追放聖女は黒耀の王子と復讐のシナリオを生きる

河津田 眞紀

文字の大きさ
45 / 47

坊ちゃまの長い長い惚気話 2

しおりを挟む

 ――その、胸を射抜かれたような衝撃の後。

「…………」

 ジンは、まるで吸い寄せられるように、屋敷を追放されたメルの後を追った。


 辿り着いたカルミア領の教会で、メルはドロシーに出会い、聖女として働く決意をする。
 その様子を見届けると、ジンは大急ぎで、王都にある自分の屋敷に戻った。


 彼の中で、『復讐』のシナリオが、急速に書き変わってゆく。
 ファティカを説得する協力者として、教師の仕事を支える秘書として――それ以上に、、メルが欲しくて堪らなくなっていた。

 彼女を、側に置きたい。

 その衝動に突き動かされるように、彼は屋敷の二階にある客間を片付け、メルのための仕事着を用意した。



 ――と、メルを迎える準備を進めるジンの元に、

「やっほー。進捗を聞きに来たよー。あと、美味しそうなベーコンが売ってたから買って来たー」

 ヒルゼンマイヤー家での潜入捜査の成果を確認すべく、エミディオが訪ねて来た。
 ジンは、ベーコンを片手に緊張感のない笑みを浮かべる友人をジトッと睨んでから、彼を招き入れた。



 エミディオは、料理ができないジンに代わり夕食の支度をする。
 そうして出来上がった食事を食べながら情報共有するのが、彼らの常であった。
 
 ジンは、ヒルゼンマイヤー家での捜査の成果が芳しくなかったこと、次なる作戦として追放されたメルを招き、ファティカからの情報収集を試みるつもりであることをエミディオに伝えた。

 ジンの話を聞き終えたエミディオは、パンを頬張りながら言う。

「――なるほど。じゃあ、そのメルフィーナってをここへ連れて来るんだね」

 それに、ジンはナイフでベーコンを切りながら静かに頷く。

「あぁ。ファティカから情報を引き出すのに、彼女ほどの適任者はいないだろう。表向きは俺の秘書として雇い、学院を自由に出入りできるようにするつもりだ」
「手詰まり気味な現状を打破するには悪くない作戦かもね。でも、わざわざ一緒に住む必要はないんじゃないの? 確かに側にいた方が安全ではあるけど、協力してもらうのは短期間だし……仮にも男と女だしさ」

 エミディオは肩を竦め、スープを一口飲み、

「ジンにその気がなくても、向こうが意識しちゃうかもしれないじゃん? ジンは黙っててもモテるんだから。どうせ振ることになるのに、惚れさせちゃったら可哀想だよ」

 と、異性から好意を寄せられまくっていた学生時代のジンを思い出し、口を尖らせて言う。
 しかしジンは、エミディオを見つめ、

「……むしろ俺は、そうなることを期待している」

 などと、真剣な表情で答えるので……
 エミディオは一瞬考えてから、「あぁ」と頷き、

「そりゃあ、恋愛感情を利用した方が動かしやすいけどさ? 今回の場合はファティカちゃんに接触したらそれでおしまいでしょ? もっと長期的な作戦なら好意を持たせるのもアリだと思うけど……」
「いや、そうじゃない。単純に……彼女から好かれたいんだ」

 ……という、思いがけない発言に。
 エミディオは、食事の手を止め、顔を顰める。

「…………は?」
「……エミディオ。お前は、恋をしたことがあるか?」
「……待って。どういうこと?」

 訝しげに聞き返すエミディオに……
 ジンは、真剣な表情で、こう答えた。



「もしかすると俺は――彼女に、恋をしているのかもしれない」



 ……エミディオは、暫し固まった後、
 
「…………えぇぇえええっ?!」

 ガタッ! と、テーブルに手を付き、絶叫した。

「ちょ、うそ……冗談だよね?」
「俺も自分の気持ちを疑った。だが、考えれば考える程、この感情は世間一般で言う"恋"に近いんだ」
「た……例えば?」
「彼女を見ていて、胸を射抜かれたような衝撃が走った。それ以来、彼女のことが頭から離れない。どうすれば側にいられるか、どうすれば好意を持ってもらえるかと、そんなことばかりを考えている」

 それを聞いたエミディオは、全身を震わせ……拳をぎゅっと握り、叫ぶ。

「それ……完っ全に、恋じゃん!!」
「そうなんだ。どうも恋らしいのだ」
「信じらんない……まさかジンが普通に恋するなんて。え、彼女のどこを好きになっちゃったの?」
「まず、仕事に対する真摯で真面目な姿勢。一方で、鼻歌を歌ったり、花に語りかけたりする無邪気さも持ち合わせている点。そして、傷付いたファティカに駆け寄り治癒する優しさと責任感……何より俺が衝撃を受けたのが、その高潔さだ」
「高潔さ?」
「そう。追放を言い渡された後、彼女はドリゼラに面と向かって悪意ある言葉を突き付けられた。そうして泣きながら屋敷を飛び出したのだが……それは、泣き真似だった。彼女はピタリと泣き止むと、去り際にこう呟いたのだ。『ふん、可哀想な人』、と」
「……それって……」

 顔を引き攣らせるエミディオに、ジンは頷き、

「そう。彼女は、めちゃくちゃに神経が図太いんだ」
「うわぁ、女の子相手にあんま言わない方がいいセリフ」
「そんな悪に屈しない姿を見て、心が強く揺さぶられた。あとは……」
「なに、まだ何かあんの?」
「……容姿も、可憐だ。笑った顔は特に愛らしい。明るく元気な雰囲気の彼女だが、清楚な修道服もとてもよく似合っていた。もっと……いろんな装いをさせてみたい」
「なんか、恋したせいで秘められていたヘキが開花しちゃってない? 親友がコスプレフェチだったなんて知りたくなかったんだけど」
「とにかく、彼女にはファティカへの接触を依頼すると同時に、俺への好意を抱いてもらいたいと考えている。そこで、お前に相談なのだが……意中の女性から好かれるには、どうすればいい?」

 と、凛々しい眉を困ったように顰めるジンを見て……エミディオは苦笑いする。

「それを僕に聞く? モテモテ王子のジン・アーウィンさん」
「好意を寄せられることはあっても、俺からアプローチをした経験はないんだ。その点、お前は仕事柄、女性を口説くこともあるだろう。だから聞いている」
「確かに任務で女の子に近付くことはあるけどさぁ。それはというか……あんま参考にならないと思うけど」

 そう返しても、助言を求めるような目で見つめるジンに、エミディオは「はぁ」とため息をつく。
 そして、

「……ジンさぁ。大前提として、僕は嬉しいよ?」
「何がだ」
「十三歳からの人生を……それこそ、学生時代の青春すらも全て『復讐』に捧げてきたジンが、こうして好きなコを見つけて、普通に悩んでいるっていう事実がさ。でもね、だからこそ言うけど……」

 エミディオは、翡翠色の瞳をスッと細め、

「……『復讐』に巻き込む以上、あらゆるリスクを覚悟しなくちゃいけないよ? 彼女を危険に晒すリスク、彼女に裏切られるリスク――僕らが果たそうとしている『復讐』は、一筋縄ではいかないんだ。大義と恋心をはかりにかけなければならない場面がきっとくる。そうなった時……ジンは、正しい道を選択できる?」

 彼の問いに、ジンは無言を貫き、肯定を伝える。
 その自信に満ちた視線を受け、エミディオは小さく笑う。
 
「……先に忠告しとく。ハマりすぎるとロクな思いしないよ。告白するのものめり込むのも、全てが終わってからの方がいい」
「無論、そのつもりだ。彼女を側に置きたい気持ちはあるが、重荷を背負わせるつもりはさらさらない。交際も結婚も、『復讐』を果たした後だ」
「って、もう結婚まで考えてんの?」
「当たり前だろう。結婚を前提にしない交際などあり得ない。アイロルディ家を再建させる時、隣にいるのは彼女がいい」
「はぁ……そこまで惚れ込んでるなら、自分を大きく変えるつもりでぶつかるしかないね」

 その言葉の意図がわからず、ジンは首を傾げる。
 エミディオは、初めて見る表情ばかり浮かべる親友を、頬杖をついて見つめ返し、


「――料理ができる男はモテるよ。これは僕の実体験。トラウマは重々承知だけど……やれるところからやってみたら?」


 そう言って、悪戯っぽく笑った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...