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8. 出発の時
しおりを挟む――アスティラルダ家が番人を務めるアンテローズの森は、フィンブルグ王国の西に位置している。
私たちが向かうべき霊峰ウーテアは、国土の北にあった。
かつて、竜が棲んでいたと云われる神聖な山。
一年中雪に覆われた、極寒の地でもある。
――誕生日パーティーの翌朝。
防寒着をしっかり荷物に入れ、私は自室を出た。
そして、屋敷の門の前に停まっている馬車にその荷物を積んだ。
「テスティア……自分を信じて、気をつけて行ってくるんだよ」
出発の時。お父様が、私を勇気付けるように言う。
私は力強く頷いて、
「はい。自分の運命を、きちんと確かめてきます」
少し不安な胸の内を見せぬよう、そう答えた。
そのまま、お父様はウェイド様に目を向け、
「テスティアのこと、どうか頼みました」
と、祈るように頭を下げた。
ウェイド様は何も言わず、静かに頷いた。
* * * *
――そうして、私とウェイド様を乗せた馬車は走り出した。
今日は領境にあるベツラムの街で一泊する。お父様が手配したこの馬車も、ウーテア山まではさすがに走れない。街へ泊まるごとに馬車を乗り換える必要があった。
(……こんな遠くへ出かけるのなんて、何年ぶりかな)
ガタゴト揺れる馬車の中、私は外を眺める。
空は青く澄み、雲一つない。晴天を喜ぶルリコガラのつがいが、ピチチと鳴きながら飛んでいた。
久しぶりの馬車。久しぶりの遠出。
そして……
久しぶりの、知らない人との二人きり(九泊十日)。
「………………」
私は、あらためて緊張しながら、向かいに座るウェイド様をちらりと見る。
昨日のパーティーで見た正装とは打って変わり、今はマントと防具を身に付け、座席の傍には長剣を置いている。いかにも剣士らしい装いだ。
そのお顔は、相変わらず凛々しくて無表情。そして、無言。腕を組み、目を伏せ、瞑想しているのか寝ているのかわからないくらいに静かだった。
そのお姿を眺めながら……私は、昨晩のことを思い出す。
『――誕生日おめでとう』
思いがけず、お祝いの言葉をくれたウェイド様。
もしかすると本当は、優しくて気遣いのできる人なのでは? なんて思ったりもしたが……
今朝はずっと、この通り。ゲッコウミミズクもびっくりな静けさと愛想のなさだ。
私は、密かに拳を握りしめる。
話すことなんて、いくらでもあるはず。
昨日出会ったばかりだし、これから十日間も旅を共にするのだ。お互いについて少しでも知ろうと、普通なら話を振るはずなのに……彼は、終始無言。
……正直に言おう。
私にとって、この状況は…………
(……助かるッ! 気まずさとか社交辞令とかまったく気にせず無言を貫くこの感じ! ますますジーク様っぽい! もうありがたさしかないっ!!)
彼から感じる"推しみ"に、私は内心涙を流していた。
そうそう、これでいいの。
私なんかに興味持つ素振りは見せなくていい。
上辺だけの薄っぺらい笑みで社交辞令を並べられるより、無理に馴れ合わないこの距離感でいる方が、ずっと居心地がいい。
(『星詠みの儀』の結果がどうであれ、私には婚約解消の未来しか待っていないんだし……せいぜい今の内に、推し(擬似)との旅行気分を楽しませてもらおう)
なんて、現実逃避全開なことを考えていると……
――もぞもぞっ。
私のワンピースの胸元が、不自然に動いた。
それに「しまった」と思いながら襟を広げる。
すると、小さな羽音を立てながら、瑠璃色のもふもふ――小鳥のピノが飛び出してきた。
『もうっ、落ち着いたら外に出してって言ったじゃない! いつまで閉じ込めておくつもりよ?!』
私の手のひらに乗りながら、怒りを露わにするピノ。
ウーテア山へ向かうことを伝えたら、『ついていく!』と荷物に飛び込んで来たので、こうして連れて来たのだ。
「ご、ごめん。静かだったから寝てるのかと思って……」
『こんな狭っ苦しいトコロで寝れるわけないでしょ?! アンタのパパさんにバレないようジッとしていたのよ!』
ピイピイ鳴くピノを宥めようと、私が口を開きかけると……
「……鳥」
これまで無言を貫いていたウェイド様が、私の手に乗るピノを見つめ、低く呟いた。
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