12 / 13
二十三年 サンザールの月 二十一日 縞曜日
しおりを挟む二十三年 サンザールの月 二十一日 縞曜日
ビャン・ミエンの滝を見上げながら年越しをした時も、ずいぶん遠くに来たもんだなあって思ったけど、旅立ってからもう一年も経ってしまった今日を迎えて、さすがに遠すぎるなって思う。
最初は荷物を背負って転ばないようにするだけで精いっぱいだったのに、いまじゃバランスを取りながら岩山をよじ登ることだってできる。背は相変わらずちびっちゃいままだけど、腕の筋肉がみっちりしちゃってちょっと乙女的ピンチだ。
馬も売ったり食べたり死なせてしまったりで三度にわたって乗り換えたし、あたしたち自身も命の危機に何度もさらされてきた。旅立ちの日に鞄の中にあったものは、旅の中で消費したり交換したりで、ほとんど元のものは残っていない。
魔獣に襲われたり、盗賊に襲われたり、刺客(※1)に襲われたりしたことも一度や二度じゃない。
旅の連れも、増えたり減ったりで、はぐれて一人旅になってしまったこともあったし、逆にキャラバンにお邪魔して大所帯になったこともあった。言葉も通じない蛮族と身振りなんかで意思疎通することもあった。王国語と、ことわざくらいの古ザンカ語しか使えなかったあたしも、今や立派なマルチリンガルだ。王国内でそれを使う機会はないけど。
名もない砂丘を乗り越えて、あたしたちはメレベレク川(※2)、というよりはその源流にたどり着いていた。流れは穏やかだけどとにかく幅のある川の向こう側には、うっすらと民家や、炊事の煙が見える。
騎士様はあれはセンマッツだと仰った。ここしばらくは騎士様でさえ全く知らないわからないということが多かったので、はっきり仰るというのは随分久しぶりだった。地理のことも外国のことも全然知らないあたしにははあそうですかとしか言えないんだけど、すごいことらしい。
見渡しても橋はなく、渡し船の類もなかった。でもそこまで深くはなかったので、馬に泳がせるかとなった。旅立ったころのあたしたちなら遠回りでも橋を探しただろうけど、なんだか図太くいい加減になってきた気がする。
幸い、ゴレンで譲り受けた馬(※3)たちは、むしろ久しぶりの川に喜んで泳いでくれた。ここしばらく乾燥地帯だったからなあ。丁度暑い時期だし、涼しくていい。
でも楽しい水上の旅は長くは続かず、向こう岸に近づいたところで、近寄ってきた船に矢を射かけられてしまった。滅茶苦茶に荒っぽく何か叫んでるのはわかるけど、センマッツ語というやつなのか、全然聞き取れない。
すっかり慣れちゃって悲しいけど、あたしはもそもそと盾を掲げてその陰に隠れた。あたしは護衛じゃなくて従者なので、荒事は無理なのだから。
荒事担当こと騎士様は矢を切り払って、大声のセンマッツ語で短い単語を何度か叫んだ。多分やめろとかそういうの。あとで聞いてみたら、あたしたちを蛮族(※4)だと思って攻撃してきたみたいだった。騎士様が言葉の通じる相手だとわかって一旦は矢も止まったけど、弓は構えたままで、あたしたちが岸に着くまで船はつかず離れずだった。
あたしたちが上陸すると、野次馬がどよめいた。まあ、あたしもこの鱗ある馬は邊土でしか見たことないしなあ。仕方ないと思う。ドラゴン(※4)を見たことない人からすれば、小さなドラゴンかと思うくらい顔が怖いし。慣れると可愛いんだけどなあ。リンゴ好きだし。
大分久しぶりに、いわゆる「人」里についたけど、長居はできなかった。騎士様は身分を示して、なんだか偉そうな人と話に行ってしまって、あたしは留守番していた。そして騎士様が帰ってきたら、すぐにとんぼ返りする羽目になった。
ここら辺はセンマッツで言うところの邊土、ド田舎の端で、蛮族がやってこないように見張ってるんだそうだ。このあたりの領主様は面倒ごとは嫌なんだそうで、中央に報告したくないからさっさと出て行ってくれって。いい加減だ。
騎士様はその領主様にダイヤをいくつか渡して、王国宛ての手紙を出してもらったみたいだった。そのせいかあたしたちがお宝を持ってるって漏れたみたいで、よからぬ連中が非力なあたしを狙ってきたけど、もうちょっと頭使った方がいいと思う。
今日は馬たちの餌は要らないな。
その騒ぎもあって、一泊するどころかご飯も食べられないままあたしたちは川を逃げ帰った。
センマッツ料理食べて見たかったんだけど、残念ながら今日のご飯は昨日と同じく砂蟲(※5)のシチューだ。
※1 刺客
邊土公を狙う刺客が、『邊土紀行』内だけでも数度にわたって襲撃してきていた。
※2 メレベレク川
現在はセンマッツ連邦(十五世紀当時はセンマッツ共和国)とムン王国の国境として扱われているが、当時は魔獣の跋扈する未開の地と人界を隔てる境界だった。
※3 ゴレンで譲り受けた馬
ゴレン湖の鱗人種、ミンニ氏族たちから譲り受けた爬行種の馬。訳者は取材と称して乗ってみたことがあるが、品種改良された現代の種でも、左右の揺れが大きく、尻のすわりも悪い。水上を泳いでいる時の方が安定しているまである。
※4 ドラゴン
知的人種であるドラゴンと爬虫類を比較することは、学術的にはともかく一般的には当然差別に当たるが、十五世紀当時の認識で言えばむしろドラゴンの強大さに対する恐れからの言及だろう。
※5 砂蟲
レッドデスワームのこと。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる