魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

マスカレード 

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ルーカスの幻術 (2-2)

魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

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 ルーカスが呪文を唱えて、地面と自分を同時に乾している間に、パウロン王が顔をしかめてガルレア王妃に訊ねた。

「王妃よ。エリザ王女の敵討ちなどと言うが、王女は生きているではないか。いったいなぜそんな迷い事を申す」

「そこにいらっしゃる王女が偽物なのか、本物なのかは存じませんけれど、アルバートがエリザ王女の馬車を襲ったのをハインツが見ていますの」

「何だと! それは誠か? だが、アルバートは皇太子候補でもある。王女を亡き者にする理由がないではないか」

「私がアルバートに、嘘をついたのがいけなかったのです。きっと、自分には分が無いと焦ってしまったのですわ」

 普段は押しの一手のガルレア王妃がしおらしく項垂れ、さも言いづらそうに会話をぼかす。パウロン王は焦れる余りに、酒に焼けた赤ら顔を更に赤くして王妃に先を促した。

「最初アルバートには、フランセン王国のエリザ王女がブリティアン王国へやってきて婚約者を選び、その王子が皇太子になると本当のことを伝えたのです。アルバートはハインツに決まっているのではないかと不安そうに訊ねたので、私はつい出来心でそうだと言ってしまいました。だってアルバートはあの通り見目が良いでしょ。ハインツの競争相手になると困ると思ってつい……。きっとアルバートは、皇太子になりたいがために、そこにいるマリルとかいう魔女を使って、王女がハインツと婚約しないように始末しようとしたのでしょう」

 これにはエリザ王女が黙ってはいなかった。即座に席を立ち上がり、王妃の話が途中であるにも関わらず大声で遮った。

「お言葉ですが、マリルは私のコンパニオンです。私の殺害に手を貸すことはありませんし、私は本物のフランセン王国の王女エリザで、この通り生きていますわ」

「浅はかな王女。自分の命が狙われた記憶をその魔女に奪われたのか、それとも馬車に乗っていたのは偽物で、本物のそなたは事件の詳細を知らないのか。まぁ、よい。アルバートが王女を殺す瞬間を、ルーカスがハインツの記憶から取り出して見せてくれよう。そうすれば、なぜアルバートを処分しなければならないのか分かるだろう」

 王妃の合図を機に、ルーカスが呪文も唱えず杖を振る。その先から真っ黒な煙を吹き出させながら、ルーカスがぐるりと身体を360度回転させると、煙はあっという間に円形競技場を飲み込んで、辺りは真っ暗な闇に包まれた。
 天井は開いているはずなのに、煙が満ちていると言うことは、ルーカスの結界が張ってあるという証拠だ。
 闇堕ちしてしまったルーカスが白魔術を使うときには、呪文を使わざるを得ないことにマリルは気が付いたが、もう殆ど使えなくなっている白魔術を強制的に使う時と比べ、ルーカスの黒魔術の威力は凄すぎる。

 アルバート王子は先ほどから何を言われても、ずっと沈黙を保ったままだ。その姿も見えないほどの闇が、マリルを不安にさせていた。
―――お師匠様、早く来て!
 心で強く念じた言葉は、急に目の前に浮き出た映像に邪魔されて霧散した。

 森の中斜面を下っていった先に、アルバート王子が木の陰に潜んでいる。ガサガサと枯れ葉を踏む音でアルバート王子が振り向いて顔をしかめて「見張りか?」と呟いた。

 これは以前ハインツが、ガルレア王妃とルーカスに語ったのと同じ状況だとマリルは気が付いた。
 王妃が言ったとおり、ハインツの記憶をそのまま取り出したようだが、薄れるはずの記憶にしては鮮明すぎて、ハインツの姿が見えないだけに、まるで自分が目撃しているように感じる。

 アルバート王子から二三十メートル離れた道に、突然金の飾りがついた瀟洒な馬車が現れた。扉が開きエリザ王女が辺りを見回す。と、その時アルバート王子が弓をつがえて矢を放った。
 胸に矢が突き刺さった王女が苦痛に顔を歪め、胸を抑える姿が大写しになり、真っ暗な会場から観客の悲鳴が上がる。王女はよろめきながら馬車の中に消えた。

―――嘘よ! ハインツ王子が話した内容と違うわ。
 アルバート王子は王女が本物かもしれないと疑って、つがえた矢を降ろしたはず。直後にハインツが弓を構えているのに気が付いて、アルバート王子がやめろと制止したのに、手柄欲しさに矢を放ったのはハインツだ。
 けれども、真実を知る者はルーカスに幻術を操らせる者たちだけで、観客たちは本物のように見える映像を信じてしまったようだ。

 闇の中に嫌悪の呟きが漏れ、その辺りが濃い紫色に染まる。小さな染みは隣へと広がっていき、人の心を汚染していった。

「何が王女をかけての戦いだ。エリザ王女を抹殺しようとしたくせに」
「だが、王女は生きているぞ」
「多分道中の王女の安全を守るための身代わりの女性だろう。かわいそうに。心臓を射られては助かるまい」
「アルバート王子は剣と矢の名手らしい。敵将を狙うなら分かるが、あんな罪もない美しい女性を狙うとは非道過ぎる。本物ならフランセン王国と戦争になるところだぞ」

 今や競技場の中の黒い靄はほぼ紫に染まり、人々の悪感情を飲み込んでもくもくと成長し続けている。やがて何十もの塊に別れ、鋭い牙と爪を持つ二足歩行の化け物になった。
 不思議なことに、見るからに恐ろしい形相の魔物がかン客席のあちこちにいるというのに、誰も悲鳴をあげていない。多分心を操られてしまい、異形の化け物に恐怖を感じていないのではないか。

 マリルは観客席を見上げて、必死で叫んだ。
「みんな騙されないで! これは幻術よ! ルーカスが嘘の幻を見せているの。アルバート王子は無実だわ。犯人はハインツ王子よ!」

「うるさい! お前もアルバート王子とぐるなんだろう。ルーカス大魔導師が暴かなければ、良い魔女と勘違いするところだった」
「エリザ王女のコンパニオンに成りすまして、実はまた王女の命を狙うつもりなんだろう」

 紫の魔物に魂を乗っ取られた観客たちは、貴族の品格の欠片も見せず、ブローチや首飾り、指輪などをマリルに向かって投げつける。興奮が興奮を呼び、アルバート王子への憎しみが怒声となって、足踏みと一緒に競技場を揺らした。

 マリルは自分の力の無さを悔やみながら、アルバート王子を振り返った。王子の顔は、真っすぐにエリザ王女に向けられている。その瞳に諦めが宿っているようで、マリルは諦めないでと叫びたくなった。

 でも、もし今アルバート王子が、マリルに頼んだセリフをを言わせるためにフルネームで呼んだとしても、マリルの問いかけがどれほどアルバート王子を助けることができるだろう? 

 フルネームを呼ばれなくても、アルバート王子が無実だと訴えたマリルは、観客に罵倒された。
 王子が身の潔白を叫ぶ機会を、永久に奪ってしまったのではないかと絶望に襲われる。

「あなたはエリザ王女を殺したのかと聞いてくれ」と言われたときに、マリルは正直に言って、そんなに自分の名誉が大事なのかとアルバート王子に対して冷めた気持ちになった。
 こんな風に一身に殺意を浴びて、恐怖に身を縮こませる状況になるなんて思いもしなかったせいだが、できるならあのときの自分を引っぱたいてやりたい。

 せめてエリザ王女とザイアン王子がまやかしに惑わされないようにと願ってみるが、エリザ王女もザイアン王子も、苦し気な表情で周囲を見回しどうしていいか分からないといった様子だ。
 エリザ王女が助けを求めるようにマリルに顔を向けたとき、じっと王女を見つめながら佇むアルバート王子と視線があった。だがそれも一瞬で王女の顔が逸らされる。
 アルバート王子が王女の答えを受け止め、小さく何度も頷きながら悲し気に薄く微笑んだ。

 アルバート王子を無視したエリザ王女の態度は、アルバート王子の罪を決定づけてしまったようだ。観客のアルバート王子への怒りはさらに膨れ上がり、やがて一つの叫びとなって競技場にこだました。

「アルバート王子を処刑しろ」
「エリザ王女を殺そうとした罪を償わせろ」
「アルバート王子を殺せ!」
「アルバート王子を殺せ!」
 殺せ! 殺せ! 殺せ!

 もはや心のある人とは思えぬ悪魔のような表情で、人々が怒号の叫びをあげている。その中心でルーカスが勝ち誇ったようにほくそ笑んでいた。


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