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お風呂場の内緒話 ~隣の芝は青い~
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「ああ、気持ちがいい。一番風呂ってもの凄く気持ちがいいんだね」
「ナツミは初めてなのね最初にお風呂に入るの。私も久しぶりだから」
「マリンはよく一番風呂に入っていたの?」
「ええ、昔はよくね。お店に出ても上手く振る舞えないし、踊りも下手くそでね。失敗ばかりした頃の事よ。最後はジルさんに叱られて慰めてもらった後に、必ず大浴場の掃除を言われるの。きっと、一人で気持ちの切りかえが出来る様に時間をくれたのね……」
「そうだったんだ」
桧の様な香りのする浴槽は木造なので手入れが必要だが、いつも綺麗なのは『ジルの店』の皆が一生懸命掃除や手入れをしているからだろう。手入れの裏にそんな話があるとは。
約二時間の時間をかけて、従業員用の大浴場を磨いて汚れを落とす。男性側が使う大浴場を掃除してから、女性の大浴場を掃除する。
マリンと二人ひたすら無言で、洗い場や壁の汚れを磨きながらそれぞれが今までの出来事を思い起こして気持ちの整理をしていた。
最後に浴槽にお湯を張って終わると、掃除をしたご褒美に一番風呂を楽しんでいる私とマリンだった。
よく考えたらマリンと二人きりでお風呂って初めてかも。ミラとは何回か入っているけれども、マリンとはすれ違いが多くて一緒に入った事がなかったなぁ。
全てのわだかまりが解けての一緒に入浴って何だか恥ずかしい。私は複雑な思いで隣に座るマリンをチラリと盗み見た。
マリンはフワフワのプラチナブロンドを高く結って、お団子にしていた。
ゆっくりと細い指でお湯をかき混ぜ、自分の肩に流している。それから首筋をスッと撫で自分の首を耳元から鎖骨にかけてマッサージをしていた。
マリンの顔は、先程泣きはらした事でほんのりと目尻や鼻が赤い。元々透き通る様なしみやそばかすが一つもない肌なので赤い色がほんのり色っぽい。
腕も足も細くしなやかなのに、太股やお尻、そして乳房は程よくふっくらとしていて女性から見ても嫌味のないスタイル。羨ましい限りだ。
見惚れるってこういう事なのだろうな。気がついたらチラチラ見るどころか私はジッとマリンの横顔や体を見つめていた。
それはマリンも同様で私の事をジッと見つめている。
「ナツミって凄く綺麗な体つきで羨ましいわ。その肌の色は日焼けだったのね。でも凄く綺麗に日焼けしているし……その、泳ぎを教えてもらっていた時も思ったのだけど。水着の隙間から見えている肌は凄く白いのね。黄色っぽいけど何だかおいしそう……」
「えっ。おいしそう?!」
見目麗しいマリンが私を褒めてくれた事にも驚いたが、最後に「おいしそう」と付け加えられて声をひっくり返して驚いた。
マリンは私の日焼けをしていない胸の辺りをジッと見つめている。
「だってナツミの肌ってスッゴく吸いつく様な感触なのに、その上、乳房の辺りだけその白いから強調されている様で。女の私でも何だかかぶりつきたくなると言うか……」
マリンが何故かうっとりしながら私を見つめた。右の頬に掌を当て少し傾げる。濃いブルーの瞳が潤んでいた。
「や、やだなぁ照れるよ。褒められた事なんてないからどうしていいか分からないよ。大体その肩の辺りとか筋肉が大きいから、ゴツいって言うか」
水泳選手だったので比較的他のアスリートとは違い、うっすら脂肪がついているのだが。それでも肩の部分はゴツいという印象だった。最近では選手生活からは遠のいているので、筋力も大分落ちたのだが。それでも華奢という言葉からは程遠い。
「そうかしら? 全身を見た時に凄く踊りに向いている様な体型だなって思っていたけど。泳いでいる姿を見た時も思ったのよ。柔軟性があるなぁって。海の中で踊るのもいいかもね。……でも、おいしそうっていうのは、何だか酒場に来る男性の発想よね。ふふふ」
マリンは冷静に私の事を分析していた。そして、最後自分の言った言葉に照れくさそうに笑った。
「あははは。踊りねぇ……リズムに乗るのが下手くそだからへっぴり腰になっちゃうんだよね。きっと見たら笑うと思うよ。そうだ今度マリンに教えてもらおうかなぁ。驚くぐらい下手くそなんだよ私」
「いいわねぇ! 泳ぎを教えてもらえる代わりに、今度は私が踊りを教えるっていうの」
マリンが水面に両手を出してパンと叩いたら水しぶきが立った。すると水面が波打ちマリンの胸が半分ほど見える。白くて丸い柔らかそうな乳房が見えた。二人でひとしきり笑い合った後改めて浴槽の縁に体を預ける。
高い天井を見つめながら私は溜め息をついた。
「マリンこそ、本当に美人で全てが美しいね。私のお姉ちゃんもね……マリンみたいな美人だったから。二人共、羨ましくて仕方ないよ……」
私は天井を見つめる瞳を閉じ呟く。
綿菓子の様な髪は撫でるだけで柔らかい。女性だと意識せざるをえない。
丸みを帯びた体つきは、抱きしめると壊れてしまいそうで。
どうして私は対極に生まれついてしまったのだろう。
いつだったか、姉のワンピースのお下がりをもらった。
同じ身長なので、着られると思ったのに肩幅が全く合わなかった。そもそも、骨格が彼女らと同じ位置にいる事を許してくれない。フリルのついた可愛いワンピースも、タイトなタイプのワンピースもどれも自分には似合わないと思えてしまう。
「私は私なのにね──だから、マリンが褒めてくれて凄くうれしかったよ」
私は笑いながら目を開いて隣のマリンをそっと見つめた。すると、マリンが私に向き直っていて間近にジッと見つめているので驚いて仰け反った。
思わずもたれていた浴槽の端から滑り落ち、ドボンと頭からお湯をかぶってしまった。
「ぷはっ! び、びっくりした。どうしたのマリン?」
「私ね。ナツミが現れてから、ずっとナツミと一緒にいるけれども。ナツミのやる事全てに驚くばかりで。ずっと「面白い」「楽しいな」って思っていたの」
マリンが浴槽に浸かったまま正座をして、私に詰め寄る。お団子に結った髪の毛からポタポタと雫が落ちている。
「う、うん……」
私もマリンの真剣な眼差しに思わず正座をし、マリンと浴槽内で向かい合う。
「ナツミと一緒にいると凄く楽しくて、仲良くなっていくのがうれしくて。でも、ふとした時、ナツミの周りにたくさんの人が集まる様になっている事に気がついて」
そこでマリンが言葉を切る。水面をジッと見つめていた。それから今度は水面の中の正座をした自分の膝を見つめていた。
「特に別荘で酔っ払ってノアに意見を言った時とか、トニに向き合って自分の考えを言っていた時とか、凄く格好良くて素敵で!」
「う、うん」
酔っ払った時の事は是非忘れてほしい。私は心の中で苦笑いをした。
「ああ……私もそんな風に言えたらいいな、考える事が出来たら良いなぁって。ずっと思っていた。そう考えると「どうしたらナツミの様になれるのかな」ってナツミと接する度に思う様になって」
「え」
私は驚いてしまった。
こんなにみんなに人気があるマリンが私の様になりたいと思うなんて。
マリンが湯船の下にある手を正座した足の上で拳をつくる。それから海の底の様なブルーの瞳を細める。
「ナツミの周りに人が集まって。例えば、路地にいつも現れる二人もそう。ノアなんてあんなに楽しそうに笑う様になって。笑い方がね、みんな本当に楽しそうなの。心を許している様で、開いている様で。それを見ると、ノアがどんどん遠くに行ってしまう気がして不安になって……」
「そんな事ないよ」
だってノアはずっとマリンを想っていた。それだけにノアとザックの関係を知って苦しんだのだろうが、それでもザックの側にマリンの側にいた。
「うん。分かっているんだけどね。さっきジルさんが言っていた、オーガさんが「好きすぎて」真似をするって話があったでしょう? 憎しみに変わったって。私もそうなりかけていたのかもしれない……」
「マリン」
マリンが顔をあげて困った様に細い眉を垂れさせた。それから首を傾げて薄く微笑んだ。
「今日ナツミとノアに本当の事を伝えて。私が酷い女だって分かっているのに、ナツミが私を抱きしめて私の事を認めてくれた時、やっぱりナツミが大好きだなって。その時に素直にナツミの事が羨ましかっただけなんだなって。私の憧れなんだなって思えたの」
そう言ってマリンは、私の両手を湯船の中で握りしめる。
「だからナツミのお姉さんも、もしかしたら同じだったんじゃないかなって」
「お姉ちゃんが? そんな……お姉ちゃんの方がずっと人気があって凄かったのに」
私はマリンの発言に目を丸めてしまった。
まさか、そんな馬鹿な。
誰もが羨む憧れの姉が、私を羨ましいなんて事ありえない。
マリンは首を振って私の手を握りしめる。
「羨ましいと思う気持ちは人それぞれだから、人気があるからというのは関係ないと思うわ。羨ましすぎて姉さんは、ナツミになりたかったのかも。だから、その、ナツミの彼を──」
そこまでマリンは言って言葉を切った。それ以上、口にするのをためらったのだろう。
お姉ちゃんは私が羨ましくて通り越して憎くなり、私になりたくて秋を奪ったって事?!
私はマリンの推測に呆然としてしまう。そんな事を考えた事、一度もなかった。
口を開けたまま呆然としてしまう私を、マリンは下から覗き込んで寂しそうに笑った。
「だからといって姉妹のいい人を奪うなんて、許される事ではないけれども。今頃、ナツミがいなくなって凄く後悔しているかもしれないわ」
この『ファルの町』に来て久しぶりに見た夢は散々だった。
お姉ちゃんの春見は秋と一緒になって「自分達のせいで私が消えたと思われたくない」と保身に走る話をしていたけれども。
その裏側にマリンが言う様な気持ちが隠れていたならば。
大好きだったお姉ちゃんの本心がそうだったのであれば。
私はそこで首を左右に振って、それから微笑んでマリンに向き直る。
お姉ちゃんを許せるとは、今はまだ言えない。許すって難しい。
お姉ちゃんの本心は『ファルの町』に生きている私には知る術がないけれども──
「マリンがそう言ってくれて、何だか心が軽くなったよ。ありがとう」
私はニッコリ笑ってマリンの両手を握り返した。
「でも、私はそんなナツミのお姉さんに「ありがとう」って言いたいの。不謹慎で変な話かもしれないけれども」
「え?」
「だって、ナツミが違う世界から『ファルの町』に来てくれたのはお姉さんの事がきっかけでしょ?」
「まぁ、言われてみれば……」
盛大に落ち込んで自分なんてなくなってしまっていいと思っていたあの頃。
それからマリンがノアが他店の女性に入れ込んでしまったのではないかと、悩んで挙げ句の果てに殺されそうになって──考えれば滅茶苦茶だなぁ
私は漫画みたいな展開に思わず笑ってしまった。マリンもそんな私の顔を見て笑った。
それから、お互いのおでこをくっつける。天井から雫が垂れてきて冷たく二人の肩を濡らした。
「ナツミが来なかったら、きっと私とノアそしてザックの関係は、滅茶苦茶になっていたと思うの」
「そんな事ないよ。ノア、ザック、マリンの関係はそんな簡単に壊れたりしない」
マリンは私とおでこをくっつけたまま小さく左右に首を振った。幼なじみと変わらない三人だ。そんな事はないと思う。
「いいえ違うわ。皆それぞれ優しさを持っているけれども。私達を変えてくれたのはナツミよ」
「え?」
「ノアは一年前に私とザックの関係を知ったと言っていた。思い返せばその頃からザックと私への当たりがきつかった様に思うの」
「そうだったんだ」
そういえば出会った当初ノアは、私を監視するためにものにしろとザックに命令したのだった。それに従っていたのはザックだけれど、結局ザックがノアの言った通りにしなくて、怒って店に乗り込んで来たのだっけ。
「ノアが他の女性に気がある様な思わせぶりな態度をとったり。ザックにちょっとした命令をして意地悪をしたり。でもそれは、事実を他人から知らされたノアの苦しさの裏返しだったのね……そのままのノアだったらきっと本当の事を話して、謝ったとしても許してはもらえなかったと思うの」
マリンは瞳を閉じて長い睫毛を震わせる。
「そうね、ノアからしたら辛いよね。許すって難しいもんね」
ノアが別荘で裏切られたらどうするのか? と私に尋ねていたのはその事があったからなのかもしれない。
思いを貫くしかないと言った私も、実際ザックとマリンの話を聞いてとても苦しかった。
たくさん思い悩んだけれど、最後は向き合う事が出来た。私も今までの色々な経験がなければ心が本当に折れてしまうところだったかもしれない。
「だけどナツミに出会ってノアは凄く変わった。ザックも、もちろん変わったし、私も──変わらなきゃね?」
そう言ってマリンはニッコリ笑った。
「もう変わっているよ……」
私は同じように笑って呟いたがマリンは首を小さく振る。
「ううん。捕まえなくてはいけない奴隷商人の事もあるし、これから私はどんどん変わらなきゃ。だから、ナツミありがとう。ナツミが来てくれないと私はきっと生きていけなかったわ」
そう言って満面の笑みを浮かべたマリンに私は思わず涙が溢れた。
私を必要としてくれた人が「ファルの町」にいた。
ザックがノアが、マリンが私を必要としてくれた。
「もう、あんなに泣いたのに……また泣かせないでよぅ」
私は溢れてくる涙を、湯船に浸かりすぎてしわしわになった手で拭った。
「ナツミは初めてなのね最初にお風呂に入るの。私も久しぶりだから」
「マリンはよく一番風呂に入っていたの?」
「ええ、昔はよくね。お店に出ても上手く振る舞えないし、踊りも下手くそでね。失敗ばかりした頃の事よ。最後はジルさんに叱られて慰めてもらった後に、必ず大浴場の掃除を言われるの。きっと、一人で気持ちの切りかえが出来る様に時間をくれたのね……」
「そうだったんだ」
桧の様な香りのする浴槽は木造なので手入れが必要だが、いつも綺麗なのは『ジルの店』の皆が一生懸命掃除や手入れをしているからだろう。手入れの裏にそんな話があるとは。
約二時間の時間をかけて、従業員用の大浴場を磨いて汚れを落とす。男性側が使う大浴場を掃除してから、女性の大浴場を掃除する。
マリンと二人ひたすら無言で、洗い場や壁の汚れを磨きながらそれぞれが今までの出来事を思い起こして気持ちの整理をしていた。
最後に浴槽にお湯を張って終わると、掃除をしたご褒美に一番風呂を楽しんでいる私とマリンだった。
よく考えたらマリンと二人きりでお風呂って初めてかも。ミラとは何回か入っているけれども、マリンとはすれ違いが多くて一緒に入った事がなかったなぁ。
全てのわだかまりが解けての一緒に入浴って何だか恥ずかしい。私は複雑な思いで隣に座るマリンをチラリと盗み見た。
マリンはフワフワのプラチナブロンドを高く結って、お団子にしていた。
ゆっくりと細い指でお湯をかき混ぜ、自分の肩に流している。それから首筋をスッと撫で自分の首を耳元から鎖骨にかけてマッサージをしていた。
マリンの顔は、先程泣きはらした事でほんのりと目尻や鼻が赤い。元々透き通る様なしみやそばかすが一つもない肌なので赤い色がほんのり色っぽい。
腕も足も細くしなやかなのに、太股やお尻、そして乳房は程よくふっくらとしていて女性から見ても嫌味のないスタイル。羨ましい限りだ。
見惚れるってこういう事なのだろうな。気がついたらチラチラ見るどころか私はジッとマリンの横顔や体を見つめていた。
それはマリンも同様で私の事をジッと見つめている。
「ナツミって凄く綺麗な体つきで羨ましいわ。その肌の色は日焼けだったのね。でも凄く綺麗に日焼けしているし……その、泳ぎを教えてもらっていた時も思ったのだけど。水着の隙間から見えている肌は凄く白いのね。黄色っぽいけど何だかおいしそう……」
「えっ。おいしそう?!」
見目麗しいマリンが私を褒めてくれた事にも驚いたが、最後に「おいしそう」と付け加えられて声をひっくり返して驚いた。
マリンは私の日焼けをしていない胸の辺りをジッと見つめている。
「だってナツミの肌ってスッゴく吸いつく様な感触なのに、その上、乳房の辺りだけその白いから強調されている様で。女の私でも何だかかぶりつきたくなると言うか……」
マリンが何故かうっとりしながら私を見つめた。右の頬に掌を当て少し傾げる。濃いブルーの瞳が潤んでいた。
「や、やだなぁ照れるよ。褒められた事なんてないからどうしていいか分からないよ。大体その肩の辺りとか筋肉が大きいから、ゴツいって言うか」
水泳選手だったので比較的他のアスリートとは違い、うっすら脂肪がついているのだが。それでも肩の部分はゴツいという印象だった。最近では選手生活からは遠のいているので、筋力も大分落ちたのだが。それでも華奢という言葉からは程遠い。
「そうかしら? 全身を見た時に凄く踊りに向いている様な体型だなって思っていたけど。泳いでいる姿を見た時も思ったのよ。柔軟性があるなぁって。海の中で踊るのもいいかもね。……でも、おいしそうっていうのは、何だか酒場に来る男性の発想よね。ふふふ」
マリンは冷静に私の事を分析していた。そして、最後自分の言った言葉に照れくさそうに笑った。
「あははは。踊りねぇ……リズムに乗るのが下手くそだからへっぴり腰になっちゃうんだよね。きっと見たら笑うと思うよ。そうだ今度マリンに教えてもらおうかなぁ。驚くぐらい下手くそなんだよ私」
「いいわねぇ! 泳ぎを教えてもらえる代わりに、今度は私が踊りを教えるっていうの」
マリンが水面に両手を出してパンと叩いたら水しぶきが立った。すると水面が波打ちマリンの胸が半分ほど見える。白くて丸い柔らかそうな乳房が見えた。二人でひとしきり笑い合った後改めて浴槽の縁に体を預ける。
高い天井を見つめながら私は溜め息をついた。
「マリンこそ、本当に美人で全てが美しいね。私のお姉ちゃんもね……マリンみたいな美人だったから。二人共、羨ましくて仕方ないよ……」
私は天井を見つめる瞳を閉じ呟く。
綿菓子の様な髪は撫でるだけで柔らかい。女性だと意識せざるをえない。
丸みを帯びた体つきは、抱きしめると壊れてしまいそうで。
どうして私は対極に生まれついてしまったのだろう。
いつだったか、姉のワンピースのお下がりをもらった。
同じ身長なので、着られると思ったのに肩幅が全く合わなかった。そもそも、骨格が彼女らと同じ位置にいる事を許してくれない。フリルのついた可愛いワンピースも、タイトなタイプのワンピースもどれも自分には似合わないと思えてしまう。
「私は私なのにね──だから、マリンが褒めてくれて凄くうれしかったよ」
私は笑いながら目を開いて隣のマリンをそっと見つめた。すると、マリンが私に向き直っていて間近にジッと見つめているので驚いて仰け反った。
思わずもたれていた浴槽の端から滑り落ち、ドボンと頭からお湯をかぶってしまった。
「ぷはっ! び、びっくりした。どうしたのマリン?」
「私ね。ナツミが現れてから、ずっとナツミと一緒にいるけれども。ナツミのやる事全てに驚くばかりで。ずっと「面白い」「楽しいな」って思っていたの」
マリンが浴槽に浸かったまま正座をして、私に詰め寄る。お団子に結った髪の毛からポタポタと雫が落ちている。
「う、うん……」
私もマリンの真剣な眼差しに思わず正座をし、マリンと浴槽内で向かい合う。
「ナツミと一緒にいると凄く楽しくて、仲良くなっていくのがうれしくて。でも、ふとした時、ナツミの周りにたくさんの人が集まる様になっている事に気がついて」
そこでマリンが言葉を切る。水面をジッと見つめていた。それから今度は水面の中の正座をした自分の膝を見つめていた。
「特に別荘で酔っ払ってノアに意見を言った時とか、トニに向き合って自分の考えを言っていた時とか、凄く格好良くて素敵で!」
「う、うん」
酔っ払った時の事は是非忘れてほしい。私は心の中で苦笑いをした。
「ああ……私もそんな風に言えたらいいな、考える事が出来たら良いなぁって。ずっと思っていた。そう考えると「どうしたらナツミの様になれるのかな」ってナツミと接する度に思う様になって」
「え」
私は驚いてしまった。
こんなにみんなに人気があるマリンが私の様になりたいと思うなんて。
マリンが湯船の下にある手を正座した足の上で拳をつくる。それから海の底の様なブルーの瞳を細める。
「ナツミの周りに人が集まって。例えば、路地にいつも現れる二人もそう。ノアなんてあんなに楽しそうに笑う様になって。笑い方がね、みんな本当に楽しそうなの。心を許している様で、開いている様で。それを見ると、ノアがどんどん遠くに行ってしまう気がして不安になって……」
「そんな事ないよ」
だってノアはずっとマリンを想っていた。それだけにノアとザックの関係を知って苦しんだのだろうが、それでもザックの側にマリンの側にいた。
「うん。分かっているんだけどね。さっきジルさんが言っていた、オーガさんが「好きすぎて」真似をするって話があったでしょう? 憎しみに変わったって。私もそうなりかけていたのかもしれない……」
「マリン」
マリンが顔をあげて困った様に細い眉を垂れさせた。それから首を傾げて薄く微笑んだ。
「今日ナツミとノアに本当の事を伝えて。私が酷い女だって分かっているのに、ナツミが私を抱きしめて私の事を認めてくれた時、やっぱりナツミが大好きだなって。その時に素直にナツミの事が羨ましかっただけなんだなって。私の憧れなんだなって思えたの」
そう言ってマリンは、私の両手を湯船の中で握りしめる。
「だからナツミのお姉さんも、もしかしたら同じだったんじゃないかなって」
「お姉ちゃんが? そんな……お姉ちゃんの方がずっと人気があって凄かったのに」
私はマリンの発言に目を丸めてしまった。
まさか、そんな馬鹿な。
誰もが羨む憧れの姉が、私を羨ましいなんて事ありえない。
マリンは首を振って私の手を握りしめる。
「羨ましいと思う気持ちは人それぞれだから、人気があるからというのは関係ないと思うわ。羨ましすぎて姉さんは、ナツミになりたかったのかも。だから、その、ナツミの彼を──」
そこまでマリンは言って言葉を切った。それ以上、口にするのをためらったのだろう。
お姉ちゃんは私が羨ましくて通り越して憎くなり、私になりたくて秋を奪ったって事?!
私はマリンの推測に呆然としてしまう。そんな事を考えた事、一度もなかった。
口を開けたまま呆然としてしまう私を、マリンは下から覗き込んで寂しそうに笑った。
「だからといって姉妹のいい人を奪うなんて、許される事ではないけれども。今頃、ナツミがいなくなって凄く後悔しているかもしれないわ」
この『ファルの町』に来て久しぶりに見た夢は散々だった。
お姉ちゃんの春見は秋と一緒になって「自分達のせいで私が消えたと思われたくない」と保身に走る話をしていたけれども。
その裏側にマリンが言う様な気持ちが隠れていたならば。
大好きだったお姉ちゃんの本心がそうだったのであれば。
私はそこで首を左右に振って、それから微笑んでマリンに向き直る。
お姉ちゃんを許せるとは、今はまだ言えない。許すって難しい。
お姉ちゃんの本心は『ファルの町』に生きている私には知る術がないけれども──
「マリンがそう言ってくれて、何だか心が軽くなったよ。ありがとう」
私はニッコリ笑ってマリンの両手を握り返した。
「でも、私はそんなナツミのお姉さんに「ありがとう」って言いたいの。不謹慎で変な話かもしれないけれども」
「え?」
「だって、ナツミが違う世界から『ファルの町』に来てくれたのはお姉さんの事がきっかけでしょ?」
「まぁ、言われてみれば……」
盛大に落ち込んで自分なんてなくなってしまっていいと思っていたあの頃。
それからマリンがノアが他店の女性に入れ込んでしまったのではないかと、悩んで挙げ句の果てに殺されそうになって──考えれば滅茶苦茶だなぁ
私は漫画みたいな展開に思わず笑ってしまった。マリンもそんな私の顔を見て笑った。
それから、お互いのおでこをくっつける。天井から雫が垂れてきて冷たく二人の肩を濡らした。
「ナツミが来なかったら、きっと私とノアそしてザックの関係は、滅茶苦茶になっていたと思うの」
「そんな事ないよ。ノア、ザック、マリンの関係はそんな簡単に壊れたりしない」
マリンは私とおでこをくっつけたまま小さく左右に首を振った。幼なじみと変わらない三人だ。そんな事はないと思う。
「いいえ違うわ。皆それぞれ優しさを持っているけれども。私達を変えてくれたのはナツミよ」
「え?」
「ノアは一年前に私とザックの関係を知ったと言っていた。思い返せばその頃からザックと私への当たりがきつかった様に思うの」
「そうだったんだ」
そういえば出会った当初ノアは、私を監視するためにものにしろとザックに命令したのだった。それに従っていたのはザックだけれど、結局ザックがノアの言った通りにしなくて、怒って店に乗り込んで来たのだっけ。
「ノアが他の女性に気がある様な思わせぶりな態度をとったり。ザックにちょっとした命令をして意地悪をしたり。でもそれは、事実を他人から知らされたノアの苦しさの裏返しだったのね……そのままのノアだったらきっと本当の事を話して、謝ったとしても許してはもらえなかったと思うの」
マリンは瞳を閉じて長い睫毛を震わせる。
「そうね、ノアからしたら辛いよね。許すって難しいもんね」
ノアが別荘で裏切られたらどうするのか? と私に尋ねていたのはその事があったからなのかもしれない。
思いを貫くしかないと言った私も、実際ザックとマリンの話を聞いてとても苦しかった。
たくさん思い悩んだけれど、最後は向き合う事が出来た。私も今までの色々な経験がなければ心が本当に折れてしまうところだったかもしれない。
「だけどナツミに出会ってノアは凄く変わった。ザックも、もちろん変わったし、私も──変わらなきゃね?」
そう言ってマリンはニッコリ笑った。
「もう変わっているよ……」
私は同じように笑って呟いたがマリンは首を小さく振る。
「ううん。捕まえなくてはいけない奴隷商人の事もあるし、これから私はどんどん変わらなきゃ。だから、ナツミありがとう。ナツミが来てくれないと私はきっと生きていけなかったわ」
そう言って満面の笑みを浮かべたマリンに私は思わず涙が溢れた。
私を必要としてくれた人が「ファルの町」にいた。
ザックがノアが、マリンが私を必要としてくれた。
「もう、あんなに泣いたのに……また泣かせないでよぅ」
私は溢れてくる涙を、湯船に浸かりすぎてしわしわになった手で拭った。
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