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101 右耳がない男
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お昼過ぎ『ジルの店』に押し込まれたトニは不安そうな顔をして果物の入った紙袋を握りしめていた。
私はザックに言われるがままジルさん、ダンさん、ノア、シン、マリン、ミラを呼び出た。
トニはマリンを見るなり口を開けた。
ジルさんとダンさん、更にノアやシンまでが勢揃いした場所でマリンに話しかける事も出来ず、最後は私に振り向き『髪! 髪がっ』と呟くとそれ以上何も言えず黙り込んでしまった。
うん。分かるその気持ち。
それから、私達はゾロゾロと商談に使用する客間に入った。
最初ザックから状況を聞いたジルさんは「そう」と短く述べると、長テーブルのお誕生日席にスリットの入ったスカートの隙間から脚を見せて座った。無言のまま腰に差していたキセルに火をつけ紫煙をくゆらす。
ジルさんの雰囲気は座るだけで絶対だ。ジルさんが何か深く考えこんでいるのが分かり、私達はひと言も発する事が出来なかった。
完全防音の商談部屋はジルさんの執務室とは違いとても広い。
部屋の中央にある長テーブルには、他を寄せ付けないジルさんが座ってしまうと、ダンさん以外誰も座る事は出来なかった。
仕方がないので、私達は壁伝いに設置されている椅子に無言で座った。
部屋の灯りをすべてつけて明るくしても、重々しい空気が漂う。
しばらくすると、下町に走ってくれたソルが『ジルの店』に戻って来た。
部屋に入ると何か話そうとしたが、ジルさんの無言の威圧には勝てなかった。私達の顔を見て、ゴクンと唾を飲み込んで同じ様に壁伝いの椅子に素直に座った。
それから少しして、更に男三人が入って来た。
長いサラサラの金髪をかき上げながら裏町の医者ウツさんを筆頭に、銀縁眼鏡のネロさん。そして最後に入って来たのは長身の男性だった。
その長身の男の風貌に私は息を飲んだ。
年は五十前といった感じだ。白髪交じりの赤い髪の毛を肩下まで伸ばし、後ろで一つに縛っている。縛って左右の耳が見えるはずなのに、右耳がなかった。
そう、右の耳は削がれて無かった。傷は痛々しいが古傷だった。
胸元は大きく開いたシャツを着ていて、隙間から鍛えられた胸筋が見える。
迫力のある男だ。彫りの深い顔で部屋に揃ったメンバーを睨む様に見つめるとトニを見つめて溜め息をついた。
溜め息をつかれたトニは慌てて立ち上がる。
「ゴッツさん。その……」
トニは呟いたが、状況に戸惑うばかりで口を再び閉ざしてしまう。
トニが働いている店の名前が『ゴッツの店』だから、この右耳がない長身の男性はジルさんと同じ店主なのだろう。流石『ファルの宿屋通り』に店を構えるだけの事はある。
堅気の男性ではない気がする。
ジルさんと同じ様に海賊上がりとか? 過去の職業について尋ねるのもはばかられる程強面だ。
ゴッツさんはトニを見つめると軽く首を左右に振り短く答えた。
「お前は、最近昼になるとフラフラしているとは思っていたが。他店の女と仲良くなっているとはな」
低くて酒焼けした声だが、特に咎める様子はなかった。むしろ『意外』だと言って笑っている様だ。
「すみません」
トニが困った様に小さく呟いた。
「悪さをしていないのなら、別に謝る必要はない」
ゴッツさんはトニの肩を叩いて口の端を上げた。それから、ザックをはじめとする壁伝いに座るメンバーを順番に見つめていた。マリンの髪の毛が短くなっている事に目を丸めたがすぐに通り過ぎる。
そして、最後に私の姿を見つけると、彫りの深い奥の瞳が大きく見開いていた。
私の瞳を数秒見つめると小さく笑った。
何だろう。
髪の短くなったマリンの方が衝撃的だと思うけれど。何故私の顔を見て驚くのだろう。
私は首を傾げてゴッツさんを見上げる。
ゴッツさんはそれからザックを見ると軽く笑った。
「女はな瞳を見れば大抵分かる。なるほど、実に吸い込まれそうな神秘的な瞳をしている。それでいて意志が強い。ザックが溺れるのも分かる気がする」
「溺れる……まぁな。確かに溺れているのは俺だな」
ザックは腕を組んでゴッツさんに白い歯を見せて笑った。それから私の肩を抱き寄せて頬ずりする。
もう恥ずかしいのに。私は頬を赤らめる。
その様子をゴッツさんは見つめると溜め息をついていた。
「『ジルの店』にいる異国の女を気に入っているのは理解したが、たまには俺の店にも来て金を落とせよ」
そう言って、軽く手を振った。
他店の店主については知る術もないが、ゴッツさんの雰囲気は比較的ジルさんに似ている。カリスマ性があるのが分かる。
「さて、ジル」
ゴッツさんは鋭い瞳でジルさんに振り返る。
「ザックが手配してくれたこいつらにうちの踊り子を診てもらったんだがな。その結果を一緒に聞いてもらうとするか。そして何故手配をしてくれたのか理由を聞かせてもらおうか」
ゴッツさんは顎をしゃくって、ウツさんとネロさんを指した。
「ええ、ゴッツ説明するわ。それに、ウツも来てくれたのね。悪かったわね巻き込んで」
ジルさんがゴッツさん達を下から見上げ、紫煙の中瞳を細める。
相変わらずサラサラの金髪を揺らしてウツさんが首を振った。
「気にするな。俺も非常に興味深いと思ってな。関わらせてもらえるとありがたい」
そう言ってウインクをしたウツさんは、いつもの調子だった
「では、ウツ、ネロ、ゴッツ、悪いけど席に座って頂戴。壁に張り付いているあんた達もこっちのテーブルに来て座りなさい」
そう言ってジルさんはテーブルを軽く叩いた。
「結論から言うと、薬物が原因だね」
ネロさんが席につくなり、はっきりとそう述べた。
「何だって? 薬を使われたと言う事か」
「そうさ、ゴッツ。残念だが彼女の調子がすぐに良くなる事はない」
今度はネロさんの隣に座っていたウツさんがはっきりと言いきる。
「キールに一度診せたんだぞ? あの藪医者め、原因が分からないが寝ていれば問題ないと言っていたのに。クソッ」
ゴッツさんは片手でテーブルを叩いた。
トニもゴッツさんが医者を呼んで診てもらったけれど、これといった原因は分からないと言っていたっけ。私はトニが路地で言った言葉を思い出していた。
「原因が分からないって言われたのかい? ある意味素直だねぇ。ま、藪医者という訳ではないさ」
「確かにね。薬物についての知識について詳しくないと。僕とウツさんがいる『ファルの町』で良かったね。国王専属の医師でもそう分からないと思うよ」
ウツさんとネロさんは、それぞれ頬杖をつき苦笑いをしていた。
「ふぅん。で? ウツとネロにはその薬物が何か分かったって言うの?」
ジルさんがキセルを優雅に持ち脚を組み直す。その脚を横目に見ながらウツさんがニッコリと笑った。
「ジルこそ誰に向かって言っているんだい。俺達を誰だと思っているんだ? 薬や医療魔法で右に出る者はそういないよ? 使われた薬は『ファルの町』にあるものではない。南方にしか生息していない植物を元にしたものさ」
「南方? 海を越えた更に南にある町なら、十数年前に死病で滅びたはずだが。そんな町の植物をどうやって手に入れるんだ?」
ゴッツさんが首を傾げる。
「その男達三人組は南方の出身なのかもね。植物の種さえ持っていれば何とかなるし」
「種か。良いなぁ俺にも分けてもらえないかなぁ~」
「えぇ~狡いですよウツさん。僕も手に入るなら欲しいところです」
「手に入ったら量産して種をネロにも分けるさ」
何だか雲行きの怪しい話をネロさんとウツさんが呟いていた。
「全くあんた達と来たら。で、その娘の容態はどうすれば良くなるの?」
二人の盛り上がりに溜め息をついたジルさんだった。
「そうだ。薬って、媚薬なら解毒剤はないのか?」
ゴッツさんも少し身を乗り出していた。右の耳は削がれているので、体の左を乗り出す形だった。
日本でと言うか元の世界では、いわゆる薬物を使用した場合解毒方法なんてなかったけれども……依存症になって精神やそのうち脳自体が壊れると言うか……
そう考えていた私は、何の気なしに呟いてしまった。
「麻薬に対して解毒方法なんてあるんですか?」
静かな部屋に突然私の呟いた声が響いてしまい皆が振り向く。
元女海賊とその仲間、ジルさんとダンさんの眼光だけでも鋭いと言うのに。
それに加えて右耳に傷があるゴッツさん、何だかんだ言って軍関係者のネロさん、それに裏町の怪しい医者ウツさん。
これだけの視線を一気に受けて思わず私は震え上がってしまった。
「す、すみません……黙ってます……」
私は出来るだけ小さくなりテーブルを見つめる。
ううっ『ファルの町』であるこの世界の普通と、私の世界では全く違うんだった。
「へぇ……マヤクかぁ。興味深い呼び名だね。ナツミは違う国から来たから知識も豊富なのかな? そして鋭いね」
鋭い視線を寄越しながらもウツさんが頬杖をついた。
「え?」
私はパッと顔を上げてウツさんを見つめる。するとパチンとウインクをしてくれた。
何故ウインク……もしかして安心させる為なのかな。
そう考えていると、私の隣に座るザックが話し始めた。
「主に媚薬と呼ばれる薬はな、中毒性があっても解毒剤を作る事が出来るんだ。と言っても、ネロやウツの様な知識がないと無理だがな」
「そ、そうなんだ……知らなかった」
ザックは私の肩をポンと叩いて抱いてくれた。
顔がひきつるほどビビっている私に、心配するなと言わんばかり肩を擦ってくれる。
「だが、解毒剤があるからと言っても媚薬は中毒性はあるから使用は注意が必要だ。媚薬は色んな種類の草や食物から抽出した物質と、魔法を組み合わせて作り出すものなんだ。繰り返し使用すると魔法自体が体内に蓄積されるから、なかなか解毒出来ずに苦しむ事になってしまう」
向かい側に座るノアも淡々と話す。
「そうなんだ。知らなかったよ。解毒剤があるんだ……」
私はノアの言葉に目を丸めた。
その様子を見たネロさんが興味津々で尋ねる。
「ナツミさんの国ではそういった媚薬や薬を使うとどうなるんですか?」
「私の世界──じゃない、国ではそういった薬物に対して解毒剤っていうのはないです。薬に依存してしまったら命が危ないんです。だから、使用したら警察に。うーん、そうだなぁ『ファルの町』で言う軍人に捕まってしまうんです。依存があるから繰り返して使うと精神崩壊や脳が壊れてしまう場合もあるって……」
私の説明に驚いた声を上げるのは女性達だった。
「えぇ! そんな怖い薬があるの?」
「精神崩壊や脳が壊れるって。それなのに解毒剤がないって」
「ナツミのいた国って怖いのね『ファルの町』はそんな事はないから安心してね」
トニ、ミラ、マリンがそれぞれ震え上がり呟く。
「ナツミは怖い国から逃げてきたんだな。きっと奴隷で危ない目にあって……ねぇ? シンさん、ナツミって苦労しているんですね」
奴隷説から抜け出せないソルだった。ソルは私を心配そうに見つめ、シンに同意を求めていた。
「え? いやぁ、ハハハどうなんだろうなぁ?」
シンも答えに窮して苦笑いだ。
ソルのそういう先走った考えが、誤解を生み噂話の根元になっている──様な気がする。私も困っているシンと目が合い苦笑いしてしまった。
「まさにナツミさんが言っているのと同じ事がゴッツの店の彼女に起こっているんだ。調子が悪いのは薬のせいだが媚薬じゃない。ナツミさんの言うところのマヤクみたいなものだね」
ネロさんが眼鏡のブリッジを押し上げながら話す。その言葉に皆が目を丸めた。
「最悪な事に、依存気味になっている。二日間、男に抱かれそれはそれは快楽に溺れたと言っていたね? 相当きつい薬を連日で投与されたんだろう。快楽を楽しんでも、最後に待っているのは人生の終わりだなんてね──まず薬の依存を断ち切って、それからだな。脳の一部が破壊される一歩手前だと思う。正気に戻ったとしても彼女は幻覚などで相当苦しむ羽目になるだろう」
ウツさんも続けてゴッツさんに話しかける。
「何て事だ……医療魔法で何とかならないのか?」
ゴッツさんは溜め息をついてウツさんに詰め寄る。
ウツさんは悲しそうに眉を下げて微笑む。
「医療魔法は壊れたものを戻す事は出来ないんだ」
「しかし」
「ゴッツ。失った右耳は医療魔法で元に戻ると思うか?」
「……」
「壊れた脳や神経が元に戻る事はないんだよ」
「クソッ! 何て事をしてくれたんだ。あの男達は! もう少し俺が気をつけていれば!」
ゴッツさんは力一杯拳を振り上げテーブルに打ち付けた。思わずテーブルがジャンプをするぐらいだ。
ゴッツさんが自分の店で働く女性を大切にしている事がその怒りっぷりから理解出来た。トニも話を聞いて俯いて苦しそうにしていた。
トニも心配して果物を買って渡そうとしていたのだものね……
私は隣に座るトニの肩を叩いた。するとトニはハッとして私を見つめると小さく『ありがとう』と呟いた。
「その娘は『オーガの店』から移転してきたと聞いたけど」
ジルさんが改めてゴッツさんに声をかけた。
紫煙をくゆらせる。
ゴッツさんも諦めた様に溜め息をつくと、腰に巻いていた帯の中からキセルを取り出した。ジルさんが手品の様にマッチを一本取り出すと、机の角で擦る。ゴッツさんはその火を受け取り一呼吸分の煙を吐いた。
「ああ、そうさ。まだ若い娘でな。奴隷で売り飛ばされた娘だったそうで、命からがら逃げてきて『オーガの店』で働いていたんだと聞いた。俺も奴隷上がりの元盗賊だからな。気の毒に思って移転を受け入れたんだが。あの娘はそういう経緯もあって、真面目なんだが精神的に不安定でな。男に抱かれると安心する節があって。心配はしていた矢先だったんだ」
「そう……」
ジルさんが長い睫毛を伏せてゴッツさんの話に耳を傾けた。
ゴッツさんは奴隷上がりの元盗賊だからなのかな。右耳がないのも、昔の身の上に起きた傷跡なのかもしれない。
私やザックはゴッツさんとジルさんのやり取りを無言で見つめた。
「確か男三人組と言ったわね。その男達の事を詳しく話してもらえないかしら?」
ジルさんは身を乗り出してゴッツさんを見つめた。
ゴッツさんはジルさんの瞳をジッと見つめると、酒で嗄れた声を更に低くして呟いた。
「フン。これ以上の話はうちの『ゴッツの店』の内部事情だぞ」
「そうよねぇ。タダじゃぁ話してもらえないわよねぇ」
「当たり前だ」
そこでゴッツさんは背筋を伸ばして腕を組みキセルを咥えた。
「ジル。いいか、話が知りたいならお前も情報を寄越すんだ。ノアにザック、そしてネロまで……いわゆる小隊長クラスの軍人が最近お前の宿に留まっている理由とかな。そして、お前達が一体何に巻き込まれているのか。俺には話してもらおうか」
「話したら協力してくれるのかしら?」
「内容によるだろ」
「そうねぇ……」
ジルさんは赤い唇に細かい装飾が施されたキセルを囓る。
私はゴクンと唾を飲み込んで息を止めて行く末を見守る。
ジルさんとゴッツさんがお互いを見極めているのが分かったからだ。
ジッとゴッツさんを見つめる事数十秒。
ニヤリと笑うとゴッツさんを下から睨みつけて薄く笑った。
「いいわ。話しましょう。長くなるわよ。ダン、飲み物を用意してもらえるかしら?」
そう言ってジルさんは両手をパンと叩いた。
私はようやく息を吐いた。
私はザックに言われるがままジルさん、ダンさん、ノア、シン、マリン、ミラを呼び出た。
トニはマリンを見るなり口を開けた。
ジルさんとダンさん、更にノアやシンまでが勢揃いした場所でマリンに話しかける事も出来ず、最後は私に振り向き『髪! 髪がっ』と呟くとそれ以上何も言えず黙り込んでしまった。
うん。分かるその気持ち。
それから、私達はゾロゾロと商談に使用する客間に入った。
最初ザックから状況を聞いたジルさんは「そう」と短く述べると、長テーブルのお誕生日席にスリットの入ったスカートの隙間から脚を見せて座った。無言のまま腰に差していたキセルに火をつけ紫煙をくゆらす。
ジルさんの雰囲気は座るだけで絶対だ。ジルさんが何か深く考えこんでいるのが分かり、私達はひと言も発する事が出来なかった。
完全防音の商談部屋はジルさんの執務室とは違いとても広い。
部屋の中央にある長テーブルには、他を寄せ付けないジルさんが座ってしまうと、ダンさん以外誰も座る事は出来なかった。
仕方がないので、私達は壁伝いに設置されている椅子に無言で座った。
部屋の灯りをすべてつけて明るくしても、重々しい空気が漂う。
しばらくすると、下町に走ってくれたソルが『ジルの店』に戻って来た。
部屋に入ると何か話そうとしたが、ジルさんの無言の威圧には勝てなかった。私達の顔を見て、ゴクンと唾を飲み込んで同じ様に壁伝いの椅子に素直に座った。
それから少しして、更に男三人が入って来た。
長いサラサラの金髪をかき上げながら裏町の医者ウツさんを筆頭に、銀縁眼鏡のネロさん。そして最後に入って来たのは長身の男性だった。
その長身の男の風貌に私は息を飲んだ。
年は五十前といった感じだ。白髪交じりの赤い髪の毛を肩下まで伸ばし、後ろで一つに縛っている。縛って左右の耳が見えるはずなのに、右耳がなかった。
そう、右の耳は削がれて無かった。傷は痛々しいが古傷だった。
胸元は大きく開いたシャツを着ていて、隙間から鍛えられた胸筋が見える。
迫力のある男だ。彫りの深い顔で部屋に揃ったメンバーを睨む様に見つめるとトニを見つめて溜め息をついた。
溜め息をつかれたトニは慌てて立ち上がる。
「ゴッツさん。その……」
トニは呟いたが、状況に戸惑うばかりで口を再び閉ざしてしまう。
トニが働いている店の名前が『ゴッツの店』だから、この右耳がない長身の男性はジルさんと同じ店主なのだろう。流石『ファルの宿屋通り』に店を構えるだけの事はある。
堅気の男性ではない気がする。
ジルさんと同じ様に海賊上がりとか? 過去の職業について尋ねるのもはばかられる程強面だ。
ゴッツさんはトニを見つめると軽く首を左右に振り短く答えた。
「お前は、最近昼になるとフラフラしているとは思っていたが。他店の女と仲良くなっているとはな」
低くて酒焼けした声だが、特に咎める様子はなかった。むしろ『意外』だと言って笑っている様だ。
「すみません」
トニが困った様に小さく呟いた。
「悪さをしていないのなら、別に謝る必要はない」
ゴッツさんはトニの肩を叩いて口の端を上げた。それから、ザックをはじめとする壁伝いに座るメンバーを順番に見つめていた。マリンの髪の毛が短くなっている事に目を丸めたがすぐに通り過ぎる。
そして、最後に私の姿を見つけると、彫りの深い奥の瞳が大きく見開いていた。
私の瞳を数秒見つめると小さく笑った。
何だろう。
髪の短くなったマリンの方が衝撃的だと思うけれど。何故私の顔を見て驚くのだろう。
私は首を傾げてゴッツさんを見上げる。
ゴッツさんはそれからザックを見ると軽く笑った。
「女はな瞳を見れば大抵分かる。なるほど、実に吸い込まれそうな神秘的な瞳をしている。それでいて意志が強い。ザックが溺れるのも分かる気がする」
「溺れる……まぁな。確かに溺れているのは俺だな」
ザックは腕を組んでゴッツさんに白い歯を見せて笑った。それから私の肩を抱き寄せて頬ずりする。
もう恥ずかしいのに。私は頬を赤らめる。
その様子をゴッツさんは見つめると溜め息をついていた。
「『ジルの店』にいる異国の女を気に入っているのは理解したが、たまには俺の店にも来て金を落とせよ」
そう言って、軽く手を振った。
他店の店主については知る術もないが、ゴッツさんの雰囲気は比較的ジルさんに似ている。カリスマ性があるのが分かる。
「さて、ジル」
ゴッツさんは鋭い瞳でジルさんに振り返る。
「ザックが手配してくれたこいつらにうちの踊り子を診てもらったんだがな。その結果を一緒に聞いてもらうとするか。そして何故手配をしてくれたのか理由を聞かせてもらおうか」
ゴッツさんは顎をしゃくって、ウツさんとネロさんを指した。
「ええ、ゴッツ説明するわ。それに、ウツも来てくれたのね。悪かったわね巻き込んで」
ジルさんがゴッツさん達を下から見上げ、紫煙の中瞳を細める。
相変わらずサラサラの金髪を揺らしてウツさんが首を振った。
「気にするな。俺も非常に興味深いと思ってな。関わらせてもらえるとありがたい」
そう言ってウインクをしたウツさんは、いつもの調子だった
「では、ウツ、ネロ、ゴッツ、悪いけど席に座って頂戴。壁に張り付いているあんた達もこっちのテーブルに来て座りなさい」
そう言ってジルさんはテーブルを軽く叩いた。
「結論から言うと、薬物が原因だね」
ネロさんが席につくなり、はっきりとそう述べた。
「何だって? 薬を使われたと言う事か」
「そうさ、ゴッツ。残念だが彼女の調子がすぐに良くなる事はない」
今度はネロさんの隣に座っていたウツさんがはっきりと言いきる。
「キールに一度診せたんだぞ? あの藪医者め、原因が分からないが寝ていれば問題ないと言っていたのに。クソッ」
ゴッツさんは片手でテーブルを叩いた。
トニもゴッツさんが医者を呼んで診てもらったけれど、これといった原因は分からないと言っていたっけ。私はトニが路地で言った言葉を思い出していた。
「原因が分からないって言われたのかい? ある意味素直だねぇ。ま、藪医者という訳ではないさ」
「確かにね。薬物についての知識について詳しくないと。僕とウツさんがいる『ファルの町』で良かったね。国王専属の医師でもそう分からないと思うよ」
ウツさんとネロさんは、それぞれ頬杖をつき苦笑いをしていた。
「ふぅん。で? ウツとネロにはその薬物が何か分かったって言うの?」
ジルさんがキセルを優雅に持ち脚を組み直す。その脚を横目に見ながらウツさんがニッコリと笑った。
「ジルこそ誰に向かって言っているんだい。俺達を誰だと思っているんだ? 薬や医療魔法で右に出る者はそういないよ? 使われた薬は『ファルの町』にあるものではない。南方にしか生息していない植物を元にしたものさ」
「南方? 海を越えた更に南にある町なら、十数年前に死病で滅びたはずだが。そんな町の植物をどうやって手に入れるんだ?」
ゴッツさんが首を傾げる。
「その男達三人組は南方の出身なのかもね。植物の種さえ持っていれば何とかなるし」
「種か。良いなぁ俺にも分けてもらえないかなぁ~」
「えぇ~狡いですよウツさん。僕も手に入るなら欲しいところです」
「手に入ったら量産して種をネロにも分けるさ」
何だか雲行きの怪しい話をネロさんとウツさんが呟いていた。
「全くあんた達と来たら。で、その娘の容態はどうすれば良くなるの?」
二人の盛り上がりに溜め息をついたジルさんだった。
「そうだ。薬って、媚薬なら解毒剤はないのか?」
ゴッツさんも少し身を乗り出していた。右の耳は削がれているので、体の左を乗り出す形だった。
日本でと言うか元の世界では、いわゆる薬物を使用した場合解毒方法なんてなかったけれども……依存症になって精神やそのうち脳自体が壊れると言うか……
そう考えていた私は、何の気なしに呟いてしまった。
「麻薬に対して解毒方法なんてあるんですか?」
静かな部屋に突然私の呟いた声が響いてしまい皆が振り向く。
元女海賊とその仲間、ジルさんとダンさんの眼光だけでも鋭いと言うのに。
それに加えて右耳に傷があるゴッツさん、何だかんだ言って軍関係者のネロさん、それに裏町の怪しい医者ウツさん。
これだけの視線を一気に受けて思わず私は震え上がってしまった。
「す、すみません……黙ってます……」
私は出来るだけ小さくなりテーブルを見つめる。
ううっ『ファルの町』であるこの世界の普通と、私の世界では全く違うんだった。
「へぇ……マヤクかぁ。興味深い呼び名だね。ナツミは違う国から来たから知識も豊富なのかな? そして鋭いね」
鋭い視線を寄越しながらもウツさんが頬杖をついた。
「え?」
私はパッと顔を上げてウツさんを見つめる。するとパチンとウインクをしてくれた。
何故ウインク……もしかして安心させる為なのかな。
そう考えていると、私の隣に座るザックが話し始めた。
「主に媚薬と呼ばれる薬はな、中毒性があっても解毒剤を作る事が出来るんだ。と言っても、ネロやウツの様な知識がないと無理だがな」
「そ、そうなんだ……知らなかった」
ザックは私の肩をポンと叩いて抱いてくれた。
顔がひきつるほどビビっている私に、心配するなと言わんばかり肩を擦ってくれる。
「だが、解毒剤があるからと言っても媚薬は中毒性はあるから使用は注意が必要だ。媚薬は色んな種類の草や食物から抽出した物質と、魔法を組み合わせて作り出すものなんだ。繰り返し使用すると魔法自体が体内に蓄積されるから、なかなか解毒出来ずに苦しむ事になってしまう」
向かい側に座るノアも淡々と話す。
「そうなんだ。知らなかったよ。解毒剤があるんだ……」
私はノアの言葉に目を丸めた。
その様子を見たネロさんが興味津々で尋ねる。
「ナツミさんの国ではそういった媚薬や薬を使うとどうなるんですか?」
「私の世界──じゃない、国ではそういった薬物に対して解毒剤っていうのはないです。薬に依存してしまったら命が危ないんです。だから、使用したら警察に。うーん、そうだなぁ『ファルの町』で言う軍人に捕まってしまうんです。依存があるから繰り返して使うと精神崩壊や脳が壊れてしまう場合もあるって……」
私の説明に驚いた声を上げるのは女性達だった。
「えぇ! そんな怖い薬があるの?」
「精神崩壊や脳が壊れるって。それなのに解毒剤がないって」
「ナツミのいた国って怖いのね『ファルの町』はそんな事はないから安心してね」
トニ、ミラ、マリンがそれぞれ震え上がり呟く。
「ナツミは怖い国から逃げてきたんだな。きっと奴隷で危ない目にあって……ねぇ? シンさん、ナツミって苦労しているんですね」
奴隷説から抜け出せないソルだった。ソルは私を心配そうに見つめ、シンに同意を求めていた。
「え? いやぁ、ハハハどうなんだろうなぁ?」
シンも答えに窮して苦笑いだ。
ソルのそういう先走った考えが、誤解を生み噂話の根元になっている──様な気がする。私も困っているシンと目が合い苦笑いしてしまった。
「まさにナツミさんが言っているのと同じ事がゴッツの店の彼女に起こっているんだ。調子が悪いのは薬のせいだが媚薬じゃない。ナツミさんの言うところのマヤクみたいなものだね」
ネロさんが眼鏡のブリッジを押し上げながら話す。その言葉に皆が目を丸めた。
「最悪な事に、依存気味になっている。二日間、男に抱かれそれはそれは快楽に溺れたと言っていたね? 相当きつい薬を連日で投与されたんだろう。快楽を楽しんでも、最後に待っているのは人生の終わりだなんてね──まず薬の依存を断ち切って、それからだな。脳の一部が破壊される一歩手前だと思う。正気に戻ったとしても彼女は幻覚などで相当苦しむ羽目になるだろう」
ウツさんも続けてゴッツさんに話しかける。
「何て事だ……医療魔法で何とかならないのか?」
ゴッツさんは溜め息をついてウツさんに詰め寄る。
ウツさんは悲しそうに眉を下げて微笑む。
「医療魔法は壊れたものを戻す事は出来ないんだ」
「しかし」
「ゴッツ。失った右耳は医療魔法で元に戻ると思うか?」
「……」
「壊れた脳や神経が元に戻る事はないんだよ」
「クソッ! 何て事をしてくれたんだ。あの男達は! もう少し俺が気をつけていれば!」
ゴッツさんは力一杯拳を振り上げテーブルに打ち付けた。思わずテーブルがジャンプをするぐらいだ。
ゴッツさんが自分の店で働く女性を大切にしている事がその怒りっぷりから理解出来た。トニも話を聞いて俯いて苦しそうにしていた。
トニも心配して果物を買って渡そうとしていたのだものね……
私は隣に座るトニの肩を叩いた。するとトニはハッとして私を見つめると小さく『ありがとう』と呟いた。
「その娘は『オーガの店』から移転してきたと聞いたけど」
ジルさんが改めてゴッツさんに声をかけた。
紫煙をくゆらせる。
ゴッツさんも諦めた様に溜め息をつくと、腰に巻いていた帯の中からキセルを取り出した。ジルさんが手品の様にマッチを一本取り出すと、机の角で擦る。ゴッツさんはその火を受け取り一呼吸分の煙を吐いた。
「ああ、そうさ。まだ若い娘でな。奴隷で売り飛ばされた娘だったそうで、命からがら逃げてきて『オーガの店』で働いていたんだと聞いた。俺も奴隷上がりの元盗賊だからな。気の毒に思って移転を受け入れたんだが。あの娘はそういう経緯もあって、真面目なんだが精神的に不安定でな。男に抱かれると安心する節があって。心配はしていた矢先だったんだ」
「そう……」
ジルさんが長い睫毛を伏せてゴッツさんの話に耳を傾けた。
ゴッツさんは奴隷上がりの元盗賊だからなのかな。右耳がないのも、昔の身の上に起きた傷跡なのかもしれない。
私やザックはゴッツさんとジルさんのやり取りを無言で見つめた。
「確か男三人組と言ったわね。その男達の事を詳しく話してもらえないかしら?」
ジルさんは身を乗り出してゴッツさんを見つめた。
ゴッツさんはジルさんの瞳をジッと見つめると、酒で嗄れた声を更に低くして呟いた。
「フン。これ以上の話はうちの『ゴッツの店』の内部事情だぞ」
「そうよねぇ。タダじゃぁ話してもらえないわよねぇ」
「当たり前だ」
そこでゴッツさんは背筋を伸ばして腕を組みキセルを咥えた。
「ジル。いいか、話が知りたいならお前も情報を寄越すんだ。ノアにザック、そしてネロまで……いわゆる小隊長クラスの軍人が最近お前の宿に留まっている理由とかな。そして、お前達が一体何に巻き込まれているのか。俺には話してもらおうか」
「話したら協力してくれるのかしら?」
「内容によるだろ」
「そうねぇ……」
ジルさんは赤い唇に細かい装飾が施されたキセルを囓る。
私はゴクンと唾を飲み込んで息を止めて行く末を見守る。
ジルさんとゴッツさんがお互いを見極めているのが分かったからだ。
ジッとゴッツさんを見つめる事数十秒。
ニヤリと笑うとゴッツさんを下から睨みつけて薄く笑った。
「いいわ。話しましょう。長くなるわよ。ダン、飲み物を用意してもらえるかしら?」
そう言ってジルさんは両手をパンと叩いた。
私はようやく息を吐いた。
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