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112 仲良くなる方法
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もう少し眠っていたいのに寒い。私は体を震わせた。
横になって丸くなる。出来るだけ縮こまって体温が逃げない様にしてみる。
なのに、シーツが直接肩口に当たって冷たさを感じる。
私はベッドの上で裸で眠っているの? 違う、水着のままか。そういえば、化粧も落とすのを忘れている。ミラやマリンに手入れがなっていないと怒られるかも。
確か、朝方までノアの帰りを待っていて、その後話を聞いてからマリンと盛り上がって電池が切れた様に眠ったのだっけ。
ジルさんの執務室にいたけれど、眠たくて動けなくなってザックとノアに支えられて私達はベッドに横になる様に言われて。
私は目を閉じ夢心地の中、朝方の出来事を思い出していた。
何も出来ないと嘆いたけれど、何が出来るかを考えると未来がとても明るいものだと感じて考えて知恵を出す事が楽しくなってきた。そうだ、私は前に進むしか出来ないのだから。朝方まで起きていたからなのか、私とマリンは男性陣が引く程にハイテンションになっていた。
そんな時、マリンが「そういえば」とミラがニコ用の水着を作ると言っていた話を思い出した。
「ニコには是非水着を着て貰わないと。ミラが言っていた町の女の子にもオベントウを買って貰う橋渡しをして貰わないとね」
マリンが嬉しそうに話す。
「軍人だけではなく小さくて安いおにぎりをオベントウとして町の女性達にも売る事が出来ればいいよね」
私もマリンの手を握りしめながら話す。
「想像したら楽しみだわ。私達も町の女の子と仲良く出来るかしら」
マリンが天井を見つめ想像をする。
町の女の子は『ファルの宿屋通り』で働く女性を敵視しているそうだ。同じ女性でありながら、必要以上に男に媚びを売ると思っているから嫌われやすい。
『ファルの宿屋通り』で働く女性に、思いを寄せている男性を寝取られたとか奪われたとか。高給取りで逞しい軍人やお金持ちの男性は、町の女性達にも人気がある。『ファルの宿屋通り』の酒場は人気男性の遊び場になっている。だから、人気男性と町の女性、店で働く女性は三角関係的な色恋沙汰も多くある。しかも店で働く女性は場合によっては、一夜を共にする事もあるのだからトラブルが後を絶たない。
──という話を、お昼休みの狭い路地でトニとソルが沢山教えてしてくれた。おかげで『ジルの店』の外に出歩かない私でも、何処の店にどういった女性がいるとか、裏町にはこんな女性がいるとか事情通になる事が出来た。
「そうだよね。仲良くなりたいよね。町で流行っている事とかお店とか知りたいよね」
トニとソルの話では町は沢山のお店があり、お菓子やアクセサリーなど安く買えるそうだ。ザックと一度だけ裏町に行ったけれども、お店を見て廻る余裕なんてなかったし。とても興味がある。だからこそ、町の女性達とも仲良くしたい。
「でもね。ナツミが言っていた仲良くなったとして『その先』をどうするかよね」
マリンがうーんと唸った。
「そうだよね。前に話した時は『ジルの店』に女性を集客して、甘いものを提供するとか男性との相席的な出会いの場にするとか、話したよね」
マリンとザックの関係が気になり、その事を全く相談出来ていなかったけれども、おにぎりやおにぎりを売る移動式の屋台はほぼ出来上がっている様だ。
オベントウを女性に売った後の集客をどうしたら良いかについては、相談出来ていなかった。どんな事が出来るだろう。
「オベントウ売りはそもそもお昼の集客が減っているから、こちらから出向いてお昼の売り上げを上げるための作戦でしょ。さらに、そこから女性客も取り込んでというのは新しい事の一つでしょ。結局は女性の集客も売り上げを上げるための新しい標的よね」
ジルさんが私とマリンの話を上手くまとめる。
「売り上げを上げる……」
私が呟くとジルさんが大きく頷いた。
「女性の集客を何処に持っていくかだけれども、その相席というのかしら? 最終的にたどり着くのが男性との出会いの場っていう考えは悪くないと思うけれど、一足飛びに出来るとは思えないわね」
ジルさんが首を軽く左右に振る。
「そうですよね」
売り上げと女性の集客という目標は、かなりハードルが高い。
「あと、オベントウを売る事で派手に目立って貰わないと。奴隷商人もそれで誘き出して血祭りに上げるのだからね」
相当奴隷商人に舐められたのが気に入らないのか、ジルさんの中では血祭りに上げる事になっている。奴隷商人も恐ろしい人を敵に回したものだ。ジルさんとしては一石二鳥、どころかそれ以上を狙っているのだろう。
「奴隷商人をオベントウ売りで隠れ家から上手く誘き出す、か。そうだな、奴らはナツミとマリンそして俺に接触したいだろうし。出来たらダンクをはじめとする三人一度に捕まえてしまいたいな」
ザックが腕を組んだ。
「そうだな。まとめて捕まえたいな。オベントウ売りで派手に目立つといっても、町で好意的な話題になる事が重要だな。奴らは派手好きそうだし、華やかで人気の女を攫う事が出来ればザックが悔しがると思うだろう」
ノアも同じ様に腕を組んだ。
「そうだな、オベントウ売りを暢気にしている振りをして隙を与えて捕まえる、か」
ザックがノアを真っすぐ見つめた。ノアも大きく頷いた。
「オベントウを暢気に売るためには、町に馴染んで受け入れて貰う必要があるわ。軍人がオベントウに飛びつくのは想像出来るけど、町の女も味方につけないと。そうなると、私達の事を町の女達に良い印象を持って貰わないといけないわよね。女特有のやっかみから奴隷商人につけ込まれる場合だって考えられるし」
ジルさんも腕を組んで考え込んだ。
「課題その一は町の女の子に良い印象を持って貰う事か。そもそも踊り子の印象は、町の女性はフィルターがかかっている様だし」
「ふぃ、ふぃるた?」
私の呟きにマリンが首を傾げた。
「フィルターっていうのは、言い換えると『踊り子』ってだけで町の女性達が毛嫌いをしてしまうって事だよ」
「ああ、そうね。踊り子はすぐに色目を使うって思われているから嫌われるわね。男性の取り合いで争いになる事もあるし」
シュンとなるマリンだった。
争いか。喧嘩どころでは済まないのかな。やはりトニやソルの話は大げさでもない様だ。
「課題その二は、良い印象になって売り上げに繋げるために、女性に店に来て貰うと。何の意味もなく『ジルの店』に来る事はないし。今の夜型営業では男性が好んで来るだけだよね。それにソルがよく言ってるけど、お金をあまり持たない裏町の人間が『ジルの店』に来るとは思えないし」
ブツブツと私が呟くとシンが強く頷いていた。
「そうだな。もちろん夜の店には女性が来るのは物騒で危ない。金がないのは男女共に関係がないけどな。裏町の人間は日々商売や仕事を小さい頃からしているけど、それは家族を養うためだったりするためだしさ」
「そうだよね」
日本でも仕事やバイト、お小遣いがなければ苦しいし、それが生活がかかっているとなると尚更だよね。これでは無理な話だ。男性との出会いの場だけではなく、利益どころではない。
「課題が盛りだくさんすぎてとてもじゃないけれど難しいかな。そもそも相席というか男女の出会いみたいな事を考えているけれども……そういう事を本当に町の女性達は望んでいるかな。となると、ニコの水着も微妙? 結構楽しみだったのに」
まとまらない考えを頭の中で考えれば良いのだが思わず口にしてしまう。何良い案がないものか。グルグルと考えた時だった。
「ニコの水着? さっきも言っていたがどういう事だ。ナツミは何でニコの水着姿が楽しみなんだ」
「そうだぞ。マリンもニコが町の女の子との橋渡しって。まだ子供のニコを水着姿にして、何を見せるつもりだ」
ザックとノアが水着という言葉に引っかかり、怒り気味の声を上げる。
「ニコの水着っていうのはね、ミラの案なんだけれども」
私が説明しようとしたら、シンが手を叩いて話し始めた。
「ミラの案って。そういえばピッタリした男性用の水着をミラが作っていましたよ。男性用ですけれども凄くピチピチで。こんな女性の下着を男性用に改良した様な形なんです。けれども──」
シンが水着の形を手で空中に描く。以前ミラのラフスケッチと同じ様だ。かなりピッタリした男性用ビキニだった。
その形にザックとノアが小さく悲鳴を上げた。
何故、悲鳴? 私とマリンは二人の様子を横目にシンの説明に付け足した。
「それの事だよ。ニコの水着出来ていたんだね」
「そんな形だったわね。もう出来ているなら早く見たいわよね。ニコが着ている姿」
私とマリンが顔を見合わせて頷いた途端、弾けた様にザックとノアが怒りだした。
「何だとナツミ。ニコの奴のを見てどうするつもりだ。大体俺のをいつも見てるだろ。まさか……今更ながら他人のが見たいとか」
「他人のが見たいって?」
ザックに肩を掴まれて揺さぶられるが私は意味が分からず首を傾げる。
「マリンまでそんな事を言い出すなんて。ナツミが見たいっていうのならザックのがうつったと思うが、まさかマリンまで考えがおかしくなったか」
「おかしくなるって?」
マリンもノアに肩を掴まれ私と同じ様に揺さぶられている。
それからザックとノアの視線が自らの下半身に注がれる。私とマリンはつられて視線を落とす。その視線の先にあるのは、それぞれの──
それに気がついて私とマリンが顔を真っ赤にした。二人ときたらどれだけ男性目線で水着を見ているのかが分かる。
「そ、そんな訳ないでしょ。ザックの馬鹿っ。水着姿の話をしているだけなのにどうしてそんな局部に注目するのよっ!」
「そうよ大体ノア達の方がそういう事で頭がいっぱいだからそんな事を考えるのよっ!」
私とマリンが抗議の声を上げた。しかし、ザックとノアは一歩も引かなかった。
「ならば何でそんなピッタリした水着なんだよ。男の場合は大きくなるから中身が見える事も考えられるだろ。そうだ、外にポロリとなるだろ」
ザックが濃いグリーンの瞳を光らせて真剣に訴える。
「大きくなる?!」
「外にポロリ?!」
私とマリンが顔を赤くして肩を上げた。何て事を言い出すのか。
「そうだぞ。そんなにピッタリしているならどう考えたって見たいのは、ちん」
「「キャーッ!」」
ノアが局部の名前を呼びそうになったので、私とマリンは遮るための悲鳴を同時に上げた。
「ザックが言うなら分かるのに、何でノアがそんな部位の名称を言い出すのっ」
「ナツミは何でノアだけ違う様に扱うんだよ。俺もノアも変わらないって言っただろう」
「部位ってそんな言い方をしなくても。結局は同じだろ、ちん」
「キャーッ、ノアっ止めてよ。恥ずかしいから黙って」
「何でだよマリン。大体俺と二人の時はちゃんと言うだろ。というか呼ばせているだろ? その時も恥ずかしそうにしてるけど。ちゃんと、ちん」
「えー?! そ、そうなのマリン」
「えっ!? そ、それは、その、そういう風にノアが言えって言うからっ」
「ああ、そういえばノアって、言葉で責めるのも責められるのも好きだよなぁ。っていうか、何か言葉で興奮するところあるな」
「そうだな興奮するな。言葉で責めるのも責められるのも……って、何言い出すんだよっ! ザックっ」
私達は眠らずの弊害が出て来た。話は横道をそれて迷走をはじめてしまった。
「ああ~話が脱線。本当にあんた達は平和よねぇ。だから『平和ボケした三男』だと奴隷商人に言われたのね」
ジルさんが溜め息交じりにポツリと呟いていたのをシンは聞き逃さなかった。
「ザック隊長もノア隊長もニコの水着をそんなに気にしなくても。むしろ実用的だけど」
ニコ用と言いながら制作者のミラから、散々試着をさせられ慣れてしまったシンがポツリと呟く。
ミラの作った水着だけを見ると確かに女性の下着が男性用に改良された様に見えるかもしれないが。もちろん初めて作るものなのだから、体に合わせるために試行錯誤が続いた。もちろんザック隊長が言う様にポロリもあったのは確かだ。しかし、実際着てみると鍛え上げられた体が美しく見える。
ネロが改良したという水着用の布は、水の抵抗も少ないものだった。体にピッタリしているので、泳ぐ時には凄く良いものだと実感していたからだ。
軍に取り入れるべきなのではないか? シンはそのぐらい良質なものだと感じていた。
「本当にね。そんなに他の男に目を向けられるのが嫌なら自分達も着れば良いのに。あら? それってなかなか良い考えじゃないかしら?」
ジルさんがワインを一口飲んで呆れながら呟いた言葉は、今の私達には届かなかった。
そんな風に朝なのに眠らずに大騒ぎしたせいで疲れ果ててしまったのだ。
お風呂にも入らず、化粧も落とさず、水着のまま眠りについてしまった。マリンと寄り添いながら眠りについた記憶があるけれど。
そのマリンの体温を隣で感じていたのに。今はその温かさがない。
「寒っ……」
ポツリと思わず呟くと、私を背中から抱えこむ様に抱きしめる逞しい腕が回される。
動く事で香るベルガモットはザックだ。隙間なくくっついた背中にザックの素肌が当たった。水着で剥き出しの背中にザックの温かさが伝わり、寒さで縮こまった体の力が抜けた。
それがザックにも伝わったのか、ザックが後ろから私の首筋に顔を埋める。
「ん~ナツミ……」
ザックも寝ぼけているのか掠れた声で私の名前を呼ぶ。それから熱い吐息を耳に吹きかけ柔らかい唇で耳朶を挟んだ。
「ん……」
ザックの回された腕を私は抱きしめた。ザックは上半身裸の様だがとても温かかった。体温を分けて欲しくて目を閉じたまま、顔をすり寄せ私の首に埋まったままのザックの髪の毛に顔を埋めようとした時だった。
「ん。はぁ、駄目よ……朝から」
「ん……こっちへ」
衣擦れの音が聞こえてキスを繰り返すリップ音が耳に入る。
ザックったら、昨日寝てしまったからって朝からそんな──
あれ? 私、声を出したっけ? それにこの声ってザックの声ではないよね。
そう思った時だった。
「あっ……ノア。そこっ、んっ」
「マリン足を少し開いて……」
その艶めかしい声は私とザックの声ではなかった。
私は突然目覚めた。
状況は大きなダブルベッドに左からノア、マリン、私、ザックの順番で眠っていた。
私とマリンは昨日の衣装のまま。ノアとザックは上半身裸で寝巻き代わりのズボンを穿いていた。男性二人だけシャワーでも浴びたのかさっぱりしていた。
私の目の前に合ったのは、マリンに覆い被さりキスを繰り返すノアだった。
ノアの手がマリンの背中に回され、白い素肌の上をゆっくりと滑っていた。その微妙な触れ方にマリンが体を震わせていた。
私は驚きヒュッと息を吸い込んだ。
目の前でマリンの唇に吸いつくノア。二人共寝ぼけているのか瞳を閉じたままお互いのキスに夢中になっていた。そこで、ノアが本格的にマリンの衣装のブラジャーを上にずらして白い胸をぷるんと震わせながら取り出した。
マリンの大きくて形の良い乳房が横にぷるんと音を立てた様な気がした。まるで柔らかなプリンの様で、頂きは綺麗な薄いピンク色──
それを見た途端私は大きな悲鳴を上げてしまった。
その声を聞いたマリンにノアは突き飛ばされベッドから転げ落ちた。そして、ザックもノアと同じ様にベッドから転げ落ちていた。
「イテテ……腰から落ちるとか」
ノアがベッドに腰掛け、両手で後ろの腰を叩いて顔をしかめた。
「はは、いきなり寝ぼけておっぱじめるからだろって、イテテ。俺もたんこぶが出来たみたいだ」
ザックは頭をさすりながら笑っていた。
「だからって、ナツミは悲鳴を上げる必要があったかよ」
ノアが私を睨みつける。だけれど私はノアと視線を合わせる事が出来なかった。
「ごめんなさい! だっていきなりあんな……」
私はザックの隣で顔を真っ赤にしてベッドの上で正座をする。
忘れそうにない。目を閉じてもマリンの乳房が浮かぶ。白くて柔らかそうだった。
「まさかノアとマリンが隣に眠っていると思っていなくて。それに二人がイチャイチャしているとは思ってないし。そんな時にマリンのおっぱいが目の前に、ぷるんって」
「もう、ナツミも! ぷるんじゃないわよ。ノアこそ何で二人がいるのにあんな、あんな事を~」
ベッドの奥の壁を背に体育座りをするマリンが顔を真っ赤にして叫んだ。相当恥ずかしかったのかノアを突き飛ばした後、一人ベッドの隅っこでシーツを被って固まってした。
分かるよマリン、かなり恥ずかしいよね。ネロさんやノアに覗かれた経験のある私は苦笑いになった。
「あんな事って言われても。ここは俺とマリンが泊まっている部屋だから、いつも通りにしただけだ。確かに寝ぼけていたのは事実だけれども。そもそも、マリンとナツミが手を繋いだまま眠るからこんな事になるんだろ。引き剥がそうと思っても二人共手を握り合ったまま離れないし。仕方がないから俺とマリンの時間泊の部屋でそのままナツミも寝かせておくって言ったのに。今度はザックがナツミと一緒じゃないと部屋に戻らないとか言い出すしで」
ノアが片足をベッドにかけて体をねじりながら後ろで体育座りをするマリンに文句を言う。
「寝ぼけすぎよ!」
マリンが真っ赤になり叫んだ。今までは長い髪の毛が顔を隠していたけれども、髪の毛が短くなって耳まで真っ赤なのが伺えた。
「いつも通りで朝からね~へぇ~」
ザックが片手を口に当ててニヤニヤしながらノアを横目で嫌らしく見つめる。
ノアはそんなザックの視線も何処吹く風で溜め息をついた。
「何だよ。ザックだって大して変わらないだろ。そもそもお前は、まだマリンと手を握って眠っているナツミにちょっかいを出そうとしていただろ。だけど、寝返りを打ったナツミの裏拳が顔面に当たって諦めたみたいだが」
「え。そんな事をしようとしていたの?」
ノアの発言に私は驚いてザックを見つめる。するとザックが口を尖らせた。
「バラさなくても良いだろ。だって、可愛い水着姿のナツミを独り占め出来ると思ったのにさ。いきなり奴隷商人は現れるし、話は朝まで尽きないし。時間がなかったから少しいいかなと思って」
「だからって四人で雑魚寝状態なのに」
相変わらずのザックに私は呆れるばかりだった。
「でもナツミの裏拳に撃沈したんだから勘弁してくれよ」
ザックが大きく伸びをしながらベッドから立ち上がる。そうして窓を開けて明るい日差しを部屋に差し入れた。先日までの雨季が嘘の様だ。真っ青な空と海鳥の鳴く声。そして潮風が入り込んできた。
「ああ、気持ちが良いな。まだ朝の早い時間だな。何だかドタバタですっかり起きただろ」
ザックが窓の外を見ながら大きく背伸びをした。上半身裸のザックは美しかった。
鍛えられた背中の筋肉がゆっくりと伸びたのが見えた。
「まぁ確かに。折角マリンとゆっくりしようと思ったが気も削がれたしな。短時間しか眠れていないが目が覚めたな」
ノアもゆっくりと立ち上がって背伸びをしてザックの隣に立ち開いた窓から外を望んだ。上半身裸なのはノアも同じで、鍛え抜かれた体が日差しに晒され美しかった。
おかげで、私とマリンは瞳を細めて眺めた。
美しい二人。
うっとり見つめる私達二人をよそに、ザックとノアは顔を見合わせてニヤリと笑う。
「さてナツミ。折角だから昼前まで町と海に繰り出そうぜ」
最初に話し始めたのはザックだった。
「え?! 海に行っても良いの? しかも町にも!」
それは何て嬉しいお誘いなのだろう。私は思わず正座をしたまま姿勢を正し思わず小さく飛び上がった。ザックとノアはそんな私の姿がおかしかったのか顔を見合わせて笑う。
「ああ。もちろんさ。俺達はオベントウを売りに行かなきゃならないからな。裏町の奴らに説明しておかないと後々厄介だし。それにナツミは町の女達とも仲良くなりたいんだろ?」
ザックが悪戯っぽく笑う。
「裏町の住人に挨拶がてら出掛けようぜ」
ノアもニヤリと笑った。
「挨拶かぁ。でも──」
もしかして、町の縄張りを荒らすな的な? そんな事を想像してしまう。
ザックが言う様に後々厄介だから──と聞かされると怖い気もする。
それでも私は、海に連れていってくれるという一言が嬉しくてベッドの上でバンザイをして寝転んだ。
横になって丸くなる。出来るだけ縮こまって体温が逃げない様にしてみる。
なのに、シーツが直接肩口に当たって冷たさを感じる。
私はベッドの上で裸で眠っているの? 違う、水着のままか。そういえば、化粧も落とすのを忘れている。ミラやマリンに手入れがなっていないと怒られるかも。
確か、朝方までノアの帰りを待っていて、その後話を聞いてからマリンと盛り上がって電池が切れた様に眠ったのだっけ。
ジルさんの執務室にいたけれど、眠たくて動けなくなってザックとノアに支えられて私達はベッドに横になる様に言われて。
私は目を閉じ夢心地の中、朝方の出来事を思い出していた。
何も出来ないと嘆いたけれど、何が出来るかを考えると未来がとても明るいものだと感じて考えて知恵を出す事が楽しくなってきた。そうだ、私は前に進むしか出来ないのだから。朝方まで起きていたからなのか、私とマリンは男性陣が引く程にハイテンションになっていた。
そんな時、マリンが「そういえば」とミラがニコ用の水着を作ると言っていた話を思い出した。
「ニコには是非水着を着て貰わないと。ミラが言っていた町の女の子にもオベントウを買って貰う橋渡しをして貰わないとね」
マリンが嬉しそうに話す。
「軍人だけではなく小さくて安いおにぎりをオベントウとして町の女性達にも売る事が出来ればいいよね」
私もマリンの手を握りしめながら話す。
「想像したら楽しみだわ。私達も町の女の子と仲良く出来るかしら」
マリンが天井を見つめ想像をする。
町の女の子は『ファルの宿屋通り』で働く女性を敵視しているそうだ。同じ女性でありながら、必要以上に男に媚びを売ると思っているから嫌われやすい。
『ファルの宿屋通り』で働く女性に、思いを寄せている男性を寝取られたとか奪われたとか。高給取りで逞しい軍人やお金持ちの男性は、町の女性達にも人気がある。『ファルの宿屋通り』の酒場は人気男性の遊び場になっている。だから、人気男性と町の女性、店で働く女性は三角関係的な色恋沙汰も多くある。しかも店で働く女性は場合によっては、一夜を共にする事もあるのだからトラブルが後を絶たない。
──という話を、お昼休みの狭い路地でトニとソルが沢山教えてしてくれた。おかげで『ジルの店』の外に出歩かない私でも、何処の店にどういった女性がいるとか、裏町にはこんな女性がいるとか事情通になる事が出来た。
「そうだよね。仲良くなりたいよね。町で流行っている事とかお店とか知りたいよね」
トニとソルの話では町は沢山のお店があり、お菓子やアクセサリーなど安く買えるそうだ。ザックと一度だけ裏町に行ったけれども、お店を見て廻る余裕なんてなかったし。とても興味がある。だからこそ、町の女性達とも仲良くしたい。
「でもね。ナツミが言っていた仲良くなったとして『その先』をどうするかよね」
マリンがうーんと唸った。
「そうだよね。前に話した時は『ジルの店』に女性を集客して、甘いものを提供するとか男性との相席的な出会いの場にするとか、話したよね」
マリンとザックの関係が気になり、その事を全く相談出来ていなかったけれども、おにぎりやおにぎりを売る移動式の屋台はほぼ出来上がっている様だ。
オベントウを女性に売った後の集客をどうしたら良いかについては、相談出来ていなかった。どんな事が出来るだろう。
「オベントウ売りはそもそもお昼の集客が減っているから、こちらから出向いてお昼の売り上げを上げるための作戦でしょ。さらに、そこから女性客も取り込んでというのは新しい事の一つでしょ。結局は女性の集客も売り上げを上げるための新しい標的よね」
ジルさんが私とマリンの話を上手くまとめる。
「売り上げを上げる……」
私が呟くとジルさんが大きく頷いた。
「女性の集客を何処に持っていくかだけれども、その相席というのかしら? 最終的にたどり着くのが男性との出会いの場っていう考えは悪くないと思うけれど、一足飛びに出来るとは思えないわね」
ジルさんが首を軽く左右に振る。
「そうですよね」
売り上げと女性の集客という目標は、かなりハードルが高い。
「あと、オベントウを売る事で派手に目立って貰わないと。奴隷商人もそれで誘き出して血祭りに上げるのだからね」
相当奴隷商人に舐められたのが気に入らないのか、ジルさんの中では血祭りに上げる事になっている。奴隷商人も恐ろしい人を敵に回したものだ。ジルさんとしては一石二鳥、どころかそれ以上を狙っているのだろう。
「奴隷商人をオベントウ売りで隠れ家から上手く誘き出す、か。そうだな、奴らはナツミとマリンそして俺に接触したいだろうし。出来たらダンクをはじめとする三人一度に捕まえてしまいたいな」
ザックが腕を組んだ。
「そうだな。まとめて捕まえたいな。オベントウ売りで派手に目立つといっても、町で好意的な話題になる事が重要だな。奴らは派手好きそうだし、華やかで人気の女を攫う事が出来ればザックが悔しがると思うだろう」
ノアも同じ様に腕を組んだ。
「そうだな、オベントウ売りを暢気にしている振りをして隙を与えて捕まえる、か」
ザックがノアを真っすぐ見つめた。ノアも大きく頷いた。
「オベントウを暢気に売るためには、町に馴染んで受け入れて貰う必要があるわ。軍人がオベントウに飛びつくのは想像出来るけど、町の女も味方につけないと。そうなると、私達の事を町の女達に良い印象を持って貰わないといけないわよね。女特有のやっかみから奴隷商人につけ込まれる場合だって考えられるし」
ジルさんも腕を組んで考え込んだ。
「課題その一は町の女の子に良い印象を持って貰う事か。そもそも踊り子の印象は、町の女性はフィルターがかかっている様だし」
「ふぃ、ふぃるた?」
私の呟きにマリンが首を傾げた。
「フィルターっていうのは、言い換えると『踊り子』ってだけで町の女性達が毛嫌いをしてしまうって事だよ」
「ああ、そうね。踊り子はすぐに色目を使うって思われているから嫌われるわね。男性の取り合いで争いになる事もあるし」
シュンとなるマリンだった。
争いか。喧嘩どころでは済まないのかな。やはりトニやソルの話は大げさでもない様だ。
「課題その二は、良い印象になって売り上げに繋げるために、女性に店に来て貰うと。何の意味もなく『ジルの店』に来る事はないし。今の夜型営業では男性が好んで来るだけだよね。それにソルがよく言ってるけど、お金をあまり持たない裏町の人間が『ジルの店』に来るとは思えないし」
ブツブツと私が呟くとシンが強く頷いていた。
「そうだな。もちろん夜の店には女性が来るのは物騒で危ない。金がないのは男女共に関係がないけどな。裏町の人間は日々商売や仕事を小さい頃からしているけど、それは家族を養うためだったりするためだしさ」
「そうだよね」
日本でも仕事やバイト、お小遣いがなければ苦しいし、それが生活がかかっているとなると尚更だよね。これでは無理な話だ。男性との出会いの場だけではなく、利益どころではない。
「課題が盛りだくさんすぎてとてもじゃないけれど難しいかな。そもそも相席というか男女の出会いみたいな事を考えているけれども……そういう事を本当に町の女性達は望んでいるかな。となると、ニコの水着も微妙? 結構楽しみだったのに」
まとまらない考えを頭の中で考えれば良いのだが思わず口にしてしまう。何良い案がないものか。グルグルと考えた時だった。
「ニコの水着? さっきも言っていたがどういう事だ。ナツミは何でニコの水着姿が楽しみなんだ」
「そうだぞ。マリンもニコが町の女の子との橋渡しって。まだ子供のニコを水着姿にして、何を見せるつもりだ」
ザックとノアが水着という言葉に引っかかり、怒り気味の声を上げる。
「ニコの水着っていうのはね、ミラの案なんだけれども」
私が説明しようとしたら、シンが手を叩いて話し始めた。
「ミラの案って。そういえばピッタリした男性用の水着をミラが作っていましたよ。男性用ですけれども凄くピチピチで。こんな女性の下着を男性用に改良した様な形なんです。けれども──」
シンが水着の形を手で空中に描く。以前ミラのラフスケッチと同じ様だ。かなりピッタリした男性用ビキニだった。
その形にザックとノアが小さく悲鳴を上げた。
何故、悲鳴? 私とマリンは二人の様子を横目にシンの説明に付け足した。
「それの事だよ。ニコの水着出来ていたんだね」
「そんな形だったわね。もう出来ているなら早く見たいわよね。ニコが着ている姿」
私とマリンが顔を見合わせて頷いた途端、弾けた様にザックとノアが怒りだした。
「何だとナツミ。ニコの奴のを見てどうするつもりだ。大体俺のをいつも見てるだろ。まさか……今更ながら他人のが見たいとか」
「他人のが見たいって?」
ザックに肩を掴まれて揺さぶられるが私は意味が分からず首を傾げる。
「マリンまでそんな事を言い出すなんて。ナツミが見たいっていうのならザックのがうつったと思うが、まさかマリンまで考えがおかしくなったか」
「おかしくなるって?」
マリンもノアに肩を掴まれ私と同じ様に揺さぶられている。
それからザックとノアの視線が自らの下半身に注がれる。私とマリンはつられて視線を落とす。その視線の先にあるのは、それぞれの──
それに気がついて私とマリンが顔を真っ赤にした。二人ときたらどれだけ男性目線で水着を見ているのかが分かる。
「そ、そんな訳ないでしょ。ザックの馬鹿っ。水着姿の話をしているだけなのにどうしてそんな局部に注目するのよっ!」
「そうよ大体ノア達の方がそういう事で頭がいっぱいだからそんな事を考えるのよっ!」
私とマリンが抗議の声を上げた。しかし、ザックとノアは一歩も引かなかった。
「ならば何でそんなピッタリした水着なんだよ。男の場合は大きくなるから中身が見える事も考えられるだろ。そうだ、外にポロリとなるだろ」
ザックが濃いグリーンの瞳を光らせて真剣に訴える。
「大きくなる?!」
「外にポロリ?!」
私とマリンが顔を赤くして肩を上げた。何て事を言い出すのか。
「そうだぞ。そんなにピッタリしているならどう考えたって見たいのは、ちん」
「「キャーッ!」」
ノアが局部の名前を呼びそうになったので、私とマリンは遮るための悲鳴を同時に上げた。
「ザックが言うなら分かるのに、何でノアがそんな部位の名称を言い出すのっ」
「ナツミは何でノアだけ違う様に扱うんだよ。俺もノアも変わらないって言っただろう」
「部位ってそんな言い方をしなくても。結局は同じだろ、ちん」
「キャーッ、ノアっ止めてよ。恥ずかしいから黙って」
「何でだよマリン。大体俺と二人の時はちゃんと言うだろ。というか呼ばせているだろ? その時も恥ずかしそうにしてるけど。ちゃんと、ちん」
「えー?! そ、そうなのマリン」
「えっ!? そ、それは、その、そういう風にノアが言えって言うからっ」
「ああ、そういえばノアって、言葉で責めるのも責められるのも好きだよなぁ。っていうか、何か言葉で興奮するところあるな」
「そうだな興奮するな。言葉で責めるのも責められるのも……って、何言い出すんだよっ! ザックっ」
私達は眠らずの弊害が出て来た。話は横道をそれて迷走をはじめてしまった。
「ああ~話が脱線。本当にあんた達は平和よねぇ。だから『平和ボケした三男』だと奴隷商人に言われたのね」
ジルさんが溜め息交じりにポツリと呟いていたのをシンは聞き逃さなかった。
「ザック隊長もノア隊長もニコの水着をそんなに気にしなくても。むしろ実用的だけど」
ニコ用と言いながら制作者のミラから、散々試着をさせられ慣れてしまったシンがポツリと呟く。
ミラの作った水着だけを見ると確かに女性の下着が男性用に改良された様に見えるかもしれないが。もちろん初めて作るものなのだから、体に合わせるために試行錯誤が続いた。もちろんザック隊長が言う様にポロリもあったのは確かだ。しかし、実際着てみると鍛え上げられた体が美しく見える。
ネロが改良したという水着用の布は、水の抵抗も少ないものだった。体にピッタリしているので、泳ぐ時には凄く良いものだと実感していたからだ。
軍に取り入れるべきなのではないか? シンはそのぐらい良質なものだと感じていた。
「本当にね。そんなに他の男に目を向けられるのが嫌なら自分達も着れば良いのに。あら? それってなかなか良い考えじゃないかしら?」
ジルさんがワインを一口飲んで呆れながら呟いた言葉は、今の私達には届かなかった。
そんな風に朝なのに眠らずに大騒ぎしたせいで疲れ果ててしまったのだ。
お風呂にも入らず、化粧も落とさず、水着のまま眠りについてしまった。マリンと寄り添いながら眠りについた記憶があるけれど。
そのマリンの体温を隣で感じていたのに。今はその温かさがない。
「寒っ……」
ポツリと思わず呟くと、私を背中から抱えこむ様に抱きしめる逞しい腕が回される。
動く事で香るベルガモットはザックだ。隙間なくくっついた背中にザックの素肌が当たった。水着で剥き出しの背中にザックの温かさが伝わり、寒さで縮こまった体の力が抜けた。
それがザックにも伝わったのか、ザックが後ろから私の首筋に顔を埋める。
「ん~ナツミ……」
ザックも寝ぼけているのか掠れた声で私の名前を呼ぶ。それから熱い吐息を耳に吹きかけ柔らかい唇で耳朶を挟んだ。
「ん……」
ザックの回された腕を私は抱きしめた。ザックは上半身裸の様だがとても温かかった。体温を分けて欲しくて目を閉じたまま、顔をすり寄せ私の首に埋まったままのザックの髪の毛に顔を埋めようとした時だった。
「ん。はぁ、駄目よ……朝から」
「ん……こっちへ」
衣擦れの音が聞こえてキスを繰り返すリップ音が耳に入る。
ザックったら、昨日寝てしまったからって朝からそんな──
あれ? 私、声を出したっけ? それにこの声ってザックの声ではないよね。
そう思った時だった。
「あっ……ノア。そこっ、んっ」
「マリン足を少し開いて……」
その艶めかしい声は私とザックの声ではなかった。
私は突然目覚めた。
状況は大きなダブルベッドに左からノア、マリン、私、ザックの順番で眠っていた。
私とマリンは昨日の衣装のまま。ノアとザックは上半身裸で寝巻き代わりのズボンを穿いていた。男性二人だけシャワーでも浴びたのかさっぱりしていた。
私の目の前に合ったのは、マリンに覆い被さりキスを繰り返すノアだった。
ノアの手がマリンの背中に回され、白い素肌の上をゆっくりと滑っていた。その微妙な触れ方にマリンが体を震わせていた。
私は驚きヒュッと息を吸い込んだ。
目の前でマリンの唇に吸いつくノア。二人共寝ぼけているのか瞳を閉じたままお互いのキスに夢中になっていた。そこで、ノアが本格的にマリンの衣装のブラジャーを上にずらして白い胸をぷるんと震わせながら取り出した。
マリンの大きくて形の良い乳房が横にぷるんと音を立てた様な気がした。まるで柔らかなプリンの様で、頂きは綺麗な薄いピンク色──
それを見た途端私は大きな悲鳴を上げてしまった。
その声を聞いたマリンにノアは突き飛ばされベッドから転げ落ちた。そして、ザックもノアと同じ様にベッドから転げ落ちていた。
「イテテ……腰から落ちるとか」
ノアがベッドに腰掛け、両手で後ろの腰を叩いて顔をしかめた。
「はは、いきなり寝ぼけておっぱじめるからだろって、イテテ。俺もたんこぶが出来たみたいだ」
ザックは頭をさすりながら笑っていた。
「だからって、ナツミは悲鳴を上げる必要があったかよ」
ノアが私を睨みつける。だけれど私はノアと視線を合わせる事が出来なかった。
「ごめんなさい! だっていきなりあんな……」
私はザックの隣で顔を真っ赤にしてベッドの上で正座をする。
忘れそうにない。目を閉じてもマリンの乳房が浮かぶ。白くて柔らかそうだった。
「まさかノアとマリンが隣に眠っていると思っていなくて。それに二人がイチャイチャしているとは思ってないし。そんな時にマリンのおっぱいが目の前に、ぷるんって」
「もう、ナツミも! ぷるんじゃないわよ。ノアこそ何で二人がいるのにあんな、あんな事を~」
ベッドの奥の壁を背に体育座りをするマリンが顔を真っ赤にして叫んだ。相当恥ずかしかったのかノアを突き飛ばした後、一人ベッドの隅っこでシーツを被って固まってした。
分かるよマリン、かなり恥ずかしいよね。ネロさんやノアに覗かれた経験のある私は苦笑いになった。
「あんな事って言われても。ここは俺とマリンが泊まっている部屋だから、いつも通りにしただけだ。確かに寝ぼけていたのは事実だけれども。そもそも、マリンとナツミが手を繋いだまま眠るからこんな事になるんだろ。引き剥がそうと思っても二人共手を握り合ったまま離れないし。仕方がないから俺とマリンの時間泊の部屋でそのままナツミも寝かせておくって言ったのに。今度はザックがナツミと一緒じゃないと部屋に戻らないとか言い出すしで」
ノアが片足をベッドにかけて体をねじりながら後ろで体育座りをするマリンに文句を言う。
「寝ぼけすぎよ!」
マリンが真っ赤になり叫んだ。今までは長い髪の毛が顔を隠していたけれども、髪の毛が短くなって耳まで真っ赤なのが伺えた。
「いつも通りで朝からね~へぇ~」
ザックが片手を口に当ててニヤニヤしながらノアを横目で嫌らしく見つめる。
ノアはそんなザックの視線も何処吹く風で溜め息をついた。
「何だよ。ザックだって大して変わらないだろ。そもそもお前は、まだマリンと手を握って眠っているナツミにちょっかいを出そうとしていただろ。だけど、寝返りを打ったナツミの裏拳が顔面に当たって諦めたみたいだが」
「え。そんな事をしようとしていたの?」
ノアの発言に私は驚いてザックを見つめる。するとザックが口を尖らせた。
「バラさなくても良いだろ。だって、可愛い水着姿のナツミを独り占め出来ると思ったのにさ。いきなり奴隷商人は現れるし、話は朝まで尽きないし。時間がなかったから少しいいかなと思って」
「だからって四人で雑魚寝状態なのに」
相変わらずのザックに私は呆れるばかりだった。
「でもナツミの裏拳に撃沈したんだから勘弁してくれよ」
ザックが大きく伸びをしながらベッドから立ち上がる。そうして窓を開けて明るい日差しを部屋に差し入れた。先日までの雨季が嘘の様だ。真っ青な空と海鳥の鳴く声。そして潮風が入り込んできた。
「ああ、気持ちが良いな。まだ朝の早い時間だな。何だかドタバタですっかり起きただろ」
ザックが窓の外を見ながら大きく背伸びをした。上半身裸のザックは美しかった。
鍛えられた背中の筋肉がゆっくりと伸びたのが見えた。
「まぁ確かに。折角マリンとゆっくりしようと思ったが気も削がれたしな。短時間しか眠れていないが目が覚めたな」
ノアもゆっくりと立ち上がって背伸びをしてザックの隣に立ち開いた窓から外を望んだ。上半身裸なのはノアも同じで、鍛え抜かれた体が日差しに晒され美しかった。
おかげで、私とマリンは瞳を細めて眺めた。
美しい二人。
うっとり見つめる私達二人をよそに、ザックとノアは顔を見合わせてニヤリと笑う。
「さてナツミ。折角だから昼前まで町と海に繰り出そうぜ」
最初に話し始めたのはザックだった。
「え?! 海に行っても良いの? しかも町にも!」
それは何て嬉しいお誘いなのだろう。私は思わず正座をしたまま姿勢を正し思わず小さく飛び上がった。ザックとノアはそんな私の姿がおかしかったのか顔を見合わせて笑う。
「ああ。もちろんさ。俺達はオベントウを売りに行かなきゃならないからな。裏町の奴らに説明しておかないと後々厄介だし。それにナツミは町の女達とも仲良くなりたいんだろ?」
ザックが悪戯っぽく笑う。
「裏町の住人に挨拶がてら出掛けようぜ」
ノアもニヤリと笑った。
「挨拶かぁ。でも──」
もしかして、町の縄張りを荒らすな的な? そんな事を想像してしまう。
ザックが言う様に後々厄介だから──と聞かされると怖い気もする。
それでも私は、海に連れていってくれるという一言が嬉しくてベッドの上でバンザイをして寝転んだ。
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