鮫島さんは否定形で全肯定。

河津田 眞紀

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第三章 神絵師の呪い

商店街大捜査線

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 四人は翠を先頭に、『つるや商店街』のメインストリートを進む。
 左右に並ぶ様々な店舗の間には、猫なら難なく通れそうな細い路地がいくつもあった。

 これは想像以上に捜索が難航するかもしれないと、海斗は路地の一つを覗きながら目を細める。

「この辺りはゲームセンターがあるし、騒がしいから猫は避けるかも。静かな、食べ物屋さんの近くを探した方がいい。匂いにつられて寄って来るかもしれないし、同じような空き箱を寝床にしている可能性もある」

 翠の冷静な指摘に一同は納得し、賑やかな店舗を避けるように先へと急いだ。
 途中、雷華の母親が店主を務めるパン屋『ハンマーヘッド』の前を通りかかるが、雷華が無言で通過したため、海斗も未空も何も言わないことにした。

 しばらく進み、食べ物屋が並ぶ比較的静かな場所へ辿り着いた時、

「……おい、これって……」

 海斗が、惣菜屋の前で足を止めた。
 そこには、『のら猫に餌をあげないでください!』という貼り紙が掲げられていた。

 最近貼られたものなのか、手書きの紙はまだ綺麗な状態だ。海斗が時々利用している店だが、いつから貼られているのかわからなかった。

「この辺に猫が来ているんだね。もしかすると、『親方』も……?」

 貼り紙を眺め、未空が呟く。
 海斗は惣菜屋のカウンターに向かい、店員に話しかけた。

「こんにちは。ちょっと聞いてもいいですか?」
「あぁ、いつものお兄さんじゃない。いらっしゃい」
「そこの貼り紙についてなんですが、この店にはよく猫が来るんですか?」

 コロッケやハムカツが陳列されたショーケースカウンターの向こうで、女性の店員がため息混じりに答える。

「そうなのよ。うちって、買ってすぐ食べられるものを売っているでしょ? 店先で食べて行く学生さんや観光客を見て猫が寄ってくるの。特にさつま揚げとかの練り物は、魚でできているからってお客さんがちぎって食べさせたりして……」
「その中に、太った三毛猫はいた?!」

 店員の言葉半ばで、雷華が身を乗り出し尋ねる。
 店員は記憶を辿るように宙を仰いで、

「あぁ、いたねぇ。ずんぐりしたコワモテの三毛が。他の猫がいても、そいつが来ると逃げちまうんだよ。ありゃボス猫かもしれないね。そういう風格があったから」
「ボス猫……」

 間違いない、『親方』だ。

「その猫を最後に見たのはいつですか?」
「そういえば、ここ一週間くらいは見かけていないね。貼り紙をしてからは餌をやる人も減ったし、諦めて来なくなったのかも」
「他のお店で見たという話は聞いたことありますか?」
「さぁ……その猫のことはわからないけど、うちみたいに食べ歩きができるものを売っている店はどこも野良が集まりやすいみたいだよ。案外、どこかの店が市に問い合わせて駆除依頼でもしたのかもね」
「そんな……」

 顔を青ざめさせる雷華。
 海斗は礼を述べ、雷華と共に惣菜屋から離れた。

「どうしよう。『親方』、駆除されてるかもしれないって……」

 未空と翠の元へ戻るなり、声を震わせる雷華。
 彼女の『放っておけない精神』は見知らぬ猫相手にも多分に発揮されるようだ。

 海斗が励まそうと口を開きかけるが、その前に、翠が「大丈夫」と返す。

「その心配はない。行政が猫を捕獲したり、処分したりすることはできないから。ボランティア団体が保護することならあるかもしれないけど」

 その落ち着いた言葉を聞き、雷華は表情に明るさを取り戻す。
 海斗は未空と顔を見合わせ、一つ頷くと、

「野良猫が集まる店は他にもあるみたいだ。引き続き、聞いて回ろう」

 そう言って、再び商店街を進み始めた。



 その後の聞き込みで、『親方』らしき野良猫を目撃したという店が他にもあった。

 行動圏内を捉えていることを確信しつつさらに進むと、店頭でだんごを焼いている和菓子屋が見えて来た。
 その店先で、店員らしき女性が何かを拾っている。どうやらゴミ箱が倒れ、散らばった中身を掃除しているようだ。

 海斗が「大丈夫ですか?」と声をかけながらゴミ拾いを手伝うと、女性は「ありがとうございます」と礼を述べた。

「すみません、助かりました。実はさっき猫が来て、ゴミ箱を倒して行ったんです」

 それを聞き、雷華は身を乗り出す。

「どんな猫でしたか?!」
「えっと……真っ黒な猫でしたが、それが何か?」

 残念ながら『親方』ではないようだが、海斗はもう少し情報を聞き出すことにする。

「ここにはよく野良猫が来るのですか?」
「えぇ。お客さんが店先で食べた団子の串をこのゴミ箱へ捨てて行くんですけど、野良猫がひっくり返して、団子がくっついた串を咥えて行くんです」
「なるほど……実はある猫を探しているのですが、これまでに身体の大きな三毛猫を見た覚えはありますか?」
「あぁ、ありますあります、顔の怖い大きな三毛猫! 最近は見かけないけど、一時期は毎日のように来ていましたよ。いつの間にかゴミ箱を倒していて、気付いた時には串を咥えて、そこの路地へササーッと逃げちゃって……」

 言って、女性は店の横に続く狭い路地を指さす。『親方』らしき猫の行き先について、ここまで具体的な情報を得るのは初めてだった。

 四人は礼を述べ和菓子屋を後にすると、さっそくその路地へ入った。
 人ひとり通るのがやっとな狭さだが、猫が通るにはちょうど良い抜け道のように思えた。

「……この先に、『親方』の住処があるのかしら」

 室外機を避けながら、雷華が呟く。
 確証はないが、少しずつ『親方』に近付いているような気がした。
 だから海斗は、

「毎回こっちに逃げたなら、きっと『親方』にとって安全だと思える場所があるのだろう。そこに新しい寝床を構えているかもしれない」

 と、願望を混じりの言葉を雷華へ返した。

 路地を抜けた先にあったのは、商店街のアーケードの陰に位置する、静かな小道だった。
 先ほど話を聞いた和菓子屋の真裏に出たようで、裏口と思しき扉がある。
 その裏口の前に何かが落ちているのに気が付き、雷華は拾い上げた。

「これって……団子の串?」
「さっきゴミ箱を倒したっていう黒猫が置いていったのかな?」

 未空が横から覗き込みながら言った、その直後。

「ふぁ……っくしゅん! っくしゅ! ひぇっくしょん!」

 これまでにない激しさで、雷華がくしゃみを連発した。
 隣で未空が「大丈夫?」と呼びかけるが、それに対する返事もくしゃみに変わる。

「やっぱり、薄着したせいで風邪が悪化したんじゃ……」

 と、海斗は着ているパーカーのファスナーを開け、雷華に着せようとするが、

「……待って」

 翠が、何かに気付いたように声を上げる。
 そして、未だくしゃみをする雷華に駆け寄ると、

「雷華ちゃんて、もしかして…………猫アレルギーなんじゃない?」

 そう問いかけた。
 予想外の指摘に、海斗と未空だけでなく雷華本人も「え?」と聞き返す。

「電車で髪を結ってくれた時、雷華ちゃん、何回もくしゃみしていたよね。わたし、猫飼ってるって言ったでしょ。今朝、猫がわたしの枕元で寝ていたから、髪に猫の毛が付いていたのかもしれない。だからくしゃみしているのかなって、少し気になってた」
「雷華……猫アレルギーだったっけ?」

 長年の親友である未空が尋ねるも、雷華は「わかんな……は、っくしゅ!」と答える。
 その手から落ちた団子の串には、確かに猫の毛らしきものが付着していた。

 ……と、そこで。
 海斗の脳裏に、一つの仮説が浮かぶ。

「そういえば……鮫島がくしゃみをするのって、決まってあのトートバッグを持っている時だったよな」

「トートバッグ?」と首を傾げる未空に、海斗は「ほら」と続ける。

「いつもパンを持ってくるのに使っていたアレだよ。今朝も俺の家に持って来た時にくしゃみしていた。ということは……」

 そこまで聞いて、未空にも同じ仮説が浮かんだらしい。
 雷華の方をバッと振り向くと、肩に手を乗せ、尋ねる。

「雷華。あのトートバッグって、いつもどこから持って来てたの?」
「ど、どこって……朝、お母さんに渡されるのを、そのまま持って来てただけだけど」
「雷華の家、猫いないよね?」
「うん。一度も飼ったことない」

 海斗と未空は視線を交わし、頷く。
 そして、

「ここからなら裏手側から回った方が早い。こっち!」

 未空は小道を駆け出し、皆を先導する。
 目的地を悟った海斗と、何一つピンと来ていない雷華と翠がその後をついて行く。

 その場所へは、一分もしない内に辿り着いた。
 とある店舗の裏口にあたる場所。
 辺りには、バターの香ばしい匂いが立ち込めている。

「ここ……パン屋さん?」

 最後尾を走っていた翠がようやく追いつき、肩で息をしながら呟く。
 すると、


「──ら、雷華? こんなところで何しているの?」


 という声と共に、路地から一人の女性が現れた。

 三角巾を被った長い茶髪。
 ぱっちりとした瞳にはどこか少女らしさが残り、年齢不詳な美しさを醸し出している。

 海斗も、未空も知っている顔。
 しかし、この場において最も知っている雷華が代表して、その女性の正体を叫んだ。


「お、お母さん……!」


 そう。現れた女性はパン屋『ハンマーヘッド』の店主にして雷華の母親、鮫島風子だった。

 唯一知らない翠が「……お母さん?」と首を傾げるので、未空が説明する。

「ここは雷華のお母さんがやっているパン屋の裏口なの。お久しぶりです、風子さん」
「未空ちゃん……それに海斗くんも。あれ、うちには取材に来ないんじゃなかったの?」

 いるはずのない娘とその友人に遭遇し、動揺した様子の風子。
 海斗は一歩踏み出し、彼女に問いかける。

「風子さん。今、後ろに隠したのって……キャットフードじゃないですか?」

 ビクッと肩を震わせ、あからさまに動揺する風子。やはり母娘、こういう時の表情は雷華とそっくりだ。
 そんなことを考えながら、海斗はいよいよ核心に触れる。

「俺たち、猫を探しているんです。身体の大きな三毛猫なんですが……この店に、匿っていたりしませんか?」

 雷華と翠から「え……?」と声が上がる。
 全員の視線を一身に受け、風子は「あ、えぇと……」と暫し狼狽えてから、

「……隠していても仕方がないよね。あなたたちが探しているのは、この子たちのことかな?」

 言いながら、店の裏口にある物置きに手をかける。

「……たち?」

 翠の呟きと、引き戸を開ける音が重なる。
 やがて、物置きの中に見えたのは……

 鋭い目付きの三毛猫と、その母乳をまさぐるように吸う、三匹の子猫だった。
 
 
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