滅私な有能剣士は食いしん坊な魔導少女のため、今日からメシに生きる。〜散々仕えた国の金でグルメ旅満喫します〜

河津田 眞紀

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9 ピネーディアの献身

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 夕食を済ませ、宿に戻り、街が寝静まった頃――
 クレアは、行動を開始した。
 闇に紛れる黒服に身を包み、一人『レヴェロマーニ』へと向かう。


「一日だけ時間をくれ」と言ったクレアに、エリスは「もう充分だから」と諦めたように笑った。
 けれど、クレアはどうしても、彼女にポンポンクリームを食べさせたかった。
 幼い頃に我慢した分まで、目いっぱい食べさせてやりたかった。

 しかし、正面から買いに行くことはできない。
 上流階級でないと客として扱ってもらえない上、数ヶ月先まで予約が埋まっているから。
 しかも、原材料のミルクの仕入れ先が変わってしまったため、エリスが食べたかったあの日のポンポンクリームは、今や幻のスイーツとなってしまった。

 では、どのようにしてあの日のポンポンクリームを入手するのか。
 クレアには一つだけ、それを可能にする妙案があった。

 それは、昔と同じ材料を揃え、一年前に解雇されたかつてのオーナーシェフやスタッフを集めてポンポンクリームを作ってもらう、というもの。

 そのスタッフたちの情報を探るべく、クレアは深夜の『レヴェロマーニ』に潜入しようとしているわけである。


 夜の街を巡回する保安兵団の目を掻い潜り、クレアは無事、『レヴェロマーニ』の前に辿り着いた。
 尖った屋根が特徴的な、二階建ての店舗。くすんだ煉瓦の壁が素朴な、可愛らしい建物だ。

 クレアは周囲に人の目がないことを確認し、店舗の裏手に回る。正面の入口とは別の、スタッフ用と思しき勝手口があった。
 灯りは消えているが、念のため建物の中の気配を探る。物音はしない。誰もいないとみて良さそうだ。

 クレアは腰に付けたポーチからピッキングの道具を取り出し、勝手口の鍵穴を解錠する。高級店を謳っている割には防犯性能に乏しいタイプの鍵だ。クレアには難なく開けることができた。

 カチャッ、という解錠の音の後、クレアは再び気配を探る。
 やはり、人のいる様子はない。クレアは細心の注意を払いながら、『レヴェロマーニ』の店の中へと足を踏み入れた。

 入った瞬間、マスク越しにもバターの香りが感じられた。
 予想通り、勝手口は厨房に直結していて、大きなオーブンや食材の保管庫がクレアを囲むように佇んでいた。

 足音を殺しながら、クレアは店内を進む。
 彼が目指すのは、契約書や経歴書などの機密書類が保管されている場所だ。
 見て回ったところ、一階は販売をする店舗スペースと厨房しかないようだった。

(ならば……事務所は二階か)

 引き続き気配を最小限に抑えながら、クレアは二階に続く階段を上った。

 彼の読み通り、二階は事務所になっていた。
 書類が並ぶ書棚に、ペンやインクが置かれた机。それらを慎重に漁りながら、クレアはオーナーが変わる前のスタッフに纏わる資料を探した。
 すると……

(……これは……)

 かつてのスタッフの情報を引き当てる前に、クレアは気になる書類を発見する。
 それは、ミルクや卵の仕入れに関する契約書。いずれも半年前に締結されたものだ。

 それによると現オーナーのマロンは、ミルクを隣街のシャンディ牧場から、卵を近隣にあるライズ養鶏場から仕入れるよう変更したらしい。

(ミルクだけでなく卵の仕入れ先も変更していたとは……これでは、「ピネーディア産のブランドミルクとリリーベルグ産の『ロサードらん』を使った高級菓子」という触れ込みに偽りが生じるんじゃないか?)

 スタッフの情報を探るだけのつもりが、思わぬ悪徳経営の実態を掴んでしまった。
 食材の原産地を偽って商品を販売することは違法だ。特殊部隊アストライアーの隊員として……いや、今は治安調査員として、この件はきちんと対処する必要がある。

(まずは、この街の保安兵団に報告を……いや、それだけでは解決しないか? まぁ、それについては後で考えよう)

 クレアは二枚の契約書を回収し、懐にしまう。
 そして、必要な情報の捜索を再開した。


 数分ののち、クレアはお目当ての情報――マロンがオーナーになる前に働いていたスタッフの経歴書を探り当てた。

 前オーナーシェフの名はカルセド。五十代半ばの男性だ。
 その他に調理師が二人、販売スタッフが三人いたようだが、いずれも一年前に解雇されていた。

(住所が変わっていなければ、全員この街に住んでいる。明日、一軒ずつ訪ねて、かつてのポンポンクリームを再現してもらえないか頼み込んでみよう)

 クレアはそれらの経歴書を懐にしまうと、捜索の痕跡を残さぬよう物の位置を元に戻し、一階の勝手口から外へ出た。

 あとは、このまま宿に帰るだけ。
 クレアは誰にも見られていないことを確認し、宿へ向かおうとする……が。

 ……そこで。
 彼の目に、とある人影が飛び込んできた。


 魔法の街灯に照らされた、黒いシルエット。
 大人と子どもの中間のような背格好。
 そして……全身を覆う、


 それは、あまりに既視感のある姿だった。
 何故なら、その風貌は――

 ――クレアが描いた"水瓶男ヴァッサーマン"の肖像画に、酷似していたから。

("水瓶男ヴァッサーマン"……レーヴェ教団に『焔の槍』を授けた危険人物……まさか、こんなところで……?!)

 クレアの脳裏に、ジェフリーの死が蘇る。
 鼓動が、煩いくらいに加速する。

(……いや、たまたま似た装いをしている別人かもしれない。ここは慎重に、相手の様子を窺おう)

 フードの人物は、街灯の下に佇んでいる。
 そして、『レヴェロマーニ』の建物を静かに見上げていた。

 クレアはいつでも腰の剣を抜けるよう最大限警戒しながら、その人物に近付く。
 そして、

「こんばんは。治安調査員のものです。こんな真夜中に、どうかされましたか?」

 と、アルアビスの国章が入った手帳を掲げ、公務員然とした声音で尋ねた。
 治安調査員は仮の身分ではあるが、これは本物の手帳だ。大っぴらな調査が必要な時に役立つため、常に携帯している。

 クレアの言葉を聞くなり、フードの人物はビクッと身体を震わせ、逃げるように駆け出した。
 しかし、それを許すクレアではない。フードの人物の前に素早く回り込むと、剣を抜き、行く手を阻んだ。

「逃げるのは、何かやましいことがあるからですか? この場で斬られたくなければ……そのフードを取り、素顔を見せてください」

 低く、殺気を孕みながら、クレアが言う。
 フードの人物は、「くっ」と小さく唸ると……やがて、観念したように息を吐き――

 ――ゆっくりとフードを上げ、素顔を晒した。


 その顔を見たクレアは……

「あ……あなたは……!」

 目を見開き、驚愕の声を上げた。


 
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