ペットサロン「王様の耳」へようこそ

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エピローグ

ペットサロン「王様の耳」へようこそ!

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 尚季と玲香はそれぞれの休みが合う日に落ち合い、近場から元ペットの飼い主の状況を探ることにした。
 一番最初は、池に連れて来られてから、ずっとご主人を待っていたカメ吉の飼い主を探すことになった。かめ吉の飼い主はどうやら相模幼稚園の先生だったらしい。

 園の庭にある浅い人工池では、園児たちがかわいがるかめ吉が飼われていて、三園というカメ好きの先生が、こまめに面倒をみてくれていたそうだ。
 毎朝カメ吉を呼んでは、池から出し、丁寧に甲羅や水搔きや尾などに異常がないか点検し、優しい言葉をかけられながら、与えられた餌を食べる時が、カメ吉にとって至福の時だったという。

 尚季と玲香は、相模幼稚園を検索してみたが、どうやらそこに元の建物はなく、コーポか何かの賃貸物件へと変わっていた。
 仕方が無いので、その周辺を回り、歩いている人を掴まえては、幼稚園に勤めていた三園先生について尋ねたが、誰も知らないという。

 あきらめかけた時、立ち止まって話を聞いていた小学生高学年くらいの男の子が側にやってきて、三園先生ならこの先のコーポに住んでいると言って、案内してくれた。

 お礼を言って男の子と別れ、尚季と玲香はどきどきしながら、インターフォンを押すと、ドアから恰幅のいい中年女性が顔を覗かせた。

 途端に、カメ吉の霊が、ご主人様だと大はしゃぎをする。尚季はどうやって飼い主に話をつけようか迷っている時に、ギャーギャー騒がれたので、「カメ吉うるさい」と言ってしまった。
 途端に、三園先生の目が見開かれ、辺りを見回すが、もちろん何も見つけられず、尚季に対して疑うような目を向ける。玲香とちびすけは、内心あ~あと呟き、がっかりした。

 最初に疑いを抱かれては、人は心を開きにくくなる。ましてや動物の霊がいるなんてことを、信じる人がどれほどいるだろうか? 
 気持ち悪がられて、ドアを閉められるか、帰れと怒鳴られるかもしれない。尚季はそれを覚悟で、一生懸命これまでのことを三園先生に語った。

 最初は信じなかった先生も、カメ吉と先生しか知らない、朝の身体のチェックのことや、先生がカメ吉に話しかけた内容を聞くうちに、尚季の言葉を信じるしかなくなった。

「とすると、カメ吉があなたの肩にいるというのですね? 」

「はい。信じてもらえないかもしれませんが、本当なのです。先生をずっと待っていたのに来てくれないと泣いていていたものですから、成仏させるためにも、先生がカメ吉を嫌いで捨てたんじゃないということを確認しにやってきました」

 この問いかけは、事前に玲香と決めたものだった。飼えなくなった理由に、嫌になったことを上げられては、霊達を余計傷つけ、悪霊になる可能性があるからだ。
 嫌いで捨てたんじゃないことを確認しに来たと言えば、元飼い主はいい思い出話をしてくれるのではないかと思ったからだ。

 三園先生は、見えないはずのカメ吉を何とか見ようと、尚季の肩に目を凝らしている。そのうちに彼女の目がみるみる充血して赤くなった。
 瞬きの回数が少なかったからじゃないことは、そこにいるみんなに伝わって、カメ吉ばかりか他の動物霊までがシーンと静かになって、三園先生の言葉を待った。

「ごめんね。待っていてくれたんだね。カメ吉。あそこの幼稚園がボヤを出してね、古い建物だったから、今の防火基準に適さないことが分かって、建て直しを迫られたの。でも資金繰りが厳しくて、園を閉めることが決まって、動物は貰い手がないものは殺処分されることに決まったの」

 思い出すだけで辛かったのか、三園先生は眉根を寄せて身を震わせた。

「飼育しているカメを池に放しちゃいけないことは知っていたけれど、殺すなんてできなかった。カメ吉は本当にかわいかったから、引き取りたかったけれど、こんな狭いコーポでは飼うことなんてできなかったの。だから公園の池に連れてって、一杯語りかけて、さよならしたのよ。それなのに、ずっと待っていたなんて・・・・・・」

 先生の目にも、カメ吉の目にも涙が溢れた。尚季が手を肩にやると、カメ吉が他の霊から離れてそっと手のひらに乗ったのが重みで分かった。
 声は聞こえても、霊が見えない尚季に、玲香がそのことを伝えると、尚季がどうしてだか重いんだと、手のひらにカメ吉がいることが分かっていることを、玲香に知らせた。

 尚季がカメ吉が載っている手を、先生の方へ差し出すと、カメ吉はぐんと首を上に伸ばして、ご主人様と呼びかけた。

『捨てられたんじゃなかった。ご主人さまは、命を救うために、僕を逃がしてくれたんだね。ご主人様ありがとう』

 カメ吉が涙声でお礼を言ったことを、尚季が三園先生に話すと、先生は見えないカメ吉の背を尚季の掌の上でそっと撫でた。ポタッと涙が落ちてカメ吉の甲羅にかかる。
 カメ吉は幸せの潤いだと目を瞑って、心地よさげに涙の雨に打たれた。

 玲香とちびすけが同時にあっと叫んだので、尚季が何かと振り向くと、カメ吉のありがとうという声が上空から聞こえ、手のひらが軽くなった。
 玲香とちびすけが泣いている。カメ吉は天に召されたのだった。

 カメ吉から始まった、動物霊たちの飼い主巡りは、うまく行けば週に二人、うまく行かない時はまるで手掛かりがつかめず、そうこうするうちに4か月が経ち、クリスマスがやってきた。

 ペットサロンには豊島婦人がマルを連れてやってきて、威圧的だった教祖の人柄が変わって、とても慈愛を込めた説法をするようになり、以前マルに言ったこととは反対の勧めをするようになったらしい。
 豊島婦人が、どうして急に考えを変えられたのかを聞いてみると、悪い物に操られていた気がすると正直に話され、謝られたそうだ。

 自分の非を認め、以前より真剣になって信者のことを考える教祖のことを、例え一時おかしなことになっていたと言っても、信者たちは見放しはしなかった。
 宗教に傾倒するひとたちが、高齢の人が多いため、心の寄ろどこを失うのが怖かったせいもあるのかもしれないが、悟りを開いた教祖でさえ、悪気に取り憑かれるというなら、もっと信仰に励み、より良い最期を迎えられるようにしようと気持ちを固めようということになったと豊島婦人が尚季に話してくれた。

 社交的は豊島婦人の口利きや、自分達の為に一生懸命になってくれる尚季に好意を寄せる動物霊たちの加護もあり、【王様の耳】は、あっという間にペットで一杯になった。

 再び、ここに通うようになったマルは、かなりダイエットに成功して、今は地面にお腹がつくこともなく、楽に散歩ができるようになったが、マルが【王様の耳】を気に入っていることを感じた豊島さんは、どこかに出かける時には、必ず尚季にマルを預けてくれる。

「じゃあ、兎耳山さん、マルをお願いします。2時間くらいで帰ってくるつもりなので、いつものコースでお願いね」

「はい、了解しました。お気をつけて、行ってらっしゃい」

 豊島婦人が庭を横切り、門を閉める音が聞こえた途端、マルがジャグジーとはしゃぎだした。

「うさ耳~。帽子とってちびちゃん見せて~」

「はいよ。マルゲリータ。ぴょ~んだぞ」

 帽子を取った拍子に飛び出すうさ耳はいつも通りだが、尚季がマルではなくマルゲリータとフルネームで呼んだので、マルがびっくりして振っていた尻尾をピンと垂直に立てた。

「そんなに、驚くなよ。ダイエット成功したらフルネームで呼んでやるっていったろ? 俺のことも兎耳山先生と呼ぶんだぞ」

「いやだ。うさ耳がいい。私も慣れたしマルでいいよ。ねぇ、それより、うさ耳~、ちびちゃん元気ないんじゃない?」

「えっ? そうか? いつも通り耳に包まってるけど、普通だと思うけどな」

 尚季は毎日ちびすけを見ているので、今ある姿が普通になっている。どこか悪いのかとちびすけに聞くと、ちびすけはブンブンと首を振る。

「なおたん、心配しなくて大丈夫キュル。僕、今とっても幸せキュルル。なおたんの希望叶えるお手伝いしてるから・・・・・・」

「ほんとか? 無理するなよ。 あっ、寒いと思ったら雪だ」

 庭にちらほら白いものがたゆたっている。ジャグジーに入ると言っていたマルは、机から降ろしてと尚季に言うと、窓の前で右に行ったり左に行ったりして、雪を掴まえるチャンスを狙っている。

「マル、窓の傍は冷えるから、こっちへおいで。早くジャグジーに入れよ」

 雪に心残りがあるのか、後ろを振り向きながら、マルが尚季の手に前足を乗せる。尚季はよしよしと頭を撫でて、マルをジャグジーに入れた。

「ううっ。気持ちいい~っ。ねぇ、うさ耳、【幸福な王子】って童話知ってる? 」

「ああ、綺麗に装飾された銅像の王子が、ツバメに頼んで貧しい人達に、自分の宝飾を剥がして持っていくように頼む話だろ? ラストは何だったか忘れちゃったけどさ、すごい自己犠牲愛だよな」

「ラストが泣けるんだよ~。この間ママが読んでくれたんだ。そういえば、このサロンは名前に王様がつくから、つばめのちびちゃんもいるし、うさ耳は幸福な王様だね」

「違いね~っ。ははは。豊島さんは、読み聞かせもしてくれるって、いいご主人さまなんだな」

 うんと頷いたマルに、ちびすけが、なおたんの方がいいご主人さまキュルと口を挟んだので、尚季は本当に自分は幸せの王様だと思った。


 そして季節が巡って桜の花が薄桃色の花びらを広げ、見るものを柔らかく包む春がやってきた。

 尚季に憑いた動物霊たちは、尚季と玲香とちびすけの努力のかいがあって、あと一匹を残すのみとなった。

 すべてが幸せになったわけではないけれど、飼い主がペットを愛していたことを知って、最期の扱いを帳消しにして成仏したペットの霊もいた。

 今日の奥様は新しもの好きらしく、最初こそ手に入れたものを、目に入れても痛くないほどかわいがるくせに、次に目が行くと、完全に前のものから興味を失くしてしまう人だった。

 

 新しい子猫が仲間入りしてお役目御免になり、構って欲しいと泣きながら病死した猫は、飼い主の愛情を奪ったあの時の子猫が霊となって飼い主の肩にいるのに気が付いた。

 玲香も気が付いて尚季に告げると、尚季は猫のことを口に出さず、代わりにペットサロン【王様の耳】の宣伝をしに来たと話し始めた。

 飼い主は暇を持て余していたのか、尚季を相手に自分は動物好きで、沢山のペットを飼ったことがあると自慢をし始めた。

 尚季もさすがにへきえきして、目的の猫のことを探り出そうと、頭に思い浮かんだ猫のお預かりキャンペーンの作り話をすると、奥さんは今は猫は一匹もいないと言う。

「今はってことは、昔は猫を飼ってらっしゃったんですか? 動物好きな方なら何匹か飼ってらっしゃったんじゃないですか? 」

「2匹飼ったことはあるけれど、最初の子は焼きもち焼きで、他の子をかわいがろうとすると邪魔するし、本当に根性の悪い子だったわ。もう一匹は可愛がってやったのに、私が忙しい時に限って何度も仮病を使って構ってもらおうとするのよ。だから本当の病気の時に、嘘だと思って医者に連れていかなかったら、死んじゃったの。猫は面倒くさいから、もうたくさんよ」

 シャーッと唸り声が聞こえ、2匹の猫の霊の毛が逆立った。周りの空気が途端に冷えて行く。尚季には猫の姿は見えないが、これはやばいんじゃないかと、玲香に視線で問うと、玲香はあきれ顔でもう帰ろうと言った。

 尚季も切り上げるべく、キャンペーンの対象が猫なので残念ですと断りを入れてから、その家を後にした。

「何だか肩が軽っ軽になったんだけど、猫霊どうしてる? 」

「なおたんから、おばたんに飛び移ったキュル」

「ええっ? それまずいんじゃないか? 悪霊になったんだろ? あのおばさんどうなるんだ? 」

「体調悪くなったり、悪いことが起きたりするんじゃない? 」

 玲香が突き放したように言うので、尚季がどうして祓わなかったんだと聞くと、玲香は腰に手を当てて、尚季に詰め寄った。

「あのね、私はあんな身勝手なおばさんのために、無料でお祓いをする気なんかないわよ。おかしなことが起きたら、自分のしたことを反省して、うちの神社にこればいいのよ。特別高い料金を設定して懲らしめてやるんだから」

「女って怖いよな~。ちびすけ。でも、殆どが成仏したから、まとまって前みたいに悪さをすることはないだろうから安心だな」

 尚季が満足気に呟くと、ちびすけがぴょんと尚季の肩に飛び乗って、尚季の顔をじっと見る。尚季が首を傾げ、どうしたとちびすけに問いかけようとしたとき、光りの加減か、ちびすけが透けているように感じた。

「あれっ?ちびすけ、俺の目がおかしいのかな? 」

「違うわ、尚季くん。私にもちびちゃんが透けてみえる」

 
 ちびすけは、首をきゅっと伸ばして、尚季のくちびるにくちばしを当てた。

「なおたん、お別れの時が来たキュル」

「な、何を言ってるんだ? ちびすけ。お別れなんて冗談言うなよ! 」

「冗談無いキュル。なおたん、願いかけたキュルル。僕と僕のパパ、ママの気持ち知りたいって。パパ、ママ無いし、なおたんうさ耳要らない言うから、僕、動物の声沢山聞けばいい言ったキュル。なおたん、沢山聞い・・・・・・」

「黙れ! お前がいなくなるなんて聞いてない! 」

 尚季が必死でちびすけを引き留めようとするが、ちびすけの身体がどんどん透けていく。玲香が首を振りながら泣き出した。

「なおたん、僕なおたんの願い叶えるお手伝いできたキュル。うさ耳無くなるけど、動物の心聞いてあげてキュルル」

「ちびすけがいてくれたら、ずっとペットサロンで動物の声をきくから、行かないでくれ! 」

 ちびすけは、もう一度尚季の頬に身体をすりつけると、すっと上を向いた。

「なおたん、僕忘れない。なおたんのこと大好きキュル・・・・・」

 ちびすけは消えた。

 左右も後ろも前も、空も見たけれど、もうどこにもいない。

 上を向いた拍子に、中折れ帽が道路に落ちたけれど、そこにはもう、うさ耳は無かった。

「ちびすけ~~~~っ」

 尚季の声に反応するかわいい声を、必死で聞き取ろうとしたけれど、尚季の耳にも、玲香の耳にも、探し求めるちびすけの声は届かなかった。


  
  
  
 なあ、みんな。最初に俺が頼んだことを覚えているか?

 男に二言は無いと言うが、どうか撤回させてくれ。俺のうさ耳が取れるようにみんなに祈ってくれと頼んだが、別の願いに変えてくれ。

「いつか、ちびすけが俺の元に帰ってくるように、どうか、どうかお願いだ。みんなで祈ってくれ」



  
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