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二二年 ゴランの月 二十九日 澄曜日
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テーブル(※1)に上る方法がわかった。
と言うより向こうから来てくれた。あたしたちがここ三日ばかり、頭を悩ませながら絶壁を見上げている間に、あたしたちの炊事の煙が上から見えて、気になって降りてきたらしい。
あたしたちの野営地に連中が舞い降りてきた時、あたしたちはちょうど朝ご飯のスープをすすってる時で、慌てて立ち上がった時にはこずえの上から囲まれて見下ろされていた。
遠いハルモールでも、翼持つ怪物たちの話は伝わっていた。人間をさらって食べてしまうとか、それどころか牛のような大きな家畜も簡単にわしづかみにして連れ去るとか。
そう、妖鳥人(※2)どもだ。
でも、話に聞いていたのとは姿が違った。
あたしが知ってるのは、人間の上半身と鳥の下半身を持っていて、両腕が巨大な翼になっている怪物の話だ。でも実際に目にした妖鳥人はほとんど人間と変わらなかった。両手は人間と同じで、指の数も五本。服だって着てる。足は馬のような巨大な猛禽のそれで、翼は腰から生えていた。枝に腰掛けて、やけに大きな目で見降ろしてくる。
騎士様は、さすがに警戒はしていたけど、いつものように名乗って、挨拶した。あたしもそれに続く。妖鳥人どもが首を傾げながら甲高い声でやり取りするのを聞いて、騎士様は古ザンカ語に切り替えた。やっぱり、ここら辺は古ザンカ語がよくつかわれてるみたいだった。
「羽なしはいつの間に帰ってきたのか。どうして日の上る方でなく日の沈む方から来たのか。風の子たちは孵った卵の数を覚えていない」
これは多分、何世代も前の大昔にこのあたりに古ザンカ人がやってきて、交流していたってことなんだろう。それで、東に去っていったってことだ。
騎士様は自分たちがザンカ人ではなく、新しく西からやってきたと伝えた。できれば仲良くしたいのであいさつ回りをしているとも。妖鳥人がぴーちくぱーちくやかましく相談するので、騎士様はあたしに目配りした。土産の出番だ。
それは先月、ク゠ク塩原でたっぷり仕入れてきた岩塩のことで、これをひとかけ見せただけで、妖鳥人どもは一層騒ぎ立てた。結局騒ぐのか。
「からい赤い石(※3)! 本物か!?」
やるというと大喜びで、連中はあたしたちを高原に案内してくれるといった。
一羽(※4)が急いで飛び立った。あたしたちも片づけをして身支度を整えると、帰ってきた妖鳥人は何倍にも増えていた。そして大きな絨毯のような布を担いできた。これを広げて、あたしたちに一人ずつ乗るように言い、馬もそのようにした。そしてその布一枚につき四羽ばかりが力を合わせて引っ張り上げ、あたしたちは恐ろしい空に旅に出たのだった。
あたしの知る限り、王都の貴族様だって、空の旅なんてしたことがないだろうけど、でもこれはあんまり快適なもんじゃなかった。そりゃ、空から見下ろす景色はすさまじいものだったけれど、船よりも激しく揺れるし、吹きすさぶ風に髪が根こそぎにされそうになる。感動半分、早く終わってくれ半分だ。
辿り着いた高原は、意外にも普通だった。
妖鳥人どもが下ろしてくれたのは、普通の野原のようにも思えた。でも、見渡しても木々はほとんどなく、あっても背の低いもので、草は見たこともない葉を生い茂らせるし、知らない動物や鳥たちもいる。もっとも、そう言うのを落ち着いて観察するまで、しばらくかかった。
っていうのも、凄まじい揺れに酔ったのか、あたしはものすごい気持ち悪さに襲われ、身動きが取れなかったからだ。騎士様もそうで、青白い顔でぐったりしていた(※5)。ぴーちくぱーちくうるさい妖鳥人どもに付きまとわれ、しばらくの間、ゆっくりとだけど動き回るうちに、なんとか落ち着いてきた。
妖鳥人どもの集落は巨大な鳥の巣だった、となれば面白かったんだけど、意外にも石を積み上げて作った、石造りの家だった。木々が少ないので、木造建築は難しいらしい。
連中の村は野原にそんな石造りの家が何軒かあり、数家族程度がまとまっているようだった。
お喋りな妖鳥人どもが聞いてもいないのに教えてくれたところによれば、彼らはみんな芋や豆、小麦を育て、羊のような家畜(※6)を放牧し、それから毛皮と肉と乳を得ているのだという。狩りもするけど、大型の獣は高山の上にはあまりおらず、下まで降りて捕まえると持って帰るのが大変なので、あまりしないとか。
そう言うぴーちくぱーちくを聞いてる間に、気分も少し良くなってきた。それでもなんだか息苦しい。騎士様が言うには、空気が薄いんだそうだ。高い山の上と同じように。
日差しは強く感じるけど、空気は肌寒い。あたしたちは荷物からマントを出して着込んだ。
村の鳥どもに岩塩を渡すと、大いに喜ばれ、羊を一頭さばいて歓迎の料理を作ってくれた。
っていっても、煮込み料理(※7)にすごく時間がかかって、歓迎の宴は夕方になっちゃったけど。
羊の煮込みは骨付き肉がごろごろ入っており、干し芋や豆でかさ増しをしていた。色は驚くほど赤く、これは酸味のある赤い果物(※8)を一緒に煮たからだそうだ。干し芋などと一緒に、この果実を干したものも分けてくれた。
麦の栽培はしていないみたいで、もっと粒の細かい雑穀の類(※9)が食べられていた。妖鳥人が「食べる実」、「器に盛るもの」などと呼ぶもので、つまり彼らの主食だった。毒なのか苦味があり、水にさらしてやらなければならないらしいけど、たくさんとれるそうだ。
茹でて他の料理にまぶして食べたり、煮込みに入れたりしていて、プチプチとした食感が面白い。ちょっと癖があるけどほとんど気にならず、あまり味もしない代わりに、他の料理の邪魔をせず、かさましに役立つ。
連中はこの穀物で作った酒も飲んでいたけど、あたしは遠慮しておいた。試しに飲んでみた騎士様が何とも言えない顔をしたからだ。飲んでもいないのに不味いとは言い切らないけど、多分馴染みのないあたしたちには難しい味だろう。
なおこの酒は、茹でた穀物を口で噛んで唾液を絡めて壺にためて発酵させるらしい。あたしには無理だ。
たくさん食べて気持ちよくなり、村長らしい年老いた鳥の家に休ませてもらう。
塩のお礼だと言って、村長は金とダイヤモンドをくれた。
いま、こうして書いていても信じられなくて何度も見て触って確かめてるけど、本物、だと思う。騎士様も本物だっていう。このテーブルみたいな台地には、自然に転がっているらしい。それも、無造作にごろっと置いておくくらいには。
連中のつかう道具の中には、金を普通に使ってるものもあるし(金の鍬なんてはじめて見た)、重たいとか文句も言う。ダイヤモンドも、きれいだけど硬いから加工しづらいとか言って、子供がおはじき遊びに使ってる。
これひとつであたしの実家くらいいくつか買えそうだ。むしろ村ごとかな。これはもうけ話になるかもって興奮してたら、騎士様に笑われた。
ああ、うん。言われてわかった。
持ち帰るには、鳥どもに運んでもらわなきゃいけないんだった。
※1 台地
ウルーマン高原のこと。現在のアラミラ地区のほぼ中央に位置する高原で、一部には雲がかかる。下界と隔絶された環境で固有の生物相となっている。人力による登攀は二〇〇六年にようやく達成された。
※2 妖鳥人
有翼人。十五世紀当時は魔物として扱われていた。現在でも居住区域が限られているので誤解が多いが、ほとんどは他人種の無知からくる捏造である。
※3 赤い石
ク゠ク塩原の岩塩でも特に有名なローズソルトのこと。鉄分豊富なため赤っぽい色合いをしている。塩商人たちもさすがに高原は周回ルートに入っておらず、ウルーマン高原では塩の入手方法がほとんどないため、非常に希少だった。
※4 一羽
もちろん、今日このような数え方をした場合、裁判では負けるので気をつけよう。
※5 ぐったりしていた
急激な気圧差にさらされた結果、軽度の高山病の症状を示したと思われる。
※6 羊のような家畜
ウルーマンオオケナガトカゲ。有毛爬虫類の中では、世界で最も標高の高い土地に棲息。下界に棲息する近隣種のオオケナガトカゲ類と比べて大型で、体毛が豊富。尾や足は短い。
※7 煮込み料理
ウルーマン高原のような高山地帯では、気圧が低いために水が低温で沸騰してしまい、十分な加熱が難しい。近年圧力鍋が登場するまでは、目張りした土鍋などを用いて長時間煮込むことで解決していた。
※8 赤い果物
今日のトマト、その原種はアラミラ地区が原産。ウルーマン高原には有翼人が持ち込んで栽培を始めたとされ、野生のものはない。
※9 雑穀の類
同じくアラミラ地区原産のキヌアに連なる疑似穀物だろう。健康食ブームなどで諸外国でもてはやされたが、現地ではむしろ小麦などが輸入されるようになり、キヌアの消費は減っている。
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