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29 絶望的な再会
しおりを挟む「──ん……」
誰かの叫び声が聞こえた気がして。
私は、目を覚ました。
頭が……酷く痛む。
「おう、気がついたか」
そんな声が、すぐ上から聞こえる。
それは間違いなく、あのジェイドさんのもので。
そして……
「……これは……?!」
そこでようやく、私は自分が置かれた状況を認識する。
私は今、ジェイドさんに後ろ手を縛られ……
背後から、首にナイフを突き付けられた状態で、立たされていた。
彼の目は、いつもの人の良さそうなものとは打って変わって……狂気に満ちた色をしていた。
「……どういうこと? ジェイドさん」
私は、震える声音で尋ねる。
すると彼は、クククと笑い、
「いやぁ、ヤツはずいぶんとレンちゃんのことを大事にしていたからねぇ。人質にさせてもらったのさ」
ヤツ? 人質?
ジェイドさん……何を言っているの?
困惑する私の表情を見て、彼はさらに笑う。
「おやおや、本当に気付いていなかったのか。まぁいい……あれを見な」
と、視線を前方に向けるので、私もそちらに目を遣る。
そこには──
「………………うそ」
信じられない光景が広がっていた。
暗い森の中に横たわる、人、人、人……
全員、身体の至る所を負傷し、血を流し、倒れていて……
……しかも、全員、知っている顔で。
「…………みんな……っ!」
……そう。
倒れているのは、あのルイス隊長率いる隊の、兵士たちだった。
「どうして……なんでみんなが、こんなことに……?!」
声を上げ、駆け寄ろうとする私を、ジェイドさんが後ろからぐいっと引っ張る。
「クク……こうしてレンちゃんを人質にした途端に、あっさりとやられてくれたんだよ」
「人質って……あんた、一体……?!」
ジェイドさんだったはずのそいつの嬉々とした表情に、身体が震える。
どうして、みんながこんなところに?
もうとっくに、ロガンス帝国へ帰っているはずじゃなかったの?
それとも……攻めて来たロガンス軍というのは、ルイス隊長たちのことだったの?
……いや、この状況でそれはありえない。
だって、これじゃあ攻めて来たというよりは……一方的にやられて、負傷しているようにしか見えない。
そうだ、隊長は? ルイス隊長はどこ?
隊長がいれば、こんなことには……
──すると。
「──風刃!!」
突如、突風が後ろから吹きつけた。
その勢いに、ジェイドが手にしていたナイフが飛ばされる。
この呪文は……
「チッ……いつの間に後ろに……」
慌てた様子で、ジェイドは私をはがい絞めにしたまま後ろを向く。
そこにいたのは……
「……っ、ルイス隊長!」
「よぉ、フェル。久しぶりだな」
美しい銀髪と、そこから覗く長い耳。端正な顔立ち。
忘れもしない。私の命の恩人……ルイス隊長が、そこにいた。
顔を見られた安堵から、涙が溢れそうになる。
しかし……
隊長もみんなと同じく、負傷していた。
身体のあちこちから血が滴り落ち、左肩は力なく垂れ下っている。恐らく……折れているのだ。
そんな……これも、この男がやったっていうの?
あの隊長が、こんな奴にやられるなんて……
私が、人質に取られているから?
でも、一体何のために……?
「元気だったか? ちょっと見ねぇ間に、ずいぶん大人っぽくなったな」
こんな状況にも関わらず、隊長は軽い口調で言う。
しかし、その呼吸は荒く、辛そうだった。
「隊長、これは一体どういう……!」
「おっと。誰が話して良いと言った?」
と、ジェイドが胸元から新たなナイフを取り出し、再び私の首に突き付ける。
そして、私の身体をぐいっと引き寄せ、
「わからないよなぁ? どうしてこんなことになっているのか……知りたいかい? レンちゃん」
挑発するように言うジェイドを、私はきつく睨み返す。
「……あんた、何者なのよ。なんでこんなことしているの?」
私の問いに、ジェイドはやはりニヤニヤとした笑みを浮かべ、
「クク……いいねぇ、その強気な目。教えてあげるよ。
俺は……フォルタニカ軍の人間だ」
そう、答えた。
聞いた瞬間、私は、言葉を失う。
そんな……
それじゃあこいつは、私の国を……イストラーダ王国をめちゃくちゃにした、敵国の軍人……?!
私の反応に、ジェイドは満足げに笑みを深める。
「ひでぇ話だと思わないか? ロガンスは、うちと同盟を結んでいるはずなんだぜ? なのに、敵国の死にかけたやつらをこそこそと匿っていやがった。しかも……」
「……っ!」
言いながら、ジェイドは私の顎をガッと掴み、顔を近付け……
こう続けた。
「こんな稀少な能力を持った女を拾ったかと思えば、国に持ち帰るでもなく、あんな寂れた街に隠しやがってよ。まったく、イカれているとしか思えないぜ。だから、同盟違反と、稀少な実験体を逃そうとした罰として、こうして制裁を受けてもらったってワケだ」
え……?
稀少な能力を持つ女?
実験体?
それって……私のこと?
こいつは、何を言っているの……?
それらの言葉から得体の知れない恐怖を感じ、私は震える。
するとルイス隊長が、右手をこちらへ伸ばし、
「フェル、そいつの言葉に耳を貸すな。大丈夫、今助け……」
……そう、言いかけるが。
その言葉を遮るように、木々の間から夥しい数の光の球が飛んできた。
隊長は、負傷している肩を押さえながらそれを躱す。
これは……攻撃魔法だ。
しかも、見覚えがある。
「……俺を忘れてもらっちゃ困る」
そんな声と共に、夜の闇に紛れ現れたのは──
私が隊を離脱する直前、森の中で奇襲を仕掛けてきた、あの男の内の一人だった。
顔にはあの時と同様、薄い布がかかっている。
「おぉ、悪かったな。つい一人で盛り上がっちまった」
そう言って笑うジェイドの顔。
そこにある傷を見て……
「あんた、ひょっとして……あの時の……!」
あの、馬に乗った二人組の内の一人……!?
ジェイドは、隊長に顔布を引き裂かれた方の男……これは、あの時の傷だったのか。
驚愕する私の言葉を、ジェイドは鼻で笑う。
「はっ、ようやく気がついたか。あの時、こいつらが俺たちの警告に従っていれば、俺も客のフリしてお前に近付くなんつぅまどろっこしいことをしなくて済んだんだ」
「……元から、私が狙いだったの?」
「そうとも。呑気にホステスやってるお前を拉致してやろうって時に、あの妙な魔法を使う眼鏡のガキが邪魔しやがって……ようやく離れたと思ったら、次はこいつらだ。ロガンスに帰ったと見せかけて、まだこの国にいやがった。ったく……どいつもこいつも俺の手を煩わせやがって! 皆殺しにしてやる!!」
そんな……
じゃあ、あの時襲撃されたのも……
今、みんなが倒れているのも……
全部、私のせい。
「──轟け! 雷刃!!」
と、隊長が折れていない方の腕を振るい、魔法を放つ。
生み出された無数の電撃が頭上から降り注ぎ、ジェイドともう一人の術師を襲う。
が、両者ともそれを難なく避け、私はジェイドに捕まったまま後退した。
その間に、もう一人の術師が隊長との距離を一気に詰め、目の前で『署名』を描き始める。
あいつが使うのは、炎の魔法だ。あんな近距離で食らったら、間違いなく致命傷を食らう……!
しかし隊長は、私の目で追うより速くしゃがみ、回転するように術師の足を払った。
姿勢を崩すかと思いきや、術師は足を払われた反動を使って後方に跳躍し、距離を取る。
その隙に、今度は隊長が『署名』を描こうと再び腕を振るうが……刹那。
「おーい。この女、殺すぞー」
そう叫んだのは、私を捕らえたままのジェイドだ。
言うなり、私の首筋にナイフをグッと押し当てる。
「…………っ!」
それに、隊長の動きが一瞬止まった。
そして。
──ドッ……!!
「…………え……」
もう一人の術師が、目にも留まらぬ速さで、隊長の胸に飛び込んだ。
その手には、先ほどジェイドの手から弾き飛ばしたナイフが握られていて……
それが、隊長の胸に深々と刺さっていて。
「いや…………いやぁああっ!!」
引き抜くと同時に、噴き出す鮮血。
隊長は、声も上げず……
力なく、地面に崩れ落ちた。
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