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混乱と解放1
魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた
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視界に入った鋭い爪と、それを薙ぎ払おうとするアルバート王子の剣。一本の爪が払いきれずにマリルの腕に刺さる。すぐに抜き取ったが、じわりじわりと体中に広がる苛立ちと悪感。
ルーカスが血の滲んだマリルの腕を見て、さも気の毒そうな声で語りかけた。
「おやおや、痛かったかな? かわいそうに。でも、そろそろ幻魔の毒が回って私の言葉しか耳に入らなくなるころだろう。サンサに従うのは止めて、私の後継ぎになるといい」
ルーカスの戯言が、今のマリルには甘い誘惑にしかならない。
―――ルーカスの後継ぎになる?……サンサと比べてどちらがいいのだろう?
片隅に残った理性が余計なことを考えるなと忠告するが、それを上回る好奇心が誘発され、頭の中に二人の情報が浮かび上がる。それもルーカスの良い部分しか見えないフィルターにかけられたようなものだった。
犯罪に手を染めたルーカスの非難すべき記憶は闇に沈められてしまい、国の祭事事にも関わる大魔導師、という輝かしい経歴のみが残っていた。
サンサに関してはその逆で、時に弟子を導く尊厳に満ちた師匠の姿や、愛情に飢えていたマリルに優しく接してくれた、母のようなサンサとの幸せだった暮らしには目隠しされ、思い浮かぶのは、サンサが森の中でひっそりと暮らし、時々極秘の仕事があると言ってはでかけるが、マリルには内容も教えてくれない秘密主義の得体の知れない魔術師としての姿だった。
それでも、心の片隅でサンサへ抱き続けた尊敬と思慕が、完全に術中にはまるのに対して抵抗しようとする。今見えているものを否定し、奥を探ろうとすればするほど、頭が締め付けられるように痛んで、マリルは頭を押さえながらうめき声を上げた。
サンサを見上げるマリルが酷く混乱しているのを、ルーカスは見逃さなかった。
「サンサよりは私の方が、良い待遇でマリルを雇ってやれるぞ。サンサはお前の力を伸ばすことができなかったのをお前の親のせいにしたが、本当はサンサが白魔術しか使えない弱くてずるい魔術師だからだ」
「ち、違う……気がする。お師匠さまは、いつも正しくて強かった……と思う」
キリで頭を突くような痛みにマリルは顔をしかめ、息も絶え絶えに言い返すが、ルーカスはフンと鼻で笑った。
「ずるくないというなら、どうして今までマリルに与えなかった認定証を急に渡したのだ?」
「それは……どうして……分からない」
「私が真実をマリルに伝えたら、マリルがサンサから離れていくだろうと踏んで、急に認定証を出したのだ。そんなずる賢い師匠はマリルの方から捨ててやれ。私がマリルに黒魔術を教えて誰よりも強い大魔導師にしてやろう。さぁ、私の傍においで」
十メートルほど離れた場所で、ルーカスが手招きをする。マリルの頭の中は霧がかかったようで、考えようとする意思を奪っていく。痛みも限界にきていた。
フラフラとルーカスの方へ歩きだしたマリルの前に、アルバート王子が立ちふさがった。
「マリル、行ってはダメだ。正気に戻れ。ルーカスは悪魔のような男だ。言うことを聞くんじゃない」
「アル……バート殿下、頭が痛いの。助けて」
アルバート王子がマリルを片腕で抱きながら、マリルに毒を注入した幻魔を切ろうとするが、何度トライしても靄でできている魔物に剣は通用しない。アルバート王子がサンサに助けを求めるべく、円形競技場の壁に止まっている巨大な鷹を見上げ、驚愕の表情を浮かべた。
天を仰ぎ両手を広げたサンサの身体が半透明になり、鷹を追い越すぐらいの大きさに膨張しながら浮いていたからだ。白いローブはまるで壁を伝う塗料のように、観客席へと垂れていく。正気に戻っている人々は、ローブの襞に巻き込まれないように、叫び声を上げながら、まだ術にかかっている身内や友人を引っ張って移動する。
ルーカスが舌打ちをして、杖を振り、巨大コウモリを出現させた。
「術移しの魔法を使う気だな。お前に私の術を抑え込めるものか。黒魔術の力が私を強くしたのだぞ。動けないお前など魔コウモリの餌食にしてくれる。行け!」
最上階を指したルーカスの腕は、突如鞭のように飛んできた光の蔓に捉えられた。五人の魔術管理委員会のメンバーが放った発光する蔓が、ルーカスの手足に絡みつく。
同時に全長五メートルほどの巨大な魔コウモリは、サンサに突っ込んでいった。
サンサの身体が魔コウモリに食い破られていくのを目の当たりにした観客や、王族たちが悲鳴を上げる。 五人の魔導師は魔コウモリなど眼中にないほど集中して、呪文を唱え始めた。
光の弦がルーカスの魔力を徐々に吸い取り、魔術師の杖からサンサへと黒い液体となって放出され、サンサの白いローブを黒く染めていく。
ルーカスが暴れるが、手足に絡まった光の蔓は緩まない。
「幻魔たち、魔術師たちを攻撃しろ!」
ルーカスが血の滲んだマリルの腕を見て、さも気の毒そうな声で語りかけた。
「おやおや、痛かったかな? かわいそうに。でも、そろそろ幻魔の毒が回って私の言葉しか耳に入らなくなるころだろう。サンサに従うのは止めて、私の後継ぎになるといい」
ルーカスの戯言が、今のマリルには甘い誘惑にしかならない。
―――ルーカスの後継ぎになる?……サンサと比べてどちらがいいのだろう?
片隅に残った理性が余計なことを考えるなと忠告するが、それを上回る好奇心が誘発され、頭の中に二人の情報が浮かび上がる。それもルーカスの良い部分しか見えないフィルターにかけられたようなものだった。
犯罪に手を染めたルーカスの非難すべき記憶は闇に沈められてしまい、国の祭事事にも関わる大魔導師、という輝かしい経歴のみが残っていた。
サンサに関してはその逆で、時に弟子を導く尊厳に満ちた師匠の姿や、愛情に飢えていたマリルに優しく接してくれた、母のようなサンサとの幸せだった暮らしには目隠しされ、思い浮かぶのは、サンサが森の中でひっそりと暮らし、時々極秘の仕事があると言ってはでかけるが、マリルには内容も教えてくれない秘密主義の得体の知れない魔術師としての姿だった。
それでも、心の片隅でサンサへ抱き続けた尊敬と思慕が、完全に術中にはまるのに対して抵抗しようとする。今見えているものを否定し、奥を探ろうとすればするほど、頭が締め付けられるように痛んで、マリルは頭を押さえながらうめき声を上げた。
サンサを見上げるマリルが酷く混乱しているのを、ルーカスは見逃さなかった。
「サンサよりは私の方が、良い待遇でマリルを雇ってやれるぞ。サンサはお前の力を伸ばすことができなかったのをお前の親のせいにしたが、本当はサンサが白魔術しか使えない弱くてずるい魔術師だからだ」
「ち、違う……気がする。お師匠さまは、いつも正しくて強かった……と思う」
キリで頭を突くような痛みにマリルは顔をしかめ、息も絶え絶えに言い返すが、ルーカスはフンと鼻で笑った。
「ずるくないというなら、どうして今までマリルに与えなかった認定証を急に渡したのだ?」
「それは……どうして……分からない」
「私が真実をマリルに伝えたら、マリルがサンサから離れていくだろうと踏んで、急に認定証を出したのだ。そんなずる賢い師匠はマリルの方から捨ててやれ。私がマリルに黒魔術を教えて誰よりも強い大魔導師にしてやろう。さぁ、私の傍においで」
十メートルほど離れた場所で、ルーカスが手招きをする。マリルの頭の中は霧がかかったようで、考えようとする意思を奪っていく。痛みも限界にきていた。
フラフラとルーカスの方へ歩きだしたマリルの前に、アルバート王子が立ちふさがった。
「マリル、行ってはダメだ。正気に戻れ。ルーカスは悪魔のような男だ。言うことを聞くんじゃない」
「アル……バート殿下、頭が痛いの。助けて」
アルバート王子がマリルを片腕で抱きながら、マリルに毒を注入した幻魔を切ろうとするが、何度トライしても靄でできている魔物に剣は通用しない。アルバート王子がサンサに助けを求めるべく、円形競技場の壁に止まっている巨大な鷹を見上げ、驚愕の表情を浮かべた。
天を仰ぎ両手を広げたサンサの身体が半透明になり、鷹を追い越すぐらいの大きさに膨張しながら浮いていたからだ。白いローブはまるで壁を伝う塗料のように、観客席へと垂れていく。正気に戻っている人々は、ローブの襞に巻き込まれないように、叫び声を上げながら、まだ術にかかっている身内や友人を引っ張って移動する。
ルーカスが舌打ちをして、杖を振り、巨大コウモリを出現させた。
「術移しの魔法を使う気だな。お前に私の術を抑え込めるものか。黒魔術の力が私を強くしたのだぞ。動けないお前など魔コウモリの餌食にしてくれる。行け!」
最上階を指したルーカスの腕は、突如鞭のように飛んできた光の蔓に捉えられた。五人の魔術管理委員会のメンバーが放った発光する蔓が、ルーカスの手足に絡みつく。
同時に全長五メートルほどの巨大な魔コウモリは、サンサに突っ込んでいった。
サンサの身体が魔コウモリに食い破られていくのを目の当たりにした観客や、王族たちが悲鳴を上げる。 五人の魔導師は魔コウモリなど眼中にないほど集中して、呪文を唱え始めた。
光の弦がルーカスの魔力を徐々に吸い取り、魔術師の杖からサンサへと黒い液体となって放出され、サンサの白いローブを黒く染めていく。
ルーカスが暴れるが、手足に絡まった光の蔓は緩まない。
「幻魔たち、魔術師たちを攻撃しろ!」
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