上 下
22 / 22

三つ目の条件

しおりを挟む
 三つ目の条件

 拓真の手に優しく額の髪をかき上げられながらキスをされると、大切にされているのが伝わってきて、北斗は無性に甘えたくなった。
 男としてのプライドや張り合う気持ちなんかはとっくに消え去り、目の前の男が愛おしくて、北斗は拓真の首に腕を回して身体を引き寄せる。抱きしめて平らな胸がぴったりと合わさると、このまま拓真の身体に溶け込んでしまいたいたくなった。
「なぁ、俺のこと好き?」
 下から窺うように尋ねれば、拓真の目がふんわりと柔らかい光を湛えて、北斗を映し出す。唇が弧を描くのを見ていたら、答えを引き出したくなって、夢中で拓真の唇にむしゃぶりついた。
「どうした急に?」
 どうしてと言われても……答えを出そうとしたら、ふと、思い出が頭をかすめた。
 そういえば、以前、付き合い始めたばかりの女性から、それとなく誘われベッドを共にした時、同じ質問をされたことがあった。あの時は、好きだから抱くのに、どうしてわざわざ口にしなくちゃいけないのだろうと思った。
今なら、こういう時に女が言葉を欲しがるのは、安心したいからだということが分かる。
「女々しいと笑われるかもしれないけれど、どうしようもなく恋しくて、あんたの気持ちが、言葉が欲しいんだよ」
 潤んだ目で拓真を見つめたら、北斗を見返す拓真の目が急に細まった。半身を起こして北斗に覆いかぶさり、顔中にバードキスを降らされる。。
「三つの条件を覚えているか?」
 拓真こそ急に何を言い出すんだと北斗は首を傾げたが、そういえばまだ二つともクリアしていないことに思い当たった。
「うん。でも、もう手術する必要はなくなったから、関係ないだろ?」
「俺の気持ちが知りたいなら、クリアしてくれ。三つ目の条件は北斗次第で何とかなる」
「ほんとか?」
 食いついたものの、でもな……と北斗は考えた。
最初の二つの条件だって、簡単だと思ったのに、拓真にコントロールされてあっけなく降参したのだ。三つ目の課題が変わったところで、きっとまたクリアできずに、手の上で転がされるだけだろう。
「むぅ……」
「どうするんだ?俺の気持ちを聞かずに、このまま北斗を俺のものにしてもいいのか?」
 拓真がつんつんと熱い塊を北斗に押しつけて催促をすると、北斗は赤くなりながら知りたいと言った。
「分かった。絶対にクリアしてやるからな」
「三つ目の条件は……」
「何だよ?もったいぶらずに言ってくれ」
 ふっと微笑んだ拓真が、顔を寄せて北斗の耳元で囁いた。
「……俺を愛してくれ」
 ぐっと北斗の喉が鳴った。
「何だよ、その条件は!?」
文句を言いながら、北斗が拓真の肩を力なく叩く。
「それじゃあ、クリアしたって、結局は術にはまって、あんたを好きにさせられた俺の負けみたいなもんじゃんか」
「言ったろ?俺を忘れなくさせるよに罠を仕掛けたって。北斗、お前が欲しい。俺を愛して、俺のものになってくれ」
「・・・・・・てる」
「ん?聞こえないな」
「・・・っとに意地が悪いんだから!もう、なってるよ。俺の気持ちはあんたのものだ」
 言い終わるや否や、ぎゅっと拓真に抱きしめられて、北斗は告白の恥ずかしさと、拓真の腕の中の熱で、のぼせそうになった。
 もう、このまま放して欲しくないと思いながら、拓真の背中に腕を回し、ぎゅっと抱き返す。拓真が身を起こしたので、背中が浮き、なおもしがみつこうとすると、放せと言われた。
「このままじゃ、お前を可愛がってやれない」
 途端に、腕から力が抜けて、北斗の背中がシーツに着地した。
 さっき何度も高みに追い上げられて、これ以上は無理だと思ったのに、拓真の低い声が続きをほのめかすと、期待したように北斗自身が頭をもたげる。
 欲望に忠実すぎる部分を手で隠そうとしたら、シーツに両手を縫い留められて、隠すなと命令された。
 バスタオルをはがされ、薄く色づいた胸に拓真の息がかかる。そんなところを意識したこともなかったのに、熱い 吐息に呼び覚まされたように、先っぽが尖って存在を主張する。
 自分の身体の反応に驚いていると、尖った先端に赤い舌が近づいた。
 視覚だけで、その先の感覚を予想した身体に力が入る。舌が触れた瞬間は、予想を裏切って鈍い感触しかなかったが、くにくにと小さな粒を転がされるうちに、いきなりそれがきた。
「はっ‥‥‥あぁ……ああぁ…っ」
 鋭いなんてものじゃない。下腹部に流れるような衝撃的な快感は、北斗の反った背中同様、容易に下には降りて来られない。
 ようやく舌が離れていったことに安堵して、感じすぎた部分に恐る恐る視線を向ける。赤く熟れた部分がどれほどの快感を伝えたかを思い出し、北斗の下腹部がジンジン脈打った。
 と、その時、拓真が放置されたもう片方に舌を伸ばすのが見え、ズクンと腹の中が疼いた。
「や、やめてくれ。そこはもういい。やっ…ああ、あっ……」

 快感でどうにかなってしまう!逃げたいのに、もっと先の快感を求めて身体が動かない。
「最初から、胸で感じる男は、そんなにいないんだが、北斗は外見も、感度も最高だな」
「そんなこと、言われても嬉しくない」
 肩で息をしながら北斗が言い返すと、拓真がニヤリと笑った。
 北斗の額に軽いキスを落としながら、拓真がベッドヘッドに載せてあるボトルに手を伸ばし、キャップを開けた。ローションを片手にあけて温めると、北斗のすぼまりへと手を伸ばす。
 風呂場で十分に解されていた場所に、ローションをまとった指が難なく飲み込まれた。
 胸を弄られた時に、快感が直結していたように感じた内部は、余韻と熱が渦巻いていて、拓真の指に愛撫をねだるようにうねうねとまとわりついている。止めようとして力を入れた途端、余計に指を締め付けてしまって、走った感覚に北斗が嬌声を上げた。
コントロールできない自分に狼狽えていると、拓真が北斗の頬を撫で、また意地の悪いことを告げた。
「焦るな。今、もっと気持ちよくしてやる」
「だ、 誰が、焦るか!」
 ベッドの中では意地が悪くなる男に、もっと言い返してやろうとした北斗は、拓真が己にローションをまぶすのを見て言葉を飲んだ。
 脈が浮き上がったそれは凶器のようだ。同じ男として差があることが悔しいが、自分に使われるとなると、羨ましいどころではない。
 すぼまりに熱が当たる前から、身体が緊張して固くなった。
 北斗の状態が分かっているのか、拓真が無理やり押しいることはなく、先端でやわやわと入り口付近をもみ込むようにされる。ヌプリ、ヌプリと輪に入る面積が広がり、だんだんと頭が潜り込むようになった。
「息を詰めるな。そうだ。ゆっくり吐け」
 拓真自身がゆっくりと狭道を広げながら入って来る。与えられる摩擦と熱を、北斗はただ受け止めるだけだ。
 異物感に音を上げそうになったが、拓真のこめかみを伝い落ちる汗に気づき、拓真が北斗を傷つけないように自分を抑えていることを知る。北斗の中にほんのわずかに残っていた抵抗感が消え、北斗は拓真に全てを明け渡した。
 拓真の剛直を全て収めた時には、北斗は肩で息をしていたが、拓真を見上げながら、まだ自分の問いに答えてもらってないと,切れ切れに言った。
「へ、返事は?」
「かわいいな。抱きつぶしてしまいそうだ」
「その前に、返事!俺のこと……」
「北斗が俺を思ってくれるよりは、お前のことを思っているつもりだ。なにしろ北斗にそっくりな人形にひとめぼれして、強引に会おうとしたんだからな」
「そんな、ずるい!人形じゃなくて俺自身をどう……あっ……あぁ」
 それ以上、北斗は拓真に質問を続けられなかった。
 狭間をみっしりと充溢したものが、ずいっと引いていく。思わず締め付けた拓真のものは指の比ではないくらい太くて熱い。張った部分に神経までこそげられるようで,、北斗が身を捩った。
 すぐに押し戻ってきた熱塊は途中で止まり、拓真に指で開拓された部分を、執拗に攻め立てる。立て続けに快感が弾けて、北斗はひっと呻いて反り返った。
「ああぁ‥‥‥やだ。そこばっかり。もう……」
 ヒクッと喉がなった。セックスの最中に、自分がしゃくりあげるとは思いもせず、恥ずかしくなった北斗は、鳴き 声が漏れないように指を咥える。だが、北斗が抵抗すればするほど、拓真が感じる部分を強くこすってきて、さらわれるままに快感の波に四肢を投げ出した。
「ああ。いい……いい…あっ、い…イッ…」
 ビクビクとシーツの上にのたうつ北斗の煽情的な姿に目を眇めた拓真が、更に奥をズンと突いた。
「イヤーッ!やめ‥‥‥イク…ああ、またイク…いい…イッ…イク…止まらな…」
 大きなスライドで動いた拓真が、また入り口まで己を戻す。
 一瞬襲った背中の寒気に気を取られ、北斗の中の快感が波のように引いていく。その向こうにざわめく予兆を感じ取り、北斗は拓真に向かって必死で首を振った。
「もう、だめだ。これ以上・・・」
「全部俺のものにする。俺の与える快感を受け止めろ」
「ヒッ・・・・・・」
 大きな衝撃が奥に来た。引いた快感が一気に膨れ上がって、北斗を襲う。押し上げられる快感は、爆発するたびに感度を増して、死ぬほどの絶頂感に飲み込まれた。
 北斗は目も閉じられず、全ての神経が焼き切れるほどのエクスタシーを感じながら、感電したように身を震わせて逝き続けた。
 拓真がラストスパートをかけて果てるころには、北斗はよがり声を枯れさせ、ガクガク身体を揺らしながら、意識を手放した。


 目が覚めると、男が横で眠っていた。
 とてもシュールな光景だが、きっとこの寝顔にもすぐに慣れるだろうと北斗は思う。
 起きているときに感じられる拓真の男らしいオーラは、今は閉じた目に封じ込められ、普段は見せない無防備さを晒しているのが新鮮に映る。彫りの深い寝顔は穏やかで知性に溢れていて、北斗は無性に拓真の寝顔を作ってみたい衝動にかられた。
 でも大仏でもあるまいし、小型のポーセレンドールを横に寝かせたら、全く目立たないものになってしまうだろうことが予測できる。
 どうすればいいかなと、構図をあれこれ考えながら身を起こした時、鈍痛が下腹部に走り、北斗はパタンとベッドに突っ伏した。
 その振動で眠りを妨げられ、こちらに寝返りを打った拓真が、まだ冷めやらぬ目で北斗をぼ~っと見つめる。
 あんたが無茶をしたせいで、身体のあちおちが軋むんだぞだと、文句を言いたいのを我慢して、北斗は仕返しに拓真の鼻をつまんでやろうと手を伸ばした。その手をいきなり掴まれて、指先を甘噛みされて息を飲む。
「身体は大丈夫か?」
「動くとほんの少し痛むかも…でも、思ったより平気だ」
「細心の注意を払ったからな。次はきっと大丈夫だ」
 うんと頷いたら、拓真の顔が一瞬歪んで、あっという間に腕の中に抱きこまれた。
「もう、嫌だと言われたらどうしようかと思った」
 そんなことを心配していたのかと驚いて、拓真の顔を見ようとしたが、しっかりと後頭部を抑えられていて動けない。
「北斗は俺のものになったんだな」
 呻くような囁きが心に沁みて、北斗の声が震えた。
「そうだよ。全部拓真さんのものだ。それと、拓真さんは俺のものだからね」
「じゃあ、離れなくてもいいように、ここに越してくるか?」
 抱きしめていた拓真の手が離れ、ようやく自由になった顔を上げて拓真を見ると、とびっきりの笑顔を浮かべて北斗の返事を待っている。
 ああ、いい男だなと素直に思った。
「どうしようかな。考えとく……」
 気の無い返事を装ったけれど、自然に漏れる笑みで、北斗の答えはもう拓真に伝わって
いる。
「じゃあ、後で七星さん夫婦に挨拶がてら、必要な荷物を取りに行こう。残りは引っ越し業者に手配するよ」
「急すぎるだろ?七星も研吾さんも、きっとびっくりするぞ」
「こっちの方が、ずっと心配させられていたんだから、それくらいのお返しは当然だろ!」
 むきになる拓真の態度がおかしくて、北斗が思わず吹き出した。
「笑いごとじゃないぞ。俺は研吾に体当たりされて人形を奪われたり、あいつのせいで、北斗と七星さんから無茶な整形を頼まれて、真剣に悩んで市居にまで相談したんだからな。挙句の果てに山道でスピードを出しての命がけの運転だ」
「そうだった。俺たちは、拓真さんに沢山迷惑をかけていたんだった。ごめん。悪かったです。この通り謝ります」
 一緒に住もうと言った拓真に対し、考えておくと言った北斗への意趣返しか、今度は拓真がそっぽを向いたまま知らん顔を決めている。
「そんなに怒るなよ。ちょっと変わった義弟だけど、研吾がいなかったら、俺たちはこんな風にくっついたりしなかったかもしれないじゃないか」
「あいつが泥棒しなければ、俺は北斗の住宅メーカーに行って、病院のリフォームを頼んでいた。最初からお互いに変な誤解を持つことなく、まっとうな恋愛に進んだと思う」
「え~っ!そんなに最初から俺と会う計画を練っていたのか?」
「言ったろ。一目惚れだって。実物には絶対に会うつもりだった」
 真っすぐに見つめられて、言い切られ、北斗は恥ずかしくなっておろおろと視線を泳がせた。
「北斗はヘテロだから、普通に接したら俺を受け入れてくれたかどうかは分からないけれど、多分普通に会っていても、人のために一生懸命になれるお前の優しいところに、俺は惚れただろう。研吾がいなくても、お前を落とすために甘い罠を仕掛けたと思う」
 どんな手管を使われたのだろうと考えるだけで、北斗の胸が高鳴り、思わずぶるっと身を震わせた。知ることができなくて残念な気もする。
「あのさ、俺は多分、普通に会っても拓真さんには惹かれたと思うよ。俺たちは相性がぴったりだと思うから」
 どういうところだ?と拓真に視線で促され、北斗はずっとこの関係が続くように、気持ちを込めて話し出す。
「俺はインテリアコーディネーターでデザインするのは得意だから、二人の未来をきっと上手く描けると思う。もし、俺たちが進む方向を間違えても、拓真さんは整形外科医なんだから、修復するのも、新しい関係を整形するのもお手のものだろ?これ以上ぴったりの相手はいないと思うんだけど、どう思う?」
 これで一緒に暮らそうといった拓真の返事になっただろうかと、北斗が首を傾げて窺う。
 その顔に影が落ち、最高の返事だと囁いた拓真の唇が、笑みを浮かべた北斗に口づけた。そして、北斗のほほえみが艶やかな表情に変わるまで、恋人たちのキスは深くなっていった。
 

The End
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...