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33 歪な愛し方
見開いた瞳から、涙が零れる。
目の前には、眼鏡の奥で閉じられた、クロさんの瞼。
突然の口付けに、私は抵抗することも忘れ……
「…………は……っ」
唇が離れ、やっと息をついたかと思うと、今度は強く抱き締められた。
そして、
「……本気でそう思う?
だとしたら……君、相当鈍いよ」
らしくない、ぼそっとした口振りで……
クロさんが、そう呟いた。
キスの余韻と、抱き締められている温もりに、その言葉の意味をうまく考えられなくなる。
……いや、考えるな。騙されるな。
彼はこうやって、何度も私を振り回してきたのだから。
「も……もう騙されないんだから! そうやって籠絡して、実験台にしようったって、そうは……!!」
「ねぇ」
……と。
いつになく強い口調で言葉を遮られ、思わず口を噤む。
固まった私の身体を、クロさんはより強く抱き締めて、
「……一度しか言わない。一度しか言わないよ。
だから……ちゃんと聞いていて」
耳元で、そう囁く。
こんな、掠れたようなクロさんの声……初めて聞く。
どんな顔しているのか見てみたいけれど、ぎゅっと抱き締められているせいで、それが叶わない。
「……最初は、そのつもりだったよ。
君には、研究のために近付いた。
けど……今は違う。
特別な能力なんかなくったって、僕は──」
──それは。
低く、甘く、切ない声で。
「──君のすべてが欲しい。
心も、身体も……この先の人生も、全部。
この意味……わかるよね?」
……鼓膜を揺らす、その声に。
胸の奥が、痛いくらいに締め付けられる。
だって、いつも飄々としているクロさんが……
こんなに、声を震わせるなんて。
堪らず私は身体を離し、彼の顔を見た。
すると、
「…………なに」
眉間に皺を寄せる、その顔は……
ごまかし切れない程に、赤くなっていた。
「クロさん……ほっぺ、真っ赤」
思わず口にすると、クロさんは「うるさい」と言って……
顔を隠すように、再び私を抱き締めた。
あのクロさんが、こんな顔をするなんて。
頬を染め、照れ隠しをするなんて。
……それだけで、もう充分だった。
この言葉は、きっと本物。
彼の気持ちも、きっと……本物。
今度こそ、夢じゃないよね?
彼も、私と同じように……
私のことを、想っていてくれたんだ。
なんて……なんて、幸せな運命の中にいたのだろう。
……ん? でも、待って。
それなら……
「……なんでさっき、普通に返事してくれなかったんですか?」
「さっき、って?」
「私が『好き』って伝えた時ですよ! 遊びは終わりだ、とか言って、私のこと振りましたよね?!」
「別に振ってないよ。本当のことを言っただけ」
「はぁ?! ど、どういう意味ですか?!」
「君の心を手に入れたんだから、これで幼稚なごっこ遊びも、客とホステスっていうつまらない関係性も終わり。ここからが本番、ってこと」
「本、番……?」
「……だって」
彼は、私の顎に手を添え……
目を細め、妖しく笑う。
「君、正式に僕のものになったんだよ? おさわり禁止の制約も解けたし、ここからはもう……どんなことをされても、文句は言えないよね?」
「…………っ……!!」
そう言って笑う彼の顔は、やはり小動物のように愛らしいのに……
闇色の相貌だけは、獲物を捕らえた肉食獣のように、ギラギラと熱を帯びていて……
……ひょっとして。
さっき振られた(と思い込んだ)時、冷たいと感じた視線の正体は、この獣のように真剣な目付き……?!
なんて、脳内で答え合わせをしていると、クロさんは「あはは」と笑い、
「まぁ、勘違いさせるような言い方をしたのは事実だよ。『失恋したんだ』って思い込んで、絶望する君の顔が見てみたかったからね。案の定、君の反応は最高だったよ。涙がじわぁって滲んで、この世の終わりみたいに顔を歪ませてさ……はぁ。今思い出しても興奮する」
「さ……最低! 変態!!」
「そう。僕は変態なんだ。優しくするだけじゃつまらない。君に意地悪をして、モヤモヤさせて、いつも僕のことで頭を悩ませていて欲しい。君の心に忘れられない失恋の痛みを刻みたかったし、初めての恋が成就する喜びも味わって欲しかった。その両方の感情を……僕が、奪いたかったんだよ」
言って、彼は私の額にキスをする。
そのキスは、とても優しいけれど……
私を見つめる瞳は、やはり隠し切れない熱を孕んでいて。
「要するに、それだけ僕は君に夢中ってこと。
どう? 嬉しいでしょ?」
と、可愛らしく尋ねる。
……こんなことを言われたら、恐ろしくて逃げ出すのが普通なのだろう。
でも、私は……
彼の、歪んだ愛情表現に…………
背筋がゾクゾク震えるような、甘い悦びを覚えてしまって。
彼のことを「変態」と罵ったけれど。
私も、もう……引き返せないくらい、「変態」になっているのかもしれない。
……だから。
私は、その瞳に操られるように頷くと、
「う……嬉しい、です」
蚊の鳴くような声で、そう答えた。
その返答に満足したのか、クロさんは「いい子」と囁いて……
もう一度、おでこにキスをしてくれた。
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