ペットサロン「王様の耳」へようこそ

マスカレード 

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ツバメファミリーの恩返し

ペットサロン「王様の耳」へようこそ!

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 兎耳山動物病院に一時的ではあるが、出入り禁止を食らった尚季は、ログハウスの管理を含めて、住居もそちらに移ることになった。

 動物病院の二階にある部屋から荷物を運び出している時に、ふと姉の冷たい仕打ちに腹が立って、無性に仕返しがしたくなる。

 本当は、父母の死にショックを受けて、上の空になり、預かった動物にクスリを与えるのを忘れそうになったり、戻すケージを間違えて、小さなケージに大きな動物を押し込もうとした自分が悪いと分かっているのだけれど、同じ痛手を負っても表面上びくともしない姉の瑞希が憎らしくもなる。

 そっと瑞希の部屋を覗いてみると、枕元に放り投げた本が目に付いた。

 手に取ってみると、なんと表紙に、犬だか狼だかしれない尖った耳を頭上につけた男と、たぬきだかくまだか分からない丸い耳を頭につけたかわいい男の子が抱き合っている絵が載っていた。

「これって、BLって奴か? 」

 興味本位でパラパラとページをめくると、尖った耳は狼男の子孫で、丸い耳はたぬきに変身できる獣人で、二人は森で出会って恋に落ちるという話らしい。

「ありえね~~~」

 額を片手で覆って呟くと、しまうついでに、最後までページを斜め読みしていたら、狼男がタヌキ男子に覆いかぶさっているイラストを見つけ、思わずページをめくる手を止める。

『食ってやる』というセリフを読んだ途端、尚季はガハガハと笑い転げた。

「狼がたぬき食う? そのまんまじゃん! ひゃっは、はははは」

 なんだこれ? どんなコメディー!? 尚季はおかしくて、おかしくて腹がよじれるほど笑い、瑞希へ仕返ししようという気持ちは、跡形もなく消え去った。

 久しぶりに笑ったかもしれないと、気分も爽快になり、ログハウスへの引っ越しもサクサクと進む。新居の2階を片付けてから、ウッドデッキで一服しようと、尚季がコーヒーカップを持ってガーデンチェアーに座ると、ピキーッ、ピキーッという甲高い鳴き声と共に、黒い物体が目の前を横切った

「うわっ、びっくりした! 何だ、ツバメかよ。脅かさないでくれ」

 ひょっとして巣でもあって、警戒しているのかもしれないと思った尚季がウッドデッキを覆う屋根を見ると、扇状の土の塊とその巣の下に糞除けの板を見つけた。

 ああ、やっぱり巣があると、じっと見ていると、親鳥が飛んできて巣に足をかける。すると、6つの黒い塊がにょきっと巣から突き出て、ヒューヒューと鳴いた。

「ヒナがいる! へぇ~っ、ちっこいな。あっ、でも大きさが違う」

 尚季が観察していると、親が餌を持って現れると、一番真っ先に大口を開けて餌を催促するのは、身体が大きなヒナだ。小さなヒナは大きなヒナの影に隠れて、もらえる量もものすごく少ない。親鳥もどのヒナに餌を与えたかを覚えていないようで、お腹が減ったとアピールが一番強いヒナに与えているのが分かった。

「同じ兄弟でも弱肉強食の世界なんだな。ちびすけ頑張れよ! 」

 尚季は自分の背が170cmを切る痩身なので、ついつい栄養がいっていないヒナに同情してしまう。

 そう、世の中は弱肉強食なのだ! 顔も小さく目もクリッとしている尚季は、小学生までは女の子に間違えられ、成長した今は、害の無い草食男子そのものだ。

 女の子も、尚季を男友達として歓迎はするが、恋人となると少し物足りないらしく、付き合って数カ月でふられるのがパターン化している。

 尚季を振った女の子たちが、身体が大きくて男らしい顔つきの友人たちの方へ吸い寄せられていくのを、指を咥えて見ているしかなかったから、余計に親鳥のアホな対応に腹が立つのだ。

 最初は警戒して鳴いたツバメの親たちは、尚季がヒナを襲ったりしないと分かったのか、尚季がウッドデッキに姿を見せても、警戒音を発することはなくなった。
 そして10日ほど経った時、親ツバメの慌ただしい鳴き声に起こされ、尚季が2階の寝室のカーテンを開けると、電柱からログハウスまでの引き込み電線に、ツバメが7羽止まっている。

「あれっ? あいつらだよな? もう巣立ったのか、早いな」

 尚季が着替えてリビングの掃き出し窓を開けて、ウッドデッキに出ると、巣の縁につかまって、下を覗き込んでいるちびすけがいる。
 親や兄弟たちが羽を広げて、ここまでおいでと鳴き声をあげる。ちびすけが羽ばたきの練習を繰り返すが、尚季は片方の羽がおかしいことに気が付いた。

「少し縮れているんじゃないか? 」

 でも、動物にはそんな違いは分からない。親鳥が電線から飛び立って、ちびすけの近くまで飛んでいく。掠りそうなところで旋回すると、ちびすけが置いていかないでと鳴き声をあげる。電線を見上げたちびすけは、意を決したように、よっこらしょと巣から飛び降りた。

 懸命に羽ばたきをするちびすけを見て、尚季は飛べ! 飛んでくれ! と必死で祈る。

 願いも虚しく、ちびすけはウッドデッキに着地した。

 着地したヒナは身が竦んで動けないらしく、親鳥が餌をせっせと運んでは元気づけて、飛ばせようとする。

「今ごろ食べさせてんじゃねぇよ。栄養不足で羽が育ってないじゃないか」

 尚季は、このヒナが空を飛ぶことはないのを知っていた。獣医の免許があってもこの羽は治せない。親鳥が一生懸命に餌をやる姿を正視できず、尚季は掃き出し窓を閉めて、リビングに引っ込んだ。

 しばらくすると、親鳥が警戒する鳴き声を上げ、窓の付近を何度も往復するのが見えた。

 まるで尚季に助けを求めるように、窓の中を覗きながらとんでいる。

「ちびすけに何かあったのか? 」

 尚季は窓にぶつかるほどのスピードで走り、サッシに手をついて身体を止めると、すぐに窓をスライドさせた。

 目の前にフリーズしたちびすけと、間合いを詰めて、今にも飛びかかろうとしている数匹の猫がいる。

 ドクンと心臓が跳ねて、尚季はハッと息を飲んだ。大声で叫んでも猫はびくともしない。 やめろ~! 食べるんじゃない! と尚季は叫びながら、片手をブンブン回して、猫たちに突っかかっていった。

 尚季の勢いに押されて猫たちは逃げて行ったが、ちびすけはぶるぶる震えている。ここに置いておいたら、近くで見張っているだろう猫の餌食になるのは目に見えていた。

 尚季はウッドデッキの横に設えたシェルフから、ガーデンの手入れようの軍手を取り出してはめると、ちびすけの前に差し出した。

「人間の匂いをつけると、親鳥が餌をやらなくなるからな。ほら、怖くないから軍手の上においで」

 優しく声をかけると、ちびすけがつぶらな瞳で尚季を見上げる。

 ズキューン! あまりの無垢でかわいい姿に胸を撃ち抜かれ、尚季はぷるっと身震いした。

 猫からヒナを救った尚季を信頼しているのか、親鳥はヒナに手を出す尚季に何も言わず、電線から見守っている。

 ちびすけは猫に食べられそうになって力が抜けたのか、尚季が軍手をはめた手を近づけて足に触れても、逃げることもできなかった。

「ちびすけ、身体を掴むけど、怖がらないでくれよ。身体を温めてやるからな」

 そっとちびすけの背中に手を回して、小さな身体をもう片方の軍手の上に乗せる。

 一瞬軍手の中に隠れたヒナを心配して、傍まで飛んできた親鳥に、両手に載せたちびすけを上空に掲げて見せてやると、親鳥はまた電線に戻って行った。

 ウッドデッキに腰掛けて、顔だけ外に出したちびすけを両手で包んでやると、身体が温まったのか、動きが活発になってくる。包んでいた両手を開いて片手に載せ直し、小さくて縮れた羽を摩ってみた。

「ごめんな。俺が治してやれたら良かったな」

 ちびすけは、尚季に応えるように、くちばしを大きく開けて喉をならすと、軍手の指に身体をこすりつけるようにして甘える。

「お~い。親ツバメ。ちびすけを一旦巣に戻すからな。ちゃんと面倒みろよ」

 尚季はガーデンチェアーを巣の下に置いて、その上に立ち、ちびすけを巣に入れてやった。

 翌朝になるとちびすけは巣から羽ばたいて着地する。待っていましたとばかりに猫がやってきて、親鳥の呼び声で尚季が追い払う。そんなことが何日続いただろう。

 ピキ―ッ ピキ―ッと鳴きながら2階の窓の中まで覗いて、ちびすけの危険を知らせた親鳥たちの声が聞こえなくなった。

 そして、電線のちびすけの兄弟たちの姿も消えていた。

 飛べないはずと分かっていても、姿が見えなくなったことをいいことに、きっと巣立ってみんなで飛ぶ練習をしているんだと、尚季は思うことにした。

 瑞希は午後にまでまたがる動物病院の診察が終わると、尚季の顔をログハウスまで覗きに来ることがある。

 そろそろ戻ってくると聞かれて、尚季は夏の間考えていた案を瑞希に話してみた。

「このログハウスをペットに解放して、ただのペットホテルではない何かを作りたいと思うんだけれど、いいかな? 」

 瑞希は、弟の心の回復を喜んで、いつでも相談してと言ってから、もちろん病院に戻ってもいいからねと伝えると、隣の家に帰っていった。

 案がまとまりかけたころ、あの懐かしいツバメの声を聞き、急いで掃き出し窓を開けて見ると、電線に7羽のツバメが止まっていた。

 何度も数えてみるが、やはり7羽だ。あのちびすけを入れてヒナは6羽いたはずだ。親鳥の2羽を足せば8羽になるはず。

 ということは、ちびすけはやなり・・・・・・。 がっかりした尚季のすぐ目の前に7羽のツバメが飛んできて、4脚あるガーデンチェアーの背もたれに別れて止まると、一回り大きな親ツバメが口に咥えていた青黒い石をテーブルの上に置いた。

「何これ? 中が光ってるみたいに見えるけど、俺にくれるの? 」

 7羽のツバメが言葉を理解したかのように一斉に頷いて、その後、親ツバメがひっきりなしにさえずっている。

「何か説明をしているみたいだけど、俺ツバメ語なんて分からないし・・・・・・」

 頭をかいて困った顔をする尚季に、親ツバメが羽で石を指してから、身体の前で翼の先を合わせて頭を下げる。

「ありがとう? 」

 お礼を言っているのかと思って聞いてみると、ツバメがプルプルと首を横に振る。

「すっげ~。完全に俺の言っている言葉を理解してるんだな。じゃあ、お願いしますっていう意味? 」

 ちょっと首を傾げたツバメだが、うんという様に頷いたので、尚季はツバメが石を指したのと、「お願いします」を関連付けて考え、まさかなと思いながら閃いたことを口にしてみる。

「願いが叶う石って感じ? 」

 突然7羽のツバメがパタパタと羽を振って正解を祝っているような仕草をしたので、尚季は内心そんなものあるわけないと思いながらも、顔に笑顔を張り付けて、ありがとうと言った。

 その言葉を聞いた途端、7羽のツバメはガーデンチェアーから飛び立って、尚季の頭上を円を描くように飛ぶと、一斉に青い空へと吸い込まれるように上昇していった。

 尚季は願いが叶う石を握り締め、元気でなと手を振りながら空を見上げて、小さくなっていくツバメをいつまでも見送っていた。


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