魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

マスカレード 

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アルバートの決意

魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

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 西の離宮の衛兵は、ザイアンからアルバートの来訪を聞いていたらしく、おかげでアルバートは離宮の入り口で阻まれることもなくすんなりと建物内に入ることができた。
 すぐに迎えに出てきた侍従長と挨拶を交わしたアルバートは、勝手知ったる場所なのでと侍従長の案内を断り、ザイアンの部屋へと急いだ。

 離宮と呼ばれる建物は小さな館で、一階は待合室と広間などの来客をもてなす部屋で、主なプライベートルームは二階にある。主のカルラ側妃は既に亡く、ザイアンもアルバートと同じで、普段はロイヤルスクールの寮で過ごしているため、使用人は少なくがらんとしていた。
 寮で過ごすのは、卒業までのあと数カ月のみで、今回はエリザ王女を出迎えるための一時帰宅だ。案の定二階には警護の者もなく、ザイアンの部屋のドアは開け放たれていた。

 多分、エリザ王女が貞操を疑われないようにと言う配慮なのだろうが、夜に地位の高い未婚の男女が一部屋で過ごせば、何も無かったにしても男は責任を取らざるを得ない状況だ。
 そうまでして、王女が語りたかったことは、アルバートとしても是非知っておきたいことと関連があるようだ。

 アルバートは、馬車の中で息絶えた王女は偽物だと思っていた。
 だが、マリルに王女を殺したことを詰られて以来、あの少女が本物のエリザ王女だったならば、どうして無傷のまま生きてこの城にやってきたのか、あまりにも不可解な謎に憑りつかれて、アルバートは気を抜けないでいた。

 考えるほどにもつれる思考を解くことができ、エリザ王女が何を思って王女自身を暗殺するような国に乗り込んできたのかを知ることができるなら、王女を救えなかった罪をどのような形で償おうとも厭わない覚悟でいる。
 すると、アルバートの願いが通じたように、ザイアンとエリザ王女が暗殺の件について話す声がが聞こえてきた。

「何だって? あなたはアルバートに殺され、魔術師の二重契約のおかげで生き返ったというのか?」

「ええ。信じられないかもしれませんが、事実です。先ほどまでこの肩のブローチに入っていた魔術師見習いのマリルと私は、復讐の契約を交わしました。復讐を終えたら、私の命は尽きます」

 アルバートは想像もしていなかった事実を聞いて驚き、慌てて手で口を塞いで、出かかった声を堪えた。

―――俺に復讐するために来たというのか⁉ しかも、消えることを承知の命がけの復讐とは!

 アルバートの激しい動悸は部屋の中にいる二人にも伝わってしまうのではないかと思うほど大きくなり、それを打ち消す勢いでザイアンの大声が廊下に響いた。

「そんな! ……せっかく生き返ったのに、死に急ぐことはないではないか。俺は、エリザ王女のように美しく、王妃をやりこめるほど勇敢で機転の利く素晴らしいレディーを他には知らない。どうか俺と一緒にこの国を治めてくれないか?」

「彼が生きている限り、邪魔者の私たちは、また狙われます。王妃とルーカス大魔導師の命令を受けて、アルバート王子は何度でも殺しにくるでしょう。私はザイアン殿下を婚約者に選びます。その代わりに、この国の未来を捻じ曲げようとしている王妃とルーカスとアルバート王子を滅するのに力を貸してくださいませんか」

 ショックだった。確かに暗殺を止められなかった自分にも非はあるが、王妃とルーカスの手下になった覚えはないし、すき好んで暗殺者になる気もない。それだけは、分かって欲しいと思い、アルバートは開け放たれた入り口の壁をノックした。

 ソファーに座っていたザイアンが、射殺しそうな目でアルバートを睨みつける。アルバートはいつもの無表情の仮面をかぶったまま、部屋に足を踏み入れた。

「話は聞いた。だが、一つ訂正させてくれ。俺はエリザ王女、あなたを殺してはいない。確かにガレリア王妃とルーカスにはめられて陰謀に加担しそうになったが、途中で気が付いて止めたんだ。矢を射たのはハインツだ」

「犯人はお前じゃないというのか? この後において言い分けるのも見苦しいぞ。ハインツと組んでも、根っこは俺と同じ気持ちでいるんじゃないかと思っていたが、ただの同類だったわけだ。アルバート、お前を心底見損なったよ」

 どういえば信じてもらえるだろう? アルバートは腕に真実の輪がはまっているのを思い出し、エリザ王女の肩にマリルを探した。
 マリルが魔術師なら、この輪が何か知っていて、俺の言葉を信じてくれるはずだ。
 だが、無情にも、ブローチは空だった。

「無罪だというつもりはない。ハインツをただの見張りだと思って、油断した俺の落ち度だと充分に承知している」

 語れば語るほど、自分の言葉が言い訳じみて聞こえるのは、どうやら思い過ごしではないようだ。ハインツとエリザ王女が蔑んだ表情をアルバートに向けているのがそれを物語っている。
 多分、これ以上何を言っても無駄だろうと、アルバートは悟った。
 だが、気がかりな問題を何とかしなければならない。今を逃せば二度とこの二人と語り合う時間は持てないだろうから。

「王女には申し訳ない気持ちで一杯だ。だから何を言われても受け止める覚悟はある。ただ一つ願いが……」

 アルバートが全てを言い終える前に、エリザ王女が口を挟んだ。
「今更愁傷なふりをして、騙そうとしても無駄よ。あなたたちが私の死を確認しようと馬車に入って来た時に、私の意識はまだあったの。ハインツが何と言ったか覚えてる? あなたが殺したと言ったのよ。私ははっきりと覚えているわ。どんなに痛くて苦しかったか、ブリティアン王国のために来たのに、志も果たせず命を奪われる恐怖や絶望がどんなものだったか、私を殺したアルバート王子に味あわせてやりたい一心で、私は最期の力を振り絞って魔女に復讐の依頼をしたの」

 ザイアンが呻き、髪を掻きむしりながらソファーから立ち上がった。

「なんて酷いことを! これ以上エリザ王女の苦しみを聞いていたら、俺は今すぐにでもアルバートを殺してしまいそうだ。お前の母上のために、せめて王子として格好のつく最期を用意してやる。アルバート決闘だ。覚悟しろ!」

 かつて親友だった男が、憤怒やるかたない様子で突きつけた決闘を、アルバートは苦渋の面持ちで受けるより他はなかった。

「分かった。日時は俺が決めてもいいか? 立会人をルーカスに頼むつもりだから、奴の都合に合わせたい」

 ザイアンが大股で部屋を横切り、アルバートの襟をつかんで揺さぶった。
「とことん見下げ果てた奴だな。こちらが情けで王子の品格を護れる最期にしてやろうとしているのに、ルーカスに泣きついて助けてもらう気か?」

「ハッ。バカな。その逆だ。ルーカスを討つ。俺が逃げると思うなら、母を人質としてザイアンに預けよう。俺に何かあってもお前なら、第二の母と慕う者を悪いようにはしないだろうからな」

 ザイアンの手を払いのけて言い返したアルバートに、エリザ王女が非難の言葉を浴びせた。

「見るからに身体の弱そうな母君を、人質に出すと言うのですか? あなたは何と非道なことをするのです?」

「復讐に目が眩んだお姫様、どうか冷静になってくれ。俺のウィークポイントは母だ。その母を俺を討つというザイアンに預けるのだから、覚悟のほどは分かるだろう。もしエリザ王女が俺を殺したければ、俺の母に刃を向けて、俺に命を絶てと言えば復讐は一瞬で終わる」

 ザイアンとエリザ王女が言葉を失い、顔を見合わせた。二人の間を疑念、困惑、様々な表情が交差する。アルバートは二人が結論を出す前に、手の内を明かした。

「本当はサンサ大魔導師かマリルに、母を国外にいる知人の元に転移させてくれるように頼むつもりだったのだが、すれ違ってばかりで叶わなかった。これもまた運命なのだろう。ザイアン、代わりに母上を頼んだ」

「まさか、アルバート殿下は、サンサ大魔導師をご存知なのですか?」

「ああ、ここに来る途中で会った。ルーカスの探査網が城内に張り巡らされているから、外から見張っているらしい。多分この建物が見えるところにいるだろう。このブレスレットはサンサ殿に借りた『真実の輪』だ。嘘を言えば絞まって苦しい思いをするらしいが、俺が言っても信用はしてもらえないだろうな」

 ブレスレットを食い入るように見つめたエリザ王女が、逡巡の後に顔を逸らしたのを確認し、アルバートはフッと力の抜けた笑みを浮かべた。

「だろうな。もう理解してもらおうとは思わない。だが一つだけ言っておく。ザイアンがエリザ王女の復讐を背負って俺を討つとなれば、俺は簡単には負けてやれない。俺が死ぬときはルーカスに敗れたときだ」

 ザイアンはじっと考え込む素振りを見せたまま微動だにしない。王女もかなり動揺しているようだ。
 それもそうだろう。ハインツの言葉を鵜呑みにして、マリルと復讐の契約をしてまで生き返った王女が、いきなり相手が違うと言われても、そうやすやすと敵だと思っていた男の言葉を信じられるわけがない。

 先ほど立ち聞きした話では、王女は復讐を終えたら、命がつきるという。
 ザイアンは昔から直情的なきらいはあるが、アルバートの方からザイアンに袂を分かつと告げても、根っこのところではアルバートを信じてくれていたようで、今までザイアンから暴力を振るわれることなど無かった。
 その情に厚い男が、今まで抜かなかった剣をアルバートに突きつけようというのだ。どのくらいエリザ王女に惹かれているか思い知れよう。
 ザイアンのためにも、エリザ王女は生きていて欲しい。

 エリザ王女を思うマリルやザイアンが直接手を下すのではなく、ガルレア王妃に従う者同士の仲間割れでアルバートが命を落とすなら、復讐にカウントされることはなく、エリザ王女は生き延びられるのではないか。アルバートはそう考えた。
 それが王女に苦しい思いをさせた償いになるのかは分からないが、アルバートは己の命と引き換えにしてでも、必ずルーカスの息の根を止めてやると心の中で誓った。
 大魔導師が後ろについていなければ、ガルレア王妃とハインツも今までのようにはいくまい。自分がいなくなった後は、きっとザイアンが片をつけてくれるだろう。

「では、さっそくルーカスに決闘の立会人を申し込んでおくとしよう。日時が決まりしだい伝達する。お互いに願った通りの結末になるといいな」

 ザイアンがもの言いたげな様子をしていることに気づかないふりをして、アルバートは部屋を出た。
―――二人とも幸せになってくれ。
 離宮の出口を出て、渡り廊下を歩いていったが、サンサ大魔導師は姿を現さなかった。
 元から頼る者もないアルバートには、サンサ大魔導師がいないからと言って、失望することもない。
 心配ごとであった母の行き場は確保した。あとは長年の恨みを果たすのみ。

「ガルレア王妃、ハインツ、ルーカス、必ずお前たちの野望を打ち砕いてやる」


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