翼の民

天秤座

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廃村復興支援

117 噴水とトイレと大浴場

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 復興が始まってから2ヶ月後。

 村の南側に全員集まり、カーソンの作業を見つめていた。

 全員で話し合い設計した、村の南へ展開する複合施設。

 噴水から始まり大浴場、トイレへと続く水路。

 綿密な計画の元に排水の終着点、南側の崖から村へ向かって掘り続けた下水路。

 人足達が建てた、木造トイレが5基。

 カーソンが望んだ、100人が入ってもまだ余裕のある階段状の大浴場。

 村人総出で人足達と共に建てた、大浴場の屋根と附帯施設。

 ゴードンが用意した、特注の風呂用巨大湯沸し釜や洗い場の調度品。

 マーシャが希望した四角い泉。

 土木工事をひとりでこなしたカーソンは、泉の中央に建てた石組みの塔の前に立っている。

 村の人々は、丁度カーソンの身長と同じ高さの塔に両手をあてがっているカーソンを、固唾を飲んで見守っていた。
 


 カーソンは最後の工程、井戸から噴水へ水路を繋げる作業の開始を宣言する。

「よし! それじゃ、水通すぞ!」
「いよいよですね!」
「いやぁ、ドキドキしますねぇ……」
「オニイチャン! オネガイ!」
「カーソン殿! 最後の詰めでござるぞ!」
「失敗して、長右衛門様を困らせるなよ?」
「それじゃ! みんなで3からねっ!」
「おおーっ!」

 クリスが音頭を取り、開通の秒読みを全員で唱和する。

「せぇーのぉっ! さんっ!」
「にぃっ!」
「いちっ!」
「ぜろぉーっ!」


 ズシン

 遠くで地響きが鳴った。


 
 バフッ

 ボフッ

 石組みの塔から土煙が吹き上がる。


 ゴボッ

 ゴボゴボッ

 ブシュワァァァ

 塔から濁った水が文字通り、噴水となって吹き上がった。

 濁った水はすぐに綺麗な水となり、泉を潤すとそのまま水路へと走る。

 一方はトイレの方向に、もう一方は風呂へと向かってゆく。

 予め加熱させておいた湯沸し釜へ入った水は瞬く間に湯気を立ち上げ、風呂へと直通させた水と合流し、浴槽へと溜まってゆく。
 
 人々は大歓声を上げ、思い思いに水の行方を見守り続けていた。



 カーソンは泉をザブザブと漕ぎ歩きながら、タオルを持って待っているクリスへ話す。

「……濡れた」
「そりゃあのまんま居たら濡れるでしょ。はい、タオル」
「ありがとう…………ぷはっ」
「お疲れ様!」
「うん」
「これからみんなで手分けして、何処か壊れてないか調べたりお風呂の準備しなくちゃね?」
「そうだな。俺はシルフで崖のほうから見る」
「あはは。ほら見てよ、もうみんなトイレに並んでるよ」
「? 我慢してたのか?」
「そうかもよ? あんなトイレってみんな初めてだろうしね?」
「我慢してまで水流れるの、待ってなくてもいいのにな?」
「水洗のトイレくらいであんなにはしゃぐなんてさ、人間って面白いね?」
「そうだな、俺達には当たり前なのにな」
「さて、あんたはここでお風呂沸くの待っててよ」
「え? いいのか?」
「ここの施設の大半、あんたが作ったんだもの。あんたに一番風呂させるってのはみんなも承知だよ?」
「そっか。じゃあ、お風呂待ってるかな」

 カーソンはおもむろに、その場で濡れた服を脱ぎ出す。

 突然目の前で脱ぎ出したカーソンに、クリスは慌ててタオルでカーソンの股間を隠しながら話す。

「ちょっ!? ここで脱ぐな馬鹿っ!」
「? 何でだ?」
「何の為に男女に分けた脱衣場建てたと思ってんのよ! 男のほう行ってから脱げっ!」
「えー、ここで脱いじゃ駄目か?」
「素っ裸でうろつかれちゃ困るのっ! さっさと行けっ!」
「ちんちんタオルで隠せばいいだろ?」
「アホな事言ってんじゃねぇっ! 何の為に長右衛門さんとゴードンさんが湯帷子ゆかたびら作ってくれたのよ!」
「ああ、アレか?」
「あんた混浴でしか考えてないんだもん。男女の仕切りどうするかって悩んでたら長右衛門さんが教えてくれたアレよ!」
「ヒノモトではアレ着てお風呂入るんだってな?」
「折角ゴードンさんが大量に作ってくれたんだから、着て来なさいよ!」
「うん、分かった。着替えてくる」
「……ったくもうっ! 女達にあのおちんちん見られたらどうすんのよ」

 男性用の脱衣場へと向かうカーソンの背中へ向け、クリスはブツブツと愚痴をこぼした。



 
 やがて村の住人達も新たに出来上がった目玉施設に満足し、最後に風呂を楽しもうと、次々と湯帷子ゆかたびらに着替えて集まり始める。

 待ちきれなかったカーソンは、既に広大な浴槽を泳いで遊んでいた。


 クリスも湯帷子ゆかたびらに着替え、住人達と一緒にやってきてカーソンへ話しかける。

「どう? いい感じ?」
「うん、いい湯加減だぞ」
「どれどれ? んぅーっ……気持ちいいね」
「お、みんな入ったらお湯の量増えてきたな」
「そうだね。これなら一番深いとこもいい感じかな?」
「よし、行くか?」
「行こうか」
「おーっ、深い深い」
「背伸びしないと溺れそう」
「俺には丁度いいな」
「身長の差だね」
「んー、気持ちいい」
「立ったままで入れるお風呂、これきっとユアミ村にも負けないよね?」
「そうだな。あ、何ゴールドにするか決めたか?」
「それなんだけどね、ゴードンさんが営業初めてから半年は3ゴールドがいいって。半年後、お客さんが定着してから5ゴールドにしたらどうかってよ?」
「半年後に値段、上げるのか?」
「ユアミのお風呂、値段覚えてる?」
「えっと……5ゴールドだっけ?」
「そそ。最初こそ期間限定で安くして、後はユアミと同じ値段にするといいみたい」
「何でだ? ずっと安いほうがいいのに?」
「そうするとさ、ユアミのお風呂屋さんが困るから、同じ値段のほうがいいってよ」
「あ、そっか。ユアミのお客さん減るのか?」
「そういう事。ゴードンさんは商売仇と喧嘩しない主義なんだって」
「へー、商売って色んな事考えなきゃないんだな?」
「もうね、ユアミのお風呂屋さんには根回ししてるってよ。半年間、軌道に乗るまで安売りするけど、その後は値段合わせますってね」
「ゴードンさんって凄いな」
「うんうん。ちゃんと先を見越して商売してるよね」

 カーソンとクリスは、ゴードンの商才に舌を巻いた。


 
 ふとカーソンは、水面からヒョコヒョコと顔を出しながら自分達に近付いて来ている者を見かける。

 マーシャが溺れかけながら此方に向かって来ていた。

「ボニッ……ヂャーン……ガボガボッ」
「マーシャっ! 溺れるぞ!?」
「無理しないで! ほらほら、手摺に掴まって」
「ゲホッ、ゲホッ……ミツケタ!」
「……手摺、作ってて良かったな?」
「下手すりゃ初日から死人出すとこだったわね」
「オニイチャンとオネエチャン、フカイトコイッテテズルイヨ!」
「何でだ?」
「ワタシモイッショニオフロハイリタイノッ!」
「? 入ってるだろ?」
「チカクガイイモン!」
「じゃあ俺達呼べばいいじゃないか? 溺れたらどうすんだ?」
「ヨンデタモン!」
「あ、そうだったのか? ごめんな?」
「オネエチャントフタリダケナンテズルイヨ!」
「ねえ、マーシャ? 手摺見えなかった?」
「ミエテタケド、ミンナツカマッテテココニコレナカッタヨ」
「ふむふむ、これはちょっと改良しなきゃないね」
「手摺に誰か居たら、先に行くには今みたいになるって事か」
「そういう事だね。さて、どうすればいいんだろ?」
「うーん……」
「浮かぶ物を身体へ着けさせれば、良いのではござらぬか?」
「あ、なるほど! 長右衛門さん頭いいっ!」
「詩音が教えてくれたでござるよ」
「忍者は何日も水の中に居なければならぬ時もある。そんな時に浮かべる物を身に着けて行動するのだ」
「何日もか!? 忍者って……凄いな」
「慣れだ」
「……そういう問題ですか?」
わらべなら両腕に巻き付けておけば、溺れないだろう」
「ふむふむ。子供が浮かべるくらいの物を、両腕にですね?」
「ゴードンさんに、何かいいのあるか聞いてみるか?」
「そうだね」
「詩音は何を使って浮いてたんだ?」
「竹だ」
「竹? あの緑色で真っ直ぐ伸びるやつか?」
「そうだ。あれのフシを抜かずに腹に巻いて浮いていた」
「へぇ……」
「だがあれはわらべに大きすぎる。もっと小さく、浮かぶ物がいいだろうな」
「水に浮かぶ物……今すぐには思い付かないなぁ……」
「うーん……そうだな」

 カーソンとクリスは頭をひねりながら、水に浮かぶ物を考え続ける。


 長右衛門は代案を2人へ話す。

「物が見付かるまでは、この天井の梁からあちこちに縄をぶら下げておけば良いでござるよ」
「あ、溺れそうになったらそれに掴まればいいんですね?」
「あれ? 縄ぶら下げればそれだけでいいんじゃないのか?」
「いや、それはいかん。わらべとは時に予測出来ぬ事を平気でするものでござるよ?」
「予測出来ない事って、何ですか?」
「例えば、縄で戯れておるうちに誤って首を吊るとかの、縄を登って上まで行ってしまい、戻れなくなって泣き叫んだりとかかのう?」
「……あたし子供の頃、それに近いのやった覚えあるわ」
「え? クリス子供の頃そんな事してたのか?」
「そりゃもう、お母様からしこたま怒られたわ……」
「はっはっは。クリス殿はその見た目通りのお転婆だったようでござるな?」
「うっ、長右衛門さんひっどおい!」
「これはすまぬ。そういう訳での、縄はあくまで対策が出来るまでの応急処置にしておいたほうが良いでござるよ?」
「そうですね。実体験あるから凄く分かります」
「風呂に入れるなら、親は絶対に目を離すなときつく言っておけばいい」
「詩音さん、それ正しい」
「深いとこ行くなら、子供も抱っこして連れてけばいいんだよな」
「ま、怖がる子も居るだろうけどね?」
「気が付いた事、改善すべき事は全て聞き集めたほうが良さそうでござるな?」
「そうですね」

 マーシャが溺れかけた事で、子供が深い場所に来てしまった時の対策が急務だとカーソン達は話し合った。


 そこへダンヒルとゴードンがやって来て、話へ加わる。

「皆さん、どうかしたんですか?」
「何やら真剣な表情で話し合ってますね?」
「あ、ダンヒルさんにゴードンさん。丁度良かった、マーシャみたいな小さな子が深いとこに来て溺れないようにする為にはどうすればいいのか、話し合ってたんです」
「この手摺では駄目なんですか?」
「マーシャ手摺に他の人居て、溺れながらここに来たんだ」
「ふむふむ、それは予想外ですね」
「それでの、詩音から何か浮く物をわらべに着けさせれば良いだろうという話になったのでござるよ」
「竹よりも小さく、浮く物は手に入らぬだろうか?」
「では、ココの実が良さそうですね」
「ココの実って、何だ?」
「イサリ村辺りにある木の実です。小さいのによく浮くので、釣り糸の目印に使われていますよ」
「ゴードンさん、それって手に入りますか?」
「勿論です。店に置いてますよ」
「子供の両腕に巻き付けて、溺れないようにしたいんです」
「承知しました。すぐに手配しましょう」
「ありがとうございます。ゴードンさんには何から何までお世話になりっぱなしですみません」
「ははは、何を言ってるんですかクリスさん。こんなに立派な施設の立ち上げに参加出来て、私こそ感謝です」
「ゴードンさんに村の作物を全て買い取って頂いて、おかげで村の資金だけでこんなにも素晴らしい場所が出来ました」
「おやおやダンヒルさん、土木工事は全てカーソンさんがおひとりでやったのですよ? 一番お金と時間がかかる部分は、カーソンさんのおかげですよ?」
「それはもう、重々承知の上です。カーソン君にはもっと感謝しています」
「俺が作りたいから作っただけだぞ?」
「ざっと見積もっても500万じゃ足りない費用、1年は余裕でかかる工期をたったひとりで1ヶ月かけずに作られた。ねえカーソンさん、どうかうちの店で働いて頂けませんか?」

 ゴードンはカーソンを雇いたいと、本気で願い出た。


 カーソンは首を振りながらゴードンへ答える。

「ううん、ここは俺だけで作ったんじゃないぞ?
 クリスが俺に力分けてくれてたから掘れたし。
 ゴードンさんが買ってくれたから、村にお金が出来た。
 長右衛門と詩音、冒険者達がずっと護衛したから、お金盗まれなかった。
 ダンヒルが村の人達をまとめてくれたから、こんなに早くここが出来た。
 でも、ここが出来る為に一番頑張ったのは、村のみんなだと思うぞ?
 だから、雇うならこの村のみんな雇わなきゃないぞ?
 だってそうだろ?
 ここはみんなで作ったんだ。
 だからみんなのお風呂だし、みんなのトイレだし、みんなの噴水だぞ?」

 カーソンの話に、クリス達は黙り込んだ。

 ガヤガヤと騒いでいた村の住人達も、途中から全員が静まり返った。


 クリス達は全身に鳥肌をたてながら、カーソンへ話す。

「あんた今、いいこと言った!」
「カーソン君……君って奴は、どこまで善人なんだい……」
「拙者、改めてカーソン殿に惚れ直したでござるよ!」
「大した傑物だな……お前は」
「これは参った。カーソンさんのおっしゃる通りですね、ははは!」
「オニイチャン……カッコイイ……」



 直後に突然、誰が最初に始めたのかも分からない、湯の掛け合い合戦が幕を開ける。


 カーソンとクリスは、全員と共に奇声を上げながら湯の掛け合い合戦に参加し、心行くまで楽しんだ。
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