【R18】ライフセーバー異世界へ

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110 本当の目的

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 夜も更けたというのにファルの裏町には人が多く溢れていた。軍人、町の男がほとんどで酔っ払って覚束ない足取りで歩いている

 大通りの綺麗に敷き詰められた石畳の上を滑る様に歩くのは、フードを目深に被りボロボロの外套を着た旅人バッチだった。ノアとシンも行き交う酔っ払いを上手く避けながら、バッチを追いかける。
 
 当然、女や子供はこの時間に歩く事はない。歓楽街もあるが町の様子は健全なものだった。しかし、一本でも筋の違う路地に入ると雰囲気が変わってくる。飲食店なのか宿屋なのか、一見分からない店が多くなる。
 それでも奥へかまわず進んで行くと、設置されている街灯も少なくなり、気がつくと夜に溶け込み過ごしている商売女やそれを目的で歩く男達が増える。更には暗い目をした子供の姿も目に留まる様になる。

 ノア、ザック、シンが過ごした裏町の影を落とす面が見えてくる。

 バッチは大きな体つきだが速く歩きそして足音を立てない。とにかく静かだった。そして当然旅人の服装だから、ファルの町の人間からしたらよそ者だ。

 よそ者がこんな裏町の奥まで入り込めば当然囲まれるはずなのだが。バッチは気配を殺して速く歩く。裏町の奥で過ごしている他者に対して敏感な住人ですら気がつかず、通り過ぎた後に振り返る程だった。

 ノアは驚いていた。このバッチという男は訓練を重ねた男ではないだろうか。軍学校で潜入などを行う研修をするのだが、その時に教えられた基礎がほぼ出来ている。
 しかし、まずいな。これ以上奥に行かれると面倒くさい事になる。ノアは外套についていたフードを目深に被る。シンは頭に巻いていたバンダナを目深に巻き直した。いつ何処で知り合いに声をかけられるか分からない。

 裏町で顔が割れているノアとシンは細心の注意を払いながら辺りに気づかれない様にバッチを追いかけた。

 バッチは大通り、裏道、大通り──と入り組んだ道をわざと選び繰り返している様だった。

 つけられている事に気がついているのではないだろうか? ノアは暗い路地で汚れた白壁に身を寄せ考える。

 そもそも何故店に来た? 視察だとして、何を確認しに来た? 

 ノアにはそれが引っかかっていた。ノアの事を亡き者にしようとした兄アルと結託していた奴隷商人だ。今は交渉が決裂しているだろうが、町の情報だけは多く引き出していたはずなのに。今更危険を冒してでも『ジルの店』を視察に来る必要があるのか?

 最近『ジルの店』で何があったか? 振り返るがこの短い期間に沢山の出来事がありすぎて整理出来ないが──考えろ、何かあるはずだ。

 そもそも、カイ大隊長達が言っていた様に、アルとの関係が決別し、荒稼ぎするために『ファルの町』に留まっているとして。
 踊り子の女を商品にする事が奴らの目的として。奴隷商人がわざわざ食いつきそうな事とは何だろう?

 踊り子──女となると。マリンやナツミ、ミラの様な踊り子が目的か? 待て待て、ナツミは踊り子ではないな。今日は可愛らしいウエイトレスをしていたが。

 そこまでノアが考えを巡らせた時だった。シンがノアの外套を引っ張った。ノアが顔を上げると、バッチが大通りを抜け角を曲がった。
 ノアはシンの顔を見つめて二人で頷く。そして港に向けて曲がったバッチを追いかけた。



 バッチは人が少ない港を真っすぐ抜け奥にある崖部分にたどり着く。ここまで来ると石畳はなくなり砂埃が舞っていた。
 右手は突然崖になっている。結構な高さがある崖だが、下は深いファルの海があるだけだ。ゴツゴツと飛び出した岩も特にない。更に飛び込んでもかなり深い海が待っているだけなので、飛び込み方さえ間違えなければ大怪我をする事もない。

 裏町で過ごす少年達の遊び場だった。

 その昔──ザックと出会った当初、ノアが泳げないと知ったザックがこの崖から突き落としたのだ。ザックは荒療治のつもりと思った様だが、むしろ海が怖くなり泳げなくなった。
 しかし、ナツミのおかげで泳げる様になりかけている。今ならそれも、良い思い出──と、まではいかないが思い出しても恐怖が薄れる様になっていた。

 その崖と反対側の方向、海から離れた奥まった部分には森の入り口があった。
 森の入り口手前には古い集会所があった。平屋の木造作りの集会所はかなり広く、二百人程度の人を収容出来る。
 その昔、祭りがある事にこの集会所で踊りを披露したり、旅人に食事を振る舞っていたと聞く。町の発展と共に宿屋が出来て飲食店が建ち並び、集会所はいつしか使われなくなった。
 優しく撫でる海風に朽ちていくのを待っているだけの建物だった。おかげで屋根の部分は所々に穴が空いている。しかし立派な部分もあり、天井部分には小窓代わりのステンドグラスがはめ込まれていた。ステンドグラスは六種類あり美しいファルの海と森を表現していた。
 朽ち果てゆく建物の扉を開くとバッチは中に消えた。
 
 誰も近づかなくなった集会所を利用していた様だ。シンはゆっくり近づきボロボロになった窓の隙間から集会所の中を覗く。

 しかし──そこにはバッチの姿はなく、埃と共に転がっている木のテーブルと椅子が散乱しているだけだった。

 しまった! 

 そう思ったシンは腰に添えていた剣を抜き、集会所の扉を足で蹴破る様に開いた。建物の中は、男のものと思われる足跡が幾つかあったが、バッチの姿やその他の仲間の姿はなかった。
 唯々、埃と使われないテーブルや椅子が散乱しているだけだった。
 集会所の奥を見ると、森側の方に伸びている辺りの壁に大きな穴が空いて月明かりが差し込んでいた。

「クソッ逃げたか」
 つけられている事が分かっていたのだろう。バッチは壁の穴から姿を消したと思われる。

「それにしても随分地理に詳しかったですよね。大通り、裏道、大通りと迷いなく歩いていましたよね? ノア小隊長──」
 シンは振り向いたが、ノアの姿が見当たらない。

「え?」
 何度も辺りを見回す。集会所の外にも出て辺りを見回すが姿が見えない。

 そこでシンはノアがバッチを見失わず追いかけている事を知った。おそらく、シンの気配の方がバッチにバレていたのだろう。

 ああ、やってしまった。

 ノア隊長は見逃さず追いかけてくれているだろうが、これは帰ったらザック隊長に怒られるなぁ。だからお前は未熟なのだと。シンはしゃがみ込んで溜め息をついた。



 バッチは、海沿いから『ファルの町』をぐるりと囲んでいる森の中を進む。『ファルの町』の外れにある森の中には、『ファルの町』の領主所有の別荘がある。そこは避けなければならない。
 おかげで遠回りになるが、バッチの速さと足腰の強さなら三十分と経たないうちに目的の建物にたどり着いた。

 森の奥、北の国に向かう道沿いにある煉瓦造りの建物は高い屏に囲まれていた。屏は石畳で建物を覗く事は出来ない。入り口だけは鉄格子の門となっている。大きな屋敷だというのに門番はいなかった。バッチが鍵の開いた鉄格子の門を開き中に入る。

 門から玄関口まで続く長い道を歩く。庭があるが草花は朽ち果てていた。

 重厚な扉を開け屋敷に入る。入り口の広間には飾られた絵があり、高価な壺が飾られている。二階に続く階段が中央に広がる。その二階から若い女の笑い声が聞こえる。一階にいて聞こえるのだから部屋の扉を開け放ち、大きな声で笑っているのだろう。とても楽しそうに笑っている。一人ではなく、数人の声が響いていた。
「こっちは様子見だってのに暢気だな」
 その声を聞いてバッチは溜め息をついた。

 壁に設置されたランプの光の中、一階の通路を歩いて応接室にたどり着く。
 応接室の扉を開けると、お香の香りが立ちこめていた。

 応接室の家具はどれも高級品だった。奥にある中庭を覗く大きく開いた窓には、ベルベッドの深紅のカーテン。カーテンの裾部分には金色の模様の刺繍が施されていた。

 真夜中だというのに高い屏に囲まれた屋敷である事と、雨季明けの蒸し暑い夜を良い事に、カーテンも窓も開け放たれたままだった。

 部屋の中央には、磨かれた茶色いテーブルに、革張りの一人座りの椅子が三つに、向かい側には長椅子が一つ。

 テーブルの上には、茶色くすすけたお香のお皿が置かれており、深緑色をしたお香が煙を一筋立ち昇らせていた。そんなしっとりと落ち着いた部屋に似合わない声と、ギシギシと椅子を軋ませる音が聞こえる。
 
「あっ、いいよぅ、きもちいいよぅ……あっ、ああ」

 白い肌をした若い女が、腰まで伸びた金髪を振り乱して独り言を呟く。緩くカールしていた髪の毛が揺れている。
 若い女は素っ裸で銀色のヒールを履いたまま、一人座りの椅子に座った男に跨がり腰を振っていた。男は服を着たままだった。派手な青色のチュニックを着ていた。複雑な動物のを模した刺繍が描かれている。チュニックを腰までたくし上げズボンの前だけを開けていた。若い女はそそり立つ男自身に自ら跨がっていた。
 若い女の瞳は焦点が合わず、ぽってりとした唇の端からは涎が垂れていた。
「こら。挿入したばかりだろ」
 座っている男が女の動きを止めるべく、カールした金髪の髪の毛を後ろに引っ張った。若い女はこれから成長しそうな小さな胸を突き出し、腰を反らせて天を仰いだ。

「あーっあっあっ」
 そう呟くと体を硬直させて気を失い、跨がっていた男に倒れ込んだ。男は柔らかな体を片手で抱きながら、若い女の顔を覗き込んだ。白目を剝いて口を半開きのまま意識を失っていた。
「あーあ、すぐに意識を失う様になってきたなぁ。薬が効き過ぎか?」
 男は呟きながら、引っ張った髪の毛から手を離し、ソファに深く背を預ける。

 若い女は男の上でだらりと力が抜けたままとなった。

 外から戻ってきたバッチはボロボロのコートを脱ぎ部屋の隅のフックにかける。

「バッチお帰り。遅かったじゃないか。あまりにも遅いから家主は二階で女達と盛り上がってるぜ」
 女と下半身を繋げたまま、青いチュニックの男が片手を上げた。男は金髪を短く刈り上げていた。刈り上げた首から耳の後ろにかけて蔦の様な模様のタトゥーが見えた。

「コルト……出て行く前にもやってなかったか? というか、今お前に跨がっている女は、俺が出掛けるまで躾けてたって言うのに」
 バッチは青いチュニックの男をコルトと呼んだ。そして倒れ込む若い女を見て溜め息をついた。

「だってさ、お前がいないからこいつが勝手に俺に跨がってきたんだぜ」
 ヘラヘラ笑って目尻に皺を寄せるコルトに、バッチは舌打ちをして赤いチュニックの腰に手を当てた。赤といってもオレンジ近い朱色だった。バッチのチュニックも細かい刺繍が施されている。
 バッチはソフトモヒカンの頭を撫でながらコルトの隣にある一人座り用の椅子に座る。

「でぇ~どうだったんだよぉ『ジルの店』は老舗らしいけど古くさい店だったのか? 確か相当恐ろしい元女海賊が経営しているんだろ」
 倒れ込む女の頬を撫でながらコルトは尋ねた。
「ああ。いい女だったぜ。ジルとか言う店主。歳は俺達と変わりなさそうなのは残念だがな」
「ババァじゃ仕方ねぇな。でもいい女なら、であっという間に飛ばしてやったらいいんじゃねぇ?」
 コルトが磨き上げられたテーブルの上に散らかっている、薬の元である薬草を細かく潰したものやそれを練り込んだお香を指さして笑う。

「コルト、少し黙ってくれ」
 するとコルト達と向かい側の長椅子に座っていた男が低い声で呟いた。

「ダンク、そう言うけどさぁ、こいつ全然意識戻らないしさぁ」
 コルトが口を尖らせながら、若い女の胸の尖りを弄り始める。しかし若い女は白目を剝いたままで、起きる事はなかった。

「後で好きなだけやればいいさ。それにもっと女が気をやるそして楽しめる方法を教えてやる」
 ダンクと呼ばれた長椅子に座る男は口を歪めて笑った。ダンクもコルトやバッチと同じ様なチュニックを着ていたが、二人のものより更に高級品だった。
 深紅のチュニックには黒と金の刺繍が施されており、植物の蔦の様な模様が描かれている。腰帯は金色で見事に編み上げられたものだった。
「まだ、飲んだり、煙を吸ったり以外の、凄い使い方があるのかよ」
 コルトが感心した様に声を上げた。
「そうさ。俺もたまにしかしないやり方さ。もっと女は嬌声を上げてよがり狂う。男もそりゃあ何発だって出来るんだ。さて、バッチ。帰ってきたって事は泊まらせてもらえなかったか」
 ダンクの顔は皺が多いが非常に整っていた。少し垂れた瞳は明るい緑色で優しく見える。歳のせいか目尻には細かい皺が見えるし、白髪交じりの金髪は一房だけ後ろで縛っていたがその他耳元などは短く刈り上げられていた。だが、物腰も柔らかいので若い頃から女性に人気があった。

「ああ。今日は客が一杯なんだと」
 バッチは両手を上に上げておどけてみせる。それから、テーブルの上に置いてあったワインをグラスに注いだ。そしてバッチは話を続ける。
「というのは、嘘だろうな。明らかに怪しそうだからな。簡単に泊める馬鹿ではないという事だろう。しかしアルが言っていた程、やり手には見えなかったな。大したことなさそうな店主だったぞ。本当に元女海賊なのか?」
 バッチは首を軽く振って唇を歪めて笑った。

「そうか。では領主の長男アルが言っていたのは嘘か。かつてファルの広大な海に隠された財宝を求めて船を出した女海賊。頭がよくやり手だと聞いたが所詮海賊のお飾り、お守り代わりの女だったという事か」
 ダンクが軽く笑う。そして足を大きく広げて深く座る左右の膝に、金髪の巻き毛の女がそれぞれ頭を預けていた。
 右側の女の背中を撫でるとピクリと動く。二人共黒いレースのブラジャーとショーツを身に付けており肌はオイルが塗られた様に艶々と輝いていた。

 左右にだらりとしている女は、コルトに跨がる女同様若かった。美しい肢体を投げ出したままで、テーブルの上で立ち昇るお香の煙を無言で見つめていた。

「何でもそのジルという店主は陸上部隊、大隊長と恋人らしいからな。どうせ、大隊長の力でも借りて経営しているのだろうよ。所詮体だけの女だろうさ」
 バッチは少し苛ついているのかテーブルの上に置いてあった紙巻き煙草を手に取り火をつけた。煙を吸い込みゆっくりと吐く。その行為を二、三度繰り返してゆっくりと体をソファに預けた。

「そうか。なぁ金髪で体格の良い男はいなかったか? 後プラチナブロンドの噂の踊り子は見たか?」
 煙を深く吸い込み吐き出すバッチの姿を見ながらダンクは尋ねる。そして、右の女の背中を軽く押して起きる様に促した。すると若い女は体を起こし、立ち昇る煙越しにバッチをボンヤリ見つめた。

「ああ。金髪の男なぁ。入り口のカウンターにいたな。確か、客の話では名は『ザック』という男らしい。プラチナブロンドの踊り子は髪の毛が短くなったと話を聞いたな。相当美しいそうだ。だが、姿は見なかった。名は『マリン』と言うらしい」
 バッチは早々に煙草をお香が置いてある皿の上に擦りつけ火を消した。

「ザック……マリン……」
 バッチの言葉をオウム返しで呟いたのはダンクだった。

「それにプラチナブロンドの男もいたぞ。そうかあいつが領主の長男アルが言っていた弟のノアとか言う男か。いかにも坊ちゃんという風貌だった。アルと同じでふぬけなんじゃないか? それにあいつやたら俺の体臭を嗅ぎやがって。この薬の匂いに気がついたみたいだったな。ま、気がついたところで草が焦げた香りとしか認識出来なかった様だがな」
 バッチは、ははっと笑ってグラスに入ったワインを飲み干した。

 バッチは煙を吸って落ち着いた様だが、すぐに緑の瞳に欲望をたたえていた。ダンクの右にいる女にその視線が注がれている。

 ダンクもそれに気がつくと右の女の背中を再び押して、バッチの方に行く様に促す。
「そうか。よくやったぞそれだけ分かれば十分だ。さぁ、お前は疲れたバッチを癒やしてやるんだ」
 若い女の頬を撫でるとボンヤリした様子でゆっくりとソファから立ち上がり、フラフラしながら向かい側のバッチに向かって歩き出す。途中で背中の後ろで止めていたブラジャーのホックを外し、バッチの前に来るとショーツを脱いだ。
「自ら下着を脱ぐ様になったか。いいぜ、来いよ」
 両手を広げたバッチの前で若い女は跪き、チュニックを捲り上げズボンのファスナーを下ろす。
「そうだ、バッチ。跡をつけてきた奴らは、巻いて来ただろうな?」
 ダンクはバッチを眺めながら左に横たわる若い女の顔を撫でる。

「もちろんさ。そのノアとか言うお坊ちゃんと部下らしき男二人が追って来たが大した事ない。撒くのも簡単だった、さ!」
「んっ」
 バッチのそそり立った杭をズボンから取り出した若い女が跨がった。そのせいでバッチは語尾が嬉しそうに上がった。
「そうか。ならいいさ」
 ダンクが満足そうに笑った。

 ゆっくりと腰を前後に動き出す女をウットリと見つめながらバッチが思い出した様に話し出した。

「ほら胸を突き出せ触ってやる。そういえばさ珍しい女を見たぜ。黒髪で黒い瞳の女だ」
 バッチの指に翻弄され女が嬌声を上げる。

 その声を聞いてコルトの上に跨がっていた女も目を覚ました。ずっとコルトが胸の尖りを弄っていたので意識が戻った途端喘ぎ出す。

「お、やっと気がついたか? ほら、もっと凄い事してやるから頑張れよ。へぇ~黒い瞳に黒い髪か。それは東の方の女だな。奴隷売買でもまだ目にした事がないなぁ」
 コルトが跨がった女のお尻を軽く叩いた。

「若い女でかなりの上物さ。どうやらそのザックとか言う男の女でナツミと言うらしい。店のウエイトレスをしている様だが、人気があるみたいだったぜ。こら、ゆっくり動けよそんな早く動くな」
 バッチは女を抱きしめた。女はバッチの服についた匂いを必死に嗅いでいた。どうやら先程の煙草の煙を嗅ぎたいらしい。残り香を嗅いだらウットリして微笑み、口の端から涎を垂らした。

「へぇ。ザックのか」
 ダンクは興味が出た様に声を上げた。
「ああ。胸もお尻も小さいがこれからまだまだ成長しそうだったし、なんせあのザックとか言う色男が必死らしいからな相当いいんじゃねぇ? アレが。ちょっと俺も試してみたい」
 バッチはナツミ見つめてニタリと笑った同じか顔をして跨がる女を見上げる。女は嬉しそうにバッチの首にしがみついた。

「じゃぁ決まりだ。元々マリンは狙っていたが、その黒髪のナツミという女が今回の獲物だ」

「相変わらずダンクは悪くて酷い男だな。アルの奴は裏切りやがってと思うが、まぁ俺達にはよくある話だし気にはしていない。が──ダンクがそんなに狙いを定めるなんて珍しい。それ程にザックとマリンとか言う女が気にくわないのか。さては昔、何かあったのか? おっ、ここも良いのかほら弄ってやる。あっ、こらっ!」
 コルトは跨がる若い女の花芯を弄った。するとあっという間に女は高い声を上げて達してしまった。達した瞬間お漏らしをした様にコルトの服を水浸しにした。そして肩で息をしながらコルトにしがみつく。

「ははっ、相当お前のが気に入ったらしいな。もう、上の部屋で家主のエックハルト達とやって来いよ。隣町の身寄りのない女を五人ぐらい揃えているからさ。まだ幼いがなかなか締まりは抜群だし感度が良い。エックハルトは一人でもう何度もむさぼり食っているだろう」
 ダンクが手を叩いてコルトのべちゃべちゃになった服を見て笑う。コルトは両手を上に上げ若い女と繋がったまま抱きかかえて立ち上がる。
「分かったよ。じゃぁ今日は先に休むさ。っていうか、後でその凄いやり方教えろよ? 粉の方を使うのか? それとも煙か?」
「そう急かすなよ。後でな」
「必ずだぜ。さて、上の部屋でゆっくりするか。ほら、たっぷり可愛がってやる」
 女とコルトは部屋を出て行った。

「あっ、こら。お前も先にいくなよ!」
 気がつくとバッチの上で動いていた女も達した後ガクッと意識を失っていた。
「クソッ。少しの間お預けか」
 バッチが舌打ちをした。それを見たダンクは再び笑い、バッチのグラスに新たなワインを注いだ。
「夜は長いんだ。とは言うが、俺達には昼も夜も関係ないな。お前も二階に上がって楽しめよ。二人きりが良いなら部屋はいくらでもあるし」
「分かった。じゃぁ俺も先に上に行く。そういえば風呂のついた部屋が合ったな」
 そう言いながらバッチは女から自分のものを引き抜くと女を自分の方に担ぎ上げた。若い女はやはり意識がない。
「もっと大事に扱えよ。壊れるぞ」
 ダンクは優しい言葉を口にするが、若い女に対して何とも思っていない様だった。
「分かっているさ。なぁ、ダンク」
「何だ?」
「俺はマリンとか言う女にはあまり興味はない。だが、あの黒髪の女。ナツミには興味がある。だから、捕まえたらさ。俺に最初にやらせてくれよ。な?」
 バッチが静かにダンクに尋ねる。が、有無を言わさない様子だ。

 ダンクは口が上手く顔が良い。人を騙す事にかけては上手かったが、暴力的な事が男性の中で優れているかといえばそうではなかった。バッチは雇われ兵上がりでかなり乱暴だった。奴隷商人など危険な仕事と隣り合わせなのだから、こういう力でねじ伏せる人物は必ず一人雇う必要があった。既に付き合いは二年経つがそれは仕事仲間として繋がっているだけだ。当然雇っているのはダンクなので、金払いが悪かったり不満が募るならダンクにも暴力を振るう事もあるだろう。

「……いいだろう。だがその時はザックを血祭りに上げてからにしてくれよ」
「分かっているさ。それにしても人に執着しないダンクが珍しい。そんなにそのザックとマリンが気に入らないのか?」
 ダンクの答えに満足したバッチは満面の笑みを浮かべた。
「……そんな事はない。この『ファルの町』でめぼしいものを見つけただけの事だ」
「そうなのか? まぁどうでもいいが約束だ。今度こそ、黒髪のナツミとか言う女はコルトに先につっこまれるのだけはごめんだからな」
 もしかすると先程のコルトに跨がっていた女の事を言っているのだろうか。バッチはズボンの前を全開にしたまま女を担いで歩いて行った。

 応接室にソファに横たわるもう一人の若い女と残されたダンクはふと窓の外を眺める。
 生温かい風がダンクの頬を撫でた。
 
「執着ねぇ。そんなつもりはこれっぽっちもない──と思っていたのにな」

 十年前、踊り子集団に属し踊りながら町を転々として金を稼ぐ生活を行っていた。そんな中、ダンクは踊り子仲間の見目麗しい男女を使い、自分の出身地に生息する植物──薬を使って体を売る商売を始めた。町から町を移動するから少しの悪さをしたってバレる事もない。

 踊り子内でも一際美しい少女であるマリンをずっと守っていた両親が亡くなった。マリンをまずはこの手で味わい、そして金を稼げる原石の様な少女だと思っていたのに。
 たまたま訪れた『ファルの町』で逃げ出され、裏町で好き勝手に生きている男、ザックにしてやられたのは忘れもしない。

 必ず美しくなると思っていたマリン。この俺の目に間違いはなかった。金儲けのために一番待ち構えていたというのに。それをあっさり寝取られた事を思い出すと怒りに似た腹立たしさがこみ上げる。

 そういえばマリンとザックが寝た事を領主の長男アルに話したが。その話を上手く生かせたのだろうか。あいつも弟を相当恨んでいた様だが。

 女という女を渡り歩いてきた当時の俺は三十前だった。女は俺に抱かれるためなら、大抵跪いたと言うのに、その上を行く男ザックがいたとは。
 しかもザックは当時、二十歳にも満たなかったのだ。
 
 くやしい、くやしい、くやしい。
 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。

 しかし捕まるわけにはいかず、俺はファルの町を後にした。

 そして十年経った俺は当時の踊り子集団を解体し、影では奴隷商人という仕事で成功させ香辛料商人と偽り再びこの地に立った。

 今度こそあの男、ザックに仕返しをしてやる。
 立ち上がり大きく開いた窓の外から、荒れ果てた中庭を見つめる。

 金を持っているが女に縁のないこの屋敷の家主エックハルトを取り込むのは実に簡単だった。奴隷としてさらった女と薬を使い快楽に誘う。すっかり俺を迎え入れ、匿ってくれている。もう薬に頼ってしか生きていけないエックハルトは廃人も同然だ。この荒れ果てた庭同様、死が近づいてきている。

「『ファルの町』に住まう奴らは、馬鹿な奴らばかりだ。くだらない兄弟喧嘩の為に奴隷商人と平気で繋がる領主の長男だろ? そうして、平和ボケした好き勝手をして生きる三男。それに、女も男に跨がる事に必死だし。本当にくだらない町だ」
 ふと呟くとソファに放り出した女が上等な絨毯の上に転げ落ちる音がした。

 奴隷として連れてきたこの若い女もすっかり薬の虜となっている。今だって転げ落ちてから何をするかと思えば薬草を練り込んだお香の香りを必死に嗅いでいる。

 この薬草を育て乾かし細かく砕く。煙草の様にして煙を吸うと効果が現れる。

 女には腐った果物の様な香りがして、男には焦げた草の様な香りがする。だがこのお香は品質の良いものだけを集めているので、甘い果実の香りがするはずだ。

 効果は人それぞれで、気持ちが悪くなるという人もいれば気持ちが良くなるという人もいる。使い方は様々だが男も女もセックスに使うと、今までに感じた事がない快楽を得て虜になる。だが、使いすぎるとそれがないと何も感じなくなる。そしてだんだんやるだけになっていく。そして最後は壊れてしまう。

 ここ数年一緒に仕事をしてきたコルトとバッチもソロソロ壊れかけている。ダンク自身もそうなのかもしれない。

「マリンにナツミか。ザックやっとお前に仕返しが出来るぜ。女を二人失った時のお前の顔が見物だな」

 何もない荒れ果てた中庭にダンクの薄く笑う声が響いた。
 
 しかし、荒れ果てた庭の片隅にはノアが隠れており、ダンクの独り言を聞いていた。

 ダンクはノアがいた事に気がついていなかった。
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