【R18】ライフセーバー異世界へ

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089 たくさん泣いた日 その2

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 ザックは一度時間泊の部屋に戻っていた。窓を開けていたがバケツをひっくり返した様に降りはじめた雨に驚いて窓を閉じた。恐らくこの大雨が終わると短い雨季も終わるだろう。

「最後の大雨かねぇ」
 ザックは一人呟く。それはまるで今の自分とナツミの様子を物語っている様で、何となく嫌な気持ちになった。

 土砂降りの雨が示す意味は停滞。

 恋人になってネックレスを贈り、正式に恋人になった俺とナツミ。
 一緒にいるのが楽しくて仕方のない時期のはずなのに、何故かナツミは毎晩夢にうなされている。朝方飛び起きる前に、良く口にするのが人の名前だ。

 シュウ、ハルミ、どちらも聞いた事がない名前だ。最初はこの二人の名を繰り返し発していた。もしかするとナツミがいた世界で関係している人物だろうか。ハルミという名前はナツミと発音が似ている事から女の名前なのだろうか。

 シュウという名は男なのか女なのか分からない。しかし、ナツミのシュウと名を呼ぶ前後の台詞から考えると男の様な気がする。しかもナツミと縁の深そうな。気になって仕方がないが悲鳴を上げて飛び起きるナツミの姿を見ると理由を聞くのがためらわれる。涙を流さず震えるナツミを抱きしめると安心する様だが、眠れず朝を迎えるといった事を繰り返している。

 そしてとうとうノア、マリン、ザック自身の名前を口にする様になった。どんな夢を見てうなされているのだろうと思っていた。
 だが、その夢の内容も今朝のナツミが口走った台詞で理解した。

「マリン、お願いザックと抱き合わないで!」

 ナツミがそう言って飛び起きていた。その台詞を聞いてザックは心臓を掴まれた様な気がした。

 もしかして、ナツミは俺とマリンが過去に関係している事を知っているのか? その事実を知っているとしたら当事者である、ザックかマリン後はジルぐらいだろう。本当にナツミが知っていてうなされているとしたら、それは誰から知ったのだろう? 

 最後に事実を知っている残る人物はノアだけだが。ノアがその話をするだろうか?

「いや。それはないだろう」
 ザックは一人呟きながら締め切った暗い部屋で首を振る。

 ノアは俺とマリンが昔関係を持っていた事を知っていると言っていたが、特にその事を吹聴するような事、ナツミに告げ口する様な事はしないだろう。
 むしろナツミの心が折れてしまわないか心配をしていた位なのに。そんなノアが告げ口の様な真似をするだろうか?

 窓を閉め切ったせいで、部屋が暗闇になった。時間泊の部屋の灯りを全て灯して出来るだけ明るくしてみせる。

 視界が急に明るくなったので目の奥がキュッとなる。明るさについて行けず瞳を細めた。

 その時にふと思う。

 そういえばノアはどうやってその事実を知ったのだろう。
 突然告げられたので誰に聞いたのかを追及しなかったが。
 マリン自身から聞かなければジル? そんなはずはないだろう。ジルも同じ様に口を閉じている。
 では第三者が教えた? その第三者とは誰なのか。
 
 そこまで考えを巡らせた時だった、時間泊の部屋の扉を誰かがノックする。

「ザック、いる?」
 渦中の人物であるマリンだった。

 珍しいな。意識してなのかマリンはザックと二人きりになる事を避ける傾向に元々ある。
 それなのに、わざわざ部屋を尋ねてくるとは。

「ああ、開いてるぜ。何か用か?」
 マリンに入る様に促すと、マリンはドアを開け廊下の左右をキョロキョロ見回してサッと身を滑らせて部屋に入った。そして後ろ手にドアを閉める。鍵はかけていない様だ。

 それでは悪い事をこれからする様な態度ではないか。ザックは苦笑してしまった。
 締め切った窓に背をもたれかける両腕を組んでザックは尋ねた。
「どうした? 何かあったか」

 マリンはドアノブを後ろ手に握りしめたまま、柔らかくウェーブのかかったプラチナブロンドを垂らし、切羽詰まった様な面持ちでザックを見つめる。
 こんなに思いつめた顔を見るのははいつぶりだろう。

「ザック。お願いだから、ナツミにを話すのは止めて」
 マリンは掠れた声で絞り出す様に話しはじめた。
「あの事って」
 ザックはたった今考えを巡らせていた事に触れられて驚くがとぼけてみせる。
 マリンと再会した時も素知らぬ顔をされ、絶対に触れてこようとしなかった。ザックもそれを暗黙の了解として、いつしか二人の秘密となった。

 当時15歳のマリンと、18歳のザック。二人が出会って男女として抱き合った事を。

 だが、それももう限界だ。秘密を心に閉じ込めていたつもりだろうが無理だ。

 ザックのとぼけた言い方に、マリンは焦って早口になる。
「だから。私とザックが初めて出会ったあの日、助けて貰う代償に体を差し出した事よ!」
 初めてマリンの口からあの事が告げられた。
 マリンはドアから離れるとスタスタと歩いて、窓際のザックに詰め寄る。

「ああ。ずっと秘密にしていた昔の事だよな。だけどな、もう無理だ」
 ザックは無表情でマリンと向かい合う。逞しい背中を壁にもたれかけ直して、長い足を組んだ。両腕は相変わらず胸の前で組んだままだ。

 ザックの突き放す態度に、マリンは泣きそうになる。

「何で無理なの。お願いだから絶対に言わないで。私は何も、ノアに愛想をつかされるだけじゃなくて、ナツミからも嫌われてしまう。そんなの絶対に嫌なの」
 最後は懇願するか細い声だった。
 マリンは珍しく取り乱し、ブルーの宝石の様な瞳から涙がこぼれ落ちた。
 そしてザックの前で組んだ両腕を掴んで体を揺さぶろうとする。相手は鍛えた軍人だびくともしない。マリンは次にザックの腕をポカポカと叩く。だが手が震えていて力がこもっていない。

「大好きな二人に嫌われたら生きていけない。空っぽで何の価値もない私が、そんな事になったら。こんな酷い女だって知ったらきっと二人は。大切な二人なのに!」
 マリンはそこまで言い切るとザックを叩くのを止めて見上げる。

 きっと酷い事をしているのは私の方。分かっている。
 ザックとノアは親友のはずなのに二人の友情を壊す様な事になっている。
 そしてナツミは、私にはないものをたくさん持ってそれを惜しみなく周りに与えてくれる。そんな素敵な彼女に、ザックに処女を差し出した等と言えない。

 優しいナツミとこれからも一緒にいたい。ただそれだけなのに。

「そんな悲しい事を言うな」
 ザックは優しい言葉をかけてくれるが表情は無表情から厳しいものになっていた。眉を上げてマリンを見ずに真っすぐ目を逸らさないでドアの方を見つめている。
 それからひと言こう告げた。

「真実を知らされないってのはさ、幸せな時もある。だけど、相手を傷つける時だってあるんだぜ」
 そうしてザックは先程までマリンが立っていたドアを指差した。
「え?」
 マリンは緩くウェーブのかかったプラチナブロンドを揺らしてゆっくり振り返る。

 マリンは声を出せずに目を見開いた。

 そこには──ドアを開けて立っていたナツミとノアが目を見開いて立っていた。

「そ、そんな」
 マリンが涙の筋が残った顔を真っ青にして、その場に腰を抜かした様に座り込んだ。




「それは本当なの?」
 私は声を絞り上げる様にして顔を歪ませた。
 何故か笑う癖がついていて、今も口角が変な角度で上がろうとしていた。

 馬鹿、笑うな私。
 それでは、お姉ちゃんとしゆうの浮気現場を発見した時と同じではないか。
 私は二度と同じ事を繰り返さないためにもう一度口を真一文字に結んだ。

 誤魔化すのは駄目だよ私。本当の気持ちを伝えなくては。

「ナツミ。入るんだ」
 硬直する私の背中をノアに押され、ドアの外から部屋の中に押し込まれた。
 ノアも一緒に体を滑り込ませると後ろ手でドアの鍵をガチャリと閉めた。これで部屋が密閉され話し声や叫び声は聞こえない。

 私は押されて、つんのめりそうになったが慌てて体を起こした。
 ゆっくりとへたり込んだマリンの側へ歩みよる。

 雷鳴が轟いている。雨が土砂降りなのが防音された部屋なのに聞こえる。
 それだけ大雨なのだろう。

 私が二歩進んだところで、背をもたれかけているザックが口を開いた。
「本当だ。俺が18で、マリンが15歳だった時初めて出会って、その日に抱い」
「止めて! ザックお願い」
 ザックが話しはじめたが、マリンが首を左右に振り遮った。

「マリン」
 もう少しで手の届くところにマリンが座り込んでいる。私が名を呼ぶとマリンは肩をびくりと震わせて開いた口を慌てて閉じた。綿菓子の様なプラチナブロンドが壁を作っていて俯いた表情を知る事が出来ない。

 マリンへ向けた視線を真っすぐザックに移した。ザックは組んだ両腕を解いて、もたれかけていた背を伸ばし真っすぐに立った。
 前髪の向こう側に、二重の少し垂れた瞳が見える。濃いグリーン色の瞳は揺らぎない。
 真っすぐ私を見つめている。

 この目は嘘を言わない目だ。

 知らされた事実はずっと悩んで聞けなかった事だ。怖くて怖くて聞けなかったのに。
 何故だろう、ザックの瞳を見ているとどんな事実も受け止めようと覚悟が決まった。

「教えてザック。真実を」
 自分の声が揺るぎなかった事に驚いた。きっとこれもザックのお陰だろう。
 ノアがいつか言っていたな。私は直進馬鹿だって。そうだね確かに。
 これから聞く話がどれだけ自分を傷つけるか分かっているのに。

 しかしこれが私なのだ。
 
 私と視線を合わせたままのザックは、私のしっかりした口調に頷くとゆっくりと話しはじめた。

「マリンは旅をしながら踊りを披露する集団にいたんだ。俺が軍学校に入る直前、18歳だった時『ファルの町』を訪れたんだ」
「え」
 マリンは『ファルの町』の出身ではなかったのか。私は驚いてへたり込んで俯くマリンのつむじを見つめた。マリンは肩を震わせて両手を床についたままだった。
「続きを話してくれ」
 ノアが私の左側に並ぶ。私と同じ様に目の前でへたり込むマリンを見つめていた。そのアイスブルーの瞳が少し揺れていたが強い意志を持っていた。決してマリンをなじる様な視線ではない。

 ノアは知っていたのだろうか。この事を……だってノアの視線は冷たいものではない。
 ノアの言葉にマリンはビクッと体を震わせるが、相変わらず顔を上げてくれなかった。

 ザックはノアの言葉に頷いて話を続けた。
「マリンは今でこそ『ジルの店』の看板踊り子だが、当時のマリンは15歳と言っても、踊りは得意ではなくその踊り子集団の中でも下っ端だった。身長は今とあまり変わらないが、今よりずっと細くて女性と言うよりも少女といった印象だった」

 意外だ。
 昔から踊りが得意だったのだと思っていた。さらに、少女ってマリンは発育が遅かったのだろうか。しかしきっと美少女だったんだろうな。

「この踊り子集団の中に随分と悪さをする男の踊り手がいてな。たどり着いた町で踊り子の男や女を使い体を売らせる様な事をしていたのさ。しかも薬物つきでな」

「え」

 ザックの物騒な話に私は驚いて声を上げた。

「何だって。そんな事あったか?」
 それはノアも同じ様だ。
 そうかノアもその時期に「裏町」で生活していたはずだ。心当たりがないのだろうか。

 そのノアの声にマリンがピクリと反応した。
 ザックが説明を続ける。

「ノアも15歳だったな。お前は裏町で完全に寝泊まりしてなかっただろ? 俺とはよく連む様になった時期だけどな。俺がマリンと出会った後だな。お前が完全に裏町に住みつく様になったのは」
「そういえば。15歳の頃はたまに実家に呼び戻される事も多かったしな」
「それで、とうとう体を売られそうになったマリンが命からがら逃げてきたのが俺の住んでいたところだったんだ」
「何て事……」
 予想以上に物騒な話に私はポカンと口を開けてしまった。

 とても私の住んでいた日本では考えられないハードな現実。マリンはこの事を隠したかったのか。

 するとマリンがボソボソと俯いたまま話しはじめた。
「私は知らなかったの。自分の属している旅の集団にそんな事をする人がいるなんて。丁度一緒に旅をしていた父と母を病気で失った直後だったから。守ってくれる人がいなくなった私に目をつけたんだと思う」
「マリン……」
 私はマリンにそっと近づいて片膝をついた。マリンの細い肩に手を添えた。するとマリンは涙の跡がついた白い頬を震えながら上げた。
 怖がりながらも私に視線を合わせて鼻水を一つすすった。ブルーの瞳から次から次へと涙が溢れていた。
「無理矢理だったわ。知らない男に抱かれろと言われて。金を貰ってこいって。そんな事した事もないのに。怖くて怖くて乱暴されそうになってビリビリに服も破けたのに。半裸になった体で知らない『ファルの町』を走って。たまたまたどり着いた家がザックの隠れ家で──」
 当時の事を思いだしたのかマリンは体を震わせてボタボタと涙を流した。嗚咽を漏らしながら言葉が繋げなくなる。
 何て残酷なのだろう。誰にも抱かれた事のない女の子ならさぞ恐ろしかっただろう。

 ザックが続きを語りはじめる。
「俺がその頃どうだったかと言えば、知っての通り女を抱いて、喧嘩に明けくれる毎日でな。驚いたぜ知らない子どもが飛び込んで来て助けてくれと言うからさ」

 それからザックはマリンをかくまう事になる。探しに来た踊り子集団の男もいたが、『ファルの町』の裏町でボス的な存在だったザックの前では太刀打ち出来ず。数日後、諦めてマリンを残したまま『ファルの町』を去って行った。

「マリンを捨て置いてでも、去らないといけない状態になったんだろうな」
 ノアは自分の口元を拭いながら溜め息交じりに呟いた。
「ああ、結構派手に体を売って荒稼ぎしていたからな。まぁ、この話は軍人の耳までには届いていなかったと思うが。と言うか軍人なんかにバレた日には直ぐ捕まるだろうし」
 ザックが溜め息をついた。

「ザックは……私みたいな子ども興味がないと言っていて拒否をしたけれど。何の見返りもなくかくまってくれるザックに、私は体を差し出したの」
 何度も途切れ途切れに話をするマリン。私は無言で話を聞いていた。

「あいつらがこの町から去った後、私はザックに連れられて『ジルの店』で働く事になったの。だけど……踊り子としては何もした事のない私は全く役に立たなくて。毎日毎日ゴミ捨て場のある路地で一人めそめそ泣いていたの。それを勇気づけてくれたのが、たまたま通りかかったノアだった」
 やせっぽちだったマリンと同じ様にやせっぽちだったノアが出会って恋をして。
 軍人になって再会した時には隣にザックがいるとは思わなかった。二人が親友だとは知らなくて、マリンはとっさにザックに対して知らない振りをしてしまった。

「そんな過去があるという事をノアに。そしてナツミに知られたくなくて」
 そこまで言ってマリンは涙を床にこぼして静かに泣きはじめた。美人のマリンが鼻水も涙も関係なく泣き崩れる。

 『ファルの町』の住人達は、裏町に住んでいる人達は特に、私には想像が出来ない貧困や暴力の中で必死に生きてきたのだな。
 マリンもそんなに辛い体験をしていた事があるなんて。

「ザックには当時、恋愛感情はなかったけど。単に守って貰いたくて必死に体を差し出した行為がこんな事になるなんて。それに、ナツミは色んな事が出来て凄くうらやましくて。色々自分と比べてしまって」
「え」
「元々何にも持っていない私が、ナツミやノアと一緒にいる為には、踊るしか能のない私が、こんなに役に立たないのに。ただ、酷い汚い女だって思われたくなくて。もう一度ザックに話さないでって、お願いしようと思って」
「……」
 それでこの部屋を訪れていたのか。

 私はようやく全ての話が分かって溜め息をついてしまった。

 すると、私の隣にノアが同じ様に跪き、マリンの頭を撫でた。
「ノア……」
 ビクつきながらマリンは顔を恐る恐るノアに向ける。

「マリン実はな。俺はその事実を一年前から知っていたんだ」
「「え!?」」

 私とマリンが二人して声を上げる。ノアはその狼狽する様子に軽く笑った。

「し、知ってたって……」
 マリンが鼻水をすすりながら呟く。涙声で震えている。
「初めて知った時は、そうだな。辛くて悲しくてどうして教えてくれないのだろうとお前達二人を恨んださ。もしかして二人は今も関係をしていて俺を馬鹿にしているのかもしれないとかさ。だけど俺はマリンが好きで仕方ないんだ……」
 ノアはポケットから白いハンカチを出してマリンのぐちゃぐちゃになった顔を拭く。当時の気持ちを振り返りながらノアが長い睫毛を伏せた。

 そうだ、私もそれが気になっていた。もしかして今も二人は関係しているのじゃないかと邪推して変な夢を見るにまで至っている。
 それはお姉ちゃんであるはると元カレのしゆうがそうだったのもあるのだが。

「今も関係しているなんて! それはない。俺がマリンと関係したのは、初めて出会ったあの日、かくまった時だけだ」
 ザックがはっきりとした声で私とノアに言った。
「……ほんとだね」
「ああ。本当さ」
 私の問いかけにザックは真っすぐ私の目を見て強く答えた。信じてほしいと、瞳が訴えている。口に出さないのは私の気持ちを考えてなのかもしれない。

 私は全ての謎が解けて心の中の氷の様な塊が溶けて行くのが分かった。

「……うん。よし。分かった!」
 私はそう力一杯呟くと、ニッコリ笑ってマリンの涙を拭っているノアの手を制する。ノアは、思いも寄らない元気な声に目を丸くしていた。

 私はマリンのほっぺたを左右に引っ張った。
「いひゃい(痛い)」
 マリンのほっぺたは柔らかくって弾力があり、思ったより伸びた。
 ふふ。変な顔だ。
 それから伸びたほっぺたを両手でパチンと叩く様に挟んだ。マリンの口はタコの様になって目の前の私の顔を吃驚して見つめている。

「マリン、自分は何にも持ってないなんて言わないで」
「!」
「私はマリンが何も持っていないなんて思った事ないよ」
「にゃ、にゅみ」
 多分「ナツミ」と呼んでいるのだろうが、頬を挟まれて話しているのでマリンはまともに話せない。私は精一杯微笑んでマリンの顔を覗き込んだ。

「だってマリンがあんなに素敵に踊れる様になるまでどれだけ努力したか、言わなくても分かるよ」
「……」
 マリンの瞳から再び涙が溢れた。
「私はさ、マリンが羨ましくて凄いって思ってる。皆がうらやむ美貌と体型を持っていて。後は結構おっちょこちょいで。何にでも挑戦したがりで。結構負けず嫌いなところがあるって知っているよ」
 私はマリンの両頬をおさえている手を離してふわりとマリンを抱きしめた。
「ナツミ……ふぇ」
 マリンが声を震わせる。
「辛い事を話してくれてありがとう。ずっと一人で抱えて辛かったね。でもさ、過去の事は過去の事だよ。嫌いになったりなんてしないよ」
 そのひと言を聞いて、マリンも私に抱きつく。
「ナツミ、ノア。ごめんなさい! ごめんなさい! ううっ……」
 マリンがしゃくり上げながら再び泣きはじめた。
 その様子を二人の男が深い溜め息をつきながら見つめていた。

 ノアはマリンの辛い気持ちを初めて受け止めた様な気がした。後でたくさんマリンを抱きしめたいと思っていた。

 きっとノア一人だけだと受け止められなかった。一年前初めてその話をから聞かされ荒れた。その時に本人達から事実を聞いたとしてもきっと受け入れられなかっただろう。

 ナツミの強いまっすぐな気持ちに触れる事がなければ、ザックの黙っていた優しさにも気づけず、きっと恨んだままで二人との関係を終わらせていたかもしれない。

 ノアは改めてマリンを抱きしめるナツミの背中を見つめて感謝をした。

 気がつくと外の雷鳴や大雨の音も小さくなっていた。
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