【R18】ライフセーバー異世界へ

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099 トニの話 ~さよならザック~

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「ナツミが言ってくれた事を実践してみたんだけど」
 トニはゴミ捨て場の細い路地で、ホルターネックのワンピースの腰に手を当てて胸を張る。トニの形の良い胸にザックとソルの男性二人は目を奪われていた。私もゴクンと生唾を飲んで見つめてしまったが慌てて身を起こす。

 いけないいけない、そうではないでしょ、私ったら。私は改めて咳払いをしてトニに向き直る。
「私が言った事って?」
 私の咳払いで我に返ったザックの隣で首を傾げる。
「この間話してくれた事よ。もう忘れちゃったの?」
 トニが私の顔に呆れる。
 
 私は思わずザックを見上げてみるがザックも首を傾げている。
 それもそのはずトニとソルと一緒にこの路地で何を話していたかなんてザックは知らないのだから。
 すると、トニと横並びに立っていたソルが弾けた様に思い出した。
「もしかしてナツミが言った「男に媚びずにいつもの調子で話したら」っていう話か?」
「そ・れ・よ」
 思い出してくれたソルの背中をトニは叩いた。トニが思いっきり叩くのでソルは背中を丸めて咽せていた。

「ナツミはそんな事を言ったのか?」
 ザックが私に問いかける。
「ああ、そういえば」
 私は、雨季に入る前にこの路地でトニ、ソルの三人で話をした事を思い出した。


 そんな事ないんじゃない? だってトニのイメージは格好いい色っぽい女性だけど、話すと可愛い面が沢山あって楽しいって思うよ?


 私はそうトニに話したのだった。その事をザックに改めて話すと、モスグリーンのエプロンの前で腕組みしてニヤニヤ笑いながら壁に背をあずけた。

「なるほどな。ナツミはそんな事を言ったのか。それで、トニ。どうだったんだよ」
 ザックはある程度先が想像できるのか、嫌らしく笑う。そしてトニに先を話す様に促した。

 トニはコホンと咳払いしてフワフワのウェーブを束ねたポニーテールを揺らし、ザックを下から艶っぽく見つめた。
「あら。ザックも興味があるのねぇ私の話に」
「そりゃぁ失敗談が聞けるんだから楽しみだろ」
 そのトニの隣で同じ様に紙袋を小脇に抱えたソルが茶々を入れる。
「違いねぇや」
 ハハッとザックまでもが軽く笑い出して、ソルが同調していた。

「もう。話も聞かずに二人共失礼だよ」
 私が軽く怒ると「悪かった」とザックとソルは肩を小さく上げて口を閉じた。
 
「いいのよナツミ。言いたいヤツには言わせておけば。それでね、昔から店に来てくれる顔なじみの軍人がいるんだけどさ。昔から愚痴の多いヤツでさぁ。店に来る度に上司の愚痴を言うのよ。話し出すと長くてねぇ本当に鬱陶しいヤツなの。まぁ、根はいい人なんだけどね。そいつがさ、最近少しだけ立場が偉くなったのよ。その途端、今度は部下の愚痴も合わせて言い出してさ、もう話が長い長い」
「あらら。それは疲れるね」
 酒や飲みに来て、女性と話をする事で羽を伸ばす軍人。そしてここは『ファルの宿屋通り』だ。もちろん軍人相手なのだから、詳しい内容は伏せてトニは話し始めた。
 お酒も入って愚痴ばかり永遠と聞くのも、流石のトニも疲れるだろう。

「そうなのよ。いつもならば、こう男の横にもたれかかってさ、静かに聞くんだけどね。あ、もちろんそいつはさ、話をしている最中も私の体をあちこち触ってさ。ちょっかいを出してくるんだけど。いつもなら、そのまま感じた振りをして、時間泊の部屋に雪崩れ込むとかするんだけどね」
 カラカラと笑いながらトニが話す。
「感じた振り」
「時間泊の部屋へ雪崩れ込む」
 あまり聞きたくなかった言葉が飛び出して、ザックとソルが呟きながら難しい顔をしていた。

 もしかして、酔っ払った男性として、何か思い当たる事があるのだろうか。
 全く、男の人って本当にもう。
 複雑な顔をする男性を横で観察しながら、私はトニの話の続きに耳を傾けた。

「そして今回も太股を触られた時に、感じた振りをしようと思ったんだけど。ふと、ナツミが言ってた事を思い出して。思わず……その、こう……ねっ? ツルっと本音が出ちゃったのよ」
 トニは最後ゴニョゴニョと苦笑いをした。
「「「え」」」
 私達三人はトニの言葉を聞いて思わず固まってしまった。
 
「ツ、ツルっと本音が出ちゃった、って」
 ま・さ・か。例の私に食ってかかって来た本性丸出しのトニを突然披露したって事はないよねぇ。
 
 私は冷や汗をかきながらトニに尋ねる。するとトニはバツが悪そうに肩をすくめて赤い舌を出した。
「えぇ~と。話が長くて鬱陶しいし、文句ばっかり長々話されたらつまんない。そもそも、そんな事を本当に思っていたら上司も部下も愛想を尽かすわよ。って、思わず本音をぶちまけちゃってさぁ。つまり、やっちゃったのよね」
 えへへと可愛く笑って、次の瞬間肩をガックリと落とすトニだった。

「もう! 話してみたらとは言ったけど。そんないきなり大きな爆弾を落とさなくったって。それに、もっと冷静に話さないと。そりゃぁ相手を罵倒するだけじゃ怒り出すだけだよっ」
 私は俯くトニの肩を掴み前後に揺らした。ホルターネックのワンピースだから剥き出しの肩が柔らかくて不覚にもドキリとしてしまう。

「やっぱりか。トニはなぁ、根っこの部分は喧嘩っ早いもんなぁ」
「ですよねー。やっぱりそうなりますよね」
 ヒソヒソとザックとソルが肩を寄せ合い小声で話す。もう、聞こえているって!
 しかも二人の顔は同情ではなく、からかう気満々でニヤニヤしている。きっと次には矢継ぎ早なトニの言い返しが来ると思っているからだろう。

 すると、俯いたトニが顔を上げ、綺麗に整った眉を垂らして、ザックとソルに涙目で話し始めた。
「そうなのよ。少し苛ついたのもあって言いすぎて。失敗したのよぉ。当然、あいつ怒って帰っちゃってさぁ。それに店の踊り子仲間もドン引きって感じで。店主のゴッツさんにも怒られるしで……散々な一日だったのよ」
 と、トニは再びうな垂れた。
 
「そ、そうか、それは残念だったな」
「まぁ、失敗はありますよっ。誰にでもっ」
 ザックとソルが二人思わず肩を抱き合う。素直なトニの様子に、ザックとソルの男性二人は毒気を抜かれてしまった。

「ごめんね。私が中途半端な助言を偉そうにするからこんな事に」
 私は落ち込むトニの肩をポンポンと叩きながら慰めた。しかし、トニは私の手を掴み身を乗り出して来た。

「な、何?!」
 私は驚いて仰け反ると、顔を上げたトニが今度は満面の笑みを浮かべていた。
「と、こんな感じで当日は散々だったけど。次の日さ、怒ったあいつが店に来たのよ!」
「え? 来てくれたんだ。怒って帰ったのに」
「そうなのよ。もう『ゴッツの店』には来ないと思ってなかったから店の皆で驚いてさぁ。せっかく来てくれたのなら、八つ当たりみたいになった事をまず謝ろうと思って」
「うん」
「いくら顔なじみの男だとしても、軍人相手に言って良い事と悪い事があったって。そうやって素直に謝ったら、何故か向こうからも逆に謝られて……『お前の言っている事は確かに正しい』って」
 トニがそこまで言って瞳を伏せて言葉を切る。黒いアイラインが綺麗に引かれているのが見えた。長い影を作る睫毛も震えていた。

 きっと謝るのも勇気が必要だったのだろう。トニは話を続ける。

「あいつさ、本当は話を聞いてもらって意見が欲しかったんだって。私が突然バシッと言ったのは腹が立ったけど、店を出た後、何故かスッキリしたって」
「そうだったんだ……良かったね」
 意外だが、その男性はトニの言葉を受けとめたのだろう。トニの顔なじみというぐらいだからきっと根はいい人なのだろう。私はトニの手を優しく握りしめて微笑んだ。トニはそんな私の顔を見つめてから小さく頷いた。

 それから私の手を見つめて呟く様に話し始めた。
「私ね、そう言われて初めて気がついたの。今まで男にしなだれかかって話を聞いていたって思っていたけど、私の方こそ話を一つも聞いてもいなかったんだなって……」
「トニ……」
「そいつね、怒ったのはチャラにしてくれるって言ってくれてさ。それから、今まで以上に通ってくれる様になって、色んな話をしてくれるの。まぁ、詳しくは話せないけどね。ほら相手は軍人だし」
 そう言ってトニはウインクした。
「うん」
 私は笑ってトニの手を握り返した。
「だけど酷いのよ。あいつさぁ、私が頭が悪いの知ってるのに難しい話をしてさ。わけが分からなくて的外れな事を聞き返したら、大笑いするのよ!」
「ふふふ。それは酷いね」
 何となくクールで格好つけていたトニが的外れな事を言い出して、ギャップで笑い出す軍人の絵が浮かんだ。
 思わず私も笑ってしまった。軍人であるザックを振り返るとザックは、苦笑いで肩をすくめていた。

 トニは私に視線を改めて合わせる。
「少し失敗しちゃったけど、ナツミが助言してくれなかったら、私は大切な事を忘れたままだったわ。私は話を聞くのも、するのも大好きだったのに、すっかり忘れていたのね。もっとこの気持ちを忘れずにいたら、そうしたら──」

 そこまでトニは呟いて、私の隣に立っていたザックを見つめる。

 ザックはそんなトニを無言で見つめて瞳を細めた。

 ザックを一瞬眩しそうに見つめたトニは、左右に小さく首を振って微笑んだ。

「──ま。それはないわね」
 トニはひと言呟くと顔を上げる。

「本当にありがとうナツミ。せっかくだから私の店にもザックと来てね。ナツミには私の踊りを見てもらいたいし!」
 トニの笑顔はきらきらしていて、妖艶と言うよりもとても可愛く見えた。
「うん。それは楽しみ!」
 私はトニの手を握りしめて笑った。

 そんな私とトニを見つめるザックとソルは優しく笑っていた。
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