうだ。大事なものだからなくさないようにと言われ、クローゼットの中のお気に入りのワンピースのポケットに忍ばせていたという。真衣はSDカードを取り出し、羽柴に渡した。
 部屋の中を見回していた奏太は、ふと壁際に置いてある机の上のパソコンにさしてあるUSBメモリーに気が付いた。

「このUSBメモリーの中身は何ですか?」

「趣味の音楽やドラマなどが入れてあります」

「他に空いているものはありませんか。ここにくるまでつけられていて、お兄さんの設計書が狙われているかもしれないんです」

「ダミーということですね。だったら、それをお持ちになって、兄の設計書を守ってください」

 奏太と羽柴が真衣にお礼を言って部屋をでようとしたとき、ドアがノックされた。
 真衣と秘密の話をするために、羽柴はガードマンを車の中に残してきてしまったので、真衣の安全を考慮してベランダでしばらく隠れているようにと誘導する。窓が閉められ、壁の向こうに真衣の姿が完全に隠れたのを確認してから奏太がドアを開けた。

「ああ、アンディーか。お互いの位置の送受信は良好だな。お前から送られてきた車内の話は、結構距離があいても聞き取れた。いい感じだ」

「奏太が俺の位置を知るには、スマホで見ないといけないから不便だろう?俺の方は、道具が無くても感知できるようにしてもらったから楽だけどな」

「ふん、オリジナルを見下すとはいい根性だ。その根性を見込んで、もう一度名演技をしてもらおうかな。コントロールボックスを開いてSDカードを入れるんだ。こっちのUSBメモリーはいざというときの目くらましだ。本物だと思わせるように死守するんだぞ」

 任せとけといいながら、アンディーが左の脇に近い腕のコントロールボックスを開きSDカードを挿入する。

「あれ?これは……」

「分析は後だ」

 アンディーに注意をすると、奏太は羽柴にUSBメモリーを手渡した。

「羽柴社長。USBメモリーは逃げきれないと思った時に、目立つようにアンディーに渡してください」

「しかし、アンディーがUSBメモリーを放さなかったら、傷つけられるか、ケンディーに続いて、アンディーまで敵の手におちるかもしれないぞ」

「先ほどお聞きの通り、アンディーに細工をしてどこにいてもスマホで居場所をキャッチできるようにしました。敵の指令は受信できなくしてあります。スパイにはスパイで応酬してやりましょう」

「敵の居場所を見つけて踏み込めなければ、アンディーをいいように使われるんだぞ」

「羽柴社長が設計図のありかをラボの副所長に聞いたとき、副社長は何と答えたか覚えてらっしゃいますか」

「あ、ああ。アンドロイドの設計図は絶対に安全な場所にあり、誰かに悪用されるのを阻止できない場合は、新見がどこにいても削除できるようになっている。だ」

 奏太は深く頷いた。意志のこもった強い瞳で、羽柴を見つめる。

「羽柴社長には申し訳ないのですが、秘密にしていたことがあります。実はケンディーはアンディーとは違う機種で、まだ調整中だったために、敵の力では上手く動かせないんです。だから兄はまだ生かされていると思います。アンディーが捕まったとしても、きっと兄が何とかしてくれるでしょう」
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