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077 過去の事か今の事か
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海の底に沈んだ様に辺りの音が聞こえなくなった。自分の息づかいと心臓の音だけが聞こえる。
今、何て言ったの?
「ザックはマリンと寝た事があるのよ」
黒いフードの女性が言った言葉を直ぐには理解できず私は立ちつくしていた。
だってマリンはノアと恋人なのに。何でザックと?
瞬間『ジルの店』の酒場で大きな笑い声が響いた。
軍人達の盛り上がりは最高潮だ。
私はその声を聞いて、暗い路地で我に返る。
「待って今のはどういう事!」
慌てて表通りを振り返ったが黒いフードの女性は姿を消していた。
私の声だけが暗い路地に響いただけだった。
追いかけようにも振り向くのがようやくで足がガクガクと震える。上手く立っていられない。私の顎に汗が伝っていくのが分かった。今晩も暑いけれどこの汗は暑くてかいているものではない。
ザックと関係があった女性の嫌がらせなのだろうか。
そうだとしても何故マリンって名指しで話が突然湧いて出てくるの?
もし、そうだとして。
それは過去の事なのかそれとも今の事なのか。
今の事? ううん、違うでしょ。
だって今の事なら私は一体……そしてノアは?
その瞬間別荘で水泳練習をしている時に突然スコールが降ってきた事を思い出した。
いち早くマリンを助けたザック……
マリンとザックが微笑みながら抱き合う姿が浮かんできて私は慌てて首を振った。
「違う!」
私は両手で頭を抱え大声で叫んだ。そんな想像したくないよ。
「何が違うんだ?」
「……ノア」
気がつくと私の真後ろにノアが立っていた。私とお揃いのモスグリーンのエプロンに、白い麻素材のシャツ。腕まくりをして両手を腰に添えると溜め息をついていた。
長く伸びた前髪プラチナブロンドの向こう側にアイスブルーの瞳が呆れた様に光っていた。
「ゴミを捨てに行くだけなのに、時間がかかりすぎだろ」
「ごめん」
私は思わず謝ってノアに向き直る。
そうだ……この事をノアは知っているのかな。
私はノアに質問をしようとして口を開いた。
待って。
もしノアが知らない話だったとしたら。
ザックと関係のあった女性が私に対して意地悪で言っているだけなのかもしれない。
そんな事を真に受けてノアに話してマリンやザックの関係が妙な事になったら──
「別に謝らなくてもいいって。ナツミ? 何だか顔が青白いぞ」
ノアが首を傾げて私の顔をのぞき込み驚いた声を上げた。
「え?」
そう言われると先程から足が震えるし、冷や汗が流れる。
あの女性が言った言葉がショックだったのか目が回る。
私はガクンと膝の力が抜けてその場に倒れ込みそうになった。
「おい!」
ノアが私の両腕を握り倒れ込みそうな体を支えてくれた。
「ご、ごめん、足が震えて。少し落ち着いたから大丈夫だと思う」
「落ち着いたからって。そんな風には見えないが」
私はノアに助けられながら、何とか壁伝いに背中を這わせて起き上がろうとする。しかし、足に力が入らない。息が乱れて辛くなってきた。
こんなにも不安になるなんて。きっと今の私は何とも情けない顔をしているだろう。
しかしこの感じは例のアレの時とも似ている。
ネロさんの腰を治した時と同じだ──言っていた医療魔法が私の中で発動した時と似ている。って事はお腹が減って力が出ない状態なのか。
何とか体を立て直そうとした時だった。急にノアが私の両腕を掴むと自分の胸の中に抱きしめた。
「え」
それは突然の事で、目の前に広がるモスグリーン色のエプロンに驚くばかりだった。力強く背中に回された逞しい腕。そしてゆっくりと音を立てるノアの心臓。
ふわりとノアのつけている香水、薔薇の香りがした。
「ナツミ大丈夫だ……呼吸が短くなっているから、ゆっくり深呼吸をするんだ」
言われてみれば、私は凄く浅い呼吸を繰り返している。目が回る様な感じは、このせいだったのか。
私はノアの抱きしめられたまま深呼吸をした。薔薇の香りが優しく香って落ち着いてくる。
「そうだゆっくりと吸って吐いて……そうその調子。まだ足が震えるなら俺に寄りかかれ」
ノアは私の耳元で小さな優しい声で囁く。言われるがままノアの胸に手をついて体を預ける。ノアは私の預けた体重の分重たくなったが、背中に回った手がすくい上げる様に更に抱きしめて支えてくれた。
ノアの心音が聞こえてきた。その音にようやく私は落ち着いて、足の震えが止まった。
「ありがとうノア。大分落ち着いたよ」
「そうか」
ノアは短く答えていると、腕の力をゆるめて私の背中をさすってくれた。向かい合って顔を上げると、意外な事に心配そうな顔が見えた。
スッと通った鼻筋にプラチナブロンドの睫毛、切れ長の瞳と長細いくっきりとした眉。いつもはブリザードが吹いているほど冷たく睨むアイスブルーの瞳が揺れていた。
「まだ顔色が悪いぞ。どうしたんださっきまで元気だったのに。そういえば体も熱いな……熱でもあるのか?」
そう言いながら、突然私のほっぺたを片方の手で触る。抱きしめた事で私の体温が直接ノアに伝わった様だ。もちろんノアの体温も伝わるのだが特に私と大差ない様な気がする。
いけない! 何時までもこんなに密着している場合ではない。
私はノアとの視線を横に逸らし、彼の胸を押し返す。
「そんなはずはないよ。少し寝不足気味ではあるんだけど。いつも洗濯を取り込んだ後に、十五分程昼寝を中庭でしているし。でも、外で寝たのがいけなかったのかな」
そう言いながら、さりげなくノアの側から離れようとした時だった。
「もしかして、毎晩ザックが無理に抱いているんじゃないか?」
「はい?」
私の腰の後ろに手を回したままノアが身を乗り出してきた。
「ザックの性欲をそのままぶつけられて体がついていけないんじゃないか? あいつおかしいぐらい盛るだろ。それに無駄にしつこいし」
「む、無駄にしつこい」
ノアが凄い事をサラリと言う。
そういえばノアもザックもこの手については実にストレートに表現するんだった。
私は返す言葉がみつからず顔を赤く染めてしまった。
「疲れているなら嫌ってはっきり伝えろよ? あんな絶倫馬鹿はところかまわず求めてくるだろうし、真に受けて毎回相手をしていたらナツミの体が壊れるぞ」
「は、はぁ」
ノア……よくご存知で。
ノアが私の頬を片手で撫でながら力説してくる。
「そうじゃなくてもザックのヤツは意識が飛ぶまで追い詰めるだろうし。あいつサドっぽいところがあるだろ?」
「あの、ノア」
「うん?」
「何でそんなにザックのエッチの事詳しいの?」
「……」
急にノアが口をつぐんで無表情になった。それからフッと視線を逸らしてしまった。
何なのその態度? あっ、もしかして。
私はある考えにたどり着き息を呑んでノアを見上げた。ノアの両腕のまくったシャツの袖を握りしめる。
「もしかしてノアがそんなに詳しいのは、ザックとエッチした事があるとか──」
「ああ、昔はな」
「えぇっ? 昔って!」
「ザックと俺とでな。女に頼まれたら、な。二人で一人の女の相手をしたり、複数人を相手にしたり。だからザックがどんな風なのかぐらいは……って、言わせるなよ」
言ってからノアは恥ずかしそうに頬を染める。今更そんな事で頬を染められても困る。
「はぁ~ビックリした男性同士でも大丈夫って事なのかと」
「はっ? そ、そんなわけないだろう! 気持ち悪い事を言うなっ。ないぞ、絶対ないからな」
ノアが青い顔をして唾が飛ぶほど叫ぶ。王子様の雰囲気も台無しだ。
「でも、それはそれでどうなの。過去の二人はどれだけ乱れた性生活を送っていたの」
「男は誰でもやりたくて仕方ない時期があると言うか。いや、そうじゃなくて裏町でいた時は生きていく為に色々あって。まぁそれは言い訳だが……」
ノアが顔を青くして喚いたり落ち込んだりしているその様子がおかしくて、私は気が抜けて笑ってしまった。
「プッ……アハハハ。ご、ごめん。アハ。アハハハ」
「はぁ。もう笑うなよ……プッ、ハハッ」
ノアもつられて笑っていた。
ひとしきり二人で笑い合ってようやく落ち着く。それから私は先程の黒いフードを身に纏った女性の言葉を思い出してしまった。
「ザックはマリンと寝た事があるのよ」
その言葉は私の心臓をわしづかみにしてしまう。
もう少し落ち着いて考えよう。
私の気持ちが落ち着かないうちにノアやザックそしてマリンに尋ねたら、私自身が今みたいにパニックになるかもしれない。
溜め息をついてから私はノアから離れ様としたその時だった。
ガタンとドアの音がする。
「ナツミ、ノア。何で……」
ゴミ捨て場付近のドアを開けて顔を青くし呆然と立っているマリンがいた。
オーガンジーのヒラヒラした衣装の裾を握りしめている。装飾が施された揺れると音がする銀細工のベルトがシャラシャラ音を立てていた。濃いブルーのブラジャーは大胆にV字にカットされていて、胸元の胸の膨らみに沿って、銀色に輝く装飾がされている。
フワフワの綿菓子に似た緩くウェーブしたプラチナブロンドが肩から滑り落ち、美しい瞳がこの上なく不安に揺れている。
「何で、何で抱き合って?」
マリンの今にも泣き出しそうな声に、ノアと私は自分達の状況を確認する。
ノアの手が私の後ろ腰に回ったままだし、そういう私はノアのまくったシャツを握りしめている。それは抱きしめ合っている様に見える。
私達二人は弾かれる様に飛び退いた。
「ちちちちが、ちがっ違う。マリン!」
ノアが焦って声を上げ両手をバタバタさせて慌てて首を振る。
「え?」
目の縁に涙を溜めていたマリンがそのノアの焦り様に再び固まった。
「そうだよ私が倒れそうだったのをノアが助けて」
ぐぅ~
そこで例の如く私のお腹が大きく鳴った。
何でこのタイミングで鳴るの?!
「「え?」」
マリンとノアが私のお腹に注目する。
「実は私がお腹が減ってしまって力が出なくなったのを『ぐぅ~』」
ノアに助けてもらった。と、言おうとしても返事をするのは私のお腹だった。
ノアがポカンと私を見つめていたが私が喋ろうとするとお腹が鳴るので、とうとう吹き出して笑いはじめた。
「あっはっはっ! 何だナツミ腹が減って力が出ないって、それで足が震えていたのか?」
ノアは自分のお腹を抱えて笑いながら私を指差した。
「そ、そうみたい?」
私は自分の「ぐぅ」と鳴るお腹をさすりながら呟いた。
「そういえば……ナツミ、ご飯は食べた? ジルさんの話があった後、確か夕方忙しくなる前に中庭で昼寝していて食べ損ねたんじゃないの?」
マリンがこぼれそうだった涙を拭いながら私に聞き返した。
「そうだった……」
おにぎり騒動の後何も食べていない事を思い出した。
それでは、力が出ない状態になるのも仕方がない。
しかしおかしいなぁ。黒いフードの女性を見た後から途端にフラついた様な気がしたのだけれど。
そうだ、医療魔法を使った後みたいに。だけれど、傷を治すとか何もしていないよね?
あの女性が確か──
「私の暗示が効かない? そんな……医療魔法で跳ね返す力も備わっていると言うの?」
そんな事を呟いていた様な気がするけれど、私に何かしようとしたのだろうか?
暗示って言っていた様な。それを阻止しようと私の医療魔法が発動した?
私は途端に怖くなりブルリと震えたが、同時に「ぐぅ」と、お腹が鳴ってしまう。
何とも緊張感がなく締まらない。
「ハハハ、ハー。笑った。ナツミは面白いなぁ……心配しただろ、ほら早く入って飯を喰え。プッ」
ノアは笑って一段落ついたのに、やはり吹き出しながら、私の腕を掴んで暗い路地に面した『ジルの店』のドアまで引っ張った。
「ほら、マリンも入れよ。二回目の踊りの後だろう? 踊り終わった当事者がこんな路地で何をしているんだよ。多分皆がお前の事を探しているぞ。さぁ入ろう」
「うん……」
左手に私の腕を。そして、右手でマリンの背中を押しながらノアは店に入る様に促した。
マリンごめんね。ノアは助けてくれただけなのだよ。
私は心の中で謝りつつもマリンを真っすぐ見つめる事が出来なくて、地面を見つめながら店に入った
そんな私の様子をマリンが不安そうに見ていたのに気がつく事は出来なかった。
今、何て言ったの?
「ザックはマリンと寝た事があるのよ」
黒いフードの女性が言った言葉を直ぐには理解できず私は立ちつくしていた。
だってマリンはノアと恋人なのに。何でザックと?
瞬間『ジルの店』の酒場で大きな笑い声が響いた。
軍人達の盛り上がりは最高潮だ。
私はその声を聞いて、暗い路地で我に返る。
「待って今のはどういう事!」
慌てて表通りを振り返ったが黒いフードの女性は姿を消していた。
私の声だけが暗い路地に響いただけだった。
追いかけようにも振り向くのがようやくで足がガクガクと震える。上手く立っていられない。私の顎に汗が伝っていくのが分かった。今晩も暑いけれどこの汗は暑くてかいているものではない。
ザックと関係があった女性の嫌がらせなのだろうか。
そうだとしても何故マリンって名指しで話が突然湧いて出てくるの?
もし、そうだとして。
それは過去の事なのかそれとも今の事なのか。
今の事? ううん、違うでしょ。
だって今の事なら私は一体……そしてノアは?
その瞬間別荘で水泳練習をしている時に突然スコールが降ってきた事を思い出した。
いち早くマリンを助けたザック……
マリンとザックが微笑みながら抱き合う姿が浮かんできて私は慌てて首を振った。
「違う!」
私は両手で頭を抱え大声で叫んだ。そんな想像したくないよ。
「何が違うんだ?」
「……ノア」
気がつくと私の真後ろにノアが立っていた。私とお揃いのモスグリーンのエプロンに、白い麻素材のシャツ。腕まくりをして両手を腰に添えると溜め息をついていた。
長く伸びた前髪プラチナブロンドの向こう側にアイスブルーの瞳が呆れた様に光っていた。
「ゴミを捨てに行くだけなのに、時間がかかりすぎだろ」
「ごめん」
私は思わず謝ってノアに向き直る。
そうだ……この事をノアは知っているのかな。
私はノアに質問をしようとして口を開いた。
待って。
もしノアが知らない話だったとしたら。
ザックと関係のあった女性が私に対して意地悪で言っているだけなのかもしれない。
そんな事を真に受けてノアに話してマリンやザックの関係が妙な事になったら──
「別に謝らなくてもいいって。ナツミ? 何だか顔が青白いぞ」
ノアが首を傾げて私の顔をのぞき込み驚いた声を上げた。
「え?」
そう言われると先程から足が震えるし、冷や汗が流れる。
あの女性が言った言葉がショックだったのか目が回る。
私はガクンと膝の力が抜けてその場に倒れ込みそうになった。
「おい!」
ノアが私の両腕を握り倒れ込みそうな体を支えてくれた。
「ご、ごめん、足が震えて。少し落ち着いたから大丈夫だと思う」
「落ち着いたからって。そんな風には見えないが」
私はノアに助けられながら、何とか壁伝いに背中を這わせて起き上がろうとする。しかし、足に力が入らない。息が乱れて辛くなってきた。
こんなにも不安になるなんて。きっと今の私は何とも情けない顔をしているだろう。
しかしこの感じは例のアレの時とも似ている。
ネロさんの腰を治した時と同じだ──言っていた医療魔法が私の中で発動した時と似ている。って事はお腹が減って力が出ない状態なのか。
何とか体を立て直そうとした時だった。急にノアが私の両腕を掴むと自分の胸の中に抱きしめた。
「え」
それは突然の事で、目の前に広がるモスグリーン色のエプロンに驚くばかりだった。力強く背中に回された逞しい腕。そしてゆっくりと音を立てるノアの心臓。
ふわりとノアのつけている香水、薔薇の香りがした。
「ナツミ大丈夫だ……呼吸が短くなっているから、ゆっくり深呼吸をするんだ」
言われてみれば、私は凄く浅い呼吸を繰り返している。目が回る様な感じは、このせいだったのか。
私はノアの抱きしめられたまま深呼吸をした。薔薇の香りが優しく香って落ち着いてくる。
「そうだゆっくりと吸って吐いて……そうその調子。まだ足が震えるなら俺に寄りかかれ」
ノアは私の耳元で小さな優しい声で囁く。言われるがままノアの胸に手をついて体を預ける。ノアは私の預けた体重の分重たくなったが、背中に回った手がすくい上げる様に更に抱きしめて支えてくれた。
ノアの心音が聞こえてきた。その音にようやく私は落ち着いて、足の震えが止まった。
「ありがとうノア。大分落ち着いたよ」
「そうか」
ノアは短く答えていると、腕の力をゆるめて私の背中をさすってくれた。向かい合って顔を上げると、意外な事に心配そうな顔が見えた。
スッと通った鼻筋にプラチナブロンドの睫毛、切れ長の瞳と長細いくっきりとした眉。いつもはブリザードが吹いているほど冷たく睨むアイスブルーの瞳が揺れていた。
「まだ顔色が悪いぞ。どうしたんださっきまで元気だったのに。そういえば体も熱いな……熱でもあるのか?」
そう言いながら、突然私のほっぺたを片方の手で触る。抱きしめた事で私の体温が直接ノアに伝わった様だ。もちろんノアの体温も伝わるのだが特に私と大差ない様な気がする。
いけない! 何時までもこんなに密着している場合ではない。
私はノアとの視線を横に逸らし、彼の胸を押し返す。
「そんなはずはないよ。少し寝不足気味ではあるんだけど。いつも洗濯を取り込んだ後に、十五分程昼寝を中庭でしているし。でも、外で寝たのがいけなかったのかな」
そう言いながら、さりげなくノアの側から離れようとした時だった。
「もしかして、毎晩ザックが無理に抱いているんじゃないか?」
「はい?」
私の腰の後ろに手を回したままノアが身を乗り出してきた。
「ザックの性欲をそのままぶつけられて体がついていけないんじゃないか? あいつおかしいぐらい盛るだろ。それに無駄にしつこいし」
「む、無駄にしつこい」
ノアが凄い事をサラリと言う。
そういえばノアもザックもこの手については実にストレートに表現するんだった。
私は返す言葉がみつからず顔を赤く染めてしまった。
「疲れているなら嫌ってはっきり伝えろよ? あんな絶倫馬鹿はところかまわず求めてくるだろうし、真に受けて毎回相手をしていたらナツミの体が壊れるぞ」
「は、はぁ」
ノア……よくご存知で。
ノアが私の頬を片手で撫でながら力説してくる。
「そうじゃなくてもザックのヤツは意識が飛ぶまで追い詰めるだろうし。あいつサドっぽいところがあるだろ?」
「あの、ノア」
「うん?」
「何でそんなにザックのエッチの事詳しいの?」
「……」
急にノアが口をつぐんで無表情になった。それからフッと視線を逸らしてしまった。
何なのその態度? あっ、もしかして。
私はある考えにたどり着き息を呑んでノアを見上げた。ノアの両腕のまくったシャツの袖を握りしめる。
「もしかしてノアがそんなに詳しいのは、ザックとエッチした事があるとか──」
「ああ、昔はな」
「えぇっ? 昔って!」
「ザックと俺とでな。女に頼まれたら、な。二人で一人の女の相手をしたり、複数人を相手にしたり。だからザックがどんな風なのかぐらいは……って、言わせるなよ」
言ってからノアは恥ずかしそうに頬を染める。今更そんな事で頬を染められても困る。
「はぁ~ビックリした男性同士でも大丈夫って事なのかと」
「はっ? そ、そんなわけないだろう! 気持ち悪い事を言うなっ。ないぞ、絶対ないからな」
ノアが青い顔をして唾が飛ぶほど叫ぶ。王子様の雰囲気も台無しだ。
「でも、それはそれでどうなの。過去の二人はどれだけ乱れた性生活を送っていたの」
「男は誰でもやりたくて仕方ない時期があると言うか。いや、そうじゃなくて裏町でいた時は生きていく為に色々あって。まぁそれは言い訳だが……」
ノアが顔を青くして喚いたり落ち込んだりしているその様子がおかしくて、私は気が抜けて笑ってしまった。
「プッ……アハハハ。ご、ごめん。アハ。アハハハ」
「はぁ。もう笑うなよ……プッ、ハハッ」
ノアもつられて笑っていた。
ひとしきり二人で笑い合ってようやく落ち着く。それから私は先程の黒いフードを身に纏った女性の言葉を思い出してしまった。
「ザックはマリンと寝た事があるのよ」
その言葉は私の心臓をわしづかみにしてしまう。
もう少し落ち着いて考えよう。
私の気持ちが落ち着かないうちにノアやザックそしてマリンに尋ねたら、私自身が今みたいにパニックになるかもしれない。
溜め息をついてから私はノアから離れ様としたその時だった。
ガタンとドアの音がする。
「ナツミ、ノア。何で……」
ゴミ捨て場付近のドアを開けて顔を青くし呆然と立っているマリンがいた。
オーガンジーのヒラヒラした衣装の裾を握りしめている。装飾が施された揺れると音がする銀細工のベルトがシャラシャラ音を立てていた。濃いブルーのブラジャーは大胆にV字にカットされていて、胸元の胸の膨らみに沿って、銀色に輝く装飾がされている。
フワフワの綿菓子に似た緩くウェーブしたプラチナブロンドが肩から滑り落ち、美しい瞳がこの上なく不安に揺れている。
「何で、何で抱き合って?」
マリンの今にも泣き出しそうな声に、ノアと私は自分達の状況を確認する。
ノアの手が私の後ろ腰に回ったままだし、そういう私はノアのまくったシャツを握りしめている。それは抱きしめ合っている様に見える。
私達二人は弾かれる様に飛び退いた。
「ちちちちが、ちがっ違う。マリン!」
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「え?」
目の縁に涙を溜めていたマリンがそのノアの焦り様に再び固まった。
「そうだよ私が倒れそうだったのをノアが助けて」
ぐぅ~
そこで例の如く私のお腹が大きく鳴った。
何でこのタイミングで鳴るの?!
「「え?」」
マリンとノアが私のお腹に注目する。
「実は私がお腹が減ってしまって力が出なくなったのを『ぐぅ~』」
ノアに助けてもらった。と、言おうとしても返事をするのは私のお腹だった。
ノアがポカンと私を見つめていたが私が喋ろうとするとお腹が鳴るので、とうとう吹き出して笑いはじめた。
「あっはっはっ! 何だナツミ腹が減って力が出ないって、それで足が震えていたのか?」
ノアは自分のお腹を抱えて笑いながら私を指差した。
「そ、そうみたい?」
私は自分の「ぐぅ」と鳴るお腹をさすりながら呟いた。
「そういえば……ナツミ、ご飯は食べた? ジルさんの話があった後、確か夕方忙しくなる前に中庭で昼寝していて食べ損ねたんじゃないの?」
マリンがこぼれそうだった涙を拭いながら私に聞き返した。
「そうだった……」
おにぎり騒動の後何も食べていない事を思い出した。
それでは、力が出ない状態になるのも仕方がない。
しかしおかしいなぁ。黒いフードの女性を見た後から途端にフラついた様な気がしたのだけれど。
そうだ、医療魔法を使った後みたいに。だけれど、傷を治すとか何もしていないよね?
あの女性が確か──
「私の暗示が効かない? そんな……医療魔法で跳ね返す力も備わっていると言うの?」
そんな事を呟いていた様な気がするけれど、私に何かしようとしたのだろうか?
暗示って言っていた様な。それを阻止しようと私の医療魔法が発動した?
私は途端に怖くなりブルリと震えたが、同時に「ぐぅ」と、お腹が鳴ってしまう。
何とも緊張感がなく締まらない。
「ハハハ、ハー。笑った。ナツミは面白いなぁ……心配しただろ、ほら早く入って飯を喰え。プッ」
ノアは笑って一段落ついたのに、やはり吹き出しながら、私の腕を掴んで暗い路地に面した『ジルの店』のドアまで引っ張った。
「ほら、マリンも入れよ。二回目の踊りの後だろう? 踊り終わった当事者がこんな路地で何をしているんだよ。多分皆がお前の事を探しているぞ。さぁ入ろう」
「うん……」
左手に私の腕を。そして、右手でマリンの背中を押しながらノアは店に入る様に促した。
マリンごめんね。ノアは助けてくれただけなのだよ。
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