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第一章
快男児
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「勝さん。これは八瀬鬼童衆なる者どもを斬って駿府まで来いと言っているのですか」
精一郎は目を剥いている。
「そういうことになるよなあ。だから、慶喜公には腕の立つ者を選ぶようにお伝えした」
「分からないことがあります。なぜ立会人が益満休之助なのでしょう」
勝はにやりと笑ってお茶を取り替えに来た女中に目を向ける。大きな瞳で日向のように健康的な美しい女である。
「まさか、益満休之助か」
鉄太郎は驚愕の声をあげた。
女中は微笑む。
「わたしの忍法肉ノ宮を見破るとは。さすがは山岡鉄太郎どの」
鉄太郎が鋭い目になる。
「おっと、ここで喧嘩の続きはなしだぜ。お満は、おれがこの書状のために引き取って来たんだよ」
「お満……」
「今はそう名乗っているんだよ」
勝があっけらかんと応える。
鉄太郎は怪訝な目で益満休之助改め、お満を見据えている。
「おまえは何か知っているのか」
「いえ……。ですが東海道は官軍がひしめいております。わたしがいれば通るのは容易いでしょう」
その点については鉄太郎も納得できるものがある。
「それと、八瀬鬼童衆が何者か知りたい」
「お満、知ってるかい」
お満は頷いた。
「大江山の酒呑童子のお話は存しておられましょうか」
「ああ。丹波の大江山に棲んでた鬼だろ。源頼光が成敗して京に首を持ち帰ったとかいう」
「はい。じつはそのときに酒呑童子の体の手足を切りはなして持ち帰った者たちがおります。そしてその者たちに酒呑童子の力の一部が宿ったという。その者たちこそ八瀬童子の祖先」
「へえ」
「ですので、八瀬童子は鬼の末裔とも言われております」
「正真正銘の化物ってことかい」
勝が勢いよく煙を吐いた。
「八瀬童子は天皇の棺を運ぶことを生業にしております。しかし裏の姿は朝廷の隠密」
「おまえさんのような忍びということかい」
「はい。とくに鬼童衆と呼ばれる選りすぐりの者は忍法よりも恐ろしい妖術や邪法の類を技とする者たちです」
「朝廷の隠密ねえ。さしずめ岩倉卿の入れ知恵といったところだろうな」
勝が聞き出してくれた情報でおおよそのことは分かった。
「面白い!」
勝、精一郎、お満が一斉に鉄太郎に目を向けた。
「鉄太郎……」
恐る恐る精一郎が声を上げた。
「拙者、むしろこのような時を待っていた気さえしております」
「よく言ってくれた。山岡さんよお」
「しかし。官軍の罠かもしれぬぞ」
精一郎はあくまで慎重だ。
「西郷先生は信頼できるお方です。薩摩藩邸の火付けも一部の藩士たちの暴挙によるものです。西郷先生が抑えていたにもかかわらず」
お満は悔しげに言った。
薩摩藩邸の火付けの実行犯はお満自身であった。忍びという立場上、藩士たちの下命には逆らえなかったという後悔があるのだろうか。
「西郷どんは武力による倒幕を考えちゃあいねえよ。この挑戦状も官軍の意志を尊重しつつも、おれら旧幕府側に対しては目一杯折り合いをつけた苦肉の策なんじゃねえか」
「まあ向こうは五人。拙者含めて六人の犠牲で解決しますからな」
鉄太郎はすでに自らの死についてなんとも思っていなかった。ただ己の剣を存分にふるうことができると思うと胸の内が熱くなるのを感じていた。
「だろうな。岩倉卿たちは今ごろ手を叩いて喜んでいるだろうよ。八瀬鬼童衆とかいう化物を倒せる者がこの世にあるとは思っちゃいねえだろうからな。刻限までに慶喜公の使者が駿府に到着しなかったら、江戸への総攻撃をおっぱじめる気だ」
勝は吸い終わった煙管を手の中で弄ぶ。
「だがな。西郷どんのよう。勝さんどうか駿府まで辿り着ける者をよこしてくれ、という声がおれには聞こえるんだよ」
勝は煙管盆に煙管をおいて、鉄太郎に向き直る。そして畳に手をついて深々と頭を下げた。
「山岡鉄太郎、頼む! 駿府まで辿り着いて江戸を救ってくれ!」
鉄太郎はしばらく勝の姿を見つめていた。
「――それは元より慶喜公と約束を交わしております」
勝は顔をあげた。
「化物退治五番勝負。改めて、山岡鉄太郎がお引き受けしましょう」
鉄太郎は鞘に入った刀を目の前に掲げた。その顔には嬉々とした笑みが浮かんでいた。
「江戸が火の海になるかどうかがこの一刀にかかっている。たいへん面白い!」
精一郎も頷いた。
「ありがとうよ。おれも手放しで山岡さんを駿府まで行かせる気はねえよ。護衛はつける」
「護衛ですか」
「ああ。駿府の手前、清水の湊に次郎長という大侠客がいてな。腕の立つ子分を四人出してもらう。道案内にもちょうどいい」
「相手は妖術を使うとかいう化物ですが。博徒なんかで大丈夫ですか」
精一郎が怪訝そうにたずねた。
「このご時世、侍よりやくざものの方が度胸があるよ。伝習隊にも侠客や火付けの荒くれ者の志願者の方が多いくらいさ」
伝習隊は幕府陸軍の最強部隊である。
「なるほど。これで五対五」
鉄太郎は立ち上がった。
「舞台は整いましたな。義兄上、鉄太郎は江戸を守るために戦いに出たと英子にはお伝えください」
勝が眩しい目で鉄太郎を見上げていた。
「そんなことを言ったら、あいつが心配して追いかけて行くかもしれぬぞ」
「ですな。では、幕府のお役目でちょっとそこまで、と適当にでっちあげておいてください」
部屋を出て行こうとする鉄太郎を勝が呼び止めた。
「山岡さんよ」
「はい」
「おまえさん自身の目で見て来なよ。そして教えてくれよ、おれたち幕臣に何ができるのかをよ」
精一郎は目を剥いている。
「そういうことになるよなあ。だから、慶喜公には腕の立つ者を選ぶようにお伝えした」
「分からないことがあります。なぜ立会人が益満休之助なのでしょう」
勝はにやりと笑ってお茶を取り替えに来た女中に目を向ける。大きな瞳で日向のように健康的な美しい女である。
「まさか、益満休之助か」
鉄太郎は驚愕の声をあげた。
女中は微笑む。
「わたしの忍法肉ノ宮を見破るとは。さすがは山岡鉄太郎どの」
鉄太郎が鋭い目になる。
「おっと、ここで喧嘩の続きはなしだぜ。お満は、おれがこの書状のために引き取って来たんだよ」
「お満……」
「今はそう名乗っているんだよ」
勝があっけらかんと応える。
鉄太郎は怪訝な目で益満休之助改め、お満を見据えている。
「おまえは何か知っているのか」
「いえ……。ですが東海道は官軍がひしめいております。わたしがいれば通るのは容易いでしょう」
その点については鉄太郎も納得できるものがある。
「それと、八瀬鬼童衆が何者か知りたい」
「お満、知ってるかい」
お満は頷いた。
「大江山の酒呑童子のお話は存しておられましょうか」
「ああ。丹波の大江山に棲んでた鬼だろ。源頼光が成敗して京に首を持ち帰ったとかいう」
「はい。じつはそのときに酒呑童子の体の手足を切りはなして持ち帰った者たちがおります。そしてその者たちに酒呑童子の力の一部が宿ったという。その者たちこそ八瀬童子の祖先」
「へえ」
「ですので、八瀬童子は鬼の末裔とも言われております」
「正真正銘の化物ってことかい」
勝が勢いよく煙を吐いた。
「八瀬童子は天皇の棺を運ぶことを生業にしております。しかし裏の姿は朝廷の隠密」
「おまえさんのような忍びということかい」
「はい。とくに鬼童衆と呼ばれる選りすぐりの者は忍法よりも恐ろしい妖術や邪法の類を技とする者たちです」
「朝廷の隠密ねえ。さしずめ岩倉卿の入れ知恵といったところだろうな」
勝が聞き出してくれた情報でおおよそのことは分かった。
「面白い!」
勝、精一郎、お満が一斉に鉄太郎に目を向けた。
「鉄太郎……」
恐る恐る精一郎が声を上げた。
「拙者、むしろこのような時を待っていた気さえしております」
「よく言ってくれた。山岡さんよお」
「しかし。官軍の罠かもしれぬぞ」
精一郎はあくまで慎重だ。
「西郷先生は信頼できるお方です。薩摩藩邸の火付けも一部の藩士たちの暴挙によるものです。西郷先生が抑えていたにもかかわらず」
お満は悔しげに言った。
薩摩藩邸の火付けの実行犯はお満自身であった。忍びという立場上、藩士たちの下命には逆らえなかったという後悔があるのだろうか。
「西郷どんは武力による倒幕を考えちゃあいねえよ。この挑戦状も官軍の意志を尊重しつつも、おれら旧幕府側に対しては目一杯折り合いをつけた苦肉の策なんじゃねえか」
「まあ向こうは五人。拙者含めて六人の犠牲で解決しますからな」
鉄太郎はすでに自らの死についてなんとも思っていなかった。ただ己の剣を存分にふるうことができると思うと胸の内が熱くなるのを感じていた。
「だろうな。岩倉卿たちは今ごろ手を叩いて喜んでいるだろうよ。八瀬鬼童衆とかいう化物を倒せる者がこの世にあるとは思っちゃいねえだろうからな。刻限までに慶喜公の使者が駿府に到着しなかったら、江戸への総攻撃をおっぱじめる気だ」
勝は吸い終わった煙管を手の中で弄ぶ。
「だがな。西郷どんのよう。勝さんどうか駿府まで辿り着ける者をよこしてくれ、という声がおれには聞こえるんだよ」
勝は煙管盆に煙管をおいて、鉄太郎に向き直る。そして畳に手をついて深々と頭を下げた。
「山岡鉄太郎、頼む! 駿府まで辿り着いて江戸を救ってくれ!」
鉄太郎はしばらく勝の姿を見つめていた。
「――それは元より慶喜公と約束を交わしております」
勝は顔をあげた。
「化物退治五番勝負。改めて、山岡鉄太郎がお引き受けしましょう」
鉄太郎は鞘に入った刀を目の前に掲げた。その顔には嬉々とした笑みが浮かんでいた。
「江戸が火の海になるかどうかがこの一刀にかかっている。たいへん面白い!」
精一郎も頷いた。
「ありがとうよ。おれも手放しで山岡さんを駿府まで行かせる気はねえよ。護衛はつける」
「護衛ですか」
「ああ。駿府の手前、清水の湊に次郎長という大侠客がいてな。腕の立つ子分を四人出してもらう。道案内にもちょうどいい」
「相手は妖術を使うとかいう化物ですが。博徒なんかで大丈夫ですか」
精一郎が怪訝そうにたずねた。
「このご時世、侍よりやくざものの方が度胸があるよ。伝習隊にも侠客や火付けの荒くれ者の志願者の方が多いくらいさ」
伝習隊は幕府陸軍の最強部隊である。
「なるほど。これで五対五」
鉄太郎は立ち上がった。
「舞台は整いましたな。義兄上、鉄太郎は江戸を守るために戦いに出たと英子にはお伝えください」
勝が眩しい目で鉄太郎を見上げていた。
「そんなことを言ったら、あいつが心配して追いかけて行くかもしれぬぞ」
「ですな。では、幕府のお役目でちょっとそこまで、と適当にでっちあげておいてください」
部屋を出て行こうとする鉄太郎を勝が呼び止めた。
「山岡さんよ」
「はい」
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