34 / 37
34 抗えない命令
「……それと、もう一つ。君に伝えなくちゃいけないことがある」
クロさんは、少しだけ声音を変え、こう続けた。
「実は、この馬鹿げた戦争も、もう間も無く終わる。君の国が、降伏宣言を出した」
「え………」
この国が……イストラーダ王国が、降伏した。
やっと、やっと……この戦争が、終わるのだ。
「そうなると僕も、いよいよ国に帰らなくちゃいけなくなるでしょ? だから、今日のデートで君を僕のものにするって決めていた。ルイスには事前に、あの森まで迎えに来るよう頼んでいた。それでルイスも隊の連中も、こぞってあの森まで来ていたんだけど……それを察知した敵さんが、慌てて君を連れ去ろうと仕掛けてきた、ってわけ」
そうか……
フォルタニカにマークされた私を無事にロガンスへ連れて行くため、わざわざ隊長たちが迎えに来てくれたのだ。
つまり、私さえいなければ、隊長たちはあんな目には……
……と、自分を責め始めた矢先、クロさんが続けて、
「だから……やつらと戦闘になってしまったのも、ルイスたちを危険に晒してしまったのも、ぜーんぶ僕のせい。僕のわがままのせいだから」
微笑みながら、言った。
その言葉に、私の胸がぎゅっと締め付けられる。
これまで決して「僕のせい」なんて言うはずがなかったクロさんが……
何もかも自分のせいだと思っている私を、罪悪感から救うために、こんなことを言ってくれた。
その事実が、切なくて、嬉しくて……泣きそうになる。
……が、しかし。
「でも、よく考えたら、僕がこんなにわがままになったのは君のせいだよね」
「……へっ?」
って、やっぱり私のせいにするんか!
……と、声を上げるより早く。
──トサッ。
視界が、宙に返った。
彼に……押し倒されたのだ。
そのまま、無防備に投げ出された手首を、きゅっと掴まれる。
「……どうしてくれんの?」
「な、ななな、なにがでしょう……?!」
「僕をこんな風にした落とし前……どうつけてくれるの?」
お、落とし前って……
彼は、私の唇に人差し指をそっと押し当てる。
そして、ニヤリと、いやらしく笑って、
「……ふふ。しちゃったね、キス。もう二回も」
「…………っ!」
そして、私の耳に、唇を近付け……
「次は…………ナニをしようか?」
甘く、甘く……囁いた。
は……は…………
はわわわわむりむりむりむり!!
持たない! 心臓が持たない!!!
ドキドキが限界に達し、私はその囁きから逃げるように顔を背ける。
しかし、未だ手首を掴まれたままで、逃げ出すことが叶わない。
すると、
「恥ずかしい? それとも……僕に触れられるのは、嫌?」
……と。
手首を押さえる力を緩めながら、クロさんが低い声で尋ねる。
その声に違和感を覚え、恐る恐る彼の方を見ると……
彼は、どこか余裕のない、寂しげな表情で、私を見つめていた。
「……ズルイですよ」
その表情に、切なさを覚えた私は……
「そんな顔で見つめられたら…………何されてもいいって、思っちゃうじゃないですか」
彼の頬にそっと触れながら、そう囁いた。
言って、すぐに「しまった」と思った。
何故なら、私の言葉を聞くなり、クロさんは……
「……言ったね?」
と、嬉しそうに口の端を吊り上げて……
「うわわ……っ!」
私を抱き寄せ、ベッドの上をゴロンと転がり……
私の身体を、自分の上に乗っけた。
つまり……私が、クロさんの身体に跨がっているような体勢だ。
「ち、ちょっと……!」
「何してもいいって言うならさぁ」
戸惑う私の言葉を遮り、クロさんは眼鏡を外しながら、
「次は…………君から、キスしてみてよ」
……そう、挑発するように言った。
思いがけない要望に、私の全身が一気に熱くなる。
「なっ……そ、そんなの……!」
「あぁ、子供みたいなキスじゃダメだよ? ちゃんと……気持ちのいい、大人のキスね」
そして。
私の唇を、つぅ……っと指でなぞりながら、
「初めての時、教えたんだから……やり方は、知っているでしょう?」
……と。
眼鏡のない、裸の瞳で命じた。
その言葉に、私は……身体中で思い出す。
蜂蜜の海で溺れるような、甘くとろける、濃厚なキスを。
あの甘美な時間を、もう一度味わえるのなら……
私は……私は…………
「…………」
もう、何も考えられなかった。
気付けば私は、その命令に突き動かされるように……
彼の唇に、自分のを重ねようと……
顔を、ゆっくりと近付けて………………
…………というタイミングで。
「──あー……いちおう声はかけたんだが……悪い、取り込み中だったか」
……横から、別の声が聞こえる。
知っている声。
よーく、知っている声だ。
ギギギギ、と首を回し、恐る恐るそちらを見ると……
案の定、テントの入口に佇む、ルイス隊長の姿があった。
…………ぎ、
「ぎゃあぁぁあああああああっ!!」
恥ずかしさのあまり、私は人生で一番の絶叫を上げた……
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。