仕掛けられた甘い罠に墜ちて

マスカレード 

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スペインバルで‥‥‥

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 水曜日、住宅メーカーのデザイン部門のオフィスでは、珍しく定時で仕事を終えた北斗が、そそくさと片づけを始めたのを見て、隣の席の木村瑛士が目を丸くして、早いなと声をかけた。
「うん、今日はちょっとね。水穂さんのデザインも終えて、本人に見せるだけになったから、その前に息抜きしておこうと思って」
「そういえば、昨日水穂さんから再三にわたって電話があったもんな。北斗がオフィスに戻って来た時には、どうなることかと思ったけれど、お前はえらいよ。本当に頭が下がる」
「いや、資産家の奥様の物の見方についてアドバイスをくれた人がいて、それでアプローチの方向を変えてみたんだ。もう一度だけやってみて、だめなら、水穂さんには諦めてもらうか、妥協点を見出すよう促すかで話をつけるつもりだ」
 説明しながらちらりと時計に目をやり、まだ拓真が電話の相手と会うのは二時間ぐらい先だと確認する。どこかで食事でもして時間を潰してから、スペインバルに行けばいいと考えた時、目の前の瑛士を誘ってみようと思いついた。
 瑛士も水穂のことでは、自分の力が足りなくて北斗に迷惑をかけたと日ごろから言っているので、勝利の前祝いだと心良く乗ってきた。
 スペインバルに近い場所にあるリーズナブルな洋食レストランに入り、男二人で食事をした後、ほんの少しだけのつもりでアルコールを入れる。
 北斗はあまり酒が強くないが、これから拓真のあいびきを邪魔するのだと思うと、飲んだ勢いでいく方が、罪悪感を感じずに済むのではないかと思えた。
 もちろん拓真に対してではなく、期待して誘いにのったかもしれない女性に対してだ。
 拓真には、夕べ致したことのの気まずさもあるので尚更だ。
 そんなこんなで、北斗はかなりのピッチで酒を飲んでしまった。
「なぁ、瑛士、もう一軒行こう」
「明日もあるんだぞ。もうやめた方がいい」
「じゃあ、ほんの一杯だけ。三ブロック先のスペインバルの店内と、客の反応を見てみたいんだ」
「ああ、あそこ。そういえば北斗がデザインしたんだったな。分かった一杯だけだぞ」
 すぐ目の前にバルが見え、ドアにある凝ったデザインの取っ手に手をかけようとしたところで、北斗のスマホが振動した。瑛士にドアを開ける役を譲り、スマホを覗けば七星から写真が届いている。
 店内に入りながら、何を送ってきたのかチェックをすると、小学生の北斗が作った初作品と、それ以降に手掛けたポーセレンドールの写真だった。
 倉庫を整理していて発見したので、七星の作品を含めてどうするか思案中と書いてある。
「うへっ。なんだこれ?下手くそだな~」
 初作品を見て噴き出した北斗に、興味を引かれた瑛士が何事かと覗き込もうとする。
「何だ?自分だけ楽しんでずるいぞ」
「へへへ。ちょっとね。恥ずかしい過去の作品」
 入り口で、見せろ、嫌だの応酬をしていると、たまたま店を訪れていたオーナーがボーイに連れられてやってきた。
「やぁ、北斗くん。久しぶりだね。君のおかげで今夜も大盛況だ」
 四十代のダンディーなオーナーは、志田一将と言って、飲食店をいくつも所有している。先日も何かの雑誌にインタビュー記事が写真入りで載っていた。
 北斗をいたく気に入ってくれて、次に出す店のデザインも任せようかと思っていると言ってくれる。 
 ただ、その話をデザインオフィスでもらったときには、やたらと身体に触れたがるスキンシップが好きな人だと思っていたのが、瑛士と挨拶を交わすのを見ていると、そうではないことに気がついた。  
 オーナーが自らの案内するというので、断ることもできず、後をついて店の奥に歩いていく。
 途中で拓真の姿が見えて、つい隠れたくなったが、拓真も北斗に気が付いたようで、驚きの表情を浮かべた。
 想像していた顔を引き出せたことに満足して、北斗はしてやったりと笑ってやった。
 横を通り過ぎる時に、ちらりと女性の顔をみると、眼鏡をかけた知的な美人だった。年齢は拓真と同じぐらいだろうと推測する。
 あんな落ち着いたインテリ美女が、拓真とどんな話をしているのか気になるが、振り向くのもしゃくで、そこから五席くらい離れた壁際の席へと真っすぐ歩いていった。
「北斗くんが来てくれてうれしいよ。今度は来る前に連絡を入れてくれるかな?」
 そう言いながら、志田がちらりと瑛士の顔を意味あり気に窺う。
 北斗も瑛士もインテリアコーディネーターという仕事柄、ノーブランドではあるが服をセンス良く着こなすことを心がけている。そんな男二人が話題の店に飲みに来たら、ゲイカップルかと疑われても仕方がない。志田の目にはそんな問いかけがありありと見て取れた。
 普段なら、施工の評判を確かめるために同僚に付きあってもらったと言い訳するところだが、拓真がいることを意識して、北斗はあえて誤解されるに任せた。
 俺だって、モテるんだぞ。あんたなんかに負けないぞ。ふふんと心の中で笑いながら、拓真がどんな顔をしているのか見てみたい衝動と戦う。当てつけてどうするんだ?という考えが一瞬涌いたが、酔った頭では深く追求はできず、すぐに霧散した。
 志田は遊び慣れているらしく、今度私とも一緒に飲もうと言いながら背中をするりと撫でて、去っていった。
 すぐにボーイがワインとグラスを運んできて、オーナーから特別なお客さまにプレゼントですと言いながらサーブする。有難く頂くことにして、瑛士と乾杯をしてから口をつけた。
 少し醒めかけていた頭に、再び酔いが心地良く回っていく。
 どうだ、この店は俺がデザインしたんだぞ!と気持ちがだんだん大きくなるままに辺りを見回した。
 施工後は確認しているが、客が入っているのを直に確かめるのは初めてだ。
 月日が経ったせいか、第三者の目で落ち着いて観察できる。
 壁に張り巡らされているのは、角や表面が削れ、凹凸の陰影が雰囲気を出す石調パネルだ。規則正しく並ぶ陶器製の冷たい表情のタイルとは違い、風化した色合いが落ち着きと安らぎを与えているようで、北斗は押して良かったと改めて思った。
 一角には、泉に見立てた水場があり、その中にベージュの石ブロックが螺旋を描きながら組み上げられている。
 頂上には縁が欠けたアンティーク調の壺が傾けて置いてあり、口から溢れ出す水が階段を流れおちていて、音と共に清涼感を感じさせる。
 もう一つの工夫は、時間によって変わるライトで、周囲の木々と水面に表情をつけ、時間や季節の移り変わりを表現できる異国情緒たっぷりの空間を演出していた。。
 満足だ。これなら拓真も俺の腕を認めてくれるだろう。ビッグバーンなんか描いていないんだからな。
 唇が緩みそうになったのを、瑛士に話しかけられて結び直す。
「素晴らしい店だな。北斗は本当に才能があるよ。ほら、もっと飲め。成功の祝い酒だ」
「誰からの酒だ?瑛士のじゃないぞ」
「まぁ、まぁ、硬いことは言わず……ほらついでやる」
 ありがとうとグラスを受け取り、値の張るであろうワインをごくりと飲む。
「おいしいな。これ」
 ごくりともう一口。味わいながら、もう二口。身体がポカポカしてきて、北斗の頬が赤らんだ。
 その様子を見て、ご機嫌だなと瑛士が笑いながら、北斗がまだ手にしているスマホを指した。
「なぁ、さっきスマホに届いた過去の作品も見せてみろよ」
「これはダメ。秘密」
「そう言われると余計に見たい」
 瑛士がスマホを取り上げようとして手を伸ばしたが、酔っ払いには似合わない素早さで北斗がさっと引っ込める。    
 むきになった瑛士が、北斗の腕を掴んで引き寄せてようとしたとき、頭上からこほんと咳をする音が聞こえて、北斗が顔を上げた。
 そこには、不機嫌そうな顔で、腕を取り合っている北斗と瑛士を見下す拓真が立っていた。

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