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坊ちゃまの長い長い惚気話 2
しおりを挟む――その、胸を射抜かれたような衝撃の後。
「…………」
ジンは、まるで吸い寄せられるように、屋敷を追放されたメルの後を追った。
辿り着いたカルミア領の教会で、メルはドロシーに出会い、聖女として働く決意をする。
その様子を見届けると、ジンは大急ぎで、王都にある自分の屋敷に戻った。
彼の中で、『復讐』のシナリオが、急速に書き変わってゆく。
ファティカを説得する協力者として、教師の仕事を支える秘書として――それ以上に、一人の女性として、メルが欲しくて堪らなくなっていた。
彼女を、側に置きたい。
その衝動に突き動かされるように、彼は屋敷の二階にある客間を片付け、メルのための仕事着を用意した。
――と、メルを迎える準備を進めるジンの元に、
「やっほー。進捗を聞きに来たよー。あと、美味しそうなベーコンが売ってたから買って来たー」
ヒルゼンマイヤー家での潜入捜査の成果を確認すべく、エミディオが訪ねて来た。
ジンは、ベーコンを片手に緊張感のない笑みを浮かべる友人をジトッと睨んでから、彼を招き入れた。
エミディオは、料理ができないジンに代わり夕食の支度をする。
そうして出来上がった食事を食べながら情報共有するのが、彼らの常であった。
ジンは、ヒルゼンマイヤー家での捜査の成果が芳しくなかったこと、次なる作戦として追放されたメルを招き、ファティカからの情報収集を試みるつもりであることをエミディオに伝えた。
ジンの話を聞き終えたエミディオは、パンを頬張りながら言う。
「――なるほど。じゃあ、そのメルフィーナって娘をここへ連れて来るんだね」
それに、ジンはナイフでベーコンを切りながら静かに頷く。
「あぁ。ファティカから情報を引き出すのに、彼女ほどの適任者はいないだろう。表向きは俺の秘書として雇い、学院を自由に出入りできるようにするつもりだ」
「手詰まり気味な現状を打破するには悪くない作戦かもね。でも、わざわざ一緒に住む必要はないんじゃないの? 確かに側にいた方が安全ではあるけど、協力してもらうのは短期間だし……仮にも男と女だしさ」
エミディオは肩を竦め、スープを一口飲み、
「ジンにその気がなくても、向こうが意識しちゃうかもしれないじゃん? ジンは黙っててもモテるんだから。どうせ振ることになるのに、惚れさせちゃったら可哀想だよ」
と、異性から好意を寄せられまくっていた学生時代のジンを思い出し、口を尖らせて言う。
しかしジンは、エミディオを見つめ、
「……むしろ俺は、そうなることを期待している」
などと、真剣な表情で答えるので……
エミディオは一瞬考えてから、「あぁ」と頷き、
「そりゃあ、恋愛感情を利用した方が動かしやすいけどさ? 今回の場合はファティカちゃんに接触したらそれでおしまいでしょ? もっと長期的な作戦なら好意を持たせるのもアリだと思うけど……」
「いや、そうじゃない。単純に……彼女から好かれたいんだ」
……という、思いがけない発言に。
エミディオは、食事の手を止め、顔を顰める。
「…………は?」
「……エミディオ。お前は、恋をしたことがあるか?」
「……待って。どういうこと?」
訝しげに聞き返すエミディオに……
ジンは、真剣な表情で、こう答えた。
「もしかすると俺は――彼女に、恋をしているのかもしれない」
……エミディオは、暫し固まった後、
「…………えぇぇえええっ?!」
ガタッ! と、テーブルに手を付き、絶叫した。
「ちょ、うそ……冗談だよね?」
「俺も自分の気持ちを疑った。だが、考えれば考える程、この感情は世間一般で言う"恋"に近いんだ」
「た……例えば?」
「彼女を見ていて、胸を射抜かれたような衝撃が走った。それ以来、彼女のことが頭から離れない。どうすれば側にいられるか、どうすれば好意を持ってもらえるかと、そんなことばかりを考えている」
それを聞いたエミディオは、全身を震わせ……拳をぎゅっと握り、叫ぶ。
「それ……完っ全に、恋じゃん!!」
「そうなんだ。どうも恋らしいのだ」
「信じらんない……まさかジンが普通に恋するなんて。え、彼女のどこを好きになっちゃったの?」
「まず、仕事に対する真摯で真面目な姿勢。一方で、鼻歌を歌ったり、花に語りかけたりする無邪気さも持ち合わせている点。そして、傷付いたファティカに駆け寄り治癒する優しさと責任感……何より俺が衝撃を受けたのが、その高潔さだ」
「高潔さ?」
「そう。追放を言い渡された後、彼女はドリゼラに面と向かって悪意ある言葉を突き付けられた。そうして泣きながら屋敷を飛び出したのだが……それは、泣き真似だった。彼女はピタリと泣き止むと、去り際にこう呟いたのだ。『ふん、可哀想な人』、と」
「……それって……」
顔を引き攣らせるエミディオに、ジンは頷き、
「そう。彼女は、めちゃくちゃに神経が図太いんだ」
「うわぁ、女の子相手にあんま言わない方がいいセリフ」
「そんな悪に屈しない姿を見て、心が強く揺さぶられた。あとは……」
「なに、まだ何かあんの?」
「……容姿も、可憐だ。笑った顔は特に愛らしい。明るく元気な雰囲気の彼女だが、清楚な修道服もとてもよく似合っていた。もっと……いろんな装いをさせてみたい」
「なんか、恋したせいで秘められていた癖が開花しちゃってない? 親友がコスプレフェチだったなんて知りたくなかったんだけど」
「とにかく、彼女にはファティカへの接触を依頼すると同時に、俺への好意を抱いてもらいたいと考えている。そこで、お前に相談なのだが……意中の女性から好かれるには、どうすればいい?」
と、凛々しい眉を困ったように顰めるジンを見て……エミディオは苦笑いする。
「それを僕に聞く? モテモテ王子のジン・アーウィンさん」
「好意を寄せられることはあっても、俺からアプローチをした経験はないんだ。その点、お前は仕事柄、女性を口説くこともあるだろう。だから聞いている」
「確かに任務で女の子に近付くことはあるけどさぁ。それは僕であって僕じゃないというか……あんま参考にならないと思うけど」
そう返しても、助言を求めるような目で見つめるジンに、エミディオは「はぁ」とため息をつく。
そして、
「……ジンさぁ。大前提として、僕は嬉しいよ?」
「何がだ」
「十三歳からの人生を……それこそ、学生時代の青春すらも全て『復讐』に捧げてきたジンが、こうして好きなコを見つけて、普通に悩んでいるっていう事実がさ。でもね、だからこそ言うけど……」
エミディオは、翡翠色の瞳をスッと細め、
「……『復讐』に巻き込む以上、あらゆるリスクを覚悟しなくちゃいけないよ? 彼女を危険に晒すリスク、彼女に裏切られるリスク――僕らが果たそうとしている『復讐』は、一筋縄ではいかないんだ。大義と恋心を秤にかけなければならない場面がきっとくる。そうなった時……ジンは、正しい道を選択できる?」
彼の問いに、ジンは無言を貫き、肯定を伝える。
その自信に満ちた視線を受け、エミディオは小さく笑う。
「……先に忠告しとく。ハマりすぎるとロクな思いしないよ。告白するのものめり込むのも、全てが終わってからの方がいい」
「無論、そのつもりだ。彼女を側に置きたい気持ちはあるが、重荷を背負わせるつもりはさらさらない。交際も結婚も、『復讐』を果たした後だ」
「って、もう結婚まで考えてんの?」
「当たり前だろう。結婚を前提にしない交際などあり得ない。アイロルディ家を再建させる時、隣にいるのは彼女がいい」
「はぁ……そこまで惚れ込んでるなら、自分を大きく変えるつもりでぶつかるしかないね」
その言葉の意図がわからず、ジンは首を傾げる。
エミディオは、初めて見る表情ばかり浮かべる親友を、頬杖をついて見つめ返し、
「――料理ができる男はモテるよ。これは僕の実体験。トラウマは重々承知だけど……やれるところからやってみたら?」
そう言って、悪戯っぽく笑った。
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