33 / 37
ルーカスの幻術 (2-2)
魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた
しおりを挟むルーカスが呪文を唱えて、地面と自分を同時に乾している間に、パウロン王が顔をしかめてガルレア王妃に訊ねた。
「王妃よ。エリザ王女の敵討ちなどと言うが、王女は生きているではないか。いったいなぜそんな迷い事を申す」
「そこにいらっしゃる王女が偽物なのか、本物なのかは存じませんけれど、アルバートがエリザ王女の馬車を襲ったのをハインツが見ていますの」
「何だと! それは誠か? だが、アルバートは皇太子候補でもある。王女を亡き者にする理由がないではないか」
「私がアルバートに、嘘をついたのがいけなかったのです。きっと、自分には分が無いと焦ってしまったのですわ」
普段は押しの一手のガルレア王妃がしおらしく項垂れ、さも言いづらそうに会話をぼかす。パウロン王は焦れる余りに、酒に焼けた赤ら顔を更に赤くして王妃に先を促した。
「最初アルバートには、フランセン王国のエリザ王女がブリティアン王国へやってきて婚約者を選び、その王子が皇太子になると本当のことを伝えたのです。アルバートはハインツに決まっているのではないかと不安そうに訊ねたので、私はつい出来心でそうだと言ってしまいました。だってアルバートはあの通り見目が良いでしょ。ハインツの競争相手になると困ると思ってつい……。きっとアルバートは、皇太子になりたいがために、そこにいるマリルとかいう魔女を使って、王女がハインツと婚約しないように始末しようとしたのでしょう」
これにはエリザ王女が黙ってはいなかった。即座に席を立ち上がり、王妃の話が途中であるにも関わらず大声で遮った。
「お言葉ですが、マリルは私のコンパニオンです。私の殺害に手を貸すことはありませんし、私は本物のフランセン王国の王女エリザで、この通り生きていますわ」
「浅はかな王女。自分の命が狙われた記憶をその魔女に奪われたのか、それとも馬車に乗っていたのは偽物で、本物のそなたは事件の詳細を知らないのか。まぁ、よい。アルバートが王女を殺す瞬間を、ルーカスがハインツの記憶から取り出して見せてくれよう。そうすれば、なぜアルバートを処分しなければならないのか分かるだろう」
王妃の合図を機に、ルーカスが呪文も唱えず杖を振る。その先から真っ黒な煙を吹き出させながら、ルーカスがぐるりと身体を360度回転させると、煙はあっという間に円形競技場を飲み込んで、辺りは真っ暗な闇に包まれた。
天井は開いているはずなのに、煙が満ちていると言うことは、ルーカスの結界が張ってあるという証拠だ。
闇堕ちしてしまったルーカスが白魔術を使うときには、呪文を使わざるを得ないことにマリルは気が付いたが、もう殆ど使えなくなっている白魔術を強制的に使う時と比べ、ルーカスの黒魔術の威力は凄すぎる。
アルバート王子は先ほどから何を言われても、ずっと沈黙を保ったままだ。その姿も見えないほどの闇が、マリルを不安にさせていた。
―――お師匠様、早く来て!
心で強く念じた言葉は、急に目の前に浮き出た映像に邪魔されて霧散した。
森の中斜面を下っていった先に、アルバート王子が木の陰に潜んでいる。ガサガサと枯れ葉を踏む音でアルバート王子が振り向いて顔をしかめて「見張りか?」と呟いた。
これは以前ハインツが、ガルレア王妃とルーカスに語ったのと同じ状況だとマリルは気が付いた。
王妃が言ったとおり、ハインツの記憶をそのまま取り出したようだが、薄れるはずの記憶にしては鮮明すぎて、ハインツの姿が見えないだけに、まるで自分が目撃しているように感じる。
アルバート王子から二三十メートル離れた道に、突然金の飾りがついた瀟洒な馬車が現れた。扉が開きエリザ王女が辺りを見回す。と、その時アルバート王子が弓をつがえて矢を放った。
胸に矢が突き刺さった王女が苦痛に顔を歪め、胸を抑える姿が大写しになり、真っ暗な会場から観客の悲鳴が上がる。王女はよろめきながら馬車の中に消えた。
―――嘘よ! ハインツ王子が話した内容と違うわ。
アルバート王子は王女が本物かもしれないと疑って、つがえた矢を降ろしたはず。直後にハインツが弓を構えているのに気が付いて、アルバート王子がやめろと制止したのに、手柄欲しさに矢を放ったのはハインツだ。
けれども、真実を知る者はルーカスに幻術を操らせる者たちだけで、観客たちは本物のように見える映像を信じてしまったようだ。
闇の中に嫌悪の呟きが漏れ、その辺りが濃い紫色に染まる。小さな染みは隣へと広がっていき、人の心を汚染していった。
「何が王女をかけての戦いだ。エリザ王女を抹殺しようとしたくせに」
「だが、王女は生きているぞ」
「多分道中の王女の安全を守るための身代わりの女性だろう。かわいそうに。心臓を射られては助かるまい」
「アルバート王子は剣と矢の名手らしい。敵将を狙うなら分かるが、あんな罪もない美しい女性を狙うとは非道過ぎる。本物ならフランセン王国と戦争になるところだぞ」
今や競技場の中の黒い靄はほぼ紫に染まり、人々の悪感情を飲み込んでもくもくと成長し続けている。やがて何十もの塊に別れ、鋭い牙と爪を持つ二足歩行の化け物になった。
不思議なことに、見るからに恐ろしい形相の魔物がかン客席のあちこちにいるというのに、誰も悲鳴をあげていない。多分心を操られてしまい、異形の化け物に恐怖を感じていないのではないか。
マリルは観客席を見上げて、必死で叫んだ。
「みんな騙されないで! これは幻術よ! ルーカスが嘘の幻を見せているの。アルバート王子は無実だわ。犯人はハインツ王子よ!」
「うるさい! お前もアルバート王子とぐるなんだろう。ルーカス大魔導師が暴かなければ、良い魔女と勘違いするところだった」
「エリザ王女のコンパニオンに成りすまして、実はまた王女の命を狙うつもりなんだろう」
紫の魔物に魂を乗っ取られた観客たちは、貴族の品格の欠片も見せず、ブローチや首飾り、指輪などをマリルに向かって投げつける。興奮が興奮を呼び、アルバート王子への憎しみが怒声となって、足踏みと一緒に競技場を揺らした。
マリルは自分の力の無さを悔やみながら、アルバート王子を振り返った。王子の顔は、真っすぐにエリザ王女に向けられている。その瞳に諦めが宿っているようで、マリルは諦めないでと叫びたくなった。
でも、もし今アルバート王子が、マリルに頼んだセリフをを言わせるためにフルネームで呼んだとしても、マリルの問いかけがどれほどアルバート王子を助けることができるだろう?
フルネームを呼ばれなくても、アルバート王子が無実だと訴えたマリルは、観客に罵倒された。
王子が身の潔白を叫ぶ機会を、永久に奪ってしまったのではないかと絶望に襲われる。
「あなたはエリザ王女を殺したのかと聞いてくれ」と言われたときに、マリルは正直に言って、そんなに自分の名誉が大事なのかとアルバート王子に対して冷めた気持ちになった。
こんな風に一身に殺意を浴びて、恐怖に身を縮こませる状況になるなんて思いもしなかったせいだが、できるならあのときの自分を引っぱたいてやりたい。
せめてエリザ王女とザイアン王子がまやかしに惑わされないようにと願ってみるが、エリザ王女もザイアン王子も、苦し気な表情で周囲を見回しどうしていいか分からないといった様子だ。
エリザ王女が助けを求めるようにマリルに顔を向けたとき、じっと王女を見つめながら佇むアルバート王子と視線があった。だがそれも一瞬で王女の顔が逸らされる。
アルバート王子が王女の答えを受け止め、小さく何度も頷きながら悲し気に薄く微笑んだ。
アルバート王子を無視したエリザ王女の態度は、アルバート王子の罪を決定づけてしまったようだ。観客のアルバート王子への怒りはさらに膨れ上がり、やがて一つの叫びとなって競技場にこだました。
「アルバート王子を処刑しろ」
「エリザ王女を殺そうとした罪を償わせろ」
「アルバート王子を殺せ!」
「アルバート王子を殺せ!」
殺せ! 殺せ! 殺せ!
もはや心のある人とは思えぬ悪魔のような表情で、人々が怒号の叫びをあげている。その中心でルーカスが勝ち誇ったようにほくそ笑んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
慈愛と復讐の間
レクフル
ファンタジー
とある国に二人の赤子が生まれた。
一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。
慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。
これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。
だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。
大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。
そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。
そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。
慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。
想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる