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冒険者カーソンとクリス
96 刺客
しおりを挟む迷子の猫探しを引き受けてから3日後の昼過ぎ。
カーソンとクリスは、とある民家から出てきた。
「ごちそうさま! ゴハン旨かった!」
「すみません。お昼ご馳走になっちゃいまして」
「いえいえ! 無事に見付けて下さって、本当にありがとうございます」
「トルテ、みゃーちゃん見付かって良かったな?」
「うん! おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう!」
「みゃーちゃんね、もう離れたくないって言ってるみたいだよ?」
「うん! わたしもはなれたくない!」
「じゃあな?」
「あっ! おにいちゃん、まって」
「ん? どした?」
「えっと、しゃがんで?」
「? こうか?」
「おめめ、つぶって?」
「ん、分かった」
チュッ
小さな女の子、トルテはカーソンの左頬にキスをした。
トルテはニコニコしながらカーソンに話す。
「おっきくなったら、おにいちゃんにもらわれてあげるね!」
「? 何かくれるのか?」
「うん! まっててね!」
「? うん、分かった」
トルテは喜びながら家の中へと戻った。
母親はクリスにペコペコと頭を下げながら謝る。
「すみません、うちの娘が大変おこがましい事をしてしまいまして……」
「いえいえ、可愛いじゃないですか?」
「クリスさんに勝負挑むなんて、子供のワガママだと思ってお許し下さい」
「大丈夫ですよ? 流石にトルテちゃんが大人になる前には、あたしが貰っておきますから」
「? クリスが貰う? 何をだ?」
「ね? ホントに何も知らないんですよこいつ」
「純朴な好青年じゃないですか。初々しいですね?」
「見る角度変えたら、ただの馬鹿ですけどね? あはは」
「ふふっ。あ、どうぞこちらを貰って下さい」
「お金なら要りませんよ?」
「そんな……このままではお2人とも大損ではないですか」
「ううん、お金ギルドから貰うからいいぞ?」
「トルテちゃんの笑顔とみゃーちゃんの無事が、あたし達の報酬ですよ」
「あと、旨かったお昼ゴハンもな!」
「そんな訳には参りません。どうぞこちらを……」
「じゃあそのお金、あたし達のお昼代としてお支払いした事にして下さい。それじゃっ!」
「あっ!? そんなっ……」
カーソンとクリスは、報酬を支払おうとするトルテの母親から逃げるようにその場から立ち去った。
冒険者ギルドにやって来た2人は、中に入ると受付の男へ話す。
「おじさん、みゃーちゃん見付けて渡してきたぞ」
「はい、完了書です」
「……よくもまあ見付けられたなぁ?」
「ユアミ行く馬車に乗ってた」
「いやホントに大変でしたよ」
「発見場所聞いただけで、とんでもない依頼だったってのは分かったよ。お疲れさん」
「うん、大変だった」
「こいつじゃなかったら、絶対に見付かりませんでしたよ」
クリスは受付の男へ、カーソンが動物と話せる事を濁しながら事の顛末を伝える。
依頼を受けてから、とある情報筋(野良猫達)にトルテという飼い主が探していると伝え、食事を条件に捜索の協力を要請した事。
2日目には別な情報筋(野良犬達)に、同じ条件で追加の要請をした事。
3日目に双方から得た情報を基に現在の場所を特定し、更に別の情報筋(鳥達)へ現地へ確認しに行って貰い、居たとの連絡を受けて馬に乗り追いかけ、ユアミ村へ行く馬車に追い付いて見付けた事。
自分達は3日間、情報筋をどんどん増やす為に街中を朝から晩まで駆けずり回った事。
3つの情報筋に拠出した食事代だけで100ゴールド以上失った事を伝えた。
クリスは発見までの経緯を締めくくり、受付の男へ話す。
「いやもうホント、みゃーちゃん大冒険だったと思いますよ」
「馬車に乗れば、家に帰れるって思ってたみたいだったぞ」
「……みゃーちゃんも凄いが、探してくれたその3つの情報筋も凄いな」
「ゴハン代だけで報酬ぶっ飛んで、あたしらの宿代丸々損しましたよ」
「その情報筋、是非ギルドも利用してみたいんだが、教えてくれないか?」
「街に居る猫と犬と鳥だぞ」
「は!?」
「すみません、流石にこいつ以外には無理かと思います」
「それも魔法なのかい?」
「まあ、そんなとこじゃないですかね?」
2人は笑顔で受付の男からギルド証と報酬の120ゴールドを受け取った。
カウンターから離れようとする2人へ、受付の男は突然真顔で呼び止め話す。
「ちょっと待った君達! 実はな、ギルドから大事な話があるんだ」
「? 大事な話って何だ?」
「ちょっと耳を貸してくれないか?」
「どうしたのおじさん? また難しい仕事?」
「ここじゃ何だから、そこのテーブルで話そう」
「うん、分かった」
「仕事の話じゃなさそうですね?」
2人はテーブル席へと移動し、腰かける。
遅れて受付の男がやって来ると、椅子へ座りながら2人へ話を切り出す。
「……実はな、君達に刺客が送られたっていう情報を入手したんだよ」
「? 刺客…って何だ?」
「君達が奴らの依頼対象になった……って事だよ」
「奴らって?」
首をかしげる2人に、受付の男はテーブルの上で両手を組みながら答えた。
「暗殺ギルドだよ」
「暗殺ギルドって、何だ?」
「文字通り、殺しを専門に仕事する集団さ。君達があまりにも盗賊を始末してたから、誰かが殺しの依頼をかけたらしいんだ」
「つまり……依頼を受けた誰かが、あたし達を殺しにやって来るって事ですか?」
「そう言う事だ。気を付けてくれよ? 奴ら、いつ襲って来るか分からないからね?」
「ありがとう。気を付けます」
2人は冒険者ギルドを出た。
宿屋へと向かう途中、2人は話し合う。
「あたしらが依頼対象だって? 何よ! 何も悪い事してないのに!」
「俺達の事、殺しにやって来るのか。気を付けなきゃな?」
「大丈夫よ! 返り討ちにしてやりましょ!」
この時、2人は油断していた。
刺客は正面から襲い掛かって来るものと決め付けていた。
最初の刺客が2人の前に現れたのは、その日の真夜中の事であった。
宿で風呂と夕食を済ませた2人は、部屋でくつろいでいる。
カーソンはベッドに横になり、クリスは椅子に腰かけ、テーブルの上に並べたゴールドを勘定していた。
「80……90……100っと。71100ゴールドか。大分貯まったわね」
「俺、そろそろ寝るー」
「あ。あたしも寝るわ。ほらっ、あんた右か左かどっちかに寄りなさいよ」
「うん」
「寝る前に水飲んどこっと」
クリスはゴールドを袋に戻すと、カーソンが寝転がっているベッドへと移動する。
ベッドサイドにある水差しからコップへ注ぎ、口をつけながらクリスは話す。
「あんたも飲む?」
「ううん、いい」
「ごくっ……ごくっ…………ふうっ。もう1杯」
「あ、そうだクリス?」
「んー? ごくっ……ごくっ」
「俺達の赤ちゃん、いつ出来るんだ?」
「ごっ……ぶぅーっ」
「うわっ!? 冷てっ!」
カーソンの突拍子もない質問に、クリスは飲みかけの水を盛大に吹いた。
クリスはむせかえりながら話す。
「げほっ、げほっ……いきなり何言い出すのよ!?」
「だって、シリカ伯母さん言ってたぞ? 男と女が一緒になれば、赤ちゃん出来るって」
「やる事やんなきゃ出来ないでしょっ!」
「俺とクリス、今までずっと一緒に居る。まだ赤ちゃん出来ないのか?」
「出来るかっ!」
「えー、そうなのか? いつ出来るんだ?」
「あたしが知るかっ!」
「そっか? 俺達の赤ちゃん、いつ出来るんだろうな?」
「……あんた次第だってば」
「俺?」
「もうっ! ベッド濡れちゃっちゃじゃないのよ。あんた責任とって、こっちで寝てよ」
「う、うん………………冷てっ」
「こっちは覚悟出来てるってのに……ホントにもうっ!」
クリスはブツブツと文句を言いながらベッドに入り、カーソンと共に寝た。
真夜中、鍵の掛かった2人の部屋の前にひとりの男が現れた。
男は部屋の鍵穴へ何かを差し込み、動かし出す。
やがて、鍵はカチャッと音を立て、外れた。
ギィッと扉が小さな音を立て、男は部屋の中へゆっくりと入ってくる。
2人は男の存在に気付かず、眠り続けていた。
男は足音を立てず、ゆっくりとベッドに近付いてくる。
ベッド前に来た男は、懐から両端が尖った針を取り出した。
月の光に照らされた針が、キラリと反射する。
男はカーソンの首筋めがけ、針を突き刺した。
「痛てっ!?」
カーソンは首筋に痛みを感じ、飛び起きた。
男は針を反対にし、隣で寝ていたクリスの肩にも針を突き刺した後、部屋から走って出ていった。
痛みでクリスも飛び起きる。
「痛っ!? えっ!? 何!? 今の誰っ!?」
「分からない。痛ってー、首刺された」
「あたしは肩よ。何なのよもうっ! 鍵は掛けておいたはずなのに!」
2人とも刺された箇所をさすりながら寝ぼけている。
クリスはハッとして叫ぶ。
「……あっ! お金! お金盗まれて無いかしら!?」
クリスはベッドからテーブルへと向かった。
突然、足がもつれたクリスは床に倒れ込む。
「あ……あれ? 身体が……変……」
倒れたクリスを心配し、カーソンも起き上がり近付こうとする。
「大丈夫かクリス? あ、あれっ? 身体……おかしい……」
足の踏ん張りが効かず、カーソンも床に倒れ込んだ。
2人とも段々と身体の自由がきかなくなり、呼吸も荒くなってくる。
クリスはゼエゼエと肩で息をしながら話す。
「も……もしかして……これ……毒?」
「苦しい……待ってろ……ヒーリング……する……」
カーソンはベッドサイドに置いてある水差しに向かって念じる。
水差しの水は輝き、ヒーリングがかかった。
震える右手で水差しを掴んだカーソンは、這いずりながらクリスの元へ水差しを持ってゆく。
「クリス……の……飲め……」
「う……ん………………ごほっ、ごほっ!」
クリスは水を飲み、毒から回復した。
クリスは直ぐにカーソンの手から水差しを奪い取り、水を飲ませる。
「ほ、ほらっ! あんたも飲んでっ!」
「う……ぐっ…………げほっ、げほっ!」
カーソンも回復することが出来た。
ほんの一瞬の出来事に、クリスは恐怖した。
「……これが刺客……暗殺ギルドの……手口なの?」
「……あいつ、まだ近くに居る。外からこの部屋見てる」
「あっ……風の目で追ってたの?」
「うん、やり返してやる。見てろ……」
カーソンはガーディアンからサイファを取り出し、弓を作ると窓を開けて暗殺者へ狙いを絞った。
一方、暗殺者は2人とも始末したと信じて疑っていなかった。
「へへっ、上手くいった。今頃毒が効いて死んでるハズだ。明日、明るくなって宿屋が死体を発見すれば……依頼完了だな」
暗殺者は、先程仕事を済ませてきた部屋を見上げた。
そこには毒殺したと思っていたはずの男が、手に得体の知れない弓を構えて此方を睨みつけていた。
暗殺者は慌ててその場から逃げ出す。
「ばっ、馬鹿なっ!? やべぇっ! 逃げっーー」
ツキュンッ
ボジュッ
サイファから放たれた矢は、逃げ出す暗殺者の後頭部を貫通し、頭を蒸発させた。
頭を吹き飛ばされた暗殺者は、前へとつんのめりながら走り、そのまま壁へと激突する。
ビクビクと痙攣する暗殺者の身体は、そのまま崩れ落ちるように地面へと倒れ、やがて動かなくなった。
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