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Prologue
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女性の叫び声が平日早朝の駅のホームに木霊した。
雨音を縫うように色めいたざわめきがにわかに伝播して、人々は餌を見つけた鳩の群れのように声のする方へと顔を向けていく。僕もその一人だった。
見た目は小学校高学年くらいの少年が線路の上でうつ伏せになっており、まるで電車が来るのを待っているかのように見えた。母親らしき人は点字ブロックの外側でしゃがみ「こっちに来て! お願い!」などと涙ながらに訴えていた。
おもむろにスマホを手に持ち写真を撮る人。動画を撮る人。電話越しで、あるいは隣にいる友達と笑う人。誰も彼もが「誰かが助けるだろう」と目を背け、助かった後の光景を思い浮かべながら、日常を彩るネタとしてすでに消化し始めている、そんな時だった。
「間もなく列車が参ります。危ないですので、黄色い点字ブロックの内側にお入りください」
機械音声の構内アナウンスが聞こえてきた。楽観していた人々も事態を察して慌てはじめ「駅員はなにしてんの?」「早く誰か助けろよ」「いっそ死ねばいいのに」など、より一層の群声が降りしきる雨粒のごとく幾重もの波紋を生み出していく。
「どいてどいて!」
年若く力強い声が階段の方から聞こえてきた。次いで電車の緊急停止を知らせるサイレンとアナウンスが鳴った。
その青年が群衆をかき分けながら渦中へと進んでいくのが見える。青年の後ろには駅員もいた。
駅員と青年はホームから降りて少年と何やら話をした。周りの人間はその光景をただ眺めている。青年が母親を指差すと少年はつられて指先を見て、母親を視界に捉えたのか立ち上がって母親の真下に移動した。青年と駅員は少年を抱き上げ、電車は数分遅延したものの、事件は解決したのだった。
しかし僕は知っている。
この青年の行動がSNSで拡散されることを。
最初こそ大多数の無価値な賞賛に埋め尽くされていたが、実は自作自演であったことがバレ、声だけは大きな人たちにおもちゃにされることを。
青年は気持ちが悪かったからその少年をホームに落としたこと、助ければちやほやされて有名になれると考えたことなどを語り火に油を注いでいくことを。
時間が経つにつれて悪意は育ち、青年および少年とその親族の個人情報などがさらされ、実害を伴う被害が日を追うごとに激化していくことを。
耐えかねた青年が首を吊ることを。
僕だけが知っている。けれど、知っているだけ。
僕は十五分遅れでやってきた電車に乗り込んだ。普段の一・五倍は密度の高い車内で押し潰されながら、いつもと同じように学校へ登校した。
雨音を縫うように色めいたざわめきがにわかに伝播して、人々は餌を見つけた鳩の群れのように声のする方へと顔を向けていく。僕もその一人だった。
見た目は小学校高学年くらいの少年が線路の上でうつ伏せになっており、まるで電車が来るのを待っているかのように見えた。母親らしき人は点字ブロックの外側でしゃがみ「こっちに来て! お願い!」などと涙ながらに訴えていた。
おもむろにスマホを手に持ち写真を撮る人。動画を撮る人。電話越しで、あるいは隣にいる友達と笑う人。誰も彼もが「誰かが助けるだろう」と目を背け、助かった後の光景を思い浮かべながら、日常を彩るネタとしてすでに消化し始めている、そんな時だった。
「間もなく列車が参ります。危ないですので、黄色い点字ブロックの内側にお入りください」
機械音声の構内アナウンスが聞こえてきた。楽観していた人々も事態を察して慌てはじめ「駅員はなにしてんの?」「早く誰か助けろよ」「いっそ死ねばいいのに」など、より一層の群声が降りしきる雨粒のごとく幾重もの波紋を生み出していく。
「どいてどいて!」
年若く力強い声が階段の方から聞こえてきた。次いで電車の緊急停止を知らせるサイレンとアナウンスが鳴った。
その青年が群衆をかき分けながら渦中へと進んでいくのが見える。青年の後ろには駅員もいた。
駅員と青年はホームから降りて少年と何やら話をした。周りの人間はその光景をただ眺めている。青年が母親を指差すと少年はつられて指先を見て、母親を視界に捉えたのか立ち上がって母親の真下に移動した。青年と駅員は少年を抱き上げ、電車は数分遅延したものの、事件は解決したのだった。
しかし僕は知っている。
この青年の行動がSNSで拡散されることを。
最初こそ大多数の無価値な賞賛に埋め尽くされていたが、実は自作自演であったことがバレ、声だけは大きな人たちにおもちゃにされることを。
青年は気持ちが悪かったからその少年をホームに落としたこと、助ければちやほやされて有名になれると考えたことなどを語り火に油を注いでいくことを。
時間が経つにつれて悪意は育ち、青年および少年とその親族の個人情報などがさらされ、実害を伴う被害が日を追うごとに激化していくことを。
耐えかねた青年が首を吊ることを。
僕だけが知っている。けれど、知っているだけ。
僕は十五分遅れでやってきた電車に乗り込んだ。普段の一・五倍は密度の高い車内で押し潰されながら、いつもと同じように学校へ登校した。
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