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犯した過ち
124 名付けた愛馬
しおりを挟むクリスはヘレナとシルバの仲良しな光景を見て、カーソンに提案する。
「ねえカーソン。あたし達も名前付けてあげない?」
「お、それいいな」
「ずっと一緒に付き合ってくれてるもんね。あなた達にも名前付けてあげるね?」
「ヒヒンッ」
「ブヒンッ」
「こいつらも嬉しがってる」
「良し良し。じゃあ、あたしの相棒は……カートン!」
「何だそれ? 俺の名前真似するのか?」
「いいじゃない、愛着ある名前付けてあげたいの。ねっ、カートンっ?」
「ヒヒィンッ」
「……気に入ったのか?」
「ヒンッ」
「んじゃしょうがないな。お前は何て名前がいい?」
「ブルルッ ヒヒンッ」
「あいつが俺の名前に近いの貰ったから、お前はクリスの名前に近いのがいいって?」
「ブヒンッ」
「そうか。うーん……じゃあ……お前はクリトリスってのはどうだ?」
「ヒヒィンッ」
「そうかそうか。じゃあ、お前の名前はクリトリスな?」
「カーソン……その名前は絶対付けちゃ駄目だよ?」
カーソンの名付けた名前に、ヘレナは真顔になってやめるように訴えた。
クリスは首をかしげながらヘレナに聞く。
「何でよ? クリトリスって、可愛いらしい名前じゃないのよ?」
「駄目だってば」
「何で?」
「クリス知らないの? それって……アレの事言うんだよ?」
「? アレって何よ?」
「お豆」
「お豆って……何の事?」
「クリスにも付いてるでしょ? アソコに」
「アソコに付いてるお豆って……げっ!?」
「ね? だからその名前は駄目」
「……だね」
「人前で喋ったら、変な目で見られちゃうよ?」
「たまーにあたしの事いやらしい顔で『クリちゃん』って呼ぶ奴らいたけど、何でだったのかその意味がやっと分かったわ」
「? クリトリスって付けちゃ駄目なのか?」
「うん、それ絶対駄目」
「何でだ?」
「あんたは知らなくていい。その名前以外の付けなさい」
「……良く分かんないけど、駄目ならしょうがないな」
「そんな名前付けてたら、危なく色々と恥かくトコだったわ」
「どうしようかな……うーん……じゃあ、クリシス」
「ヒンッ」
「そうか? お前がそれでいいって言うなら俺はいいぞ?」
「ブヒンッ」
「分かった。今日からお前はクリシスだ。これからもよろしくな?」
「ヒヒィンッ」
「良し! これからもよろしくね? カートンにクリシスっ!」
「ヒィンッ」
「ブヒィンッ」
名前を付けられたカートンとクリシスは、それぞれの主に顔を擦り付けながら喜んだ。
クリスは地面に置いた最後の荷物、2つのリュックのうちひとつを背負い、もうひとつをカーソンに背負わせながら話す。
「はい、あんたはコッチの重いほうね」
「ん」
「ヘレナ、ブラフのアジトってどの辺? 一応食糧は2日分持ったけど、足りなかったら買い足すよ」
「ここから近いから大丈夫よ。馬で1時間くらいのトコにあるから」
「へっ!? そんな近いトコに大盗賊団のアジトってあったのっ!?」
「いや、実は……全然大盗賊団なんかじゃないのよ」
「……あんたらギルドにそこまで嘘ついてんの?」
「うーん……まあ、そういう事になっちゃってるね」
「ホント何なのよ? 冒険者ギルドに喧嘩売ってんの?」
「そうじゃないよ。ただ……ブラフが可哀想なだけよ」
「盗賊庇ってんじゃないわよ! そんな奴生かしてちゃ街の住民が迷惑よ!」
「ヘレナ。俺、嘘つく奴嫌いだぞ?」
「ごめん。でも……あの2人、どうしても守ってあげたいのよ」
「へーっ、大盗賊団なんかじゃなくてたったの2人だったんだねぇ?」
「うん……」
「2人ならさっさと殺して首持って帰ってこれるね。さ、案内よろしく」
「ねえ? 殺さないって選択肢は無いかなぁ?」
「無いよ。じゃなきゃあたしらまで依頼失敗しちゃうじゃないの」
「一応さぁ、生け捕りでも報酬は貰えるじゃない?」
「あたしらが今までどんだけ盗賊潰してると思ってんの? 生け捕りなんて面倒臭すぎるのよ」
「殺さない時あったの?」
「そりゃあるよ。必死に命乞いされたらさ、あたしらもホイホイ殺せないってば」
「じゃあ、出来ればブラフも生け捕りにして欲しいな」
「それはどうだかね? どうせ連れてく最中に逃げようと必死になるんでしょ?」
「それは……うちも分かんないよ」
「もうね、あいつら本当面倒臭い。やれ腹減っただの便所行かせろだの。終いにゃちゃんと人間扱いしろとかほざくし。今まで何人殺してたんだか、自分の事棚に上げやがってさ」
「そりゃ盗賊だって、生き続けたいから必死になるよ」
「でもね、誰ひとり例外なく逃げ出すから。あったまきて捕まえたらその場で首跳ね飛ばしてるよ。だから今まで一度も生かしたままギルドに連れてった事無いよ」
「あいつらうるさい。悪い事したのに生きたいとか俺大嫌い。首だけ持ってったほうがラクだ」
「……そっか。気が向いたら、生かしてあげて?」
「そんな気無いから。どうせ生きたまま差し出しても処刑されるんだし、ギルドの手間省いてあげるだけよ」
「俺、悪い奴は絶対殺す。じゃなきゃ良い人の迷惑。生きてるとギルドも迷惑」
「どうも無理そうだね……」
(ここじゃ誰かに聞かれるかも知れないし、行く道中に本当の事話そう)
ヘレナは殺す気を変えるつもりの無い2人に、3人きりになった時にもう一度話そうと説得を打ち切った。
馬を撫でながら話す3人の前に、馬屋の店主である老夫婦がやって来て話しかけてきた。
「おやおや、あんた達も馬に名前付けてあげたんだね? カートンにクリシスかぁ」
「良かったねぇ? カートンにクリシス」
「ブルルッ」
「ブヒンッ」
「うんうん。そうだろうなぁ」
「やっと名前付けてくれたんだもんねぇ。嬉しくてしょうがないだろ?」
老夫婦は名付けられた2人の馬へ、嬉しそうに話しかけた。
カーソンは驚きながら老夫婦に話す。
「おじさんもおばさんも、馬の話分かるのか?」
「そりゃ30年以上馬の世話してるんだ。大体分かるようになったよ」
「この子達みたいに、主人を慕ってる子も居りゃ主人を嫌ってる子、神経質な子やのんびりしてる子。馬にもいろんな子が居てね、世話してて本当に飽きないよ」
「へぇ。ずっと面倒見てたら分かるようになるのか?」
「分かるってよりは、そう言ってるんだろうなぁって感じるんだよ」
「そうそう。これは嫌だとかは何となく分かるもんだよ」
「ヒンヒンッ」
「ブヒヒンッ」
「ふむふむ。なあ、今カートンとクリシスが何て言ったか分かるか?」
老夫婦は腕を組み、考え込みながら話す。
「いつもありがとうって聞こえるよ」
「あたしら大好きって聞こえるよ?」
「凄いぞ、当たり! いつも世話してくれてありがとう、大好きだってよ」
「おおっ! ホントにそう言ってくれてんのかい? そいつぁ嬉しいね!」
「やっぱり馬も分かってくれてんだねぇ。こんな可愛い子達と話せるカーソンさんが羨ましいよ」
「俺の事知ってるのか?」
「そりゃそうさ。凄腕冒険者のカーソンとクリス、この仕事に関わってる連中に知らない奴なんて誰も居やしないよ?」
「あんた達を知らない奴はモグリさね」
「えー。そんなに有名なのか俺たち?」
「そうだよ。2人の事伝え聞いてる、他の街で馬屋やってる店主達にも凄く評判がいいよ?」
「自分の愛馬に怪我ひとつ負わせてないからねぇ。毛並もツヤツヤだし、相当大事にしてるってね」
「オストの馬屋は、自分トコの馬だって自慢しまくりさ」
「売っただけなのに、さも自分の手柄みたいにさ」
「売っただけで自慢出来るんじゃ、ホント世話ねぇよなぁ」
「預かったら大切にお世話しなきゃ、何の自慢にもなんないのにねぇ」
「本当、馬に無理させてる連中が多いのになぁ。酷使されすぎて人嫌いな子達ばっかりでさ」
「なのにこの子達は違うんだよ。やっぱり優しい人に飼われると人嫌いになんないんだねぇ」
「人懐っこくてなぁ、もうホント可愛いくてしょうがないよ」
「馬って自分の背後に立たれるのが凄く怖いみたいでね、うっかり近寄ると蹴っ飛ばされちゃうんだけどさ、この子達は絶対に蹴んないんだよ」
「尻の穴拭いてやっても逃げないしなぁ」
「あたしらも安心して近寄れる可愛い子達だよ」
「カートンとクリシス、シルバくらいじゃないかね。これ程主人から大事にされてる馬ってな」
「他の連中はどうも馬に対して感謝の心が足んないんだよねぇ。だから嫌われてんだよ」
「この子達だけだよ。毎日首を長くして主人が迎えに来てくれるの待ってるのは」
「そうそう。他の子達は来て欲しくないと思ってるって、顔つき見りゃ何となく分かっちまうんだよ」
「そもそも馬ってな人間乗せる為だけに生まれた生き物じゃねぇってのによぅ」
「ただの移動手段って思ってる奴らにゃもうホントにアタマきちまうよ」
「もっとこう、馬に対して感謝の気持ちを持ってだな!」
「愛情注いであげなきゃ嫌われて当然だってのさ!」
馬に対する譲る事の出来ない愛を熱く語る老夫婦に、3人は若干困った顔をしながらうんうんと頷いた。
このままでは何か余計なとばっちりを受けてしまいそうだと思ったクリスは、話題を変えて老夫婦に話す。
「とっ、ところで……ここの馬屋って設備が凄くいいですよね? まだ他にはネスト、イサリ、オスト、ゴルドしか利用した事無いですけど」
「おっ、クリスさんいいトコに気付いてくれたね!」
「この辺の街じゃウチくらいなもんだろ? 馬用の風呂があるトコって?」
「ええ。カーソンから聞いたけど、カートンもクリシスもお風呂気持ちいいって言ってるそうですよ?」
「うん。こいつら風呂大好きだって言ってる」
「ブヒンッ」
「お、シルバも風呂大好きなのか?」
「ブルルッ ヒンヒンッ」
「へー。そうだったのか?」
「ねえカーソン、シルバは今何て言ったの?」
ヘレナに聞かれたカーソンはシルバの風呂に対する感想を教える。
「シルバも最初は風呂怖くて嫌だったってよ。でも、カートンとクリシスに凄く気持ちいいから入ってみろって言われて、怖いの我慢して入ったらすんごく気持ちよくて大好きになったってさ」
「へぇーっ、そうだったんだ?」
「風呂の前には必ずうんちとおしっこ出して、風呂の中でしないようにしろっても言われたって」
「ええっ!? この子達そんな事言ってんのかい?」
「あらまっ!? どうりでこの子達は風呂の中で一度も粗相した事無いワケだわ」
「うん。俺、前にこいつらと一緒に風呂入ったときに教えた。風呂でうんちとおしっこしたら身体にくっついちゃって綺麗になんないぞって言ったら、こいつら分かってくれた」
「馬と一緒に風呂入ったのかい!? そうかぁ、ココに来る前にはもう風呂好きになってたんだねぇ」
「あらぁ、あんた達そこまでこの子達と仲良しだったんだねぇ。風呂好きなのにも納得だよ」
「どの馬達よりも長風呂するしなぁ。ほっときゃいつまでも浸かり込んでるよ」
「そうだねぇ。この子達が嫌がるのって、風呂から上げようとする時だけだものねぇ」
老夫婦は風呂の中で決して粗相をしない3頭に、お湯を汚さないようにちゃんと理解していた事を大変驚いた。
カートン、クリシス、シルバはカーソンに訴えかける。
「ヒンヒンッ」
「ブヒヒンッ」
「ブルルッ ヒヒンッ」
「うん。えっとな、もっと長く風呂入らせてくれって。もっと熱くてもいいってよ」
「そうかいそうかい。んじゃ、もっと熱くしてあげようかね」
「たまに浅い時あるから、出来れば首まで入りたい。背中が寒いってさ」
「あらぁ。足折り曲げて窮屈そうにしてるのは背中まで浸かりたかったからなんだねぇ」
「うんちとおしっこ我慢出来なくなったら自分で出るから、それまでずっと入りたいってよ」
「丁度風呂も3つ分あるし、順番が最後になってもいいなら好きなだけ浸かっててもいいよ?」
「ホントに風呂好きなんだねぇ……この子達」
「よし、それじゃあこうしよう。入るのが一番最後でもいいなら、お湯入れ替えて熱々の風呂にしたげるよ」
「一番最後に一番風呂だぁね」
老夫婦は3頭の風呂好きに敬意を表し、綺麗なお湯に気の済むまで入ってて良いと提案した。
クリスは老夫婦の提案に、申し訳なさそうな顔で話す。
「でも、それって凄く面倒な事じゃ無いですか? いつまでも入ってたら営業時間過ぎちゃうんじゃ?」
「いいって事よ。うちら2人とも馬が好きで好きで堪らなくて、この商売やってんだから」
「馬に人が合わせなきゃ。営業時間なんて関係ないさね」
「……すみません。手間代出しますのでお願いしてもいいですか?」
「いいってば。追加でお金なんて貰わないよ」
「ほかの子達は嫌がって入らないからね。その子達の分でチャラだよ」
「いいんですか?」
「いいよ。その代わりと言っちゃぁ何だが、出来ればずっとこの街に居て欲しいなぁ」
「可愛いこの子達のお世話、ずっとしてあげたいんだよ」
「わ、丁度良かった。ちょっと遠くに旅する予定あるので、この街でまとまったお金稼ぎたいんです」
「それじゃ、是非とも任しといてくれ」
「キチンとお世話させて頂きますよ」
「ありがとうございます!」
老夫婦の申し出に、クリスは喜びながらぺこりと頭を下げた。
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