魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

マスカレード 

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黒魔術

魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

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「あなたの言うことはもっともね。私も急ぎすぎました。エリザ王女のために、実は珍しい果実酒を取り寄せましたの。国王も食前酒をご所望ですし、今からサーブさせましょう」

 王妃が合図をすると、控えていた給仕がエリザ王女の後ろに回り、赤い飲み物が入ったフルートグラスをテーブルに置く。それを機に他の席にも次々と配られていった。

 ガルレア王妃が勧めるものを飲んでも大丈夫なのかしらとマリルは思い、透過魔法をかけてみた。
 不純物がなければ飲み物の色は変わらないから、席が離れている王族に魔法がバレる心配はないはず。そう思ってグラスの中を覗き込んだマリルは、悲鳴を上げそうになった。

「な、なにこれ? 気持ち悪い。虫みたいな黒いもやが動いてるわ。エリザ王女さま、飲んじゃダメよ」

 マリルの言葉は、ラッパ型の花を通して王女に届いた。
 王女もグラスの表面を見て蒼白になり、指の震えがグラスを小刻みに揺らし、食前酒の表面にさざ波が起きる。

「さあ、みなさま、エリザ王女を歓迎して乾杯をしましょう」

 ガルレア王妃がグラスを持ち上げる。既にグラスに口をつけようとしていたパウロン王が慌ててグラスを掲げ、乾杯の挨拶をした。

「ブリティアン王国に栄光あれ!」
「栄光あれ!」

 復唱が終わり、それぞれがグラスを口に持っていく。
 ガルレア王妃がにっこり笑ってエリザ王女に言った。

「さぁ、エリザ王女。どうぞお召し上がりくださいませ」

 全員がエリザ王女に注目する。王妃がエリザ王女のために取りよせた酒を断れば、王族の面前で王妃に盾突いたことになり、エリザ王女の立場は非常に悪くなるだろう。

 マリルは何とかしたかったが、全員がエリザ王女を見ているため、肩の目立つ位置にいるマリルには身動き動きが取れない。
 躊躇する王女に痺れを切らし、王妃が冷淡に言った。

「まさか毒が入っているとかお疑いではないでしょうね。もし、そうなら、私が先に飲んでみせましょう」

 ガルレア王妃がグラスに口をつけるのを、王族一同が見守る。マリルはチャンスとばかりに指を振り、黒いもやをグラスの外へ弾き飛ばした。
 あんな気持ちの悪い虫を王女の目に見えるところに着地させたくなくて、思いのほか力が入ってしまったようだ。黒いもやの虫は空中に放り出された途端に色味を失い、ほぼ透明になりながら勢いよく飛んでハインツ王子のグラスの中に落ちてしまった。

 エリザ王女の左側に位置する王族はガルレア王妃に注目していたため、後ろの上空から飛んできた、透け行く虫に気が付かなかったようだ。
 グラスを空にした王妃も気が付かず、果実酒の美味しさを述べてみんなにも勧める。エリザ王女は飲むふりをして一滴も口に入れなかった。

 その後の晩餐会では、ハインツ王子の奇妙な行動が注目を浴びた。
 王妃がエリザ王女の美しさを褒めれば、すかさずハインツが割って入る。

「お母さまの言うことはいつも正しいです。エリザ王女は美しい。でもお母さまはもっと美しいです」

 一同はギョッとした顔で、ハインツを凝視した。酔ってへらへらしていたパウロン王でさえ、一瞬正気の顔を取り戻したかに見える。
 王妃の慌てぶりは誰の目にも明らかで、カトラリーを皿にぶつけて派手な音を立てたりした。

「お、お前は何を言うの。エリザ王女を優先させなければならないのは分かっているわよね? エリザ王女はあなたの妃になるのですから」

「はい、お母さまの言う通り、エリザ王女は僕に相応しい方です。性格もお母さまのようにしっかりしているから、きっと海外とも渡りをつけて、祖国の発展を担っていくでしょう。あれ? エリザ王女の祖国はジャンマン王国ではありませんよね?」

「の、飲み過ぎです。誰か、ハインツを部屋へ連れていって。エリザ王女、見苦しいところをお見せしました。ハインツはいつもはこんな風ではないのです。今日のことは忘れてください」

 王妃が言い終わらないうちに、侍従長によって連れ出されようとしたハインツ王子が抵抗をみせ、ガルレア王妃に助けを求めた。

「お母さまと離れるのは嫌です。いつものように、お母さまの言う通りにしますから、傍にいさせてください」

「ハインツ、黙りなさい。見苦しいですよ。私が部屋へ連れていきますから、お前はルーカスを呼んでおきなさい。この様子は普通ではありません」

 侍従長に命令したガルレア王妃は、その場にいる王族に対して挨拶もそこそこに、ハインツ王子を連れて退出した。残されたメンバーは、今のは何だったのだろうと茫然としている。

「エリザ王女さま、どうやら毒ではなかったみたいですね。あれが何かは分からないけれど、なつき虫ってとこかしら。王女さまがガルレア王妃に尻尾を振る姿を見ないで済んで、本当に良かったです」

 王女はブローチを見下ろし、手でそっと撫でて、感謝を示した。

「多分、あれは黒魔法の類だと思います。王妃の口から名前がでましたが、例のルーカス魔導師が関わっているのでしょう。これから食べるものにも気を使わなくっちゃいけませんね」

 王女はひざにかけたナプキンで口を拭うふりをして、頼りにしているわと呟いた。
 晩餐会を開いたガルレア王妃が退出してしたために、その後の男女別れての歓談は中止となり、元々体調不良を押して参加していた側妃シャーロットが、アルバートの手を借りて真っ先に立ち上がる。テーブルを回り込んでエリザ王女の席にやってくると、シャーロット妃は笑顔で告げた。

「あなたの選択が、ブリティアン王国に平和と栄光をもたらしますように」

 憎き仇の母ではあるが、この痩身の女性に罪はない。エリザ王女は神妙な面持ちで答えた。

「国の行く末を任されるにはあまりにも若輩者で、横やりが入ればすぐに握りつぶせるような儚い命ではありますが、思う所に辿り着けるよう努力したいと存じます」

 エリザ王女は最初こそはシャーロット側妃に顔を向けていたが、途中からアルバート王子を見据えて、殺害されたことを仄めかし、復讐をしてやるぞと宣言をしてのけた。
 エリザ王女はザイアン王子を皇太子に選んだ後、アルバート王子を殺して、魔法契約でつなぎ留められた命ごと消えるつもりなのだ。確かにマリルは王女の決意をここに来る前に聞いていたが、城に滞在するうちに生きる喜びを見つけて欲しいと願わずにはいられなかった。

 それにしても、犯した罪を突きつけられたアルバート王子は、さぞや不機嫌な顔をしているのだろうと思いながら、マリルが横目で確かめると、予想は外れ、一瞬目を伏せたアルバート王子が辛そうに見えたのは錯覚だろうか。
 
 去り際にアルバート王子が、疑惑の視線をブローチに走らせたので、マリルはこんな疑い深い男が、悔恨の情にかられるわけがないと思い直す。
 次に前王妃で今はラインブリッジ公爵夫人が、エリザ王女にお暇の挨拶をした。

「ようこそエリザ王女。私の又姪のあなたに会うのは初めてですが、美しく聡明な又姪の噂はフランセン王国からの便りで聞いておりました。ブリティアン王国に参られたことを心から歓迎します。何か困りごとがあれば、遠慮なく頼ってくださいね。神のご加護がありますように」

「ありがとうございます。ブリティアン王国のことを学んでゆきたいので、大叔母さまからお話を聞けるのを楽しみにしています」

 傍から見て怪しまれないよう、二人はあっさりとした挨拶と次に繋がる会話を終えると、ラインブリッジ公爵夫人を待っていたパウロン王と一緒に退出する。その後ろ姿を見送るエリザ王女に、マリルは声をかけた。

「エリザ王女さま、ハインツ王子をお見舞いにいきませんか? ひょっとしたらルーカス大魔導師に会えるかもしれません」

 それはいい考えねとブローチに向かって小さくウィンクしたエリザ王女は、さっそく控えていた給仕係の一人に、ハインツ王子の見舞いに持っていけるようなお菓子とフルーツの詰め合わせを頼んだ。


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