命拾いした治癒魔法使いですが、腹黒王子に弄ばれてキュン死寸前です

河津田 眞紀

文字の大きさ
11 / 37

11 頼もしい先輩


「ありがとうございましたー」

 その日、最後のお客さんをお見送りして。
 色酒場【禁断の果実】は、看板の明かりを消した。

 時刻は、午前一時だ。


「……ふぁ」

 あくびを噛み殺す。
 今まで軍隊の中で早寝早起きな生活を送っていた私にとって、かなり眠い時間帯だった。

「おつかれさま、レンちゃん。初日、どうだった?」

 店の戸締りをしながらヴァネッサさんが尋ねてくる。
 今日は一日、ヴァネッサさんと一緒にお客さんへの顔見せに回った。
 なので、接客らしいことは何もしていないのだが……

「ちょっと……疲れました」

 正直に言う私に、ヴァネッサさんは笑う。

「無理もないわ。今日いきなりだもんねぇ。でもレンちゃん、愛想もいいし気が利くから、すぐに慣れると思うわ」
「……ほんとですか?」
「ほんとよぉ。あなたの笑顔、素敵だもの」

 ヴァネッサさんの言葉に、胸の奥がじーんと温かくなる。
 ヴァネッサさんは、相手を真っ直ぐに褒めることが本当に上手い人だ。
 だからだろうか。なんだか私まで、素直に笑顔を返したくなってしまう。

「ありがとうございます。私、頑張ります!」
「うふ。あまり無理はしすぎないでね。今日はもうお部屋に戻って休むといいわ。片付けはしておくから。明日もよろしくね」

 その言葉に甘えて、私はお礼とおやすみなさいを伝えると、店を出て螺旋階段を上り、二階の自室へと向かった。

 それにしても……ホステスの年齢層もちょっと高めだが、客層もまた変わっていた。
 もちろん男性客ばかりなのだが、ほとんどがおじいちゃんと呼べるくらいの年代の人で、後は軍人さんらしき人がちらほら。
 こんなご時世だから、その理由はなんとなくわかるけど……

 そんなことを考えながら鍵を開け、自分の部屋に入る。
 と言っても、まだ『自分の部屋』という実感はあまりない。

「ふぅ……」

 ばふん、とベッドに飛び乗る。
 嗚呼……ふかふかのベッドなんていつぶりだろう。
 だって……

「…………」

 ……そう。
 昨日までは……というか今朝までは、あの隊にいたんだもの。
 それが、急にこんなことになるなんて……思ってもみなかった。
 だから、未だに自分がここでこうしていることに対する実感がない。

「…………」

 いろいろなことが頭の中を駆け巡り、ぼうっと天井を見つめている──と。


 ──コンコン。


 ドアをノックする音が響いた。
 ヴァネッサさんだろうか? 私はベッドから起き上がり、ドアの方へと向かう。

「はーい」

 返事をしながら開ける……と、そこにいたのは、

「よっ。おつかれ」
「あ……」

 あの金髪美女の、ローザさんであった。

「急に悪いね。ちょっと付き合ってほしくてさ」
「な、何にですか?」
「じゃーん」

 彼女は背中に隠していたお酒の瓶を嬉しそうに見せつけて、

「こーれ。あんたの入店祝い、しようぜ」

 ニッと、人懐っこい笑みを浮かべた。






「──どう? この仕事」

 酒瓶の栓を抜きながら、ローザさんが尋ねる。
 その慣れた手つきを見つめ、私は答える。

「なんか……想像とだいぶ違っていました。色酒場って、もっといやらしいかんじのお店なんだと思っていたので……」
「ははっ。ここは色酒場とは名ばかりの、年寄りの社交場みたいなとこだからな。おさわり禁止、お持ち帰り禁止。ただ飲んで、喋るだけ」

 それを聞き、私は内心ほっとする。
 今日働いた印象の通り、かなり健全なお店のようだ。

「んで? あんた、歳はいくつなんだ?」

 お酒をグラスに注ぎながら、ローザさんが聞いてくる。
 そこで、私は……ハッとなる。

 今さらだけど、私って……年齢的に、こんなところで働いて大丈夫なのか?
 ヴァネッサさんには何も聞かれなかったけど……いくつに見られてるいるのだろう?

 実年齢を言ったら、まずいかな?
 ……でも、

「……十六、です」

 後からバレる方が面倒だと思い、本当の年齢を伝えることにした。
 それを聞くと、ローザさんは傾けていた酒瓶をドンっと置いて、

「じゅうろくぅ?! 若っ! しっかりしてるから同い年くらいだと思ってたよ。じゃあ、これはダメだな。撤収撤収」

 ローザさんはお酒の注がれたグラスを引っ込めると、「お子様はこっち」とオレンジジュースを差し出してきた。
 私が未成年、もしくは下戸だった時のために用意してくれていたのだろうか? だとしたら相当に気の利く人だが……
 ……いや、単純にお酒を割るために持って来たのか?

「えっと……ローザさんは、おいくつなんですか?」

 と、同じ質問をこちらも聞き返してみる。
 すると彼女は、にんまりと笑って、一言。

「ハタチ。……ということにしておいて」
「…………」

 それは、上と下、どちらに見られるための詐称なのか……?
 しかし、もし同じ十代なのだとしたら、この色気と貫録は恐ろしい……

 と、ローザさんをまじまじ見つめていると、ぽんと肩を叩かれる。

「ま、とりあえず若者同士ってことで。仲良くしよーぜ」
「は、はい」
「だから、んな堅っ苦しいカンジはよせって。タメ口でいいよ、タメ口で」
「はい……じゃなかった。うん」

 あはは、と綺麗な顔で笑ってから……
 彼女は急に、神妙な面持ちになる。

「……おばさんばっかりだろ?」
「え?」
「この店のスタッフ。どうしてだか、わかるか?」

 ……なんとなくわかってはいたが、あえて首を横に振る。
 ローザさんはグラスの中のお酒に目を落とし、静かな声で言う。

「……みんな死んじまったんだ、あの人たちの旦那。この戦争で」

 やっぱり……と、私は痛む胸の内で呟いた。
 ローザさんが続ける。

「もう、この街には女子供と年寄りしかいない。働き盛りの男たちは皆、戦争に駆り出されて、帰ってこなかった。客もそうだったろ? じーさんばっかり。たまに脱走兵らしき若い男も来るけどな」
「……私のいた街も、そうだった」
「あんたのとこも?」
「うん。権力のある者以外はみんな兵として駆り出されたから、突然の襲撃に対応できず……あの街で生き残ったのは、私だけだった」
「……そっか」

 そう呟いて、彼女は沈黙した。

 これで確信した。この街の現状を。
 目には見えないけれど、あんなおばちゃんたちが酒場で働いているくらいだ。経済的にもかなり厳しいのだろう。

 ……あれ? それじゃあ……

「……なんでヴァネッサさんは、ここに残っているんだろう……?」

 ぱっと浮かんだ疑問を、私はそのまま口にする。

 心はさておき、ヴァネッサさんも身体は男性である。しかも健康そうな、かなりいい体格をお持ちだ。兵として駆り出されたっておかしくない。
 なのに何故、ここで酒場を経営できているのだろう?

 私の疑問に、ローザさんが軽い口調で答える。

「あぁ、オーナー? あれは、ああ見えてここいらじゃ有名な良家のおぼっちゃんだったんだよ。だから徴兵を免れた」
「へっ?」
「その一家も、この戦争で滅んじまったけどな。それで莫大な財産があの人に残された。それを街の人たちのために使おうと、この店を作ったってわけ。ここ以外にもいくつか店をやっているんだよ、あの人」
「そうだったんだ……遺産を街の人のために使うなんてすごい。お金持ちはみんな利己的で自己中だと思ってた」

 と、私は自分が仕えていた領主の姿を思い出す。
 それに、ローザさんは苦笑いを浮かべて、

「あんなカンジだから、一族から腫れもの扱いされていたらしいよ。それで本人も貴族の暮らしが嫌いになったみたい。平民みたいな生活のほうが、好き勝手やれるからね」

 なるほど。
 それにしたって【禁断の果実】というネーミングセンスはどうかと思うが……

「あんなナリだけど、面倒見のいい人だよ。あたしも戦争で親兄弟亡くしてさ、身寄りがなくて隣町からここに来たばかりの時、この部屋を借りていたんだ」
「この部屋を……?」
「そ。あたしだけじゃない。いろんな人を匿っては、自立するまで面倒見ているんだ」

 お酒を一口飲み、ローザさんは息を吐く。

「あんたもいろいろ苦労してきたみたいだけど、ここにいるとけっこう毎日楽しいぞ? 少なくとも、あたしはな」

 それから、よいしょと立ち上がって、

「ま、若いもん同士がんばっていこーや。なにか困ったことがあったら、すぐに言うんだぞ?」
「う、うん。ありがとう……ローザさん」

 彼女は微笑むと、軽く手を上げて

「それじゃ、おやすみー」

 と、部屋を出て行った──





 それからの一週間は、本当にあっという間だった。
 お酒の種類に、常連客の顔と名前など、覚えることは山のようにあるし……

 ……なにより、

「違う! 首の角度はこう!!」
「こ、こう?」

 お得意さんを作るためのキラースマイルなるものの習得に、私は苦戦していた。

「そう! そのまま目を細めて! 口角上げて!!」
「うぅ……」

 鬼コーチのような形相で指導するのは、ローザさんだ。
 あの二人きりの入店祝い以来、ローザさんはなにかと私を気にかけてくれていた。
 ……ちょっと厳しめだけど。

「ちょっとローザぁ。レンの良さは初々しくて愛嬌のあるところなんだから、そんな無理に教えなくたっていいんじゃないのぉ?」

 腕を組みながら、ヴァネッサさんが言う。
 閉店後に行なわれるローザさんの特訓が行き過ぎないよう、いつも横で見ていてくれるのだ。
 そんなヴァネッサさんの言葉に、ローザさんは目尻を吊り上げ反論する。

「なに言ってんだ! 女は必殺技の一つや二つ持ってなきゃ生きていけねんだよ! さぁレン、そのままの姿勢で、例のセリフを!!」
「お……」

 私は、小首を傾げ、目を柔らかく細め、口角を上げたまま……
 言う。

「お客様みたいな素敵な人に出会えるなんて……今日はいい夢が見られそうです」
「「おおぉっ!」」

 私が言うなり、声を上げるお二人。

「レン、おまえ……いいよ。これで落とせない客はいないぞ!」
「思わずキュンとしてしまったわ……どんどん綺麗になっていくのね、レン」

 鼻息を荒げるローザさんと、なぜか涙を拭うヴァネッサさん。
 嬉しいような……いや、やっぱりものすごく恥ずかしい。

 ──でも。
 この賑やかで温かな雰囲気が、楽しくて仕方がなかった。

 この二人だけじゃない。他のホステスさんたちもみんな優しい。
 居心地の良さに、私は……ルイス隊長率いる、あの部隊を思い出してしまう。


 隊長……私、お荷物だったから切り離されたわけじゃないよね。
 きっと私のこと、考えてくれていたよね。

 隊長の知り合いだというヴァネッサさんに聞けば、私がここに預けられた経緯がわかるのかも知れないが……怖くて、聞けずにいる。

 だから、信じることしかできないけれど。
 こんな素敵な場所を用意してくれた隊長には、心の底から感謝していた。
 


 そうして、楽しくも騒がしい日々は過ぎてゆき……

 それが起こったのは、【禁断の果実】で働き始めて二週間が経った──

 ある、満月の夜のことだった。


感想 1

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。