中の人なんてないさっ!

河津田 眞紀

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第四章 終わらない歌

1.束の間の喜び

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「――おめでとうございます。紗音さん、みなさん」


 会議室から、廊下に出た直後……
 坂田さんが、熱のこもった声で、そう言った。


 最後に全員で披露した歌とダンスも、大成功だった。
 そのおかげで……
 このメンバーでの番組製作が、正式に決まったのだ。


 泣きそうに笑う坂田さんの表情に、わたしも感極まって、

「ありがとうございます……やりましたよ、坂田さぁんっ!!」

 と、彼女の手を取り、ぶんぶん振った。
 それから、キズミちゃん、ハミルク、レイハルトさんを見つめて、

「みんなもおめでとう! 無事に出演が決まったね! わたしも正式に『歌のおねえさん』として契約してもらえたし、みんなのおかげだよ。本当にありがとう!」
 
 涙に滲んだ目で、お礼を伝えた。
 すると、

「いいってことよ! なかなか楽しかったぜ?」

 と、ハミルクが耳をパタパタさせ、

「ま、キズミちゃんの美声のおかげねっ」

 と、キズミちゃんが胸を反らし、

「む……最後の歌では足を引っ張ってしまったな。本当にすまない」

 と、レイハルトさんだけがしょんぼり肩を落とした。


 実は、レイハルトさんだけ時々歌の音程を外していることを岩國さんたちに指摘されてしまったのだけれど……

『大丈夫です、彼は体操のおにいさんとしてもイケますから!』

 と、わたしがすかさず言い返し、その場でレイハルトさんにバク転からの宙返りを連続技で披露してもらった。

 その人間離れした――実際、地球人ではないんだけど――高い身体能力に、岩國さんたちは目を丸くし、すぐに「採用!」と叫んでくれたのだ。


「足手まといだなんて、とんでもない! レイハルトさん、すごくかっこよかったですよ!」

 申し訳なさそうに耳を垂らすレイハルトさんを、わたしは励ます。
 そこにハミルクもふわふわ近づいてきて、「うんうん」と頷く。

「そうだぞ、気にすんなって。歌だけの紗音に比べりゃレイハルトの方がよっぽど有望だぜ? 料理も運動もできるんだからな」
「って、なんでわたしがサラッとディスられてるのよ?!」

 にひひ、と意地悪に笑うハミルクに言い返すと、レイハルトさんが慌ててフォローしてくれる。

「しゃ、紗音殿には歌以外にもいいところがたくさんある。努力家で、人に教えるのがうまいし、明るくて心優しくて……一緒にいると、あたたかい気持ちになる」
「レイハルトさん……」

 思いがけず褒められて、わたしは顔を熱くする。
 それを見たハミルクとキズミちゃんが、ニヤニヤと笑って、

「おいおい、紗音。顔が真っ赤だぜ?」
「うぷぷ。照れてる照れてる」
「かっ、からかわないでよ、もうっ!」

 恥ずかしくて堪らなくなり、わたしはふいっとそっぽを向いた。
 そんなわたしを見て、坂田さんはくすくす笑い、

「歌が上手で、みんなをあたたかい気持ちにさせる……それって、『歌のおねえさん』として最高じゃないですか?」

 微笑みながら、そう言う。
 きょとんとするわたしに、他のみんなも笑って、

「そーだな。おれっちもそう思うぜ」
「キズミちゃんも。紗音の歌、大好きだもん」

 そんな風に言ってくれるから……
 わたしは、また嬉し泣きしそうになって、

「……えへへ。ありがとう」

 夢が叶ったことをあらためて実感しながら、微笑み返した。

「……さて。今夜はお祝いに、パーティーをしましょうか」

 ぽんと手を叩きながら坂田さんが言うと、ハミルクとキズミちゃんが「わーい!」と手を上げた。 

「やったぜ! みんなでうまいモン食おうぜ!」
「キズミちゃんアレ食べたい! ギョーザ!!」
「む、いいな。俺もあれは好物だ」
「はいはい。そう思って、実家からまた大量に送ってもらったから。いくらでも焼くよ」
「イェーイ!」
「さっすが紗音!!」

 ハイタッチを交わすハミルクとキズミちゃん。
 まったく、すっかり仲良しになっちゃって。

「それじゃあ、餃子パーティーをしに帰ろっか。みんな、忘れ物は――」

 ない?
 そう言おうとした、その時、

「――待ってくれ」

 レイハルトさんが、わたしの声を遮った。
 振り返ると、彼は真剣な表情でこちらを見つめていて……

「……念のため、あの『赤い扉』のゲートが開いていないか、確認させてもらいたい」

 そう、言った。
 その言葉に、わたしは、

(……そっか)

 と、他人事ひとごとみたいに思った。


 そうだ。
 みんなは宇宙に帰りたくて……あの扉に近づくために、この番組の出演を目指した。

 一緒に出演できることを喜んでいたけれど、あくまでそれは、宇宙に帰るための仮の身分で。

 このスタジオの関係者になった今、ゲートを確認したいと思うのは当然のことだ。


 ……なんて、心の中で自分に言い聞かせて。

「……もちろん。みんなでゲートの様子を見に行ってみよう」

 明るい笑顔に努めながら、そう答えた。



 * * * *



 久しぶりに訪れた第二スタジオは、相変わらず真っ暗でシンとした空間だった。

 幽霊騒動の後に片づけられたのか、備品の位置が少し変わってはいたけれど、あの『赤い扉』はちゃんとあった。

「おぉ。これだこれだ」

 ハミルクが顔なじみでも見つけたかのように、ふよふよと近づいていく。

 あらためて見ても、やっぱりなんの変哲もない、ただのベニヤ板でできたセットだ。
 宇宙空間へ繋がっているとは、とても思えない。

 ハミルクは扉のノブに触れると、こちらを振り向き、

「……みんな、覚悟はいいな?」

 と、緊張感のある声で尋ねた。

 ……いよいよ、この扉をもう一度、開ける時がきた。

 わたしはドキドキしながら、みんなと一緒に無言で頷いた。

「それじゃ……開けるぞ」

 ハミルクが、前足に力を込める。
 誰かののどが、ゴクリと鳴った気がした。

 そして……


 ――バンッ!!


 勢いよく、扉が開け放たれた。

 わたしは、反射的に目を瞑る。
 まぶたを開けるのが、少し怖かった。

 そのまま五秒くらい固まっている……と。

「……やっぱりダメかぁ」

 という、ハミルクの残念そうな声が聞こえたので、目を開けた。

 その扉の向こうは、宇宙空間……
 ではなく、裏側に置いてある別のセットの壁面だった。

 キズミちゃんも、ハミルクも、レイハルトさんも、しばらく呆然と扉の向こうを見つめていた。

 やがて、あきらめたように背を向けて、

「……残念だが、致し方ない。今後もここへは来られる。また次回、試すとしよう」
「もー、いつになったらピアニカに帰れるの?」
「まぁまぁ、まだチャンスはあるんだし。今日のところはギョーザパーティーで盛り上がろうぜ?」

 そう言いながら、三人はスタジオの出入り口に向け歩き出した。

 ……宇宙へのゲートは、開いていなかった。
 みんなとまだ、一緒にいられる。

 そのことに、わたしはつい、ほっとしてしまった。
 そして、すぐに罪悪感を抱く。

(みんな帰れなくてがっかりしているのに、わたしは……少し、喜んでしまった。なんて自分勝手な人間なんだろう)

 うつむくわたしに、坂田さんが「紗音さん」と声をかけてくれる。
 その心配そうな眼差しに、わたしが答えようとした――その時。


「若!」
「キズミ様!」


 そんな声が、第二スタジオに響いた。
 
 
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