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新妻逃げ旅 編
11話 騎士団長のドラゴン事情
しおりを挟む「…………言ってなかったか?」
はて? と思いながらそう尋ねれば、それを肯定するかのように、ユリウスの首に回るエルレインの腕に力がこもった。声は聞こえないが、どうやらかなり驚いているらしい。
(普通にうっかりしていた)
ユリウスは少し反省した。
ドラゴンの言葉がわかる、というのはとても稀なことである。それこそ、人の身でありながらそれが出来る者は、ユリウス以外には存在しないだろう。
しかし、物心ついた頃からドラゴンの言葉がわかるユリウスとしては、それほど特別なことではなく。話のネタにすることさえ忘れるほどに、普通のことになっていた。
なので、『自分の身を守るために秘密にしていた』とか、そんな大層な理由はない。
(しかし…………そうか。エルレインには、この声が聞こえないのか)
ユリウスの視線の先にいるボタニルドラゴンは、その体の大きさからは想像もつかないほどに、穏やかな声色で言葉を紡ぐ。そして、仔竜たちもまた、人の子供と同じように遊んでは無邪気に笑う。
自分とは見た目の違う相手が、どんな声で、何を話しているのか、それがわかるだけで印象はガラリと変わるものだ。
大型のドラゴンが発する低い唸り声は、ただの唸り声にしか聞こえなければ、誰でも怖いと感じるだろう。
しかし、それが言葉として聞こえたなら。
言葉の通じる相手だとわかったなら。
(こんなにも楽しいことはない)
寿命の短い人間では、到底、知り得ない昔の話。
文献にも残っていない、絶滅してしまった植物や動物、魔物の一生。
今は亡き偉人達の語り継がれていない、本当の姿。
人間に肩入れをしないドラゴンから見た、ありのままの歴史。
嘘を言わない彼らの、真実の話はそのすべてが魅力的だ。
(現に、仔竜たちはエルレインに興味津々だ)
ユリウスの視線の先には、三体で仲良く遊ぶ仔竜の姿。しかし、遊びながらもその視線は、ユリウスの背にいるエルレインへと飛んでいるのがわかる。
「……エルレイン」
「は、はい」
「あそこにいる仔竜たちに手を振ってやってくれ」
「え?」
「どうやら、エルレインに興味があるらしい」
「私に、ですか……?」
「嫌か?」
「いいえっ! そんなことないです! ……でも」
「?」
「む、無視されたら……ちょっと、か、悲しいかな……なんて」
しょぼん……という効果音が似合いそうな声音で、そう呟くエルレイン。
確かに、手を振って無視された時のソレはかなりのダメージがある。悲しいやら、恥ずかしいやら、上げた手の下げ時もわからない。
さすがのユリウスも、それは理解できるようで、暫し考えてからこう口にする。
「俺の顔が見えるように抱え直すか」
「…………えっ!?」
「横抱きに直そうかと。顔が見える位置の方が慰めやすい」
「だ……大丈夫ですっ!! このままで全然大丈夫っ!!」
「いや、しかし――」
「本当に! 本当に! このままで大丈夫ですから!!」
「……そうか?」
「はいっ! 大丈夫ですっ!!」
かなり慌てた反応をするエルレインを不思議に思いながらも、本人が大丈夫だというので大人しくそれに従う。
すると、うしろ方で「危なかった……」という呟きが聞こえ、何のことかと尋ねようとした瞬間。
エルレインが、ユリウスの首と肩の辺りに、グリグリと額を押しつけ始めた。
(……なるほど。悪くない)
思わずほっこりしたユリウスは、エルレインに何を尋ねようとしたのか一瞬で忘れた。
それからしばらくして、ようやく顔を上げたエルレインは、若干躊躇いつつも、仔竜たちに向けて軽く手を振る。すると――。
『キュウーウッ!』
『キュキュ!』
『キュイキュイ!』
それに気がついた仔竜たちが嬉しそうに鳴きながら、お返しとばかりにしっぽを振りだした。……いや、どちらかといえば、お尻フリフリか。
そして、その様子を見たエルレインは――
「カッ…………カワイイ……!!」
と声を弾ませ、更に大きく手を振りだす。
きっと可愛らしい笑顔を浮かべているのだろうと予想できる声色に、「やはり顔が見える位置で抱え直せばよかった」と、ユリウスは小さな溜め息をひとつ。
しかし、変わらず背中では楽しそうに笑うエルレインの声が聞こえ、「まぁ、いいか」と諦めた。
すると、その一部始終を見ていたらしいボタニルドラゴンから、
『聞いていた印象とだいぶ違いますね』
と、投げ掛けられた。
(一体、俺の何を聞いたんだ)
ユリウスがボタニルドラゴンに会ったのは、今日が初めてだ。しかし、同じく加護持ちの他のドラゴンとは会ったことがある。
人には当然知られていないが、加護持ちの彼らは、世の中の流れを把握するという意味で独自のコミュニティを形成している。その中で、ユリウスは【とあるドラゴン】と深い親交があることから、彼らのコミュニティではそれなりに有名なのである。
ちなみに、エルレインが一人の時に感じた違和感の正体は、見知らぬ人間に対し行ったボタニルドラゴンの威嚇だ。そして、二人が合流した後、それがなくなったのは、ユリウスを知るボタニルドラゴンがその威嚇を解いたから。
実はエルレインの予想、そこそこいい線をいっていたのである。
『一体、どんな話を聞いたんだ?』
『まるで石像のようだと。表情も感情も動かないからつまらない、とよく愚痴っていました』
『余計なことを』
『ふふっ。しかし、今、我の目に映るオマエは、その印象に当てはまりませんね。……そのムスメの影響ですか?』
エルレインに視線を移し、興味深そうに目を細めるボタニルドラゴン。一方、ユリウスは「あまり見るな」と言わんばかりに怪訝そうな表情を浮かべている。
『不思議なムスメですね。我らを見ても怖がる様子がない。仔竜とはいえ、可愛いと連呼する人間はそうそういません』
『……それに関しては俺も驚いている』
『ふふっ。良いムスメを番にしましたね。ヤツも気に入るのではありませんか?』
『当分会わせる気はない』
『ならば、我はヤツより先に会ったことを自慢するとしましょう』
『あまり余計なことは話してくれるなよ』
一応、そう釘は刺すが、たぶん余計なことをベラベラと話すのだろうなと、ユリウスは溜め息をつく。
本来、ドラゴンという生き物は、人間に興味を持つことは滅多にないはずなのだが、どうやら一部の加護持ちは違うらしい。人並み、もしくはそれ以上の知能を持っているからなのか。暇潰しがてら、こうして話しかけてくることが多々ある。
特に、【とあるドラゴン】の作ったコミュニティに入っているドラゴン達がいい例だ。目の前のボタニルドラゴン然り、仕事先で偶然出会ったドラゴンもそうだった。
なぜか、近況を根掘り葉掘り聞いてくるのだ。
昔話を聞けるのならまだしも、自分に関心を持たれるのは、心底嫌なユリウス。
だから、この手のドラゴンの近くにはあまり長居したくないのが本音だ。
「エルレイン。特に問題がないなら、そろそろ村に戻るぞ」
「あ、はい。わかりました……」
すっかり仔竜たちの虜になってしまったらしいエルレインは、「戻る」と言うユリウスの言葉に少し声のトーンを下げた。
しかし、ここは部外者が長く留まっていていい場所ではない。問題がないのなら、早々に立ち去るべき場所だ。
「……ドラゴンちゃんたち、さようなら……」
『キュウー!』
『キュー!』
『キュイー!』
「えっと……?」
「『また遊びに来て』だそうだ」
「!!」
フリフリと、エルレインの真似をして小さい手を振る仔竜たち。
正直、次にいつここへ来られるかわからないが、「さようなら」と言われるよりも「また来てね」と言われた方が嬉しいのは確かだ。
エルレインも満面の笑みで、仔竜たちに大きく手を振り返す。
そんな中、エルレインを背負っているユリウスはというと。
(やはり抱え直せばよかった……)
誰にも悟られず、ひっそりと後悔していたのであった。
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