47 / 271
クリスの受難
46 すれ違い
しおりを挟むソニアはティナを連れて調理場からそっと抜け出し、イザベラとローラの元へと向かっていた。
「なあソニア? 俺も料理、しなくていいのか?」
「出来るのか?」
「ううん、出来ない」
「……ならしなくてもいいだろう?」
「でも……俺も何かしたい」
「つい先程、両陛下から魔力で通達があった。クリスの花嫁衣装が出来たそうだ」
「クリスが着る服、出来たのか?」
「これから両陛下の元に赴き、フレイムアースの家に持って行く」
「俺も行く!」
「無論そのつもりで、お前を連れてきているのだ」
「分かった」
「それと今日の夕食な、両陛下と共に頂くからな?」
「え? イザベラとローラ、ゴハン食うのか?」
「……お前は何を言っているんだ?」
「俺、イザベラとローラがゴハン食ってるの、見た事無い。食ってないと思ってた」
「ああ、そうか。お前とクリスはいつも家に帰っていたから知らなかったのか」
「イザベラとローラも、ゴハン食ってたのか」
「近衛が2人組の当番で兵舎に常駐し、両陛下の為にお食事をお作りしていたのだよ」
「へー、知らなかった」
「クリスが島へ行ったら、お前も当番に組み込むぞ?」
「うん! 俺、イザベラとローラのゴハン作る!」
「……お前とチェイニーは組めんな」
「? 俺とチェイニー、駄目なのか?」
「料理の出来ないお前達が組んでどうするのだ?」
「あ……ゴハン作れない」
「まあ、お前は教えれば何でも出来そうだからな。料理もすぐ覚えるだろう」
「うん! 俺、ゴハン作れるようになる!」
「頼んだぞ?」
「うん!」
ソニアはどんな事にも前向きな返事をするティナを、真面目でとても可愛い奴だと思った。
イザベラとローラから花嫁衣装の入った箱を受け取ったソニアとティナは、クリスへ渡しにフレイムアースの家へと向かう。
ティナはソニアの持つ箱の中身が気になり、道中ずっとちらちらと箱を見ていた。
「なあソニア? 俺、箱の中見てみたい」
「花嫁衣装が気になるのか?」
「うん、見たい」
「……そうか」
「見たら駄目か?」
「……実は私も気になる。一緒に見てみるか?」
「うん!」
ソニアとティナは立ち止まり、箱を地面に置くと蓋をそっと開け、中に入っている花嫁衣装を見る。
2人の目に飛び込んで来た花嫁衣装は、とてもきらびやかな輝きを放ち、思わず声を漏らす。
「おーっ! 綺麗!」
「……美しいな」
「クリス、これ着るのか」
「さぞや美しくなるだろうな」
「でもクリス、これ着て島に行く。俺、寂しい」
「……私も寂しいぞ」
「クリス、島に行きたい言った。俺、本当は行って欲しく無い」
「それはクリスに言うべき事じゃ無いのか?」
「ううん、言えない」
「何故だ?」
「クリス、俺のお姉様。妹の俺、お姉様に行って欲しくない、言えない」
「別にそれくらい、言ってもいいと思うが?」
「クリス行きたい言ったの……俺、やだって言えない」
「クリスの幸せを邪魔したく無いのだな?」
「……うん。でも俺、クリスと離れるの……寂しい」
「ティナ……」
「俺、クリス大好き。でも、クリス俺の事好きじゃ無かった。だから島に行く」
「クリスがお前の事好きじゃないと決め付けるのは、早計だぞ?」
「ううん。クリス、俺より島を選んだ。寂しいけど……俺、クリス忘れる」
「お前、本当にそれでいいのか?」
「……やだ。でも、クリスが思う事……俺、やだって言えない」
「ティナ……泣くな」
「……クマの母さん……死んだ時より……悲しい」
「……本当にお前は、クリスが大好きだったのだな?」
「…………うん」
ソニアは、ぼろぼろと涙を溢すティナの頭を優しく撫で、気持ちが落ち着くまでずっと慰め続けた。
ようやく落ち着き、目を真っ赤にさせたままのティナを連れ、ソニアはクリスの家の前にやって来る。
家の扉をノックすると、中からグレイスが顔を出し、ソニアに話す。
「おや、いらっしゃいソニア。久しぶりだね」
「お久しぶりです、義姉さん」
「ティナちゃん、おかえり」
「…………ただいま」
「ソニアが来たって事は……その箱の中に花嫁衣装が入ってるのかい?」
「ええ。来る途中ティナとこっそり見てしまいましたが、大変美しい衣装でしたよ」
「そうかい。クリスも喜ぶだろうね」
「義姉さん、どうかしたんですか?」
「……あたしの顔に出ちまってるかい? 実はクリスがね……ふぅ」
「島に行けると、はしゃいでいますか?」
「逆さ、物凄く気落ちしてるよ」
「ああ、結婚直前の女がよく不安定な気持ちになるという……あれですか?」
「いや……違うね。あれはあたしも患ったから、それじゃないって分かる」
「クリスは今、何を?」
「お風呂済ませて、部屋で横になってると思うよ」
「そうですか。では、私とティナは面会せずにそっとしておいたほうがいいでしょうね」
「……いや…うーん……会わせてあげるか……どうしようかね」
「花嫁になる為に、心の整理をしているのでしょう。下手に心を乱さぬほうが良いかと思いますが?」
「いや……そうじゃないんだよ」
グレイスは2人を、特にティナをクリスに会わせるべきかどうか非常に悩んでいた。
グレイスとソニアの会話を聞いていたティナは何かを察し、クリスに会わずに帰ると言い出す。
「母さん、ソニア。俺、みんなのところ戻る」
「え? ティナちゃん、クリスに会ってかないのかい?」
「どうしたティナ? さっき言ったお前の想い、伝えてやらないのか?」
「……うん。俺、もうクリスに会わない」
「何言ってんだい。実はね、あの子さっきからティナちゃんに会いたいって言ってんだよ?」
「でも……俺、クリスに会ったら離れたくないって言う。それ駄目」
「何でさ?」
「クリス、島行きたい。俺、クリスが島行くの……邪魔出来ない」
「ティナちゃん……」
「俺、クリスに嫌われた。だからクリス、島に行く」
「あの子ティナちゃんに、そんな事言っちまったのかい!?」
「ううん、言ってない。でも俺、分かる。クリス、俺の事嫌いになったから、島に行く」
「ちょっとティナちゃん、そりゃ勘違いしてるよ?」
「じゃあ……俺、みんなのところ戻る」
「待ってティナちゃん! クリスに会ってってよ!」
「母さん、俺の代わりに、クリスにばいばい、言って?」
ティナはにっこりと微笑み、兵舎に向かって駆け出した。
この日、グレイスとソニアは初めてティナの作り笑顔を見た。
いつも心の底から楽しそうに笑うティナが、悲しみを堪えて作り出した笑顔。
グレイスとソニアは、その辛そうな笑顔が胸の奥に深々と突き刺さった。
道の途中でティナは立ち止まり、振り返る。
ティナの顔は涙と鼻水で、くしゃくしゃになっていた。
ティナは大きく息を吸い込み、クリスの居る部屋の窓に向かって大声で叫ぶ。
「グリズぅぅぅーっ! 今までありがどぉぉぉーっ! 俺、楽じがっだぁぁぁーっ!」
叫び終えたティナは右手の袖で顔をごしごしと拭き、振り返るとそのまま兵舎に向かって駆け出して行った。
ドドドドド
クリスはけたたましい足音を立てながら階段を駆け下り、玄関前まで走って来た。
「ティナっ!? ティナどこっ!?」
「……たった今、居なくなったよ」
「何でっ!?」
「あんたに会えないってさ」
「……そっか。あたし……ティナに嫌われたんだ」
「違うよ。ティナちゃん、あんたに会ったら離れたくないって言いそうだから、会えないって戻ったんだよ」
「……いいよお母様。そんな嘘つかなくても」
「嘘じゃないよ。ティナちゃんはね、あんたが島に行くの辞めさせたくないから、会えないんだよ」
「……ううん、あたしには分かるの。あたし、ずっとティナと一緒に居るって言ってたのに……島に行くって言ったから……裏切られたと思ったんだよ」
「違うってば! ティナちゃんがそんな事、思うハズ無いだろ!」
「ティナ……あたしの事怒って……嫌いになったんだ」
「人の話ちゃんと聞きなさい!」
「あたし……ティナに嫌われた。もう、谷に戻って来れないや」
「クリスっ! しまいにゃ怒るよっ!」
「お母様、あたし島で暮らす。うん、やっと決心ついたよ」
「この馬鹿娘っ! いい加減にしなさいっ!」
「……よし、気持ちが晴れたっ! 決心ついたっ!」
クリスは振り返り、階段を上り部屋へと戻っていった。
グレイスとソニアはお互いの顔を見合わせ、ため息をつきながら話す。
「あの子達、お互いの事分かり合ってるようで……」
「全然、分かっていなかったようですね……」
「何て言うか……もどかしいね」
「お互いを大切に想い合っているからこそ……お互いの気持ちを勘違いしていますね」
「ソニア、何とかならないかい?」
「私は恋愛経験がありませんので、何の役にも立ちません。むしろ義姉さんのほうがこんな時、どうすれば良いか知っているのでは?」
「……セルゲイん時はあんた以外の恋敵居なかったから、何の苦労も無しに結婚出来たんだよ。あたしもどうしたらいいか……分かんないよ」
「そうですか」
「お互い好き合ってるのに……すれ違いだなんてねぇ」
「見ていて……何とも哀しくなります」
「島も余計な事してくれるよ」
「あいつらが絡んでくると、ロクな事が起きません」
「ホント、疫病神以外の何モンでもないよ、あいつら」
「……ええ、全く」
クリスとティナ、お互いの気持ちを知ったグレイスとソニアは、2人の仲を壊すきっかけとなった島の行動に、やるせない憤りを感じた。
ソニアはグレイスへ、花嫁衣装を渡そうと話しかける。
「義姉さん、どうぞ」
「あっ、ごめんよ。持たせっぱなしにしちゃって」
「こんな事になっているんです。義姉さんの心中、お察しします」
「……確かに受け取ったよ。ありがとね」
「では、私はこれで」
「お茶も出さずに、すまないねえ」
「いえ、どうか気を遣わないで下さい」
「……ソニア。この話、無かった事に出来ないのかい?」
「勿論出来ますよ。クリスが行こうが行くまいが、島の私達に対する態度は変わりませんから」
「あのさ……あたしの頼み、聞いてくれないかい?」
「何でしょう?」
「あたし、これからあの子説得してみるから……ソニアはティナちゃんの事、説得してみてくれないかい?」
「ちゃんと2人で会って話し合え……とですか?」
「あの子が島に行くの辞めりゃ、全て丸く納まるんだ。あたしが無理なら、ティナちゃんに何とかして貰いたいんだよ」
「ティナに引き留めさせれば、クリスは諦める……と?」
「そうなってくれるとさ、あたしゃ嬉しいんだけどねぇ」
「分かりました、説得してみます」
「無茶なお願いしてすまないね」
「いえ、私も何とかしてやりたいんです。……クリスの叔母として」
「…………」
「? 義姉さん、どうかしましたか?」
「いや、立派になったなぁ……って思ってさ」
「近衛の隊長としても、叔母としてもクリスを守るのは当然の責務です」
「……はぁ。兄をあたしに取られまいと、あの手この手で邪魔してくれた妹が……随分と頼もしくなってくれたねぇ」
「そろそろ昔の事は忘れて下さい。あの時は私も……恥知らずでワガママな子供だったのです」
「頼りにしても……いいかい?」
「勿論ですよ。家族なのですから」
「ありがとね」
「では、ティナを説得に行きます」
「あたしも頑張ってみるよ」
グレイスはクリスを、ソニアはティナを説得に、その場を解散した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる