氷の蝶は死神の花の夢をみる

河津田 眞紀

文字の大きさ
45 / 76
第二章 近づく距離と彼女の秘密

5-4 蝶とゲームセンター

しおりを挟む


 ──アーケードゲームを楽しんだ二階から、階段を降り一階へと向かう。

 入店した時にも見たが、一階には箱型のクレーンゲーム機がずらりと並び、様々な景品が獲れるようになっていた。

 誘ったはいいものの、彼女が興味を惹かれるような景品が果たしてあるのかと、汰一は心配になる。


 ……まぁ、当たり障りないものをいくつかやって、『ときめきの理由』のヒントが得られないか試してみるか。


 と、汰一が景品を眺めていると、


「あ、あれは……!」


 突然、蝶梨が声を上げ、スタスタと早足で歩き始めた。
 驚きながら、汰一がその後に続くと……
 蝶梨は、一つのクレーンゲーム機の前でぴたりと足を止め、ガラスケースの中を覗き込み、


「やっぱり『ぶたぬきもち』だ! こんなところで会えるなんて……!!」


 ……と。
 景品のぬいぐるみ──たぬきの着ぐるみを着た、アンニュイな表情のブタのキャラクターを見つめ、興奮気味に言った。

 汰一は……何度かまばたきをし、尋ねる。


「……知り合いか?」
「えっ。刈磨くん、『ぶたぬきもち』知らないの?! いま一部の中高生の間でじわじわと人気を集めている"ゆるキャラ"だよ?!」


『一部の』、『じわじわと』、と言っている時点で知名度としてどうなんだ……? と思いつつ、その興奮度合いを見るに、


「……好きなのか? このキャラクターが」


 そう推察し、尋ねる。
 蝶梨は、ぴくっと身体を震わせてから、


「う、うん……前から可愛いなぁって思っていたんだけど、私には似合わないでしょ? だから、誰にも言えなくて……」


 ……まぁ確かに、このブタだかたぬきだか餅だかわからないフォルムと、何もかもを諦めたような気怠げな表情を『可愛い』と称するのは意外でしかないが……
 こういうキャラクターに興味を持つあたり、彼女の内面は想像以上に少女らしいのだろうと、汰一はいじらしく思い、


「……よし、獲ろう」


 財布を取り出し、硬貨を投入した。
 蝶梨は「えっ?!」と声を上げ、慌てて制止する。


「い、いいよ! 刈磨くんにお金使わせるわけいかないし……!」
「でも、好きなんだろ?」
「それは……」
「………………」
「…………好きだけど」
「じゃあ獲ろう」
「せ、せめてお金は払わせて!」
「いや、これは俺がやりたくてやるんだ。俺もこの『ぶたきむち』が欲しい」
「『ぶたぬきもち』だよ!」
「とにかく、これは俺の分だから。彩岐も欲しかったら、俺の後にやればいい」


 有無を言わさず、ゲーム機に向き合い、汰一はボタンの操作を始めた。

 アーケードゲームほどではないが、汰一にはクレーンゲームの経験もそこそこあった。
 ぬいぐるみの景品を獲る方法は、大きく分けて二つ。
 一つは、首などのくびれている部分をアームで挟む王道な方法。
 そしてもう一つは、ぬいぐるみに付いているタグの輪っかにアームを引っ掛けて釣り上げるという裏ワザ的な方法。

 いずれにせよ、アームの強さを見極める必要がある。
 初手は様子見で、まずは王道な方法を試すとしよう。

 汰一は矢印ボタンを順番に押し、『ぶたぬきもち』の真上へアームを移動させる。
 狙い通り、二本のアームはパカッと開きながら降下し、『ぶたぬきもち』の首のあたりを掴んだ。

 ……その瞬間。



「はぅっ……」



 蝶梨が、小さく声を上げる。
 が、店内に響く電子音にかき消され、汰一の耳には届かなかった。

 アームに首を挟まれた『ぶたぬきもち』は、そのままぶらんと空中に持ち上げられる。
 しかし獲得口へと運ばれる途中で、重力に負け落下した。

 その一部始終を……蝶梨は口を押さえながら、食い入るように見つめていた。


「お。案外アーム強いな。これならいけそうだ」


 次の硬貨を投入しながら汰一が言うので、蝶梨は慌てて口から手を離し、


「す、すごい。刈磨くん上手だね。もう少しで獲れそうだった」


 平静を装いながら、そう答える。
 汰一は彼女の方を見ないまま、再びアームの狙いを定め、


「それほどでもないよ。この店の設定が良心的なだけだ」


 ボタンを押しながら、謙遜するように言った。

 自分の真横で、今まさに蝶梨が興奮を募らせていることに気付かないまま……
 汰一はもう一つのボタンを押し、再びアームを降下させた。


 柔らかな首に食い込む、鋭利なアーム。


「んっ……」


 首を締め付けられたまま宙に持ち上げられ、ぶらぶらと運ばれ……


「あっ、あっ……」


 ぼよんっ、と床に叩きつけられる。


「はふぅ……っ」


 口を押さえ、蝶梨は必死に声を抑える。


(こんなの……"絞殺"と"首吊り"と"落下死"のよくばりコンボだよ……っ。嗚呼、刈磨くんに振り回される『ぶたぬきもち』が羨ましい……今すぐ『ぶたぬきもち』になりたい……っ)


 ……なんてことを考え、蝶梨が悶絶していると。
 数回のトライの後、ついに『ぶたぬきもち』が獲得口へと落下した。


「ふぅ、獲れた」


 汰一は安堵の息を吐きながら、『ぶたぬきもち』を取り出す。
 蝶梨はハッと正気に戻り、手を叩いて、


「すごい、本当に獲れちゃうなんて! うわぁ、こうして見るとやっぱり可愛い……私も頑張って獲ってみる!」


 と、さっきまでハァハァしていたことも忘れ、『ぶたぬきもち』のぬいぐるみを夢中で見つめる。
 しかし汰一は、しばらくそのぬいぐるみをじっと眺め……


「うーん、やっぱり俺の部屋に置くには可愛すぎるかな。ということで、これは彩岐に譲る」


 と、棒読みなセリフを述べてから、蝶梨にずいっと差し出した。
 彼女が驚いたように「え?」と聞き返すと、


「……おみやげ。今日の記念に持って帰ってくれ」


 そう言って、照れ臭そうに微笑んだ。

 初めから彼女に渡すつもりで獲ろうとしていたわけだが、少々わざとらしすぎたかもしれないと、汰一は少し恥ずかしくなる。
 しかし……

 ぬいぐるみを受け取った彼女が、瞳をキラキラさせながら、それをぎゅうっと抱きしめて、


「……ありがとう。本当に嬉しい。ずっと大切にするね!」


 今日一番の笑顔見せながら、嬉しそうに言うので。
 汰一の心は、羞恥心を忘れる程の幸福感に満たされた。




 * * * *




『ぶたぬきもち』を獲得した後、二人はそのまま一階をぐるりと見て回った。

 "シューティングゲームをする"という当初の目的は果たした。
 彼女の好きなぬいぐるみもゲットした。
 これ以上、ここに留まる理由はない。
 だが、このまま解散してしまうのはもったいなくて….…
 "一緒にいる言い訳"になりそうなものを、必死に探していた。

 そしてそれは、蝶梨も同じだった。
 彼とのこの時間が、とても楽しくて、幸せで……
 ずっと終わらなければ良いのにと、当てもなく店内を歩き回っていた。


 何か……何か、この時間を終わらせないためのきっかけを作らなきゃ。


 そう思いながら、蝶梨が周囲を見回す……と。


「……ん?」


 その瞳が、あるものを捉えた。

 それは店内に貼られたポスターで、四階にあるプリクラコーナーの案内だった。
 フリルいっぱいのメイド服や、タイトなナース服を着たモデルの写真が目を引く。
 その写真の下に、『コスプレ衣装各種、無料貸出中!』という文字がでかでかと躍っていた。
 どうやら衣装に着替えてプリントシールの撮影をすることができるらしい。

 足を止めた蝶梨に気付き、汰一もポスターを覗き込む。


「へー、こういうのを着てプリクラ撮れるのか。すごいな」


 と、何の気なしにコメントするので、蝶梨は「そうだね」と小さく返す。
 そして、しばらくの沈黙の後……


「……可愛いなぁ」


 ぽつりと、さらに小さな声で呟いてから。
 意を決したように、汰一の方を振り返り、



「……刈磨くん。私、これ…………着てみたい、かも」



 そう、緊張した表情で、真っ直ぐに言うので。
 汰一は、ぽかんとしてから、


「…………へ?」


 情けなく開いた口から、気の抜けた声を発した。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

処理中です...