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第三章 歌でつながる絆
6.ひつじのセーター
しおりを挟む――それから、わたしとキズミちゃんは園内の動物を一通り見て回った。
キズミちゃんの動物園の楽しみ方は、なんというか……独特だった。
初めて見るゾウの大きさに驚きながら、「でも、これにでっかい翼があったらもっと最強ね」と呟いたり……
キリンの長い首を下から見上げて、「首がもう二本生えてたら面白いのに」とため息をついたり……
トラを見つけた時には、「あれってたしか鬼のパンツのやつよね? 捕まえてくる!」と駆け出そうとするので、慌てて止めたり……
でも、わたしがそれぞれの動物にまつわる歌を歌ったら、じっと耳を傾けてくれた。
そして。
「――ほら。あれがヒツジさんだよ」
最後にたどり着いたのは、牧場ゾーン。
柵に囲まれた牧草地の上で、もこもこなヒツジさんたちが、まったりと草を食べていた。
わたしが指さす先を見つめ、キズミちゃんはジトッと目を細める。
「……白ばっかりね」
「うん。ヒツジさんの毛は、だいたい白か黒かな」
「ふーん。セーター着てるって言うから、もっとカラフルな色を想像していたのに。なんか地味」
と、残念そうに呟くキズミちゃん。
きっと、今朝歌っていた歌の歌詞を思い出しているのだろう。
♪ひつじのぼうやのセーターは
ママのおさがりなんだって――
初めて聴いた、キズミちゃんの歌声。
かわいらしくて、澄んでいて……
そして、どこか寂しげな歌声だった。
わたしは、キズミちゃんの隣でヒツジたちを眺めながら、
「……ごめんね」
そう、口にした。
突然謝ったわたしを、キズミちゃんは驚いたように見上げる。
わたしは、彼女の目をまっすぐに見据えて続ける。
「あなたたちを宇宙に帰すって言ったのに、こんなことになっちゃって……ハミルクにはレイハルトさんがいるからまだよかったけれど、キズミ様はたった一人で知らない星に取り残されて、とっても不安だよね。なのに、気持ちの整理もつかない内に勝手に番組の話を進めちゃって……ずっと謝りたいと思っていたんだ」
それは、わたしの中でずっと、モヤモヤと引っかかっていたことだった。
あの『赤い扉』がどうして宇宙に繋がっていたのかはわからない。
けれど、キズミちゃんたちが地球に来てしまったのは、あの日わたしが勝手にスタジオへ侵入し、扉を開いてしまったせいだ。
だから……ずっと謝りたいと思っていた。
わたしの真剣な表情に、キズミちゃんは目を泳がせる。
「べ、別に、不安なんかじゃないし……女王様だから、ぜんぜん平気だし!」
そう言って、ふんっとそっぽを向く。
けど、わたしにはわかる。
これは、強がりだ。
わたしがキズミちゃんと同じ七歳くらいの時に、たった一人で知らない国に取り残されたとしたら……怖くて心細くて、きっと毎日泣いていたと思う。
でも、キズミちゃんは決して弱みを見せない。
『強い女王様でいなくちゃいけない』と思い込んで……我慢しているから。
彼女の気持ちを想像し、切なくなりながら……わたしは、小さく微笑む。
「……そっか。キズミ様は、本当にすごいね」
「ふふん、まーね!」
「わたしが同じ立場なら、そんな風には言えないな。わたし、昔からけっこう心配性でね。失敗したらどうしよう、とか、怖い思いをするのは嫌だなぁ、とか、あれこれ考えちゃうの。でも……だからこそ、歌に救われてきた」
「歌に、救われた?」
首を傾げるキズミちゃんに、わたしは「そう」と頷く。
「元気な歌。勇気の出る歌。自分の気持ちに寄り添ってくれる歌……そういう歌を歌うとね、不思議と『大丈夫! やれる!』って気持ちになるの。落ち込んだりした時も、大好きな歌手の歌を聴くと、すごくパワーが湧いてくるんだ」
言いながらわたしは、これまでどれほど多くの歌に励まされてきたのかを思い出す。
幼稚園や学校で歌った合唱曲。
『スリーピース・ブー』のポップな曲。
そして……ワットンの、大好きな歌。
辛い時、悲しい時。
わたしはいつも歌を聴いて、元気をもらっていた。
そんなすごい歌を届けられるほど、わたしには経験も才能もないし、自信もない。
だけど……
「……もしキズミちゃんが、悲しいなとか、寂しいなって思うことがあったら……わたしが隣で、歌うから。元気な歌でも、思いっきり泣けちゃうような切ない歌でも、なんでもいい。キズミちゃんが聴きたいと思う歌を、いつでも歌うよ。キズミちゃんが、少しでも笑顔になれるように」
それが、『歌のおねえさん』として、キズミちゃんにしてあげられる精一杯だと思うから。
「…………」
わたしの言葉に、キズミちゃんはヒツジの群れをじっと見つめたまま……
静かに口を開き、すうっと息を吸うと――
小さく、歌い始めた。
♪――ひつじのぼうやのセーターは
ママのおさがりなんだって
ふわふわ あったか すこしおおきい
だけどとっても やさしいにおい
ひつじのぼうやのセーターは
ママのおさがりなんだって
それは、今朝キズミちゃんが歌っていた『ひつじのセーター』という歌。
まさか最後まで歌えるなんて……
やっぱり、わたしのスマホで曲を流しながら、こっそり練習していたんだ。
きれいな歌声に感動して、思わず立ち尽くしていると、キズミちゃんは少し俯いて、こう言った。
「……あんたにこの歌を聴かされた時、なんだかヘンな気持ちになったの。懐かしいような、切ないような……だから、その理由が知りたくて、歌ってみた」
「そうだったんだ……それで、答えは出た?」
キズミちゃんは顔を上げて、お母さんヒツジに寄り添う子ヒツジを眺める。
「……キズミちゃんのママ、二年前に死んじゃったの。強くて、かっこよくて、優しいママだった。だけど、病気になって……そのまま、いなくなっちゃった」
ぽつりぽつりと語る寂しげな横顔に、胸がギュッと締めつけられる。
わたしはなにも言えないまま、キズミちゃんの話を聞き続ける。
「ママという女王様を失って、ピアニカ星は不安と悲しみに包まれた。それを見て、『しっかりしなきゃ』って思った。キズミちゃんがしっかりすれば……新しい女王様が強くて頼れる存在になれば、みんなまた安心して暮らしていけるって。そうして、がんばってきたの。ママの死と、ちゃんと向き合うこともしないまま」
キズミちゃんは、きゅっと唇を結ぶと……
風に消え入りそうな、小さく頼りない声で、
「……ママだけだったのに。キズミちゃんのこと、『キズミちゃん』て呼んでくれるの」
そう、呟いた。
それを聞いて、わたしは理解した。
惑星で一番偉い王族に生まれ、女王になったキズミちゃんを、一人の女の子として……ただの『キズミちゃん』として扱ってくれる人は、お母さん以外にいなかったのだろう。
だから彼女は、あえて自分を『キズミ様』と呼ばせるようにした。
弱くて小さい、『ただの女の子』な自分を、他人に見せないようにするために。
キズミちゃんは、困ったように笑いながら、こう続ける。
「……この歌のせいで、今ごろになってママのことを思い出しちゃった。『女王様』っていう役割も、ある意味ママのおさがりかな、って。それで……ちょっぴり寂しくなっちゃったみたい。情けないよね。キズミちゃんは、女王様なのに……」
「情けなくなんかない!」
気づけばわたしは、大きな声で叫んでいた。
驚くキズミちゃんの顔を、わたしはまっすぐに見つめる。
「女王様としてがんばろうとしているキズミちゃんは、本当にすごいと思う。今までいっぱい悩んで、いっぱい苦しんできたんだよね。だから、簡単に『がんばらなくていいよ』だなんて言えない。けど……せめてここに、地球にいる間だけは、ただの『キズミちゃん』でいてもいいんじゃないかな?」
「ただの、キズミちゃん……?」
聞き返す彼女に、わたしは「そう!」と頷く。
「楽しかったら笑って、悲しかったら泣いて、歌いたかったら歌って……キズミちゃんの気持ちに素直でいてもいいと思う。少なくともわたしは、初めからキズミちゃんのことを女王様だなんて思っていないよ。強くてかわいい、普通の女の子だと思ってる。だから……」
わたしは、ぎゅっと握った拳を胸に当てながら、
「だから、やっぱり……わたしもキズミちゃんのこと、『キズミちゃん』って呼ばせてほしい。だめ、かな……?」
素直な気持ちを、そのまま伝えた。
この地球では、キズミちゃんがただの『キズミちゃん』でいられるように。
そんな願いを込めながら、見開かれた瞳をじっと見つめる。
すると、キズミちゃんは一瞬、泣きそうにくしゃっと顔を歪ませて……
くるっと後ろを向き、目をごしごし擦った。
それから、再びこちらに振り向いて、
「……ふ、ふんっ。しかたないわね……好きにしたら?」
目の周りをほんのり赤くして、ツンと答えてくれた。
まだ、泣き顔は見せてくれない。
けど、心の距離がぐっと縮まった気がして……
わたしは、嬉しさに笑みを溢す。
「うん……ありがとう、キズミちゃん」
「……じゃあ、キズミちゃんからもお願い」
わたしが「え?」と聞き返すと……
キズミちゃんは、パーカーのフードをばさっと下ろして、
「キズミちゃん、この服が気に入っちゃった。これからも着ていい?」
「い、いいけど……わたしのお古でいいの? もっとぴったりな服を買うこともできるよ?」
「いいのっ。だって――」
ニッ。
と、キズミちゃんは可愛い犬歯を覗かせながら、
「――これもある意味、紗音の『おさがり』でしょ? ヒツジの歌と同じじゃない。えへへ」
そう言って、初めて満面の笑みを見せた。
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