魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

マスカレード 

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王女エリザ

魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

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 振り返ったマリルの目に映ったのは、座席に背筋を伸ばして座るプラチナブロンドのお姫様だった。永久に閉じられたはずの瞼が開き、青い瞳がサンサとマリルを行き来している。

「お二人ともいい加減になさって。耳元でぎゃんぎゃん騒がれたら、おちおち眠ってもいられませんわ」

「キャーッ! お、お、起きて、喋ってる! お師匠様、死人が起きちゃった」

 マリルはエリザの隣から飛び退り、馬車のドアのステップに立っていたサンサに飛びついた。あまりの勢いに、サンサはマリルを支えきれず背中から宙へ放り出されてしまった。
 サンサが杖を振ったのと、マリルが指を動かしたのは同時。つる草の網が背後に現れ、二人が着地しようとした瞬間、上から超スピードで伸びてきたつる草にネットごと丸められ、簀巻き状態で宙づりになってしまった。

「マリル~~~っ! 余計なことをするな。早くつる草の縄を解け。まるでミノムシだ」

「だって、私のせいで、お師匠様が怪我をしたら大変だと思ったんだもん」

 マリルが膨れっ面のまま縄を解き、二人は枯れ葉が積もる地面に着地した。

「あなたたち、すごいわ! 瞬時に二つの魔法が発動されるのを見たのは初めてよ。目的は同じでも、魔法には性格が出るのね」

 手を叩いて喜んでいる姫に、サンサとマリルは顔を見合わせたが、マリルにせっつかれてサンサが口を開いた。

「ええ、その通りです。マリルの魔法はものすごくパワーがあるのですが、まだ一二歳で好奇心旺盛な性格だから、我慢がきかずに割とストレートな技を出すのです。落ち着きを身に着ければ、凝った魔法も使えるようになるでしょう。まぁ、それは置いといて、自己紹介といきましょう。私はサンサ・マックローブ。ご覧の通り魔術を扱う者です。この子は私の弟子でマリル・カスバート。それであなたは、一体どちらのお嬢様であらせられるか」

「私はフランセン王国の第二王女エリザです」

 ツンと顎をあげて、誇らし気に語る少女が本物の王女だと知って、マリルは心底驚いた。
 貴族の娘も姫とは呼ぶが、王女は王の娘であるため身分が高すぎて、マリルのような一般市民かつ魔術師見習いには、国のお抱え大魔導師にでもならない限り、直にお目にかかることはできない。
 例え奇蹟的にどこかで出くわしたとしても、近づこうものなら、すぐに近衛兵が立ちふさがるはず。それなのに、この王女さまには、兵士どころか付き添いの侍女さえ馬車に乗っていなかったことが、マリルの目にはとても奇妙に映った。

「あの、エリザ王女さま、どうしてお一人でブリティアン王国にいらっしゃったのですか? 私が馬車を発見したときには、兵士も、御者も侍女もいませんでした」

「それよ、それ! 私は騙されたのです。ああ、悔しい! あの男は最初から私の命を狙うつもりだったのよ。それなのに私たちはあの密書を信じて、あの男の策略にはまってしまったんだわ」

 急に激した王女を放っておけず、マリルはもう一度馬車の中に入っていき、王女の斜め向かいに腰かけて落ち着かせようと優しく話しかけた。

「王女さま、怒らないで聞いてくださいね。私が王女さまと馬車の中でお話しをしたときに、王女さまはお亡くなりになる寸前でした。でも、こうして生きていらっしゃるということは、私は依頼された復讐を果たさなくても済むということですよね?」

「何を言うのです。私が自分の身体に戻れたのは、あなたが傷ついた私の身体を修復してくれたおかげでもあるけれど、私が相手の名前を告げられなかったせいで、サンサさんとあなたが犯人を勘違いしそうだったからです。それに私が空へ上ろうにも、なぜか強力な引力が働いて、身体に引き戻されてしまうの。もしかしたら、なにか魔法が作用しているんじゃないかしら」

 エリザ王女の話した内容は特別すぎて、マリルが勉強してきた指南書には載っていないケースだった。困ったマリルは答えを求めてサンサを見つめた。

「こんな事案は私も初めてで憶測でしかものを言えないのですが、恐らく二重契約が関係しているのだと思います。エリザ王女さまは先ほどおっしゃられましたよね。復讐の相手の名前をマリルに伝えられないままだったので、私たちが誤解をせぬよう魂が引き戻されたと。その理由の一つは、マリルと魔法契約を結んだからだと推測できます」

「ええ、それは私自身が感じていることだから、納得できるわ。でもそれだけなら、私が裏ぎりものの名前を伝え終わった時点で、私の魂はこの身体から離れているはずよね?」

「左様でございます。もう一つは、私がマリルと交わした魔法契約のせいかと……マリルに魔術師の認定証を与えるにあたって、依頼人の希望を叶えるのを条件としたのです。つまり、というか多分というか、エリザ姫の魂は、マリルが依頼を完結するまで、この世に留まるのではないでしょうか」

 マリルはサンサの推理を、なるほど、なるほどと聞いていたが、結論を聞いて飛び上がるほど驚いた。

「ええっ! ちょっと待って、それじゃあ私は本当にアルバ―ト王子を殺さなければならないの? そんなのできない。私は殺し屋じゃないもの」

 うろたえるマリルを、エリザ姫がきっと睨みつけて叱咤した。
「何を今さらできないなどと言うのです。あなたは私と約束したではありませんか。王女として命令します。アルバート王子の息の根を止めなさい」

「私、エリザ王女さまの臣下じゃないですもん。王女さまはフランセン王国の姫君で、私はブリティアン王国の国民です。命令されても困ります」

「むぅ……」

 額を突き合せんばかりに睨み合う二人を分けたのはサンサだ。

「まったく、猪突猛進なところが似ているというか、これと決めたら譲らないところがそっくりというか、困ったコンビだ」

「失礼な。王女の私と中身が子供の平民が、コンビになろうはずがありません。従者は従順でなければならないのに、この子はそんな簡単なルールさへ理解できる頭がないんですから」

「私のほうこそ、人をバカにして差別したり、頭ごなしに命令する人と組むなんてお断りよ。こんなに若くてきれいなお姫様が殺されちゃったのがかわいそうで、せめておうちに帰してあげたくて声をかけたけれど、知らん顔すれば良かった。例え契約違反で魔法量が少なくなったって、嫌な人の言うことなんて聞きたくないし、人殺しに手をかして闇堕ちなんかしたくありません」

 お互いにフンとそっぽを向くマリルと王女にやれやれとため息をつきながら、サンサが口を挟んだ。

「マリル、まずは王女さまの話を聞こう。お前が大魔導師を目指すなら、王族貴族との付き合いを学ばなければならない。大魔導師を雇おうとすれば、それなり代金が必要となる。つまり雇える人物は、マリルの前にいる王女さまのような相手が多いのだ。いくら相手が横柄な物言いをするからと言って、気に入らないだのなんだのと言って仕事を放りだすようでは、大魔導師失格だ。お前ばかりか、他の魔術師の評判にも傷がつく。分かったな?」

 マリルはしぶしぶ頷いたが、今度はエリザ王女がサンサに噛みつく番だった。

「横柄な物言いですって? 失礼にもほどがあるわ。国に帰ったらお父様に言って、あなたを捕らえてもらいますから」

「やれやれ、とんでもなく甘やかされたお姫さまだ。やれるものなら、やってみればいい。大魔導師でも捕まえられぬものを、ただの威張った王女と、娘の言いなりになる親ばかに私が捕らえられるものか」

 エリザ姫は怒りでブルブル身を震わせて、金切り声で叫んだ。
「無礼者! 私ばかりか父王までをも侮辱するとは許せません。王族よりも偉いつもりでいるなどと正気とは思えない。そなたの方がよっぽど横柄ではないか」

「そうかな? 立場が違えばものの見方、捉え方が違う。あなたの言い分だけが正しいわけじゃない。私が取った横柄な態度は、あなたがさっき私たちに示したものだ。父親を侮辱されて嫌な気分になったのなら、マリルに言った暴言を省みて、二度と身分が違うからという理由で、相手を貶めるようなことを言わないことだ。人の上に立つものは人格がなければ最終的には誰もついてこなくなる」

 エリザ姫は最初こそ目を吊り上げ、拳をにぎりしめて怒っていたが、サンサの話を聞くうちに拳を開き、瞼を半分伏せて思案する素振りを見せた。

「私は王の娘として恥ずかしくないように教育を受けたのです。人々は権威を持つものに逆らえず、また権力を握るものは、その者を利用しようと群がるものたちに侮られてはいけない。私は教えの通り、自分の生まれにプライドを持って人々に接していたのに、間違っていると言うのですか? 接してくるものに媚を売れば、存在が軽んじられて王女としての価値が下がってしまうでしょうに」

「人に対して平等に心を開いて接するのと、媚びを売るのとは意味が違う。あなたはきっと大人の権力争いの中で、利用されないように足を踏ん張って生きてきたのだろうな。マリル次第であなたの寿命は変わるだろうが、生まれ変わったと思って、相手の立場になって物事を考えてはどうか。既存の考えに縛られず、自由な発想をするマリルはあなたの殻を破ってくれるだろうから、あなたがブリティアン王国に来た当初の目的を達成するために、一緒に行動するといい」

 復讐から逃れられるかもしれないと目を輝かせたマリルが、頭を上下にぶんぶん振りながらエリザ王女に訊ねた。

「そうよ。立派な王女として認められるためには、きちんとお役目を果たさなくっちゃ。エリザ王女さまは、一体何をしにブリティアン王国に?」

「次期皇太子を選ぶためです」

 次期皇太子? 思いもよらない言葉がエリザ王女の口から発せられ、マリルは首を傾げた。

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