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030 私が望んでやって来た
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「海の底から水面に浮上したら、ファルの海だったって事?」
ジルさんが腕を組み顎に手を当てた。
私は頷いて、出来るだけ姿勢を正し大きく息を吸い込んで話し始める。
出来るだけ落ち着いて、順序立てて話が出来る様に。
「はい。私がいたのは日本という国の大無海岸という海でした。このファルの海とは全く違う、透明度も低くて波が荒い海なんです」
「ニ、ホ、ン?」
「オオ、ナキ?」
片言の日本語を喋るのはノアとザックだ。2人共眉を寄せて初めて聞く地名に唸る。
「うん。私はね──」
大無海岸で溺れていたマリンの事から説明を始める。
潜って水面に上がった時、既にそこはファルの海だった事。
私はライフセーバーという仕事をしていて、主に海での人命救助・事故防止をしていたと説明した。
「だから、私は奴隷で連れてこられた訳ではないんです。心配してくれたのに、嘘をついた様になって、ごめんなさい……」
「いえ、奴隷だったと思い込んでいたのは私達なのだから、気にしなくていいわよ」
ジルさんが頭を下げる私に顔を上げる様に促す。
「ありがとうございます」
私はホッとしてジルさんに笑顔を向けた。
「そんな事があるのか……」
ノアは噴水に落ちた為、一度シャワーを浴びた。濡れた髪の毛を新しいタオルで拭うと、部屋の壁に背を預けると考え込んでしまった。
「私の国では男女平等に勉強をする事が出来るの。だから、計算が出来たり泳げたりするのはそのお陰なんだ」
「……そうだったのか」
ザックが私の隣で感心した様な声を上げる。相変わらず長い足が、横に座る私の太股に彼の膝小僧が触れる。
「私はファルの海で溺れていたところをナツミに助けてもらったと思っていたけれど」
マリンが当時の事を思い出しながら、両腕で自分の体を抱きしめていた。
「ごめん、怖い事を思い出させて」
私は斜め向かい側に座るマリンに謝った。
「ううん。大丈夫だから」
マリンは優しく笑ってくれた。しかしマリンの肩は震えていた。
そんなマリンの肩を後ろから掴んで、優しくこめかみにキスをしたのはノアだった。マリンも掴まれた手を握りしめて微笑み返す。ノアはマリンの事を心配しているのだろう。
そんな中、ヒョロッとした声が響く。
「なるほど、なるほど。ナツミさんの住んでいた国の事とか、時間があったら是非詳しく話を伺いたい!」
銀縁の丸い眼鏡をかけた白衣を来た男性が奥にあるベッドに横になったまま、興奮気味に答える。
誰なの? この人……
私は浮いているようで馴染んでいる、銀縁眼鏡の男性について今更尋ねる事が出来ず困っていた。
ここは、『ジルの店』時間泊の部屋だ。
昨晩ザックと共に過ごした部屋よりは広めで、部屋の中央には四角いテーブルと四脚の椅子が置かれている。その他ダブルベッドに鏡のついたドレッサー、そしてシャワールームが角にある。時間泊の部屋の家具はいたってシンプルだ。
この部屋は相談事や食事なども簡単に取れる様な事を考慮してなのか、四角い比較的大きなテーブルが設置されている。もしかすると、軍関係の人が秘密の会議をする為に使用するのかもしれない。窓は厳重な鍵をかける事が出来る部屋だ。
ノアとザックが一悶着を起こした中庭にみんなが大集合した後、落ち着いたというよりも落ち込んだままのノアが私とザックに正式に謝罪をしてくれた。
そんなに泳げない事がバレたのが辛いのだろうか。しかしこれ以上吹き出したらノアの怒りに再び火を灯しそうなので頑張ってこらえた。
ノアが私を締め上げザックと喧嘩をする事になってしまったのは、そもそも私が奴隷とか間諜だと思われていた事にある。
そこで、私はみんなに自分の事を話そうと決意した。
状況を理解したジルさんが時間泊の部屋を用意してくれて、話をみんなにする事になった。
しかし、ダンさんとシンとミラに関しては、後ほど説明する事になった。
なぜならば──
「話を聞きたいのは山々だが、今夜の分の仕込みが全く進んでない。シン、ミラ手伝え。それに、みんなの昼食も用意が必要だろ」
ダンさんがシンとミラの首根っこを掴んで厨房へ引きずって行く。
「えぇえ~俺もナツミの話が聞きたいのに!」
「あたしだって!」
ジタバタと藻掻くが、そんな事ではびくともしないダンさんに連れ去られて行く。
「そう言わずに、困っている俺を助けろ。それに後で時間泊の部屋をタダで貸してやってもいい。砂時計もつけてやる」
あ、その手法はザックが昨晩引っかかった奴だ。
ザックが砂時計の下りでピクッとこめかみを動かした。
「「えっ!」」
その一言にシンとミラが顔を見合わせて声を上げ、2人共が顔を見合わせる。
そして照れた様にモジモジしながら引きずられて行く。
可愛い……もしかして、二人共実は両思いとか?
門を曲がって姿が見えなくなったところで、シンの浮かれた声が聞こえる。
「ダンさん時間泊って何時間ぐらいですか。 もしかして、砂時計で計るんですか? でも、相手はどうしよう」
「ちょっと、シン! 誰と泊まるつもりよっ!」
ミラの抗議の声が聞こえた後、ゴチンと殴った音がしてシンの叫びが聞こえた。
「……砂時計は余計だろ」
私の頭の上でザックが嫌そうに呟いた。
お昼が過ぎ、食事を取らずにいるのに、みんな真剣に聞いてくれている。テーブルを囲んでいるのは、ジルさんとマリン、ノア、ザック、そして私だ。
銀縁眼鏡の男性は腰が痛いとのたうち回りベッドに横になっている。しかし、私が話をしていると目をキラキラさせ、何度も頷きながら聞いている。
この人は誰なの……ノアと同じプラチナブロンドだけれど、白衣はヨレヨレだし、腰が痛いって喚くし。銀縁眼鏡は汚れているし。謎だらけだ。
そんな怪しい風貌なのに、この男性は鋭く突っ込んでくる。
「ナツミさんが働いていた「おおなき」という海では、行方不明者も出ると。もしかして、行方不明者のその後はナツミさんの様に違う世界にたどり着いてしまった、という結末なのも知れませんね。知るのは本人のみぞ、ですけど」
そうなのだ。私もこの世界にたどり着いた時、同じ事を考えた。
大無海岸は所々突然海が深くなり、流れが変わる場所がある。何年かに一度は行方不明になる人もいて油断のならない海水浴場。だからライフセーバーを常駐させていた。
私はその行方不明者が出るポイントでマリンが溺れているのを見かけてここにたどり着いたのだ。
「しかしネロ、ファルの海でナツミのいた海岸から移動した人間が発見されたなんて話は聞いた事がないぞ」
ノアが銀縁眼鏡の男性をネロと呼んだ。
「ナツミさんのいた海で行方不明になる人達全てが、このファルの海にたどり着くという訳ではないと思うよ。だって、ファルの町がこの国に存在している様に、ナツミさんが住んでいた町や国が、僕達の知らない世界にある。という事は、他にも知らない世界が存在している可能性があるよね。誰が何処にたどり着くかっていうのは、決まっているとは限らないと思うんだ」
ネロさんは腰の調子が良くなってきたのか、ゆっくりとベッドから起き上がる。
他にも知らない世界が存在している──そんな風には考えた事がなかった。
ネロさんの発想に私は感心した。
「じゃぁ他にも知らない世界がある中で、何でナツミはファルの町に現れたんだ?」
ザックが私の手を取って握りしめると声を上げる。
「鋭いねザック。そこなんだよ! アッ」
ネロは起き上がってザックを指差すと横座りのまま固まった。
間が抜けた様な声を上げる。
「ネロ、腰が痛むなら起き上がらずに横になっておきなさいよ」
ジルさんは振り向くと、ネロをベッドに再び横たえた。
「申し訳ない~。いやぁ、流石ザック、良い事を言うね!」
ネロさんは懲りないのか横になりながら、親指をグッと出してザックにウインクをする。
「僕はね、ファルの町がナツミさんを必要としていたから現れたんじゃないかって考えているんだ。逆もしかりで、ナツミさんが望んだからファルの町に現れたんじゃないかと」
「ファルの町がナツミを必要として?」
「私が望んでファルの町へ?」
ザックと私が顔を見合わせる。
ネロさんは横になったまま、人差し指を顎にかける。
「先ずは──そうだなぁ、そもそも切っ掛けになったのはマリンさんだと想定するよ」
「は、はい」
突然マリンに視線が向いて背を正していた。
「マリンさんは溺れた時にどんな事を考えていたのかな?」
ネロの優しい言葉にマリンは一瞬固まる。そして視線を彷徨わせた。
「私は──」
マリンが下を俯いて膝の上のスカートをグッと握る。
「『オーガの店』の女の子に呼び出されて、行かなくてもよかったのに、どうしても我慢出来なかったの。彼女が言うには、ノアが私と一緒にいるのは、本当は迷惑しているって」
「何だと? そんな訳ないだろう」
ノアが驚き、実に嫌そうな声を上げる。
「そうなんだけど。ノアが何かを調べたくて『オーガの店』に行っているって知ってたのに。でも彼女が、わざわざ私にノアにどんな風に抱かれたとか、どんな言葉をかけてくれたとか。具体的に告げられて。私……」
マリンが俯いて肩を震わせる。
「俺はそもそも誰も抱いていない。その女の嘘だと、俺は何度も説明しただろう?」
マリンの肩を掴んでノアが呟く。
「分かってるわ。分かっていたけど……」
マリンは俯いたまま言いにくそうに言葉を続ける。
「嘘だって分かっていてもそんな風に告げられると、とても辛くて。本当は彼女の言っている事が本当なのかもしれない、とか。良くない事を考えて……」
マリンは小さく首を振った。
信じていたのに、信じたいと思ったのに……そう呟いていた。
「色々考えていたら、あっという間に男の人に連れていかれて、訳が分からないまま海に突き落とされてしまって。だけど、突き落とされた事実に驚くよりも、後悔ばかり押し寄せてきて。ノアを信じていれば、こんな事にはならなかった。ああ、私はいつもノアの足を引っぱるんだなって思うと、そんな自分が許せなくて……」
マリンは肩を震わせながら、自分のスカートを握りしめる。
自分の弱さが許せなくて──か。分かる気がする。
「そんな自分を変えたいって思ったけど、もしかして、もうダメかも、死んじゃうのかなって。そう考えたら、突然ナツミが私を助けてくれたの。そこで意識が一度途切れて……助けてくれて本当にありがとう。だって後悔したまま死んじゃうのはやっぱり嫌だし」
マリンはこぼれそうな涙を拭うと、顔を上げて私を真っすぐ見つめた。それからふわっと優しく笑う。
私も同じだ。
愛想笑いしか出来なかった自分をとても後悔した。
ちゃんと春見と秋に怒って、自分が惨めなんて考えないで、向き合えば良かった。
裏切られたって私は二人が大事で大好きだったのだから。
──ふざけんなー!! きっちり私と別れてから、仁義を通してから乳繰り合えよ! このクソヤロー! ──
だからこそ文句を言いたくて、必死に水面へ浮上したんだった。変な文句だけれど……
私も唇を開いて掠れた声を上げる。
「私も、辛くて嫌な事があって。後悔して。自分を変えたい、変わりたいって思ったよ」
「ナツミが? 変わりたいって?」
ザックが意外そうに私を横から覗き込む。
ザックから繋いでくれた手を今度は私から握り返す。
「うん、そう。そうしたら、気が付いたらファルの海にいた」
横にいるザックを見つめて呟く。
ザックは目を丸くしたがすぐに瞳を細めて微笑んでくれた。
「そうか」
「そうかマリンさんとの思いも合わさって、ナツミさんはこのファルの町にやって来たんだね」
ストンとネロの言葉が胸に落ちる。
私は──私が望んでファルの町にやって来たのだ。
私はどうしてここにたどり着いたのか少し分かった様な気がした。
ジルさんが腕を組み顎に手を当てた。
私は頷いて、出来るだけ姿勢を正し大きく息を吸い込んで話し始める。
出来るだけ落ち着いて、順序立てて話が出来る様に。
「はい。私がいたのは日本という国の大無海岸という海でした。このファルの海とは全く違う、透明度も低くて波が荒い海なんです」
「ニ、ホ、ン?」
「オオ、ナキ?」
片言の日本語を喋るのはノアとザックだ。2人共眉を寄せて初めて聞く地名に唸る。
「うん。私はね──」
大無海岸で溺れていたマリンの事から説明を始める。
潜って水面に上がった時、既にそこはファルの海だった事。
私はライフセーバーという仕事をしていて、主に海での人命救助・事故防止をしていたと説明した。
「だから、私は奴隷で連れてこられた訳ではないんです。心配してくれたのに、嘘をついた様になって、ごめんなさい……」
「いえ、奴隷だったと思い込んでいたのは私達なのだから、気にしなくていいわよ」
ジルさんが頭を下げる私に顔を上げる様に促す。
「ありがとうございます」
私はホッとしてジルさんに笑顔を向けた。
「そんな事があるのか……」
ノアは噴水に落ちた為、一度シャワーを浴びた。濡れた髪の毛を新しいタオルで拭うと、部屋の壁に背を預けると考え込んでしまった。
「私の国では男女平等に勉強をする事が出来るの。だから、計算が出来たり泳げたりするのはそのお陰なんだ」
「……そうだったのか」
ザックが私の隣で感心した様な声を上げる。相変わらず長い足が、横に座る私の太股に彼の膝小僧が触れる。
「私はファルの海で溺れていたところをナツミに助けてもらったと思っていたけれど」
マリンが当時の事を思い出しながら、両腕で自分の体を抱きしめていた。
「ごめん、怖い事を思い出させて」
私は斜め向かい側に座るマリンに謝った。
「ううん。大丈夫だから」
マリンは優しく笑ってくれた。しかしマリンの肩は震えていた。
そんなマリンの肩を後ろから掴んで、優しくこめかみにキスをしたのはノアだった。マリンも掴まれた手を握りしめて微笑み返す。ノアはマリンの事を心配しているのだろう。
そんな中、ヒョロッとした声が響く。
「なるほど、なるほど。ナツミさんの住んでいた国の事とか、時間があったら是非詳しく話を伺いたい!」
銀縁の丸い眼鏡をかけた白衣を来た男性が奥にあるベッドに横になったまま、興奮気味に答える。
誰なの? この人……
私は浮いているようで馴染んでいる、銀縁眼鏡の男性について今更尋ねる事が出来ず困っていた。
ここは、『ジルの店』時間泊の部屋だ。
昨晩ザックと共に過ごした部屋よりは広めで、部屋の中央には四角いテーブルと四脚の椅子が置かれている。その他ダブルベッドに鏡のついたドレッサー、そしてシャワールームが角にある。時間泊の部屋の家具はいたってシンプルだ。
この部屋は相談事や食事なども簡単に取れる様な事を考慮してなのか、四角い比較的大きなテーブルが設置されている。もしかすると、軍関係の人が秘密の会議をする為に使用するのかもしれない。窓は厳重な鍵をかける事が出来る部屋だ。
ノアとザックが一悶着を起こした中庭にみんなが大集合した後、落ち着いたというよりも落ち込んだままのノアが私とザックに正式に謝罪をしてくれた。
そんなに泳げない事がバレたのが辛いのだろうか。しかしこれ以上吹き出したらノアの怒りに再び火を灯しそうなので頑張ってこらえた。
ノアが私を締め上げザックと喧嘩をする事になってしまったのは、そもそも私が奴隷とか間諜だと思われていた事にある。
そこで、私はみんなに自分の事を話そうと決意した。
状況を理解したジルさんが時間泊の部屋を用意してくれて、話をみんなにする事になった。
しかし、ダンさんとシンとミラに関しては、後ほど説明する事になった。
なぜならば──
「話を聞きたいのは山々だが、今夜の分の仕込みが全く進んでない。シン、ミラ手伝え。それに、みんなの昼食も用意が必要だろ」
ダンさんがシンとミラの首根っこを掴んで厨房へ引きずって行く。
「えぇえ~俺もナツミの話が聞きたいのに!」
「あたしだって!」
ジタバタと藻掻くが、そんな事ではびくともしないダンさんに連れ去られて行く。
「そう言わずに、困っている俺を助けろ。それに後で時間泊の部屋をタダで貸してやってもいい。砂時計もつけてやる」
あ、その手法はザックが昨晩引っかかった奴だ。
ザックが砂時計の下りでピクッとこめかみを動かした。
「「えっ!」」
その一言にシンとミラが顔を見合わせて声を上げ、2人共が顔を見合わせる。
そして照れた様にモジモジしながら引きずられて行く。
可愛い……もしかして、二人共実は両思いとか?
門を曲がって姿が見えなくなったところで、シンの浮かれた声が聞こえる。
「ダンさん時間泊って何時間ぐらいですか。 もしかして、砂時計で計るんですか? でも、相手はどうしよう」
「ちょっと、シン! 誰と泊まるつもりよっ!」
ミラの抗議の声が聞こえた後、ゴチンと殴った音がしてシンの叫びが聞こえた。
「……砂時計は余計だろ」
私の頭の上でザックが嫌そうに呟いた。
お昼が過ぎ、食事を取らずにいるのに、みんな真剣に聞いてくれている。テーブルを囲んでいるのは、ジルさんとマリン、ノア、ザック、そして私だ。
銀縁眼鏡の男性は腰が痛いとのたうち回りベッドに横になっている。しかし、私が話をしていると目をキラキラさせ、何度も頷きながら聞いている。
この人は誰なの……ノアと同じプラチナブロンドだけれど、白衣はヨレヨレだし、腰が痛いって喚くし。銀縁眼鏡は汚れているし。謎だらけだ。
そんな怪しい風貌なのに、この男性は鋭く突っ込んでくる。
「ナツミさんが働いていた「おおなき」という海では、行方不明者も出ると。もしかして、行方不明者のその後はナツミさんの様に違う世界にたどり着いてしまった、という結末なのも知れませんね。知るのは本人のみぞ、ですけど」
そうなのだ。私もこの世界にたどり着いた時、同じ事を考えた。
大無海岸は所々突然海が深くなり、流れが変わる場所がある。何年かに一度は行方不明になる人もいて油断のならない海水浴場。だからライフセーバーを常駐させていた。
私はその行方不明者が出るポイントでマリンが溺れているのを見かけてここにたどり着いたのだ。
「しかしネロ、ファルの海でナツミのいた海岸から移動した人間が発見されたなんて話は聞いた事がないぞ」
ノアが銀縁眼鏡の男性をネロと呼んだ。
「ナツミさんのいた海で行方不明になる人達全てが、このファルの海にたどり着くという訳ではないと思うよ。だって、ファルの町がこの国に存在している様に、ナツミさんが住んでいた町や国が、僕達の知らない世界にある。という事は、他にも知らない世界が存在している可能性があるよね。誰が何処にたどり着くかっていうのは、決まっているとは限らないと思うんだ」
ネロさんは腰の調子が良くなってきたのか、ゆっくりとベッドから起き上がる。
他にも知らない世界が存在している──そんな風には考えた事がなかった。
ネロさんの発想に私は感心した。
「じゃぁ他にも知らない世界がある中で、何でナツミはファルの町に現れたんだ?」
ザックが私の手を取って握りしめると声を上げる。
「鋭いねザック。そこなんだよ! アッ」
ネロは起き上がってザックを指差すと横座りのまま固まった。
間が抜けた様な声を上げる。
「ネロ、腰が痛むなら起き上がらずに横になっておきなさいよ」
ジルさんは振り向くと、ネロをベッドに再び横たえた。
「申し訳ない~。いやぁ、流石ザック、良い事を言うね!」
ネロさんは懲りないのか横になりながら、親指をグッと出してザックにウインクをする。
「僕はね、ファルの町がナツミさんを必要としていたから現れたんじゃないかって考えているんだ。逆もしかりで、ナツミさんが望んだからファルの町に現れたんじゃないかと」
「ファルの町がナツミを必要として?」
「私が望んでファルの町へ?」
ザックと私が顔を見合わせる。
ネロさんは横になったまま、人差し指を顎にかける。
「先ずは──そうだなぁ、そもそも切っ掛けになったのはマリンさんだと想定するよ」
「は、はい」
突然マリンに視線が向いて背を正していた。
「マリンさんは溺れた時にどんな事を考えていたのかな?」
ネロの優しい言葉にマリンは一瞬固まる。そして視線を彷徨わせた。
「私は──」
マリンが下を俯いて膝の上のスカートをグッと握る。
「『オーガの店』の女の子に呼び出されて、行かなくてもよかったのに、どうしても我慢出来なかったの。彼女が言うには、ノアが私と一緒にいるのは、本当は迷惑しているって」
「何だと? そんな訳ないだろう」
ノアが驚き、実に嫌そうな声を上げる。
「そうなんだけど。ノアが何かを調べたくて『オーガの店』に行っているって知ってたのに。でも彼女が、わざわざ私にノアにどんな風に抱かれたとか、どんな言葉をかけてくれたとか。具体的に告げられて。私……」
マリンが俯いて肩を震わせる。
「俺はそもそも誰も抱いていない。その女の嘘だと、俺は何度も説明しただろう?」
マリンの肩を掴んでノアが呟く。
「分かってるわ。分かっていたけど……」
マリンは俯いたまま言いにくそうに言葉を続ける。
「嘘だって分かっていてもそんな風に告げられると、とても辛くて。本当は彼女の言っている事が本当なのかもしれない、とか。良くない事を考えて……」
マリンは小さく首を振った。
信じていたのに、信じたいと思ったのに……そう呟いていた。
「色々考えていたら、あっという間に男の人に連れていかれて、訳が分からないまま海に突き落とされてしまって。だけど、突き落とされた事実に驚くよりも、後悔ばかり押し寄せてきて。ノアを信じていれば、こんな事にはならなかった。ああ、私はいつもノアの足を引っぱるんだなって思うと、そんな自分が許せなくて……」
マリンは肩を震わせながら、自分のスカートを握りしめる。
自分の弱さが許せなくて──か。分かる気がする。
「そんな自分を変えたいって思ったけど、もしかして、もうダメかも、死んじゃうのかなって。そう考えたら、突然ナツミが私を助けてくれたの。そこで意識が一度途切れて……助けてくれて本当にありがとう。だって後悔したまま死んじゃうのはやっぱり嫌だし」
マリンはこぼれそうな涙を拭うと、顔を上げて私を真っすぐ見つめた。それからふわっと優しく笑う。
私も同じだ。
愛想笑いしか出来なかった自分をとても後悔した。
ちゃんと春見と秋に怒って、自分が惨めなんて考えないで、向き合えば良かった。
裏切られたって私は二人が大事で大好きだったのだから。
──ふざけんなー!! きっちり私と別れてから、仁義を通してから乳繰り合えよ! このクソヤロー! ──
だからこそ文句を言いたくて、必死に水面へ浮上したんだった。変な文句だけれど……
私も唇を開いて掠れた声を上げる。
「私も、辛くて嫌な事があって。後悔して。自分を変えたい、変わりたいって思ったよ」
「ナツミが? 変わりたいって?」
ザックが意外そうに私を横から覗き込む。
ザックから繋いでくれた手を今度は私から握り返す。
「うん、そう。そうしたら、気が付いたらファルの海にいた」
横にいるザックを見つめて呟く。
ザックは目を丸くしたがすぐに瞳を細めて微笑んでくれた。
「そうか」
「そうかマリンさんとの思いも合わさって、ナツミさんはこのファルの町にやって来たんだね」
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