楡井るるの願い事

追い鰹

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11話

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 いける、という確信があった。
 僕が両親の事故死を境に、未来を見る超能力が使えたらよかったのにと願ったとき。葬式に並ぶ人たちの顔がどれもこれもみな同じに見えて、考えていることが分かればいいのにと願ったとき。塞ぎ込み壁を作るだけの自分に歩み寄り沿ってくれたおじいちゃんやおばあちゃん、公太、茜音のことをもっと知りたいと願ったとき。それらと同じく、新たな能力が自分自身に宿ったという、たしかな閃きが僕の中にあった。
 助けなくては、と使命に駆られた。
 何が起こるか分からないけれど、良くないことが起こる予感だけはしていた。ここにいる誰かが怪我をしたり亡くなったりすることを阻止できるのもまた、僕だけなのだということも。前回のように、能力を使っておけばよかったなんて後悔はしたくない。この力はきっと、未来を見たから、心の声が聞こえるから、人の本質を嗅ぎ取れるから、人の過去を経験できるから、なんていう受動的で曖昧なものではない。周りにいるカップルや家族で来ている人々、公太や茜音、なにより一人で抱えて今にも壊れてしまいそうなるるを救えるはずだ。
「るる」と名前を呼んだ。
 呼ばれたるるがこちらを振り向く。その左肩に右手を置いて、左手を頬に添えながら、僕は初めてキスをした。
 緊張と勢いのあまり歯がぶつかってしまい、のどまで込み上げてくる羞恥心をぐっとこらえ、そっと口を離した。
「落ち着いて」
 肩と頬に置いていた手も離し、困惑していたるるにそう告げると、スイッチが切り替わったように「うん」と平静な声が返ってきた。
「ごめん、急に」
「……大丈夫。私の方こそ、ごめん」
 悲壮な諦めがじわじわと彼女の目の白い部分を埋め尽くしていくように見えて、僕は首を横に振る。
「事前に止めれたんだから大丈夫」
「ちがう」
 俯くるるの瞼はしっとり閉じる。
 ——ごめんなさい。
 その声が聞こえてきたとき、ああ、また間に合わなかったんだと自覚した。

「逃げろ」
 僕の声と同時だったと思う。対岸は閃光に包まれ膨張し、遅れてやってきた爆発音がそれまでの空気を吹き飛ばした。唖然とするのも束の間、誰かが「きゃああああ!」と叫び、決壊し共鳴するように次から次へと悲鳴が入り混じる。共振するように恐怖がものすごい速さで伝播した。
 僕らはなんとか立ち上がったものの、我先に逃げようとして行き詰っている人たちに圧縮され、通勤ラッシュの満員電車以上に身動きできない状況にいた。また、一瞬の流れに僕とるる、公太と茜音とが分断され、もうどこにいるのかも見えず声も届かない。
 僕は放すもんかとるるの手を握っていたが、すとんと地面に引っ張られた。力ない指の後を辿っていくと、るるがへたりこんでいた。引き上げようと力をこめたら砂のようにするりと抜け落ちてしまい、慌てて僕もしゃがみ込む。
 ——違う。こんなこと望んでない!
 まるで許しを請うように土に手をつけ、震わせる肩でるるは弁明を繰り返していた。
 ——ごめんなさい。こんなことするつもりじゃなかったの。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん……。
「邪魔だよ」
「なにこいつら」
「どけよ!」
「死ね!」
 故意かどうかなんて判別の仕様もなかったけれど、僕らは踏まれたり蹴飛ばされたり躓かれたりしながらうずくまっていた。一際大きな爆発が起きて、混乱も負けじとヒートアップしていく。純粋な悲鳴だったものは罵詈雑言の巣ができはじめ、人間へと形を変えていった。
 ——ごめんなさい。分かってる。私だけが死ねばよかった。痛い、痛い、痛い、ごめんなさい。
「大丈夫だから、逃げよう」
 ふるふると首を横に振られる。しかし僕の声は届いている。まだ、届くのだ。
「立てない」
「怪我どころじゃ済まなくなる」
「死んだっていい」
「許さない」
「許されたくない」
「なら償え」
「じゃあ、私を連れ出して」
 顔を上げたるるの目には浮かぶ涙もこぼれた跡も見当たらない。
 鼻先が触れ吐息が混ざるほど近くで僕らは向かい合う。るるは目を閉じた。
 ゆっくり、丁寧に、僕も目を閉じ口づけた。触れた唇が何味なのか、なんて考える余裕があることに自分でも不思議だった。この時間が続けばいいのに、と口惜しそうに僕は離れる。
「どこに行きたい?」
「海」
 僕の頭の中に、海の家のアルバイト終わりの楽しみで公太と行った穴場が思い浮かんだ。
「じゃあそこに僕らを飛ばせ」
 るるに命令し、僕らは瞬間移動する。
 二人分の空いた隙間はまるで最初からそうであったように、誰かが埋め合わせた。
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