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7 押し寄せる不安
「あの……隊長の魔法って……」
──その夜。
当初の予定から少し離れた川のほとりに野営地を構えた私たちは、昼間の襲撃から、少し緊張が続いていた。
周囲にはいつもの倍の見張りを立てており、頻繁に交代しながら辺りを警戒している。
あの火の球で負傷してしまった兵士を治療しながら、私はルイス隊長に遠慮がちにそう尋ねた。
すると隊長は「あぁ」と言って、
「俺の能力は"風"と"雷"だ。どちらも自在に生み出し、使うことができる」
「って、ずいぶんサラッと言いますけど、それって、すごいことなんじゃ……」
通常、授けられる精霊の力──つまり魔法の能力は、一つの属性のみを持っているはずなのだ。
しかし、昼間見た隊長の魔法は……
「あぁ、珍しいみたいだな。なんせ俺には、精霊が二種類もついているらしいから」
「二種類?!」
思わず声が裏返る。
守護する精霊が、二体だなんて……そんな話、聞いたこともない。
一人に一つ。それが世間の常識である。
言葉を失ったままの私に、しかし隊長はぽりぽりと後ろ頭を掻きながら、
「知り合いの精霊研究オタクは『前代未聞のレアものだ!』なんて言ったりするが……ひどくねぇか? 人をモノみたいによ」
「いやいやいや! その人正しいですよ! レア中のレアでしょ!!」
なるほど……軍の隊長を務めるくらいだ、やはり並の器ではないのか。『レアもの』。言い得て妙である。
フォルタニカに並び、ロガンスが強国と謳われる所以がわかった気がする。きっとこんな魔法の使い手がうじゃうじゃいるのだろう。
「──それにしても……」
私は、ごくりと喉を鳴らしてから……
意を決し、隊長にこう切り出す。
「昼間のやつら……一体、何者なんですか?」
あんなことがあったのだ、当然みんな大騒ぎをするものだと思っていたのだが……
キャンプを構えた後も、昼間の襲撃に関して騒ぐどころか、冷静なままだった。
いつもより、少し警戒を強めているだけ。
隊長に至っては、普段と全く態度が変わらない。
なにか、口にしてはいけないような理由があるのだろうか?
そんな心配をよそに、隊長は肩をすくめて、
「さぁな。イストラーダの残兵かもしれねぇし、フォルタニカのやつらにバレたのかもしれねぇし……今は追跡している者からの報告を待つしかない」
と、いつもの軽い調子で返す。
「そんな……待つことしかできないんですか?」
「そうだ。素性が知れない限りは、動きようがない。と言っても、相手がどちらさんであれ、あまり派手には動けないんだが」
「それって、どういう……」
わからない、という顔を向けると、隊長は息を吐き、
「これ以上、戦争の火種になるようなことは避けたいってことだ。もう『必要最低限の戦い』は終えたからな。ま、ロガンスに入っちまえば、さすがに手出しはしてこないだろう。早ぇとこ国境を越えなきゃな」
……まただ。
またこの人たちは、自分のことより他の──戦争に関わるすべての国にとっての"最善"を考えて、行動する。
だから、あんな奇襲を仕掛けられても、過剰な反撃をしようとはしない。
こういう姿勢を目の当たりにする度に、私はどうしようもなく惹かれる。
ロガンス帝国……きっと、素敵な国なのだろう。
隊長は気だるげに首を回すと、緊張感のかけらもない声で言う。
「しっかし、そううまくはいかねぇもんだなぁ。今までどこからも襲撃がなかったことのほうが奇跡だったか。いやー、久しぶりに戦ったから疲れたー」
『疲れた』。
本当に、それだけ?
その一言で昼間の出来事が片付けられるのなら、隊長は本当にすごい。
だって私は……
私は、こんなにも…………
「……怖かったか?」
私の表情を読み取ったのか、隊長が尋ねてくる。
少しためらったが、私は声が震えそうになるのを堪え、聞き返す。
「……隊長は、怖くないんですか? 今この瞬間だって、また襲われるかもしれないのに……」
下唇をきゅっと噛み締め、思い出す。
襲撃された時の、あの緊張感。
ただ護られることしかできない罪悪感と、みんなが傷付くことへの恐怖。
そして、見たこともないみんなの表情と、殺気……
私は、忘れていた。
これは戦争なんだって。
みんなは軍人で、ここには戦争をしに来ていて……
私はなんの力もない、ただの一般人なんだってことを。
みんなとの日々が楽しすぎて、忘れてしまっていた。
少し治癒魔法が使えるからって、みんなの力になれている気でいた。
けど……
隊長のあの戦い方……あれはやはり、ちゃんとした訓練を受け、経験を積んだ者の動きだ。
呪文の詠唱も、私が知るものとは違い、驚くほどに簡略化されていた。
そして、あの威力。
当たり前だが、一般人とは格が違う。
その上、彼の言った通り、ちゃんと相手を殺さないように加減されていた。
隊長だけじゃない。みんなのまとまった動きも、戦いに慣れた者にしかできない反応だった。
……思い知らされた。
あの時の私は、完全にお荷物だった。
私を自分の馬に移したり、かばったりしている時間があったのなら、あんな敵はすぐに拘束できただろう。
だから、怖くなる。
役立たずな私のせいで、みんなに迷惑をかけて……
その結果、誰かを傷付けてしまうんじゃないか、と。
「──怖いことなんて、なにもねぇだろ」
俯く私に、隊長は笑顔を浮かべ、言う。
「見ただろう? 俺は、強い。どんなやつがどんな手段を使ってきたって大丈夫だ。俺は自分の力を信じているし、なにより、ここにいる仲間全員を信じている。それは、過信とは違うぞ? 信頼だ。こいつらは、普段はただの軟派野郎だが……やる時はやる。今回みたいな急な襲撃でもな」
彼の言葉に、兵のみんなも賛同するような表情を見せる。
「それに……フェルも」
「え……?」
隊長に顔を覗き込まれ、思わず目を見開く。
「俺はおまえさんのしぶとさを信じている。あんなことで簡単に死ぬようなタマじゃない。そうだろ? みんなもそうだ。だから、なんの心配もしてねぇ。ただそれだけの話だ」
そう、笑顔を向けてくる。
みんなも同じように、笑ってくれて……
「…………」
そう言ってもらえることで、どれだけ気持ちが楽になるか。
堪え切れず、視界が歪んでくる。
「おいおい、泣くなって。そんなに怖かったか? 悪かったよ。こんな思いさせて」
「ちが……ちがぅっ……」
そうじゃない。
嬉しいのだ。
だって、どう考えたって足手纏いなのに……
みんなは、そんなこと無いかのように振る舞ってくれて。
そしてきっと、心の底からそう思ってくれているのだ。
「……りが、とう……ございます……っ」
「ん? どういたしまして」
ははっ、と笑い、隊長が私の頭をぽんと叩く。
「おまえさんはほんと、人間くさくなったよなぁ。逢ったばかりの頃なんかは、子供とは思えないほどかたーい表情してたのに。こんなに感情を出してくれるようになって、俺は嬉しいよ。おまえを連れてきたのは間違いじゃなかったな」
当たり前だ。
あなたがいたから、あなたたちがいてくれたから。
私は、失っていた大切な心を取り戻すことができた。
それは、思いやり。信頼。愛情。
私にとって、それこそが『光』だった。
失っていた、光…
「……しかし……」
ふと。
頭を撫でる隊長の手が、止まる。
その時、彼が見せた表情……
もどかしさと罪悪感とが入り混じったような、初めて見る表情に、私は少し驚くが……
「……隊長?」
「……いや、なんでもない」
隊長は、すぐにいつもの笑顔に戻ってしまった。
この時、彼がその表情を浮かべた理由を──
私は、思ったよりもずっと早くに知ることになった。
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