仕掛けられた甘い罠に墜ちて

マスカレード 

文字の大きさ
2 / 22

三沢北斗

しおりを挟む
「くっそ~っ!また変更しやがって!いい加減にしろってんだ」
 大手住宅メーカーに勤務するインテリアコーディネーターの三沢北斗は、商談から帰るなり、図面とデザイン画を机の上に叩きつけた。
 隣の席に座る同僚の木村瑛士が、北斗に同情してチョコバーを投げて寄こす。
「また水穂さんのところか。あの人IC(インテリアコーディネーター)泣かせで有名なんだよ。いつまでも細かいことに拘って、全体を見ていないっていうかさ、やり直しと付け加えばかりで、全然進まないんだよ」
「ああ、全部任せてくれるならまだしも、次々と突飛なアイディアを出しては振り回してくれる。俺の大事な時間を、返せって言いたいよ。なぁ、瑛士、あの人返品していい?」
「いらないよ。二度とごめんんだ。社長の遠縁だか何だか知らないけれど、これと思うコーディネーターを乗り換えて引っかき回した挙句、お詫びどころかろくにお礼も言わないんだから。それに、今は北斗の綺麗なお顔にはまっていて、しょっちゅう思いつきましたのって連絡がくるんだろ?残念だけど、僕の出る幕はないね」
 北斗は一度机に放ったデザイン画を丸めて、瑛士の頭をパカンと叩いて睨みつけた。
 身長は百七十四㎝と日本人男性の平均くらいしかないが、顔が小さく手足が長い北斗は、実際の背よりは高く見える。通った鼻筋の両側にある、少し吊り上がった色素の薄い茶色の大きな目で、どんなにきつく睨まれたとしても、きれいさに凄みが加わるだけで、怖くもなんともないのだが、綺麗だと言われることが大嫌いな本人にそれを言う訳にもいかず、瑛士はおお怖っと肩を竦めてみせた。
 すると、後ろから事務の女性陣がちゃちゃをいれる。
「木村さん、嘘ばっかり!三沢さんが睨むと、ヴォーグのモデルみたいに迫力があって美人度がアップするんですもの。私たち女子でも見惚れちゃうんですよね~」 
「そう、そう、壮絶きれい!」
 周囲から上がる声に言い返したりすると、余計に反論が返ってくるのは経験済みなので、北斗は無表情のままドスンと椅子に腰を下した。
「二十六歳の男に、美人とか壮絶きれいとか言うなよ!くそムカつく」
 隣にいる瑛士にしか聞こえない悪態を吐くと、北斗はCADに向かって部屋の模様を変更し始めた。
 先日、アースカラーを基本に、寒色を少し取り入れたプランでオッケーをもらい、デザイン画を持って行ったのだが、今日はカラフルな気分だったらしい。色彩も青やベージュだけではなく、反対色も欲しいと言い出したのには唖然とした。
『そうだわ!反対色の赤を使って、朝焼けとか夕焼けの部屋も作って、グラデーションをつけるのはどうかしら?』
 どんなんだ!と北斗は心の中で叫んでいた。そんな部屋に居て落ち着くわけがない。
 実際に色を塗り始めたらクレームが来て、プラン自体練り直しになるのが目に見えている。遠回しにやめた方がいいと伝えたのだが、自分の意見に固執する水穂には届かなかった。
 それで会社に戻ってからも、憤懣やるかたない気持ちで荒れているのだが、画面上の部屋に色を付けながら、北斗はあっ!と叫んだ。
 そうだ迷彩色の部屋とか、唐草模様の部屋とかの案を出して、あちらから見限ってもらえばいいんだ!
 途端にやる気が出た北斗は、フッフッフッと笑いながら、ビッグバーンの爆発をイメージした部屋を画面に描き始めた。
 不気味な笑いを聞いた瑛士が、ついに北斗の頭がおかしくなったのかと心配して画面を覗き込んだ途端、「ええっ!!」と小さく驚きの声を上げたのを無視して、北斗は心の中でIC舐めんなよと呟いたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...